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星は外に出て、はあっと息を吐いた。吐いた息が真っ白だ。そして見上げれば満天の星空。
「うわぁ」
東京でも星は見えないこともないが、周りの明るさにぼやけてしまう。だがこの家の周辺には一才灯りがない。近所の数軒も、遠くの家ももう寝たのか灯りは消えている。
ワンワンと、急に気付いたように岬家の飼い犬が星に吠え出す。
「しーっ」
制されて犬はキューンと甘え声を出し、星の膝に擦り寄り始めた。叱られたくらいで態度を変えるような犬が番犬で岬家は大丈夫なのだろうかと星は心配になった。だが、甘えられるとこの家の一員として認められたような気がして嬉しい。図々しくも押しかけた自分を洋介は最初咎めるような目で見ていた。今は少し、この犬ほどではないにしろ、少しは心を開いてくれたと思うのは勘違いだろうか。完全に拒否されていないなら少しは望みがあると思ってもいいだろうか。あの人のもっと近くに行きたい。あの人に触れられたい。星はそんな事を考えながら擦り寄って来た犬を撫でた。
その物陰で、小さく光る眼が、星の様子を観察していたとも知らずに。
「これでいいか」
洋介は割に新しく毛玉の目立たない黒いスウェットの上下を箪笥から取り出した。
「お袋、あっちの部屋寒いだろ? 電気湯たんぽいる?」
洋介は自分が使っている物を富士子が使うか尋ねた。
「電気あんかでしょう? 湯たんぽに電気入れられるわけ無いじゃないの」
感電死しちゃうわ、洋ちゃん言葉知らないのねえ? あんかでしょう? 文学部だったくせに、と鬼の首でも取ったように笑いながら言い続ける富士子にまたも洋介は苛苛する。富士子は人を苛苛させる天才だと思う。普段は自身が言葉を思い出せなくて、「あれ」とか「これ」で済ませている癖に。
「新館の押入れにあるわよ。二つあるから大丈夫」
「そう? だったらいい」
「それにあたしは電気毛布使うから。真一君には電気あんか出しとくわ」
洋介は思い出して、畳の上に敷いてある電気カーペットのスイッチを入れた。
そう言えば電気カーペットとその上のトルコ絨毯も一人暮らしの時に使っていたものだ。トルコ絨毯はトルコに旅行に行った時に買ったもので、とても気に入ったのだが、かなり粘って値切る洋介に同行した友人は呆れていた。赤を基調とした複雑な柄だが和室に合っていて、お気に入りだ。可愛がっているふうにもこれだけは絶対に爪を立てさせない。洋介はそっと久々に万年床の下から顔を出した若かりし頃の無茶な旅の戦利品を撫でた。
「洋ちゃんも変よね?」
「何が」
「電気毛布だと足が痒くなるって言う割には、電気あんかは平気なんて」
「全くの別物だろ」
「あたし電気あんか嫌いなの。電気毛布の方が好き」
「自分だって拘りあるじゃん」
側から見ればお互い似た者同士なのだが、互いに相手の拘りを変だと言い合っている。外から戻ってきた星は二人の会話を聞いて、二人には気が付かれないようにくすりと笑った。
洋介は押入れから富士子が出した星用の布団を全部持とうとした。
「あ、僕持ちます」
星が慌てて手を差し出す。
「ちょっと洋ちゃん、これも」
「ちょ、上に乗せるなよ。前が見えなくなるだろ」
洋介が持った布団の上に富士子が更に毛布と敷布を載せようとする。
「えっと、じゃあ後の分は星さんにお願いしてもいいかな?」
「はい!」
富士子から星が受け取る。
「わりい」
「いいえ。まだ持てますよ」
「大丈夫。それより、星さん先に行ってもらっていい? お袋の布団も上に運ばないとだから」
「はい」
「そうね、真一君、あたしに着いてきてー」
富士子が先導するが、歳を取って来て階段を降りるのがゆっくりゆっくりになったので、遅い。若干横向きになりながら、壁伝いにおっちらおっちら一段ずつ踏み締めて降りていく。星はそんな富士子に合わせるのに苦労していないが、一番後ろの洋介はきつい。
「お袋、全部降りたら教えて。お袋に合わせて降りるより、降り終わるまで待ってた方がいいや」
洋介は、富士子のペースに合わせるのがしんどくなったので、富士子が階段を降り切る迄階段の上で立ったまま待つことにした。
「えっ、僕持ちますよ」
慌てて星が手を差し出す。二人の手が触れる。
「あっ」
星の手は酷く冷えていた。
「冷て」
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫だから。それより、階段の途中で受け渡すよりこのまま俺が持って降りた方が安全だから」
「そうですか?」
「うん」
布団越しに会話しているので洋介に星の顔は見えない。
「いち、にっと。はい、降りたわよー!」
階段を降り切ったと富士子から声が上がる。
「おっけ、んじゃ、星さん先に降りちゃって。俺、ゆっくり行くから」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「なら」
星が軽快な足取りで階段を降りて行く。
「全部降りました」
星の報告に洋介は足元を確認しながら慎重に階段を降り始める。
「あ、こっちもエアコン付けておくんだったわ。さっき消しちゃって」
「大丈夫です」
「すぐあったかくするからねー」
階下から聞こえる富士子の声は語尾に音符でも付いていそうに弾んで聞こえた。洋介は早いとこ俺が行ってやらないと、興奮したお袋にしゃべり倒されて星さんまいっちゃうんじゃないか、手もあんなに冷えていたし早く風呂に入らせて寝させてやらないとと急な使命感に襲われた。
「うわぁ」
東京でも星は見えないこともないが、周りの明るさにぼやけてしまう。だがこの家の周辺には一才灯りがない。近所の数軒も、遠くの家ももう寝たのか灯りは消えている。
ワンワンと、急に気付いたように岬家の飼い犬が星に吠え出す。
「しーっ」
制されて犬はキューンと甘え声を出し、星の膝に擦り寄り始めた。叱られたくらいで態度を変えるような犬が番犬で岬家は大丈夫なのだろうかと星は心配になった。だが、甘えられるとこの家の一員として認められたような気がして嬉しい。図々しくも押しかけた自分を洋介は最初咎めるような目で見ていた。今は少し、この犬ほどではないにしろ、少しは心を開いてくれたと思うのは勘違いだろうか。完全に拒否されていないなら少しは望みがあると思ってもいいだろうか。あの人のもっと近くに行きたい。あの人に触れられたい。星はそんな事を考えながら擦り寄って来た犬を撫でた。
その物陰で、小さく光る眼が、星の様子を観察していたとも知らずに。
「これでいいか」
洋介は割に新しく毛玉の目立たない黒いスウェットの上下を箪笥から取り出した。
「お袋、あっちの部屋寒いだろ? 電気湯たんぽいる?」
洋介は自分が使っている物を富士子が使うか尋ねた。
「電気あんかでしょう? 湯たんぽに電気入れられるわけ無いじゃないの」
感電死しちゃうわ、洋ちゃん言葉知らないのねえ? あんかでしょう? 文学部だったくせに、と鬼の首でも取ったように笑いながら言い続ける富士子にまたも洋介は苛苛する。富士子は人を苛苛させる天才だと思う。普段は自身が言葉を思い出せなくて、「あれ」とか「これ」で済ませている癖に。
「新館の押入れにあるわよ。二つあるから大丈夫」
「そう? だったらいい」
「それにあたしは電気毛布使うから。真一君には電気あんか出しとくわ」
洋介は思い出して、畳の上に敷いてある電気カーペットのスイッチを入れた。
そう言えば電気カーペットとその上のトルコ絨毯も一人暮らしの時に使っていたものだ。トルコ絨毯はトルコに旅行に行った時に買ったもので、とても気に入ったのだが、かなり粘って値切る洋介に同行した友人は呆れていた。赤を基調とした複雑な柄だが和室に合っていて、お気に入りだ。可愛がっているふうにもこれだけは絶対に爪を立てさせない。洋介はそっと久々に万年床の下から顔を出した若かりし頃の無茶な旅の戦利品を撫でた。
「洋ちゃんも変よね?」
「何が」
「電気毛布だと足が痒くなるって言う割には、電気あんかは平気なんて」
「全くの別物だろ」
「あたし電気あんか嫌いなの。電気毛布の方が好き」
「自分だって拘りあるじゃん」
側から見ればお互い似た者同士なのだが、互いに相手の拘りを変だと言い合っている。外から戻ってきた星は二人の会話を聞いて、二人には気が付かれないようにくすりと笑った。
洋介は押入れから富士子が出した星用の布団を全部持とうとした。
「あ、僕持ちます」
星が慌てて手を差し出す。
「ちょっと洋ちゃん、これも」
「ちょ、上に乗せるなよ。前が見えなくなるだろ」
洋介が持った布団の上に富士子が更に毛布と敷布を載せようとする。
「えっと、じゃあ後の分は星さんにお願いしてもいいかな?」
「はい!」
富士子から星が受け取る。
「わりい」
「いいえ。まだ持てますよ」
「大丈夫。それより、星さん先に行ってもらっていい? お袋の布団も上に運ばないとだから」
「はい」
「そうね、真一君、あたしに着いてきてー」
富士子が先導するが、歳を取って来て階段を降りるのがゆっくりゆっくりになったので、遅い。若干横向きになりながら、壁伝いにおっちらおっちら一段ずつ踏み締めて降りていく。星はそんな富士子に合わせるのに苦労していないが、一番後ろの洋介はきつい。
「お袋、全部降りたら教えて。お袋に合わせて降りるより、降り終わるまで待ってた方がいいや」
洋介は、富士子のペースに合わせるのがしんどくなったので、富士子が階段を降り切る迄階段の上で立ったまま待つことにした。
「えっ、僕持ちますよ」
慌てて星が手を差し出す。二人の手が触れる。
「あっ」
星の手は酷く冷えていた。
「冷て」
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫だから。それより、階段の途中で受け渡すよりこのまま俺が持って降りた方が安全だから」
「そうですか?」
「うん」
布団越しに会話しているので洋介に星の顔は見えない。
「いち、にっと。はい、降りたわよー!」
階段を降り切ったと富士子から声が上がる。
「おっけ、んじゃ、星さん先に降りちゃって。俺、ゆっくり行くから」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「なら」
星が軽快な足取りで階段を降りて行く。
「全部降りました」
星の報告に洋介は足元を確認しながら慎重に階段を降り始める。
「あ、こっちもエアコン付けておくんだったわ。さっき消しちゃって」
「大丈夫です」
「すぐあったかくするからねー」
階下から聞こえる富士子の声は語尾に音符でも付いていそうに弾んで聞こえた。洋介は早いとこ俺が行ってやらないと、興奮したお袋にしゃべり倒されて星さんまいっちゃうんじゃないか、手もあんなに冷えていたし早く風呂に入らせて寝させてやらないとと急な使命感に襲われた。
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