引きこもりの受難

小桃沢ももみ

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11 家族公認ですか?

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 「ほらここ、解いて」
 「はいはい」

 洋介は富士子に言われた所に手をかける。

 「歌舞伎、良かったわ。歌舞伎座新しくなってから初めてだったし」
 「それはそれは」
 「洋ちゃん、嫌なの?」

 富士子と会話していると急に話題が変わるのが常だ。だから、嫌なの?と聞いたのは星の事だとすぐ分かる。

 「だって俺、断ったんだぜ。あっちだって気まずいだろうに。何でお袋、星さんと歌舞伎なんか行ったんだよ」
 「だってお父さんも、洋ちゃんも付き合ってくれないじゃない」
 「旭叔母さんと行けばよかっただろ」
 
 富士子は万歳の姿勢で、洋介に脱がされるままになっている。肌襦袢が見えても、下着が見えても、母親のなら何とも思わない。洋介は淡々と着物を畳の上に落としていく。

 「あたし、真一君気に入ってるの。洋ちゃん、もう少しだけ付き合ってみたら?」
 「あ? 何だそれ。歌舞伎で懐柔されたのか?」
 「やだわ、その言い方。あたしが誘ったのよ」
 「そうなの? じゃあ何? 子供産めるから?」
 「そんなんじゃないわよ。あの子良い子よ」
 「無理だよ。俺はゲイじゃないんだから。第三の性って言ったって、結局は男だろ。お袋だって最初は男が相手で驚いてたじゃないか。何でそんなに態度が変わってるんだよ」

 洋介は口を尖らせる。

 「だって、真一君電話かけてきてくれたんだもん」
 「は? いつ?」

 そんなの聞いてない、と洋介は眉を顰める。

 「ええと、日にちは忘れたけど、洋ちゃんが千葉駅で真一君と会う前だわ」
 「えええ!?」
 「お父さんとも話したわよ」
 「え、じゃあ、親父と星さん初対面じゃないの?」
 「まあ、顔を見るのは今日が初めてだけど……。結構長く喋ってたわよ、お父さん、電話で」
 「何だそれ」
 「因みに、行ちゃんも話したって。電話で」
 「はああ!?」

 口をパックリあけて柄の悪い驚き方をする洋介に背を向け、富士子は脱いだものを拾い始める。

 「ほら、もう平気だから、洋ちゃんはあっちに戻って」
 「何勝手な事してるんだよ」

 いくら家族と星が互いの連絡先を知っていると言っても、それはやり過ぎだと洋介は憤慨した。星にも、家族にもだ。

 「だって真一君不安だったんだって。洋ちゃんがゲイじゃないんだからって断ろうとしたのにあたしがオッケーしたって役所の人から聞いて。嫌々なら無しにした方がいいんじゃないかって電話してきたのよ」
 「そりゃあ、そうだろうね」
 「それであたし言ったの。『結婚云々は置いといて、洋介を連れ出して貰えませんか?』って。だって、洋ちゃん。最近高校の友達とすら会わなくなっちゃったでしょ? 前は忘年会だ、新年会だって年に一、二回は外出してたじゃない。だから」
 「だから何」

 自分でも去年から、『人に会いたくない警報』が発令しているのは分かっている。これは危険だ、このまま放置すると良くない。引きこもりでも自分は割とライトな引きこもりだと思っていたのだ。その気になったらいつでもこの状況から抜け出せると。しかしこのまま『人に会いたくない警報』を放置していると本当の引きこもりになってしまう。
 高校の友達だって、何度も断っていたら大学の友達のように自分の事を誘わなくなるだろうというのは、洋介にも分かっている。今の誘いに乗らなければ、何年かして自分が引きこもりから脱出した時に、声をかけても会うのを断られるだろうと。だが、分かっていてもどうにも出来ない。
 最近どうも苦痛で、たまの外出が気分転換にならない。前は行くまでは億劫でも、家に帰ったら今日出掛けて良かったな、たまには外で人と会うべきだなと思えた。だが、最近はそう思えない。行くべきじゃなかった。友達は結婚して嫁や子供の話をする。仕事の話をする。けれど自分にはすべき話がない。新しいことが何もないから。
 ずっと聞いてるだけでも前はまだその場にいるのを楽しめた。いつか同じようなことが自分にも起こると夢見てられたから。だが、最近は本当に苦痛だ。友達の話には全く興味が持てない。一生自分には関係のない話題。食べて飲んで、働いてないから無駄金は使いたくないのにただ金を消費する為だけに行っている気がする。時間が終わるのをただ待つだけ。そんな自分と会って相手は何が楽しいのかと思う。自分はつまらない人間になってしまっていて、いつか友人達から見捨てられるんじゃないのかと思う。
 だったら先にこちらから見捨ててしまうのはどうだろう? そうすれば自分は傷付かない、と悪魔の囁きが聞こえる……。
 そんな洋介を、母である富士子が心配になるのも当然だろうが、その為に星の気持ちを利用するのはどうなのか。

 「勿論、真一君が結婚して子供を持ちたいのは分かってるわよ。だから、洋ちゃんをその気にさせられたら、あとは本人達の自由だからって言ってあるもん」
 「何だよ、『もん』って可愛こぶるなよ。ババアのくせに」
 「酷い! あたしは可愛いお婆ちゃんを目指してるんですからねえ」

 富士子は早くあっちに行きなさいよ、と洋介を押す。行きたくねえ。

 「正直母さんだって、息子がある日男の人を連れて来て『俺実はゲイだったんだ』って告白されたらすぐに受け入れる自信ないわよ。まあ、最近はもし洋ちゃんがゲイだったとしても、あたし達が死んだ後一人ぼっちになるよりかはいいかと想像したりもしたけど……。でも、それと今回は状況が違うでしょ。それに洋ちゃん、真一君のタイプらしいわよ」
 「はあ!?」
 「モテるわねえ~。ああ、昔は、若い頃は洋ちゃんモテたもんね。よく女の子から家に電話かかって来たし。このモテ男!」
 「いや、モテたって女の子にだろう? 男に告白されたことなんてねえよ」
 「あらやだ。自分でモテたって認めるのね」

 そう言って富士子にジト目で見られると気まずいが、過去の栄光だし、母親相手だからそれくらい言ってもいいじゃないかと洋介は思う。それに俺がゲイだったら?って何だよ、なんかのドラマの影響か?
 富士子は話を続ける。

 「でも、受け入れられた理由は真一君が子供を産める事かしらね。親としてはやっぱり息子に自分の子供を抱かせてあげたいのよ。家族を持って欲しいの。自分の子を育てる喜びを知って欲しいのよ。でも普通の男同士じゃ子供出来ないでしょ?」

 富士子の言っている事は、人としてどうかと思う。身勝手だ。真一が第三の性を持つ男で無かったら、男同士は認められないと言ったも同然だ。
 だが、富士子の顔を見て洋介は何も言えなくなってしまう。とても切なそうな顔をしていた。心底親として子の為と思って言っている顔だ。世の中の流れには反している考え方だ。面と向かって星に言うことは絶対にないだろう。それが悪いことだと星に対して失礼だと分かっているから。しかしそれが富士子の本心なのだった。

 「でも、多分、真一君はあたしのそんな勝手な考え方も分かって受け入れたんだわ。だって、きっと今までも酷い事言われた事あるはずだもん」

 第三の性を持つ人々に対して、ずっと社会が冷たかった事は周知の事実だ。

 「ま、一番の理由は真一君がイケメンって事かしら! ほんと紳士なんだからー。レディファーストなのよ。うちの男達に見習って欲しい! 車に乗る時、助手席の扉開けてくれるのよ! そんなことして貰ったの生まれて初めて! お父さんとのデートの時だってしてもらったことなかったわよ! 降りる時もよ! しかもオープンカー! 今日は無理だったけど、今度絶対オープンにして乗せてもらうんだから」
 
 ああ、最後はそこに行き着くのね。お袋、星さんの写真に見入ってたもんね。ほんと、イケメンに弱いね。
 富士子は言うだけ言うと、洋介に尻を向けて、畳の上に着物を広げ、綺麗にたたみ始める。
 洋介も流石に、富士子のイケメンだから認めた、というのは巫山戯て言っていると分かった。あまり深刻にならないよう、軽い雰囲気に戻るよう言ったのだと。
 せっせと動く、小太りの丸い背中をぼんやりと見ていると、はあ、お袋しょうがねえなあ。俺も少し、大人の態度をとるか。星に対して少し譲歩をしてみるかという気持ちが湧き上がってきた。
 洋介は、星と平介を残して来た居間兼ダイニングへと戻った。

 だが、すぐに洋介は富士子の「イケメンだから」も本音だと悟らされる事になる。もうそれは、富士子の星に対する態度と、岬家の男達に対する態度の違いで誰から見ても明らかだった。
 
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