夫より、いい男

月世

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その後のオマケ

よしのの話

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※最終話を読後にお読みください。


「この時計、高そう」
 男の左手を取り、時計を見るふりをする。
「いいでしょ、ヴァシュロンコンスタンタンだよ」
「何それぇ、そんなの初めて聞いたぁ。おしゃれさんなんですね」
「まあね」
 男は、満足そうに口の端を持ち上げて、私の手を握ってきた。ぐいぐいと私の指の間に指をねじ込んで恋人つなぎをすると、微笑んだ。
 合コンでとなりに座ったこの男は、どうやら私が気に入ったらしい。飲んで飲んでとやたらとアルコールを追加してくる。
 多分、お持ち帰りを狙っている。
 彼はイケメンで、お金持ちそうだ。持ち帰られてもいいか、と思った。だって、失恋の傷を癒したい。そのために合コンに参加した。
 でも、やめた。
 私は反省した。それに、少しだけ賢くなったのだ。
「最近、離婚しました?」
「えっ?」
「それとも合コンのときだけ指輪外すとか?」
「……えっ?」
「どっち?」
 男の手のひらが汗で湿ってきた。
「なんでわかった? って顔してる。左手の薬指に指輪のあとがあるんですよ」
 視線を落として教えてあげると、男が私の手をパッと解放した。慌ててポケットの中に左手を隠すと、にへら、と間抜けな顔で笑った。
「既婚者かあ」
 勢いよくビールを呷って、乱暴にジョッキを置く。男が「いやいや」と素っ頓狂な明るい声を出した。
「いやいやいや……、うん、でも、割り切った関係のほうがお互い楽じゃない?」
「えー? どういうこと?」
 ニコニコ笑って、少し首を傾けた。
「スリルも楽しめるし、悪いことしてるって背徳感とか、あとは奥さんに対する優越感とか……、そもそもさ、不倫なんてみんなしてるよ?」
「みんなって誰?」
「え? えーと、誰って言われても」
「だよねえ、みんなはみんなだよね。私もね、ちょっと前までみんなしてるじゃんって思ってた。だってほんとにみんなしてるんだもん。わかるわかる。既婚者との恋愛、面白いしワクワクゾクゾクするのもわかる。でも、みんなは代わりに慰謝料払ってくれないんだよね。人の家庭を壊すとね、慰謝料払わなきゃなんだって。知ってた? あなたにそんな価値あるかなあ。時計は素敵だけど、それだけかな」
 誰か別人が憑依したみたいに、私の口は滑らかだ。
 わかっている。これは受け売りだし、ただのブーメラン。
 でも、気持ちいい。
 どんどん白くなっていく男の顔を見ていると、楽しくて仕方がなかった。
 すごい、私は今クソ男をフルボッコにしている。
 快感に身を震わせたあと。
 満面の笑みで、決め台詞を吐いた。
「不倫って、悪いことなんだよ。知ってた?」

〈おわり〉
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