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0219 おまけ
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<六花編>
まず母が言った。
「誕生日おめでとう!」
それで私は今日が自分の誕生日だと気づいた。
「うん、ありがとう」
ダイニングの椅子を引き、食卓につく。出勤前の父がご飯茶碗を少し持ち上げて、「おめでとう」と笑う。
「ありがとう」
「ケーキ、どんなのがいい?」
母が目を輝かせて訊いた。
「んー、別に」
もういい加減、ケーキで家族にお祝いしてもらう年齢でもない、という意味の「別に」だったが、母がハッと口元に手を持っていって、にやけた。
「今夜はデート?」
「違うけど」
千葉さんは私の誕生日を知らない。プレゼントを要求しているようで、私の誕生日は何月何日ですなんて、訊かれもしないのに教えにくい。
「寝坊した!」
階段を駆け下りる音が響き、リビングに転がり込んできた五月が私の隣に座ると同時に箸を持ち、「いただきます!」と声を張り上げ、目玉焼きをまるで飲むように流し込んでいく。
五月は食い意地が張っているので、朝食は欠かさない。アニメの食事シーンを見ているようだ。母のよそった白米と味噌汁の器を忙しなく持ち替えて、大急ぎで掻き込んでいる。箸が茶碗に当たる音がカチャカチャとやかましい。
「夜ご飯、何がいい? 六花の好きなのにしようよ」
母が言った。
「じゃあ餃子。大葉餃子がいいな」
「よーし、餃子パーティね」
「あっ、今日もしかしてりっちゃん誕生日?」
口を動かしながら五月が言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
お互いに軽く会釈をする。たとえ前日に喧嘩をしていたとしても、このやり取りをおろそかにはしない。
家族の誕生日がくるたびに、全員が祝う。離れて暮らす弟も、みんなの誕生日に必ずお祝いのメッセージを送ってくる。家を出てからは朝一に送ってきている。多分、そろそろ届くはずだ。
スマホの画面を見た。それらしい通知は見当たらない。
仕事中、何度も画面を見た。
おかしい。
もしかしたら、体調が悪くて臥せっているとか。
心配になったがどうやら元気らしいということは、ランチの時間に確認できた。七世はいつも通りで、どこか悪いとかでもなく、すこぶる健康だというのが、加賀さんの反応から見てとれた。
じゃあ、単に忘れているのだ。
忘れられて悲しい。という思いもあったが、それ以上に、萌えがあった。
あの細かい七世が。神経質で律義で、乙女のように記念日を重んじる七世が。
日々充実している証拠だ。姉の誕生日が入り込む余地などなく、頭の中が、生活が、加賀さんでいっぱいなのだなあと思うだけで私の心は踊った。もうそれで充分だった。
帰宅し、夕飯を終え、風呂に入り、絵を描いた。
十時少し前に、千葉さんからLINEが届いたが、誕生日だということは教えずに、何度か発言を交わし、おやすみなさいと締めくくる。
そうこうするうちに、そろそろ誕生日が終わる時間だ。
あと十分。
見事に忘れられてしまった。
それもいいか。
部屋の明かりを消す。目を閉じる。今頃二人はイチャイチャしているだろうかとほくそ笑んだとき。見計らったようにスマホのバイブの音が聞こえた。
頭の横のスマホを素早くつかみ、暗闇で画面を見ると、ホッと息が漏れた。
七世からだ。
『ごめん! 誕生日おめでとう』
そこで一旦途切れ、数秒後に「忘れてたわけじゃないけど忘れてた!」という意味のわからないメッセージが表示され、思わず吹き出した。
言いたいことはわかる。
うんうん、わかる、大丈夫だよ、ありがとう、と短文を連続で返信すると、泣き顔のスタンプが送られてきた。
可愛い弟だ。
顔が、見たくなった。正月以来会っていない。一か月以上も会わないのは、寂しい。ブラコンだな、と改めて自覚する。
あ、なんだかホッとしすぎて泣きそうだ。目の端に、じわりと熱いものがにじむ感覚。ぐっと堪え、スマホを定位置に戻し、目を閉じる。
一つ歳を重ねた私の一日が静かに終わろうというとき、再びの鳴動。
きっと、忘れていたことに対する謝罪文だろう。七世は恐ろしく真面目なのだ。
体を横向きにして、画面を明るくする。
そして、息を呑んだ。
目に飛び込んできたのは、七世と加賀さんの写真。私の喉から、文字には変換できない音が迸る。
心の中で、「らだ!」と叫んだ。ら、というのは裸の「ら」だ。
これは、多分、全裸だ。清々しいほどに「ら」だ。胸から上の写真だが、確実に、全裸だという自信がある。
この、ぬらぬらと、瑞々しく汗ばんだいやらしい肌。もしかしなくても、今まさに、愛し合っていたのでは?
写真の下に、「誕生日おめでとう」の一言だけのメッセージがポン、と現れた。
加賀さんだ。すぐにわかった。これは、加賀さんからの誕生日プレゼントだ。
火照った頬を寄せ合い、照れくさそうな七世と、淫靡で美しく、優しい微笑みを浮かべる加賀さん。幸せそうで、本格的に涙が出た。
日付が変わる。寝静まった深夜の闇の中、私の押し殺した慟哭が、響く。
〈おわり〉
まず母が言った。
「誕生日おめでとう!」
それで私は今日が自分の誕生日だと気づいた。
「うん、ありがとう」
ダイニングの椅子を引き、食卓につく。出勤前の父がご飯茶碗を少し持ち上げて、「おめでとう」と笑う。
「ありがとう」
「ケーキ、どんなのがいい?」
母が目を輝かせて訊いた。
「んー、別に」
もういい加減、ケーキで家族にお祝いしてもらう年齢でもない、という意味の「別に」だったが、母がハッと口元に手を持っていって、にやけた。
「今夜はデート?」
「違うけど」
千葉さんは私の誕生日を知らない。プレゼントを要求しているようで、私の誕生日は何月何日ですなんて、訊かれもしないのに教えにくい。
「寝坊した!」
階段を駆け下りる音が響き、リビングに転がり込んできた五月が私の隣に座ると同時に箸を持ち、「いただきます!」と声を張り上げ、目玉焼きをまるで飲むように流し込んでいく。
五月は食い意地が張っているので、朝食は欠かさない。アニメの食事シーンを見ているようだ。母のよそった白米と味噌汁の器を忙しなく持ち替えて、大急ぎで掻き込んでいる。箸が茶碗に当たる音がカチャカチャとやかましい。
「夜ご飯、何がいい? 六花の好きなのにしようよ」
母が言った。
「じゃあ餃子。大葉餃子がいいな」
「よーし、餃子パーティね」
「あっ、今日もしかしてりっちゃん誕生日?」
口を動かしながら五月が言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
お互いに軽く会釈をする。たとえ前日に喧嘩をしていたとしても、このやり取りをおろそかにはしない。
家族の誕生日がくるたびに、全員が祝う。離れて暮らす弟も、みんなの誕生日に必ずお祝いのメッセージを送ってくる。家を出てからは朝一に送ってきている。多分、そろそろ届くはずだ。
スマホの画面を見た。それらしい通知は見当たらない。
仕事中、何度も画面を見た。
おかしい。
もしかしたら、体調が悪くて臥せっているとか。
心配になったがどうやら元気らしいということは、ランチの時間に確認できた。七世はいつも通りで、どこか悪いとかでもなく、すこぶる健康だというのが、加賀さんの反応から見てとれた。
じゃあ、単に忘れているのだ。
忘れられて悲しい。という思いもあったが、それ以上に、萌えがあった。
あの細かい七世が。神経質で律義で、乙女のように記念日を重んじる七世が。
日々充実している証拠だ。姉の誕生日が入り込む余地などなく、頭の中が、生活が、加賀さんでいっぱいなのだなあと思うだけで私の心は踊った。もうそれで充分だった。
帰宅し、夕飯を終え、風呂に入り、絵を描いた。
十時少し前に、千葉さんからLINEが届いたが、誕生日だということは教えずに、何度か発言を交わし、おやすみなさいと締めくくる。
そうこうするうちに、そろそろ誕生日が終わる時間だ。
あと十分。
見事に忘れられてしまった。
それもいいか。
部屋の明かりを消す。目を閉じる。今頃二人はイチャイチャしているだろうかとほくそ笑んだとき。見計らったようにスマホのバイブの音が聞こえた。
頭の横のスマホを素早くつかみ、暗闇で画面を見ると、ホッと息が漏れた。
七世からだ。
『ごめん! 誕生日おめでとう』
そこで一旦途切れ、数秒後に「忘れてたわけじゃないけど忘れてた!」という意味のわからないメッセージが表示され、思わず吹き出した。
言いたいことはわかる。
うんうん、わかる、大丈夫だよ、ありがとう、と短文を連続で返信すると、泣き顔のスタンプが送られてきた。
可愛い弟だ。
顔が、見たくなった。正月以来会っていない。一か月以上も会わないのは、寂しい。ブラコンだな、と改めて自覚する。
あ、なんだかホッとしすぎて泣きそうだ。目の端に、じわりと熱いものがにじむ感覚。ぐっと堪え、スマホを定位置に戻し、目を閉じる。
一つ歳を重ねた私の一日が静かに終わろうというとき、再びの鳴動。
きっと、忘れていたことに対する謝罪文だろう。七世は恐ろしく真面目なのだ。
体を横向きにして、画面を明るくする。
そして、息を呑んだ。
目に飛び込んできたのは、七世と加賀さんの写真。私の喉から、文字には変換できない音が迸る。
心の中で、「らだ!」と叫んだ。ら、というのは裸の「ら」だ。
これは、多分、全裸だ。清々しいほどに「ら」だ。胸から上の写真だが、確実に、全裸だという自信がある。
この、ぬらぬらと、瑞々しく汗ばんだいやらしい肌。もしかしなくても、今まさに、愛し合っていたのでは?
写真の下に、「誕生日おめでとう」の一言だけのメッセージがポン、と現れた。
加賀さんだ。すぐにわかった。これは、加賀さんからの誕生日プレゼントだ。
火照った頬を寄せ合い、照れくさそうな七世と、淫靡で美しく、優しい微笑みを浮かべる加賀さん。幸せそうで、本格的に涙が出た。
日付が変わる。寝静まった深夜の闇の中、私の押し殺した慟哭が、響く。
〈おわり〉
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