電車の男 番外編

月世

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その後の日常ー学生の本分ー

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〈加賀編〉

 合い鍵を受け取った倉知がほくほく顔で出て行った一時間後、テレビを見ていると電話がかかってきた。
 倉知にしては遅い時間だったので、何かあったのかとおそるおそる電話に出た。
「どうした?」
『加賀さん……』
 声のトーンも暗く、明らかに落ち込んでいる。
『俺……』
「なんだよ、怖いんだけど。ゾンビに噛まれた?」
 俺の冗談をスルーして、倉知が暗い声で言った。
『再来週から、中間考査なんですけど、それで……』
 再来週。というと、三連休の次の週。
「あー、なんとなくわかった。遊んでる場合じゃないって親に怒られた?」
『近いです』
「というと」
『別に、遊びたきゃ遊べって。でも、成績落ちたらもう外泊禁止って言われました』
「なるほど」
 妥当な措置だ。リモコンでテレビを消して、ソファに寝転がる。
「よし、じゃあ旅行はキャンセル」
『そんなことしたら俺、死んでしまう』
「別にこれから先いくらでも行けるんだから。外泊禁止とどっちがマシ?」
 倉知が黙ったのは二秒ほどだった。
『旅行は行きます』
「えー?」
『だって、今までもそんな前から試験勉強なんてしてなかったし、そもそも俺、成績いいんで落ちない自信あります』
「お、おう、そうきたか」
 じゃあなんで天国から地獄にたたき落とされたみたいな声で電話掛けてくるんだよ、と言いたい。
『でも、さすがに試験前日の土日は勉強しとかないと怖いんで、旅行の次の週、泊まれません』
「はは、お前、毎週泊まらないと気が済まないの?」
 だから落ち込んでいたのか。
『一緒にいたいんです、少しでも』
 切なげな声で言う。
『うざいですね、俺』
「可愛いよ」
『か』
「うざかわ」
『それはどうとらえたら……』
 困惑した声。
「俺はお前が可愛くて仕方ないし、ずっとそばにいてくれたらそりゃ嬉しいよ。でも、俺のせいで勉強に身が入らないとか、学生の本分をおろそかにするのだけはやめてほしい」
 怒られた、と感じたのか、倉知が黙った。
「お前を信用して俺と付き合うの許可してくれたんだから、親を裏切るような真似はすんな」
『はい』
 いい返事だ。倉知は頭がいいからすぐに理解してくれて助かる。
「で、もう一回訊くけど、旅行は行っても大丈夫なんだな?」
『それは、はい。そこで充電して、テストまで我慢します』
 熱のこもった声に、背筋がゾクッとした。一泊目がラブホテル、という恐ろしい罠が仕掛けられていることを思い出した。こいつの場合、充電というより放電のほうが合っている。
「倉知君、お願いがあるんですが」
『え、はい、なんですか?』
「エッチは控えめにお願いします」
『えっ』
「えって。メインは旅行だろ? 腰立たなくなるまで抱かれるとか嫌だぞ、俺」
 電話口で、ごくり、とすごい音がした。
「何今の」
『こ、腰が立たなくなるまでは、だ、抱きません、よ?』
「ぐだぐだじゃん」
 はあ、とため息を吐く。ラブホテル、という環境も、きっと倉知を盛り上げるのに一役買うだろう。
『加賀さん、想像したら、下半身が大変なことに』
「若いっていいね」
 暢気に答えてあくびをする。
『すいません、疲れてるのに、その、あんなことして、こんな時間に電話して』
 あんなことを強要したのは俺だ。
「ん、いいよ。お前こそ、風邪引くなよ?」
『意地でも引きません』
「風呂入って温まって寝ろ。おやすみ」
 おやすみなさい、と囁くような倉知の声を聞いて、携帯を切る。
 もう一度あくびが出た。
 寝よう。
 寝室に移動して、乱れたベッドが目に入り、動きが止まる。
 シーツを替えなければ。
 でも眠い。
 ベッドに寝転がると、かすかに倉知の匂いがした。
 思いっきり匂いを嗅いで、その変態臭い自分の行動に、声を上げて笑う。
 予定よりだいぶ早く、合い鍵を渡してしまった。
 あいつを、駄目にしたくないのに、俺がやっていることは果たして正しいのか。
 考えてもわかるはずがない。
 寝ることにした。

〈おわり〉
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