抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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授業

キース先輩

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 「えと、じゃあ出発! アーロンちゃんは迷子にならない様に僕と手を繋ごうね!」
 
 補佐の上級生に無理矢理手を取られたが、子爵家の子息に触れられた時のような拒否反応はアーロンには無かった。ただその体温の高さと手の荒れ具合に驚いた。
 手が温かい人は心が冷たいのだと良く聞くけど、それは本当なのか実の所よく分からない。アーロンの手も温かい方なのだ。そう言えば、昨日ちょっと触れたライム先輩の指先はひんやりとしていた。手が冷たい人は逆に心が温かいと言われている。だからその理論でいけば、アーロンと補佐の上級生は心が冷たくて、ライム先輩は心が温かいという事になる。ライム先輩の心が温かいのは良い事だけど、自分の心が冷たいとは思いたくない。それにこんな元気いっぱいの人の心が冷たいとは思えないし。
 それにしても大分彼の体温は高めだ。具合が悪そうには見えないから、元々そういう体質なのだろう。元気が有り余っている様な人だから、活動的でよく動くせいで体温も人より高くなるのかもしれない。
 それはまあいいとして、手が酷く荒れている事が気になる。剣を使う人の剣だことは違う、ごつごつした所は一つも無くて柔らかいのに荒れている。これは水仕事をする人の手だとアーロンは確信した。
 アーロンも家が貧乏で使用人が居なく、母の手伝いをしていたから、皿洗いや掃除洗濯などの水を使う家事で手が荒れるのは知っている。アーロンの家でも今は魔道具が入っているので食器洗い機もあるし、掃除機や洗濯機もある。だが、母は「やっぱり自分でやるのに慣れてるのよねー」と全部を魔道具任せにはしていない為、時々手がかさついている。そのかさつきに似ているのだけれど、これは酷い。ちょっとかさついているどころでは無くて、がっさがさだ。

 (っていうか、この人貴族だよね。お手入れしてないの?)

 あまり外見を気にしない母やアーロンでさえ、手のお手入れはしている。乾燥すると手が痒くなるのもあるけれど、さすがに貴族の手が荒れているのはらしくないと分かっているし。
 補佐の上級生は矢鱈と元気があり過ぎて苦手だし、顔も美形では無いのだが、都会的な洗練された雰囲気があるので口さえ開かなければ素敵な先輩に見えない事もないのだ。よく見れば髪型もお洒落だし、使っている万年筆も珍しい意匠なので趣味が良いのだろう。
 そんな人が手荒れを気にしないとは思えなくて、アーロンはこの疑問を誰かと共有したくて堪らなくなった。それで目線を彷徨わせると、何か勘違いしたのか、

 「え、アーロンちゃん恥ずかしい? ん、じゃあ、アーロンちゃんだけじゃなく、ぷにちゃん二号とも手を繋いじゃおう!」

 と、空いている手でタイスケの手を取った。次いでに自分の荷物はちゃっかりイアンに持たせて。

 「両手に花! やったね!」

 楽しそうに二人の手をぶんぶん振りながら歩き出すのに引き摺られる様について行く。タイスケは「うえー」とこれから絞め殺される前の鶏みたいな声を出して、もううんざりしているのを隠さない。けれどもそれに対して気にする様子もないから、恐らくいつも彼はこういう突拍子も無い行動をとっていて、それに対して周りも呆れ気味なのだろうと窺えた。



        ☆


 「じゃーん、ここが一年生の掲示板です。試験の順位とか、さっき説明した木曜日の特別講義のお知らせもここに貼り出されるよ」
 「なるほど」

 手を繋がれているアーロンとタイスケも、彼の荷物を持たされているイアンも、もう三人とも補佐の上級生の元気過ぎる勢いに気圧されてしまっていて、すっかり喋る元気が無い。
 教室を出た後はイチロウが一人、彼の話し相手となっていた。

 「成績は全員分貼り出されるのですか? この掲示板は王太子殿下もご覧になられるのでしょうか?」
 「うん、そうだよー」
 「なるほど、等しく平等」
 「うん。あ、人増えて来たねー、移動しよ」

 Bクラスの生徒なのか、自分達と似た様な人数構成の初々しい生徒の集団と擦れ違う。ただ、それ以外の上級生っぽい生徒もふらふらしていて、その中の数人がアーロン達の班の補佐の上級生に「よお、キース! 何やってるんだ?」と話し掛けたり手を振ったりして行く。彼は中々人気者の様で、殆どの生徒と顔見知りの様だった。

 「っていうか、キース先輩?」

 タイスケがその名前に驚く。アーロンも驚いた。
 その名前を確かに聞いた。イアンの兄である、男爵家の寮の二年生の寮長から。

 「そうだよー。あれ? 僕の名前言わなかったっけ」
 「聞いてないっす」
 「うわー、ごっめん。ちゃんと先輩らしくしようと思って色々喋る事考えてたんだけど。順番とか、あれ? 何で抜けたんだろ?」

 本当に疑問に感じている様なので、悪気は無かったらしい。

 「僕ちょっと最近忙しくてねー。あっち行ったりこっち行ったりしてたから。言い忘れてる事色々あるかも知れないから、分からない事気にせず指摘してね!」

 繋いだ手をぶんぶん振りながら話される声は全く悪びれていなかった。
 
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