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10 親公認ですか?
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「たっだいまー。洋ちゃんお迎え、お迎えはぁ?」
酷くご機嫌な富士子の声がした。酔っ払ってんのか? てっきり駅迄迎えに来いってメールが来ると思ってたから、自室に引っ込まずに居間で親父とつまんねえバラエティー見ながら待ってたんだけど……。タクシーで帰って来たのか? 珍しいな。いつも勿体無いって、絶対にタクシー使わないのに、と洋介は無視した。
「ねえ、まだ? まだぁ?」
うっせえなあ。外でチャップスがワンワン吼えてたから分かってるよ。お迎えなんかした事ないだろ?と放って置いたら、「あ、あの。ほんとに。ほんとに。僕はこれで帰りますので……」と聞いた事のある声が。
えええ!?と慌てて玄関に走ると……。
「星さん!?」
「……今晩は、岬さん」
物凄く気まずそうな顔で、うちの狭くて汚い玄関にうら若いイケメンが!ってお袋、星さんと歌舞伎に行ってたのか!と洋介は驚きつつ納得した。
富士子が観劇の類いに出かけるなら、いつもは自分の妹の旭伯母と行くのだ。だのに珍しく『友達と』などと言うので、そういう友達がいたのは初めて聞いたと少々気になってはいたのだ。
「あらあ、ここのうちはみんな岬さんなのよ。それじゃあ誰に挨拶してるのか分かんないわよぉ」
富士子がバンと大きな音をさせる。星の背中をど突いたのだ。よろけた後、頑張って踏ん張ったイケメンに更に富士子は畳み掛ける。
「ね? 名前で呼んであげて頂戴な。でないと区別つかなくなるから。洋ちゃん、真一君と歌舞伎観て来たの。良かったわあ。幕間にデパ地下で買ったお弁当食べて、その後車で送ってもらったのよ。運転疲れただろうからちょっとお茶入れてあげようと思って」
いやいや、その言い方だと俺が名前で呼んで欲しいみたいだからやめてくれよ。そして妙に仲良くなってんね。名前呼びかよと洋介は心の中でつっこんだ。
思わず憮然とすると、星の顔つきが強張る。そして俯いて、「あの、夜分遅くに申し訳ありませんでした。これで失礼します」とぺこりと頭を下げて背中を向けた。
「待って下さい」
俺もそこまでやな奴じゃないと洋介は引き止めた。飽くまでも社交辞令として。
何しろ東銀座からこの家まで運転して来たのだ。ここは千葉のど田舎、周囲には畑しかない。東京から高速で来たならすいてれば一時間もしなかっただろうが、それにしたって車で送るにしては面倒な距離だ。思うところはあるが、そんなところまで老母を送ってくれた人に対して礼儀を欠く振る舞いはしたくない。
「お茶一杯くらい飲んで行かれたらどうですか? 狭くて汚い家だけど」
「そうそう。って、洋ちゃん掃除機かけてくれたんでしょ?」
「かけたよ」
「じゃあ狭くても綺麗でしょ? 汚いは余計よ。掃除してないみたいじゃない」
富士子は酒でも飲んだように超ご機嫌だ。だが反対に洋介は気まずいのがMAXだ。
今日も星はセンスの良い服を身に付けている。薄手のベージュのタートルネックセータにグレーのフランネルのジャケット。ツイードの細身のパンツ。一方洋介は十年どころか二十年近く着てる毛玉のできたスウェットの上下だ。その上に羽織っている半纏はこの家にいつからあるのかも思い出せないくらい昔からある。オマケに伸びてきた前髪が邪魔だからとヘアバンド姿だ。四十過ぎのオッサンにもなってヘアバンドなんて若作り、と思われたはずだ絶対。
まあ、一応引き止めたし、これで帰るって言ったら、どうぞと洋介は開き直った。
「あ、じゃあ」
上がるのかい!と洋介は心の中で盛大につっこんで、さっさと暖かな居間へ逃げた。だがその口元が少し上がっていたのを富士子は見逃さなかった。
お茶でも入れるかと洋介が台所へ向かうと、そこには既に平介いた。「俺がやっとくから。お客さんの相手をしなさい」と洋介は追い払われてしまう。
「こっち、座って下さい」
寒かった玄関と違い、居間は石油ファンヒーターで暖められている。寒い所から急に暖かな場所へ来たせいか星の鼻の頭が赤くなっていた。洋介は、イケメンも鼻の頭が赤くなるんだなんてくだらないことを考えながら、椅子を引いて勧めた。
洋介の家では、居間とダイニングが兼用になっている。広さは八畳で、大きな丸テーブルがテレビの前にドンと置いてあって、そこに椅子が家族分ある。食事をとったり、食後にお茶を飲んだり、日中はそこで平介がテレビを見て過ごす。
因みに先日、『HKD47』の婚活アドバイザーが来た時に使ったのはこの部屋ではない。玄関を挟んで反対側、岬一家では『新館』と呼ばれている側の一階だ。『新館』は後から増築した部分だ。と言っても上と下に一部屋ずつ。館と言うほど大きくはないが、当時小学生だった行介が『岬家新館だ!』と騒ぎ立ててから家族内でその呼び方が定着してしまった。
元の建物よりは新しいので来客がある場合はそちらが応接間として使われている。普段は第二の居間兼客間だ。テレビがあるので富士子が平介と違う番組を見たい時にそこで見るし、行介一家が来ればそこへ泊める。
それはさておき、今、洋介が星を案内した新館でない方の居間はかなり窮屈で、生活感に溢れていた。本当は嫌だったが、『新館』の居間は使用していなかったのでこれから暖房を付けて温めるとなると、かなり時間がかかってしまう。おまけに、富士子が着物を脱ぐんだと言ってそちらに篭ってしまったから使えない。
丸テーブルだけでかなりの大きさなのに、更にマッサージチェアと、孫が生まれてから赤ん坊を寝かせやすいようにと富士子が買った二人がけソファー迄ある。あとは昔富士子が弾いていたピアノまで置いてあって、かなり窮屈だ。人二人がすれ違う場合何処にも相手の身体に触れず、というのは絶対に無理だった。
オマケに平助がテレビの前の自分の定位置から取りやすいようにと、ポットを始め、自らお菓子(ナッツや小魚、ドライフルーツなどの健康食品)の入った瓶や、果ては数独やクロスワードパズルをするのに使うペン立てなどまで丸テーブルの一角に置いている為、かなりゴチャゴチャとしていた。
そんな生活感満載のごちゃごちゃした部屋に洋介が星を通した所で、富士子から声が掛かった。
「洋ちゃあ~ん。ちょっと手伝って」
「ええ? やだよ。一人で着れたんだから脱ぐのもできるだろ?」
洋介は声を張り上げて答えた。大声に星の肩がビクッと動く。悪いね、うちは柄が悪いんでと洋介は卑屈になる。
「駄目なの。寒くて手が悴んでて動かない」
「仕方ねえなあ」
ちょっと外すね、と星に断ってから、洋介は此れ幸いとその場を離れた。だって気まずい。口下手な父に初対面の星の相手が出来るのかは疑問だったが、幸い台所を除くと平介は何も言わなかったので、洋介は逃げた。
酷くご機嫌な富士子の声がした。酔っ払ってんのか? てっきり駅迄迎えに来いってメールが来ると思ってたから、自室に引っ込まずに居間で親父とつまんねえバラエティー見ながら待ってたんだけど……。タクシーで帰って来たのか? 珍しいな。いつも勿体無いって、絶対にタクシー使わないのに、と洋介は無視した。
「ねえ、まだ? まだぁ?」
うっせえなあ。外でチャップスがワンワン吼えてたから分かってるよ。お迎えなんかした事ないだろ?と放って置いたら、「あ、あの。ほんとに。ほんとに。僕はこれで帰りますので……」と聞いた事のある声が。
えええ!?と慌てて玄関に走ると……。
「星さん!?」
「……今晩は、岬さん」
物凄く気まずそうな顔で、うちの狭くて汚い玄関にうら若いイケメンが!ってお袋、星さんと歌舞伎に行ってたのか!と洋介は驚きつつ納得した。
富士子が観劇の類いに出かけるなら、いつもは自分の妹の旭伯母と行くのだ。だのに珍しく『友達と』などと言うので、そういう友達がいたのは初めて聞いたと少々気になってはいたのだ。
「あらあ、ここのうちはみんな岬さんなのよ。それじゃあ誰に挨拶してるのか分かんないわよぉ」
富士子がバンと大きな音をさせる。星の背中をど突いたのだ。よろけた後、頑張って踏ん張ったイケメンに更に富士子は畳み掛ける。
「ね? 名前で呼んであげて頂戴な。でないと区別つかなくなるから。洋ちゃん、真一君と歌舞伎観て来たの。良かったわあ。幕間にデパ地下で買ったお弁当食べて、その後車で送ってもらったのよ。運転疲れただろうからちょっとお茶入れてあげようと思って」
いやいや、その言い方だと俺が名前で呼んで欲しいみたいだからやめてくれよ。そして妙に仲良くなってんね。名前呼びかよと洋介は心の中でつっこんだ。
思わず憮然とすると、星の顔つきが強張る。そして俯いて、「あの、夜分遅くに申し訳ありませんでした。これで失礼します」とぺこりと頭を下げて背中を向けた。
「待って下さい」
俺もそこまでやな奴じゃないと洋介は引き止めた。飽くまでも社交辞令として。
何しろ東銀座からこの家まで運転して来たのだ。ここは千葉のど田舎、周囲には畑しかない。東京から高速で来たならすいてれば一時間もしなかっただろうが、それにしたって車で送るにしては面倒な距離だ。思うところはあるが、そんなところまで老母を送ってくれた人に対して礼儀を欠く振る舞いはしたくない。
「お茶一杯くらい飲んで行かれたらどうですか? 狭くて汚い家だけど」
「そうそう。って、洋ちゃん掃除機かけてくれたんでしょ?」
「かけたよ」
「じゃあ狭くても綺麗でしょ? 汚いは余計よ。掃除してないみたいじゃない」
富士子は酒でも飲んだように超ご機嫌だ。だが反対に洋介は気まずいのがMAXだ。
今日も星はセンスの良い服を身に付けている。薄手のベージュのタートルネックセータにグレーのフランネルのジャケット。ツイードの細身のパンツ。一方洋介は十年どころか二十年近く着てる毛玉のできたスウェットの上下だ。その上に羽織っている半纏はこの家にいつからあるのかも思い出せないくらい昔からある。オマケに伸びてきた前髪が邪魔だからとヘアバンド姿だ。四十過ぎのオッサンにもなってヘアバンドなんて若作り、と思われたはずだ絶対。
まあ、一応引き止めたし、これで帰るって言ったら、どうぞと洋介は開き直った。
「あ、じゃあ」
上がるのかい!と洋介は心の中で盛大につっこんで、さっさと暖かな居間へ逃げた。だがその口元が少し上がっていたのを富士子は見逃さなかった。
お茶でも入れるかと洋介が台所へ向かうと、そこには既に平介いた。「俺がやっとくから。お客さんの相手をしなさい」と洋介は追い払われてしまう。
「こっち、座って下さい」
寒かった玄関と違い、居間は石油ファンヒーターで暖められている。寒い所から急に暖かな場所へ来たせいか星の鼻の頭が赤くなっていた。洋介は、イケメンも鼻の頭が赤くなるんだなんてくだらないことを考えながら、椅子を引いて勧めた。
洋介の家では、居間とダイニングが兼用になっている。広さは八畳で、大きな丸テーブルがテレビの前にドンと置いてあって、そこに椅子が家族分ある。食事をとったり、食後にお茶を飲んだり、日中はそこで平介がテレビを見て過ごす。
因みに先日、『HKD47』の婚活アドバイザーが来た時に使ったのはこの部屋ではない。玄関を挟んで反対側、岬一家では『新館』と呼ばれている側の一階だ。『新館』は後から増築した部分だ。と言っても上と下に一部屋ずつ。館と言うほど大きくはないが、当時小学生だった行介が『岬家新館だ!』と騒ぎ立ててから家族内でその呼び方が定着してしまった。
元の建物よりは新しいので来客がある場合はそちらが応接間として使われている。普段は第二の居間兼客間だ。テレビがあるので富士子が平介と違う番組を見たい時にそこで見るし、行介一家が来ればそこへ泊める。
それはさておき、今、洋介が星を案内した新館でない方の居間はかなり窮屈で、生活感に溢れていた。本当は嫌だったが、『新館』の居間は使用していなかったのでこれから暖房を付けて温めるとなると、かなり時間がかかってしまう。おまけに、富士子が着物を脱ぐんだと言ってそちらに篭ってしまったから使えない。
丸テーブルだけでかなりの大きさなのに、更にマッサージチェアと、孫が生まれてから赤ん坊を寝かせやすいようにと富士子が買った二人がけソファー迄ある。あとは昔富士子が弾いていたピアノまで置いてあって、かなり窮屈だ。人二人がすれ違う場合何処にも相手の身体に触れず、というのは絶対に無理だった。
オマケに平助がテレビの前の自分の定位置から取りやすいようにと、ポットを始め、自らお菓子(ナッツや小魚、ドライフルーツなどの健康食品)の入った瓶や、果ては数独やクロスワードパズルをするのに使うペン立てなどまで丸テーブルの一角に置いている為、かなりゴチャゴチャとしていた。
そんな生活感満載のごちゃごちゃした部屋に洋介が星を通した所で、富士子から声が掛かった。
「洋ちゃあ~ん。ちょっと手伝って」
「ええ? やだよ。一人で着れたんだから脱ぐのもできるだろ?」
洋介は声を張り上げて答えた。大声に星の肩がビクッと動く。悪いね、うちは柄が悪いんでと洋介は卑屈になる。
「駄目なの。寒くて手が悴んでて動かない」
「仕方ねえなあ」
ちょっと外すね、と星に断ってから、洋介は此れ幸いとその場を離れた。だって気まずい。口下手な父に初対面の星の相手が出来るのかは疑問だったが、幸い台所を除くと平介は何も言わなかったので、洋介は逃げた。
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