妖精が見える三十路童貞の話

月世

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番外編

電車の眼鏡さん

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「俺のことが、好きですか?」
 突然、好きな男にそう訊かれ、俺は大いにうろたえた。
「休日出勤は気が重いけど、俺を見れてラッキーって思いました?」
 何も言えないでいると、思考を言い当てられ、いよいよ俺は混乱した。
 通勤電車でよく会う男に、ひそかに好意を寄せていた。突然目が合ったと思ったら、距離を詰められ、迷いのない口調でそう言った。
 なぜバレたのか。
 わけがわからず、何も言えなかった。
 どう答えるのが正解だったのか。
 土日と祝日を悶々と過ごし、火曜日の通勤電車。彼はいつもの時間のいつもの車両に乗っていた。
 チラチラと視線を送ってみたが、一向にこちらを見ない。
 彼は一体、なんなのか。何者なのか。
 三日間、いろんな可能性を考えた。非現実的ではあるが、おそらく彼は人の心が読める、超能力者《サイキック》なのだ。
 それしか考えられない。
 今、証明してみせよう。
 好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです。
 何回目かの「好きです」で、彼が俺を見た。
 やはり!
 彼は、エスパーなのだ。
 ますます好きです! 選ばれし能力者! カッコイイ! フゥ!
 脳内で絶賛すると、彼が少し首を傾げて斜め上を見上げ、苦笑いを浮かべた。
 今日もあなたを見られてラッキーです!
 念を飛ばす。
 彼が、控えめに俺を見る。
 そして、困った様子でかすかに頭を下げてきた。
 すごい。声に出さずに通じ合っている。
 舞い上がり、早口で語りかける。
 もしもし、あの、俺の声、聞こえてますか? もし聞こえていたら、ゆっくり二回、まばたきをしてください。
 少しの間を置いて、彼が俺を見て、ゆっくりと、二回、まばたきをしてみせた。
 なんてこった、本物だ。
 鳥肌が立った。
 彼は、特別な人間だったのだ。常々、そうじゃないかと思っていた。特別だから、本能的に惹かれたのだ。
 知ってのとおり、俺はあなたが好きです。付き合ってください。オッケーならまばたきを一回、ノーなら二回、お願いします。
 断られるはずがないと、自信があった。なぜなら、接触してきたのは、彼のほうだからだ。
 彼が俺を見る。小さくうなずいてから、まばたきを一回、二回。
 二回、つまり、ノーだ。
 なぜ?
 電車が停まったが、俺の体はぐらぐらと揺れている。
「恋人がいます。ごめんなさい」
 電車を降りる直前、俺の前を通り過ぎる彼が、照れくさそうに、嬉しそうに、囁いた。
 その顔があまりにも可愛らしく、美しかったので、納得した。
 いい恋を、しているらしい。
 俺の恋は終わったが、何やらとても清々しい。
 ホームの人ごみに紛れる彼の後姿を見送って、涙を拭う。

〈おわり〉
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