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第一章

16話「少年は同士と巡り合う」

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 長い自己紹介を終えて最後に一組の担任でもある篠本先生が三大名家のひとりである事が発覚すると、教室内は生徒達の様々な反応によって混沌を極めていたが優司と幽香は学園見学を優先させるべく静かに教室を出て行った。

「まさか先生があの篠本家の人だったとはね。本当にこの学園は一体どうなっているんだ……」

 教室を後にして廊下を歩きながら幽香が篠本先生について呟く。

「三大名家つってもいまいち分かんないんだよなぁ。だけどクラスの皆があんな反応していたと言う事は俺達の担任はそれなりに凄い人なんだろうな」

 軽い感じで優司は言葉を返したがクラスメイト達の反応が印象的過ぎて暫く忘れられそうにないと思った。

 そして二人が廊下を歩き初めてから数分が経過すると、周りには同じく学園見学をしている様子の同級生達と多数すれ違った。

 皆一様に手元には学園のパンフレットが握られているようだが、優司達はパンフレットを見ずに一年の校舎内を徘徊している。
 
 言うまでもないが優司が事前に貰っていたパンフレットはバッグの奥底にボロボロとなって埋まっている状態ゆえに寮部屋に置いてきてある。

 だから優司は頼みの綱でもある幽香が一向にパンフレットを持ち出さない事が気になってしょうがない。だけどそれには他にも理由があって、それは――――

「……ところでさ。俺達ずっと校舎をぐるぐると回っているだけの気がするんだが……これは気のせいか?」

 彼は横目で隣を歩く幽香を見ながら尋ねると、何を思ったのか幽香はその場で足を止めて頬を軽く掻きながら口を開いた。
 しかし彼のその表情は何処となくぎこちないもので視線は少し泳いでいるように見える。 

「い、いや、気のせいではないぞ。ぐるぐると校舎を徘徊しているのは事実だ。……あとこのタイミングで言うのもどうかと思ったが敢えて言おう。僕は学園のパンフレットを寮に置いてきてしまったと!」

 幽香は自分がパンフレットを寮に置いてきたことを力の篭った声ではっきりと伝えてくる。
 そのことを優司が耳にすると真面目な幽香でもドジっ娘みたいなことをするんだと言う、まったく関係ないことが頭に浮かんで頬が緩みそうになっていた。

「なるほどな。通りでさっきから異様に周囲を見ながら歩いてたわけだ」

 けれどもそんな事は微塵も感じさせないように真面目な表情を意識しながら返す。

「うむ……すまない。だけど優司だってパンフレットは貰っているだろ?」

 どうやら優司のポーカーフェイスは見破られなかったようで、幽香は彼がパンフレットを持っていると思い込んでいるようだ。ならばと優司はここぞとばかりに口角を上げて白い歯を見せると、

「ふっ、案ずるな幽香よ。俺が貰ったパンフレットは既に原形を留めていないぜ!」

 親指を立たせてグッドサインを添えながら、とびっきりの笑顔を見せて言い放った。

「……優司に聞いた僕が馬鹿だったか。はぁ……取り敢えず寮まで戻ってパンフレットを取ってきた方が早そうだね」

 それに対しては幽香は頭を抱えながら深い溜息を吐くと一旦寮に戻る事を提案してきた。
 確かにこのままでは一年校舎と寮ぐらいしか設備がわからず適当に歩いても時間を無駄にするだけなので、その提案には優司も賛成であった。

「ああ、そうだな。んじゃ早速寮にもど「ちょっとー! そこの二人ーーっ!」ん、なんだ?」

 優司がそう言って再び歩き出そうとすると突然背後から二人を呼び止めるような声が聞こえた。
 一体何事かと思い優司が声が聞こえた方へと顔を向けると、それにつられて幽香も顔を向けていた。

「なぐあっ!? あ、あれは!」

 するとそこには優司と同じぐらいの身長の少年が手を振っていたが、それよりも優司はその少年が制服の下に着ていた服に視線が釘付けとなっていた。
 
 何故ならその服は彼の有名なエロ同人作家の村正ライフ先生が、限定十着で自身をモデルにした萌えイラストを描いて販売したプレミアム品だからだ。
 
「ま、まさかこんなところで、お目にかかれるとは……っ!」

 優司はその村正ライフ先生の大ファンであり、村正先生の性別は無論だが女性である。
 ちゃんとSNSのアカウントもフォローして新刊も買っているのだ。
 しかしその服だけはお金が足りずに買えなかった苦い思い出があるのだ。

「はぁはぁ……。二人とも直ぐに教室から居なくなったから探すの大変だったぞ……」

 二人に声を掛けてきた少年は優司の近くで立ち止まると、両手を膝に当てながら苦しそうな顔を見せながら肩で息をしていた。

 その様子を見るにこの少年は廊下を走っていた事が伺えるが、まさか入学初日で校則を破った上に限定の服を着て歩くとは中々に強者だと優司は思いつつ、この少年は一体誰なのかと改めて思った。

「すぅぅぅう!! はぁぁぁあ! ……よし! 俺、復活ッ!」

 深く息を吸い込んで吐くという動作をすると少年は息を整えた様子で、それを見届けると優司は先程から疑問に思っていた事を聞くことにした。
 
「えーっと、すまないがお前は誰だ?」

 本当は直ぐにでも服の事や村正先生についての話題を振りたかったが幽香がいる手前変な事は聞けず、この少年は一体何者なのかと尋ねる事にしたのだ。
 もしかしたらこの学園で同士になれ知れない人物だからだ。

「なっ! お、覚えてないよのかよ!? 俺だよ俺! 同じ一組でお前の隣で現在進行形で俺を睨んできている、そこの友人に自己紹介の時に質問していた【善岡裕馬よしおかゆうま】だよ!」

 一つ一つのリアクションが大きい裕馬は優司達と同じく一組で自己紹介の時に幽香に数々の質問を投げかけていた人物らしい。優司はそれを聞くと両腕を組んで考える仕草を見せながら、

「善岡裕馬……ああ、思い出したぞ! 幽香に質問責めして怒らせていたヤツだな」

 つい先程教室での出来事を思い出して幽香が珍しく本気で怒っている様子の場面が頭の中で蘇った。あれは実に貴重なことで、あの幽香の可愛らしい声から去勢するぞなんて初めて優司は聞いたのだ。

 それと一体どうやって去勢するのか気になるところではあったが、この善岡裕馬と言う人物も一組なら自己紹介の時に覚えている筈だ。なんせあの服を着ている訳だからだ。
 
 しかし名前を言われるまで気づかなかった事から裕馬は自己紹介の時は制服のボタンを締めていたのだろう。もし自己紹介の時にあの服を見せてくれていたら、直ぐにでも声を掛けたというのにと優司は心の底から思った。

「どんな覚え方だよ。まあ否定は出来ないからあれだけど……」

 幽香を怒らせた事については認めている感じの裕馬であるが、彼の覚え方に些か不満があるのか目を細めて睨んできている。

 そして先程から優司の隣では警戒モードに入っているのか幽香が額に青筋を張りながら彼の袖をぎゅっと握り締めている状況だ。

「なあ幽香。身構えるのも確かに分かるが、そんなに腕を握られると普通に痛いんだが……」

 握る力が段々と強くなっていくと優司は額に変な汗を流しながら離すように頼む。

「……あっ、ご、ごめん優司。つい目の前の男に底知れぬ憎悪が湧いちゃって」

 幽香は鋭く光っている瞳を維持しまま腕から手を離した。彼のその表情はまるで飼い犬が家に知らない人が上がってきた時に見せる威嚇しているような感じだ。

「そ、そんなに俺って嫌われているのか!? ……ご、ごめん! 本当にごめんなさい! あの時はついテンションが上がって理性が追いつかなかったんだ! だからこの通りだっ! 許してくれ!」 

 二人の会話を聞いていたらしく裕馬は自身が幽香から凄く嫌われていると思ったのか急に大きな声を出して謝り始めると、その場に土下座を繰り広げて額を冷たい廊下へと何度も擦りつけて謝罪の意を見せてきた。

「お、おい! こんなところでそんな事するなって! ちょ、人の目が痛い痛いからっ!」
「すまない! 本当にすまない……っ!」

 優司は直ぐに辞めるように言うが裕馬には聞こえてないのか額を床へと押し付けて同じ言葉を繰り返している。

 だが急に始まった土下座謝罪は周りにいる同級生達の興味を惹くには充分だったようで、優司達の周囲には冷ややかな視線を向ける者や引き攣った表情を浮かべて見てくる者達が大勢居たのだ。

 しかし何故かその視線の殆どは優司にだけ向けられていて、幽香と裕馬には微々たるものしか向けられていなかった。

「チッ、優司が辞めろと言っているんだ! さっさと辞めないか!」

 すると横から急に幽香が怒声混じりの声で言ってくると、そのまま裕馬の元へと近づいて乱暴に服を掴みだした。

「な、なにを! ぐあっ!?」
 
 そして裕馬を掴んで引っ張って戻ってくると次は優司の手首を優しくつかむようにして握ってきた。その感触は女性の優しい手つきそのものであり、優司は本当にこれは男の手なのかと錯覚するほどだった。

 ――だがしかし、優司のそんな心地良い気分は直ぐに吹き飛んだ。
 何故なら幽香は二人をそのまま人気ひとけのない廊下の端へと連れて行ったのだ。

 これは恐らく再び幽香が裕馬に対して怒りだし、このままだと面倒事になると優司の第六感が告げていた。

「ちょっ幽香! いくら人目が嫌だと言っても、この状態で人気のない場所は逆に目立つぞ!」
「ええいうるさいな! 別に変な事をするわけでないのだ! だから何も心配するなっ!」

 確かに怒るだけなら別に変な事ではないが、人気ない薄暗い場所というのが問題なのだと優司は思ったが口にはしなかった。

 幽香からは依然として黙って引っ張られていろと言う雰囲気が体全体から伝わってきて、何か言おうものなら裕馬の巻き添えを受けそうだと本能的に察知したのだ。
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