抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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ライム先輩との冬

証明

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 食後、ライムと同じく珈琲のみで、と注文したアーロンに、

 「本当に、それで良いのかい?」

 とライム先輩は何度も聞いて来た。
 でもデザートを食べながらじゃちゃんと説明出来ないし、珈琲には敢えて牛乳も砂糖も入れないつもりだ。苦くて美味しくないが、ちょっとずつ舐める様にして飲んだら気が引き締まるのではないかと考えたのだ。

 「先輩が珈琲を飲まれている間に、何とか説明が終わる様にしたいと思います」
 「いや、そんなに気負わなくても大丈夫だよ」

 杯を持つライム先輩はにこやかだが、アーロンの顔は引き攣るばかりだ。少し酔いがまわったのかライム先輩の目元はほんのり赤い。風呂敷包みを持ったマーリーが尋ねる様にライム先輩の顔を覗き込むと、先輩はアーロンを手で指し示した。マーリーがアーロンの前に置いてくれたので、立ち上がって、風呂敷包みを解く。

 「その包みは美しいね。火の国の品だよね?」
 「はい、そうです。リバー先生が火の国のお店で購入した物を貸して下さいました。絵柄がお気に召したそうで」

 風呂敷は綺麗に畳んで箱の隣に置く。畳み方を教えてくれたのは、タイスケだ。
 リバーがしてくれた魔法陣の封を外す。蓋を開き、まずは契約書と二番目の兄ジェフの手紙を出すと、マーリーが隣に来たので、預けた。ライム先輩が手にしたのを見て話し出す。

 「その手紙は、兄が変更案を纏めてくれた物です」
 「ふむ、綺麗な手だね」

 書いたのはジェフだ。ライム先輩は恐らく、兄とはケビンの事だと思っているだろう。だが、リバーによると、ライム伯爵なら字を見ただけで誰が書いたか察する筈だ、内緒にしとけとの事だった。にやにやしていたから、何か理由があるのかもしれない。
 
 「雇用なのですが、僕としては魔道具師としてを希望したくて金額面の変更案になっています。勿論、これからの成績で判断して頂く事は理解しています。勉強を頑張るのは勿論ですが、その、伯爵家の魔道具師として採用して頂ける様な力量があると、……いずれですが、変更案にある様な金額を頂ける様な魔道具師になれると、その、思って頂ける様に、今日は入学前に僕が作った作品を用意しました」
 
 ライム先輩は、ジェフが書いた変更案に目を通しながらアーロンの話を聞いていた。そして、

 「うん。確かに、伯爵家に雇用される程の魔道具師ならこの金額は貰えるだろう。貴族家に雇われたがる魔道具師というのは減っていてね、貴重だ。以前、君と行った魔道具店の様に、個人で店を構えた方が色々な貴族と直接やり取り出来るので実入りが良い」

 とアーロンの顔を見た。

 「君に提示した条件は低かったのは認めるよ。ただ、此方としても、出来るか分からないのに契約は出来ない」
 
 いつもの先輩と違う伯爵家嫡男としての態度、例え君でも甘えは許さないと言いたげな冷たい口調に、アーロンは自分の手をぎゅっと握り締めた。怖い。

 「勿論、それは分かっています。ですので、今日は、僕が学院入学前に作った物を用意しました」
 「魔道具を作ったのかい?」

 意表を突かれた表情の先輩に、アーロンは更に顔を強張らせた。
 
 「その、魔道具ではないです」
 「何だ」

 がっかりした様な先輩の後ろで、マーリーも肩の力を抜いたのが見えた。いつも気配無く控えているマーリーに動きが見えたのは初めてで、アーロンは益々言い出しにくくなる。

 「君の事は好きだが、それとこれとは」

 呆れた様にライム先輩に否定されて、不味いと思ったアーロンは慌てて先輩の言葉に被せた。

 「厳密に言うと、です! その、魔道具ではないです、が! リバー先生に見せた所、それに準ずる物だと評価して頂きました! 学院でしっかり勉強すれば提示した金額を頂けるだけの魔道具師になれる証拠になるだろう、と言って頂きました!」
 
 アーロンの勢いに、ライム先輩は吹き出しそうにしながら、

 「分かった。分かった。リバー先生が仰るならそれだけの理由があるのだろう。話を聞くよ」

 と両手を前に出して宥める。
 アーロンは自分が子供扱いされていると分かった。元々先輩はアーロンをか弱く力の無い存在と見なしていて、「魔道具ではない」と言った辺りから先輩には力量の無い人間がそれを認められなくて向きになっていると取られていると感じた。軽んじられている。これをどうにか巻き返さないといけないのに、どうにも感情的になってしまう。

 (落ち着いて、話さなくちゃ。リバー先生は大丈夫って言ってくれた)

 「ちゃんと聞くから、まずは座るかい?」
 「あ、いえ、このままで」
 「そう?」
 「はい」

 アーロンはライム先輩を見ない様にして話し出した。先輩の口元に何だか皮肉っている様な笑みが浮かんで見えたのだ。

 「二つあります。僕が、僕の自衛用に作った物なので、伯爵様に見て頂いたらお返し頂きたいのですが」
 「うん、それは構わないよ」
 
 アーロンは二枚のベストをライム先輩の前に並べる。途中で止められない様に、どんどん早口で説明していく。

 「学院の制服を利用しています。右のベストは、背後から襲われた時、相手が肩に手を掛けると手がびりっとなって痺れるので、驚いて僕の肩から手を離します。ので、その隙に逃げます。左は、ベストはあまり関係無いです。襲われた時に反撃する為の武器が入っています。先輩はご存知かは分かりませんが、『ぱちんこ』という平民の子供のおもちゃを強力にした物でして、ゴムで玉を飛ばします」

 アーロンは内ポケットから金属製のぱちんこを取り出して、握ると玉は持たず、先輩とは目を合わせずに下向きに軽く引いて見せた。

 「玉は四種類あります。子供のおもちゃの延長なので、その、大した物では無いのですが、これはくしゃみが止まらなくなる玉で、こっちは目に当たるとひりひりします。そして、これは大きな音がして吃驚させます、これは一瞬眩しく光るので目眩しに使えます。このぱちんこは、金属で出来ているので、平民の子供は森の木の枝を使って作るので、それよりは飛距離がかなり出ます。その、」

 ここでアーロンは言葉を止めた、自分の力なら、玉によっては本気を出せば壁に穴を開けられるし結構な距離を飛ばせるのだが、「怪力自慢は可愛く無いからライムの息子にはするな」と三番目の兄ケビンに止められていたからだった。どの程度飛ぶ事にしようか、領民の子らと遊ぶ時の要領で良いだろうかと迷って止めたのだ。
 恐る恐る先輩の顔を見る。此処迄一気に話してしまった。やっぱり先輩は呆れているだろうなと、思ったが、案に反して、先輩は鳩がぱちんこで豆を喰らった時の様な顔をしていた。そして、マーリーを振り返ってから、またアーロンを見た。

 「魔道具ではないのかい?」
 「? はい。魔法陣も魔石も使っていませんから」
 「成る程。手に取って見てみたいのだが」

 すると、マーリーが「私が」と進み出た。

 「うん、そうだな。アーロン君、マーリーにやって見せてくれるかい?」
 「はい」
 
 アーロンはびりっとくるベストを手に持つと、身体に触れる面を下向きにして机の上に広げた。マーリーが寄って来る。

 「ポケットの装置を作動させると、背中側に静電気が発生して触った人を痺れさせます」
 「せいでんき?」
 「はい。異国の概念ですが、人間の身体には電気という力が流れています。正の力と負の力があるのですが、同じ力同士だと互いに反発し合います。それを利用して、触れた人間に痛みを与えます」
 「念の為、ヨアヒム様は、机から離れられた方が」

 と、マーリーがライム先輩に注意を呼びかけたが、アーロンは止めた。

 「あ、机に面してる方は安全です。僕が着た時に自分の身体に接する部分なので」
 「成る程」

 ライム先輩がそのままの位置で動かず頷くので、マーリーはそれ以上は言わなかった。

 「作動させますね」

 アーロンが装置を作動させると直ぐにマーリーがベストに手を置いた。躊躇いも無く手のひらを押し付けたが、弾かれた様に手を引くと「うっ」とうめいてマーリーはよろけた。

 「どうだ?」
 「……かなり強力です。触れた部分に、まるで刃物で刺された時の様な鋭い痛みが一瞬のうちに押し寄せて弾かれました。今は少し痺れが残っております」

 マーリーの言葉にライム先輩はアーロンを見た。

 「それは、もしかして子爵家の生徒に襲われそうになった時に身に付けていた物かい?」
 「そうです」
 「成る程。もう一度装置を作動させるやり方をマーリーに見せてくれないかい?」
 「はい」

 アーロンがやって見せる。

 「玉の説明も頼む」
 
 アーロンの説明が終わると、ライム先輩はマーリーに尋ねた。

 「覚えたか?」
 「はい」

 ふう、と息を吐くとライム先輩はアーロンと目をしっかり合わせた。

 「疑う様な事を言って申し訳なかった。父に見せよう。玉の方は、此処では確かめられないから預かるが、使ってしまっても構わないかい? その、実際に試してみたい」
 「勿論です」
 「預かってしまって君は大丈夫かい? 勿論これからは、ライム伯爵家の名において君を危険な目に遭わせる事は無いと誓うが、護身の為の物だろう?」
 「あ、大丈夫です。予備があります」
 「そう」

 ライム先輩の目には、もうアーロンを軽んじる色はなかった。
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