抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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入学式

先輩

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 昼食の後、アーロンは火の国の二人に自分の寮まで送って貰った。
 寮は揉め事が起こらないように爵位毎になっている。爵位が高いほど校舎から近いらしい。アーロンの家は男爵家なので校舎から一番遠くなる。ど田舎で平民に毛が生えたような暮らしだったのでアーロンは歩く事は苦にはならない。だが、ぽっちゃりした二人は不満そうだった。

 「いやあ、もうちょっと近くでもいいと思うよ、おいら」
 「暗くなったら一人で行動するのは止めた方がいいですね」

 二人は周囲を見回しながら、あそこは灯がないから夜は危ないだの、こっち側は窓がないから反対側を歩く様にした方が良い等教えてくれる。

 (そもそも夜、出歩くつもりないんだけど。あ、もしかして夕飯の後とか?)

 心配してくれるのは嬉しいが、ここは貴族学院なのだから居るのは貴族の子息と教師だけだ。幾らなんでもごろつきやならず者に対するような用心が必要だと思えない。そこまで気にする事もないのにと苦笑してしまう。
 それにアーロンは剣は苦手だが自分の身を守る方法は考えてある。いじめっ子に囲まれるような事があっても、最悪隙をついて逃げ出せば良い。足には自信があるのだ。
 
 (それよりも、お昼もっと食べたかったなあ。物足りないよ)

 軽くしないと夕飯が入らなくなると主張する二人に止められて、食べたい物を選べなかったのだ。
 昼は三種類の定食から選ぶ事になっていて、今日のメニューは、牛ステーキか、白身魚のクリーム煮か、サラダだった。サラダと言っても野菜がメインになっているだけで器の大きさもステーキの皿と同じくらい、それだけでお腹いっぱいになるような量にはなっていた。今日のはカリカリベーコンとクルトンが沢山のっていた。でも所詮は葉っぱだ。アーロンは迷わずステーキを選んだ。付け合わせのポテトフライが揚げ油の美味しそうな匂いをさせていて早く食べたい。

 「ちょ、待って待って」
 「え、なんで止めるの?」
 「いや、お腹いっぱいになっちゃうでしょ? それ」
 「え、でもライスじゃなくてパンにしておくから」
 「いやいやいや」

 手に取ったのをタイスケに取り上げられて、イチロウにサラダのお盆を渡された。

 「え」
 「うん、お似合い」

 何故か周りの知らない生徒達もうんうんと頷いている。

 「え、でもお」

 とアーロンが諦めないでいると、火の国の二人だけじゃなく、その場にいた知らない生徒達も横に首を振った。解せぬ。仕方がないので、パンを三個にしたけど、それも二人に一個ずつ取られてしまう始末。目の前の二人はステーキで、ライスも山盛りにしているのが恨めしかった。

 (夕飯、よっぽど美味しいのじゃなきゃ許せないんだから)

 アーロンは二人の皿を睨みつけながら、我慢して葉っぱを咀嚼した。
 

         ☆
 
 
 寮の部屋はベッドと箪笥と小さな勉強机と椅子、それだけで一杯になってしまうような小さな部屋だった。また後でとアーロンの寮の玄関ホールでタイスケと待ち合わせをして、火の国の二人とは別れた。

 (あの二人、この部屋に入るにはちょっときつそう)

 アーロンは二人の体型を思い出してくすくすと思い出し笑いをする。

 (留学生の部屋って広いのかな?)

 男爵家の寮でも従者を連れて来ている場合は二間続きの部屋を貰えるらしい。もしかしたらあの二人も従者を連れて来ているのかもしれない。

 (ご馳走してくれるって事は、料理人を連れて来てるのかな? 二人の部屋には台所や食堂もあるのかな?)

 そうだとしたら羨ましい。でもアーロンにはこの部屋で充分だ。

 (やったー! 誰にも邪魔されない僕だけの部屋!)

 アーロンはベッドに飛び込んだ。嬉しくって足をばたばたさせてしまう。
 実家では一人になれる時間はなかった。一番上の兄の子供達が入れ替わり立ち替わりやって来て邪魔をする。朝には寝ているアーロンの上に飛び乗って起こしに来るし。母が勝手に部屋に入って掃除をするのにも困った。見られたら困る物程見つけられてゴミと決め付けられ知らないうちに捨てられてしまうのだ。
 因みにアーロンの家は使用人を雇う余裕はないので、家事は全て自分達でやっていた。滅多に無いが、格好付けなければならない時は臨時で領民を雇うらしい。ーーらしい、というのはここ最近でそんな格好付けなければならない状況になったのは一番上の兄の結婚式で、まだアーロンは生まれていなかったからだ。

 (ふわー、快適!)

 両手を伸ばしてごろごろと右に左に転がってみる。ちゃんと鍵のかかる自室、もうノックの音と同時にドアが開けられる心配も無い。

 (あ、そうだ。必要ないと思うけど、一応準備しておこう)

 アーロンはぴょんとベッドから飛び降りると先に着くように手配されていたトランクをがさごそと探る。

 (えっと、どこに入れたっけ?)

 「あったあった」

 (嫌な奴がいたら使おうと思って持って来たんだけど、これをこうして、上着を着れば分からないよね)

 アーロンは鏡の前で全身を確かめ、にんまりした。


         ☆


 待ち合わせの五分前、アーロンは玄関ホールを見回した。まだタイスケは来ていない。
 ソファや座り心地の良さそうな椅子が置いてあって、隅の方にはお茶の用意がしてある。生徒達が寛いでいて、お茶を飲みながらおしゃべりしているグループや、一人で本を読む者、勉強している生徒もいる。

 (へえ、ここってこういう使い方をするんだ)

 アーロンは入り口に近く、人が来たら見えそうな場所を見つけて腰掛けた。

 (ちょっと手持ち無沙汰。でもまあ、もう直ぐ時間だからなあ)

 壁際の大きな柱時計で時間を確認する。するとちらちらと此方を伺っている集団に気が付いた。

 (同じクラスの人では無いと思うけど、なんか話し掛けられそうな予感。この後約束してるから、今話し掛けられてもなあ。同じ寮の友達欲しいし、今じゃなきゃ良かったんだけど。もう直ぐタイスケ様来ちゃうだろうし、外で待つか)

 アーロンはすっと立ち上がって、寮の外に出た。
 中は生徒達の熱気で暑かったのか外は涼しく感じ、ひんやりした空気が気持ち良い。遠くに入学式を行った講堂が見えた。上にあるのは鐘楼かと思ったら、時計も付いていた。離れているけどかなり大きいので時間は分かる。時刻は待ち合わせ時間ぴったり。
 
 (まだ来ない)

 お腹が空いて来た。食堂の夕食より早めの開始にすると言っていたのに、まだ来ない。お腹が空いて集中出来ないので、ぼーっと前方を見ていると、人影が見えた。タイスケかなと目を凝らすと、一人では無かったので違ったとがっかりして下を向く。

 (やっぱりステーキにすれば良かった)

 二人に止められたけど、食べるのは自分なんだし好きに選べば良かったと後悔した。イチロウにサラダを渡されたけれど、食べようと思えばサラダとステーキの両方食べられた。両方食べて、さらにあのぽっちゃりした二人が量が多いという火の国のご飯を食べても残さない自信がアーロンにはある。

 (はあ、切ない)
 
 お腹を撫でながら立っているとがやがやと話しながらやって来た集団が割と近くなったので、同じ寮なら挨拶した方が良いだろうなと顔を上げた。そして選択を間違えた事に気が付いた。

 (中で待ってた方が良かったな)

 同じクラスの、それも最後迄教室に残っていた、嫌な感じがした生徒達だった。

 (笑え)

 「ご機嫌よう」

 アーロンは口角を上げにこやかに挨拶する。

 「呼び出そうと思ったのだが、手間が省けたな」
 「丁度良かった、我々は君を夕食に誘いに来たのだよ。さ、行こうか」

 (え、何で?)

 びっくりしていると手を取られそうになり、思わず振り払ってしまう。

 「何をする!」

 大声を張り上げられ、アーロンは益々彼等が嫌いになった。でもそれを露わにするのは良く無さそうだ。

 (迎えに来たって事は、この寮の生徒じゃ無い。つまり僕より爵位が高いって事だよね?)

 集団に囲まれるのは良い気がしない。アーロンは小柄なので、目の前にいる生徒達の方が背が高い。ましてや感じが悪いと思っていた生徒達だ。嫌で堪らない。でも今の様な状況に、相手もアーロンと同じ男爵家なら文句は言えるが、そうで無いなら分が悪い。

 「申し訳ありません。急に身体に触れられたので驚いてしまって……」

 上手くいくか分からないけれど、取られそうになった手を胸の前で握り締めて目線を下に向け、か弱そうな振りをしてみる。

 「くっ。それはすまなかった」

 怒鳴った生徒は気まずそうだ。謝ったのは他の生徒だったけれど。でもこの後どうして良いのか分からない。

 (あの二人と約束しているからって断ったらまた怒鳴りそうだよね。参ったな。ここにタイスケ様が来たら揉める事しか想像出来ない。あ、でもタイスケ様なら分かってくれるかな? タイスケ様が来た時にこのやり取りを続けてて、目の前で彼等の誘いを受け入れば断れなかったって気が付いてくれそう。ならもう一寸話を引き延ばすか)

 「同じクラスの方々ですよね?」
 「そ、そうだ。君は昼間異国人と一緒に居ただろう」
 「はい」
 「あの様な野蛮な人種と君の様な人が一緒に行動するのは良くない」
 「そうですか?」
 「そうなのだ。君の様に物を知らない純粋な人には分からないかもしれないが」
 「僕が純粋だなんて、そんな事は」

 (あー、やっぱりその話か。空きっ腹にこのやり取り響く。初日から僕ついてない。この人達と夕ご飯嫌だなあ。せめて夕飯は好きな物を選ばせて欲しい)

 気乗りはしないが此処を乗り切る為に笑顔を維持していると、「あ、アーロン様お待たせえ」と呑気なタイスケの声がした。

 (いやいや、タイスケ様空気読める人だと思ったの間違いだったかしら? こう、遠くから様子を伺う、とか出来ないの?)

 声の主がタイスケだと分かったのか、目の前の集団も一気に顔付きが鋭くなる。

 (ああ、やだやだあ~。もう僕帰りたいよー、帰るとこないけどお)

 アーロンが心の中で叫びながら、集団と一緒に声のした方を見ると、タイスケは目が覚める様な男前と一緒に居た。丸っこい彼と対照的なその金髪碧眼の背の高い生徒を目に留めた途端、アーロンの前に居る感じの悪い集団の態度がさっと変わった。

 「ご機嫌よう。私は、彼に用があって来たのだが、話しても大丈夫かい?」

 男前はにこやかに微笑みながら一歩前に出た。声が良い。なんとなくなけれど、良い匂いもするような気がする。こう、嫌な奴らに囲まれて濁った空気が一気に浄化されていくような。

 「どうぞライム先輩」
 「あれ? 君、私の事を知っているの?」
 「はい、ライム先輩は有名ですから」

 男前に浄化されたのか、嫌な生徒達も爽やかになっている。顔付きまでさっきまでと嘘みたいに違う。

 (ライム、ライム。聞いた事がある名前。あ、分かった。三の兄上が言ってた、超優良物件!)

 僕、その気は無いけれど……とアーロンは否定しながら、三番目の兄ケビンの話を思い出した。

 ーーいいか、アーロン。狙い目はライム伯爵家のヨアヒムだから! 嫡男だし、実家も金持ちだし、何より超イケメン!! 文武両道! 評判もイイ! 奴の愛人を目指せ! ただ三年だからなあ、一年のアーロンが知り合うのは難しいかもしれないけど、方法はある! いいか、耳の穴かっぽじって良く聞くんだぞーー

 (って言ってたけど、あんま聞いてなかったやつだ。でも、本当に格好良いなあ)

 アーロンがぼーっと見惚れていると、いつの間にか生徒達とライム先輩とで話がついた様だった。

 「先輩とお約束があるとは知りませんでした」
 「うん、彼も君達の誘いを断り難かったんだろう」
 「そんな、遠慮せずに言ってくれたら良かったのに」

 ばん、側に居た生徒に肩を叩かれた。痛い。力が強過ぎる。手を触られるのだって嫌だったんだから、察してくれと思ったが無理矢理笑顔を維持する。そうして同じクラスの感じの悪い集団はにこやかに立ち去って行った。

 (なんか? よく分からないけど、助かった??)

 

 

 

 
 
 
 
 
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