引きこもりの受難

小桃沢ももみ

文字の大きさ
13 / 54

13 お手伝いですか?

しおりを挟む
 星は外に出て、はあっと息を吐いた。吐いた息が真っ白だ。そして見上げれば満天の星空。

 「うわぁ」

 東京でも星は見えないこともないが、周りの明るさにぼやけてしまう。だがこの家の周辺には一才灯りがない。近所の数軒も、遠くの家ももう寝たのか灯りは消えている。
 ワンワンと、急に気付いたように岬家の飼い犬が星に吠え出す。

 「しーっ」

 制されて犬はキューンと甘え声を出し、星の膝に擦り寄り始めた。叱られたくらいで態度を変えるような犬が番犬で岬家は大丈夫なのだろうかと星は心配になった。だが、甘えられるとこの家の一員として認められたような気がして嬉しい。図々しくも押しかけた自分を洋介は最初咎めるような目で見ていた。今は少し、この犬ほどではないにしろ、少しは心を開いてくれたと思うのは勘違いだろうか。完全に拒否されていないなら少しは望みがあると思ってもいいだろうか。あの人のもっと近くに行きたい。あの人に触れられたい。星はそんな事を考えながら擦り寄って来た犬を撫でた。
 その物陰で、小さく光る眼が、星の様子を観察していたとも知らずに。

 
 「これでいいか」

 洋介は割に新しく毛玉の目立たない黒いスウェットの上下を箪笥から取り出した。

 「お袋、あっちの部屋寒いだろ? 電気湯たんぽいる?」

 洋介は自分が使っている物を富士子が使うか尋ねた。

 「電気あんかでしょう? 湯たんぽに電気入れられるわけ無いじゃないの」

 感電死しちゃうわ、洋ちゃん言葉知らないのねえ? あんかでしょう? 文学部だったくせに、と鬼の首でも取ったように笑いながら言い続ける富士子にまたも洋介は苛苛する。富士子は人を苛苛させる天才だと思う。普段は自身が言葉を思い出せなくて、「あれ」とか「これ」で済ませている癖に。

 「新館の押入れにあるわよ。二つあるから大丈夫」
 「そう? だったらいい」
 「それにあたしは電気毛布使うから。真一君には電気あんか出しとくわ」

 洋介は思い出して、畳の上に敷いてある電気カーペットのスイッチを入れた。
 そう言えば電気カーペットとその上のトルコ絨毯も一人暮らしの時に使っていたものだ。トルコ絨毯はトルコに旅行に行った時に買ったもので、とても気に入ったのだが、かなり粘って値切る洋介に同行した友人は呆れていた。赤を基調とした複雑な柄だが和室に合っていて、お気に入りだ。可愛がっているふうにもこれだけは絶対に爪を立てさせない。洋介はそっと久々に万年床の下から顔を出した若かりし頃の無茶な旅の戦利品を撫でた。
 
 「洋ちゃんも変よね?」
 「何が」
 「電気毛布だと足が痒くなるって言う割には、電気あんかは平気なんて」
 「全くの別物だろ」
 「あたし電気あんか嫌いなの。電気毛布の方が好き」
 「自分だって拘りあるじゃん」

 側から見ればお互い似た者同士なのだが、互いに相手の拘りを変だと言い合っている。外から戻ってきた星は二人の会話を聞いて、二人には気が付かれないようにくすりと笑った。
 洋介は押入れから富士子が出した星用の布団を全部持とうとした。

 「あ、僕持ちます」

 星が慌てて手を差し出す。

 「ちょっと洋ちゃん、これも」
 「ちょ、上に乗せるなよ。前が見えなくなるだろ」
 
 洋介が持った布団の上に富士子が更に毛布と敷布を載せようとする。

 「えっと、じゃあ後の分は星さんにお願いしてもいいかな?」
 「はい!」

 富士子から星が受け取る。

 「わりい」
 「いいえ。まだ持てますよ」
 「大丈夫。それより、星さん先に行ってもらっていい? お袋の布団も上に運ばないとだから」
 「はい」
 「そうね、真一君、あたしに着いてきてー」

 富士子が先導するが、歳を取って来て階段を降りるのがゆっくりゆっくりになったので、遅い。若干横向きになりながら、壁伝いにおっちらおっちら一段ずつ踏み締めて降りていく。星はそんな富士子に合わせるのに苦労していないが、一番後ろの洋介はきつい。

 「お袋、全部降りたら教えて。お袋に合わせて降りるより、降り終わるまで待ってた方がいいや」

 洋介は、富士子のペースに合わせるのがしんどくなったので、富士子が階段を降り切る迄階段の上で立ったまま待つことにした。

 「えっ、僕持ちますよ」

 慌てて星が手を差し出す。二人の手が触れる。

 「あっ」

 星の手は酷く冷えていた。

 「つめて」
 「ごめんなさい」
 「いや、大丈夫だから。それより、階段の途中で受け渡すよりこのまま俺が持って降りた方が安全だから」
 「そうですか?」
 「うん」

 布団越しに会話しているので洋介に星の顔は見えない。

 「いち、にっと。はい、降りたわよー!」

 階段を降り切ったと富士子から声が上がる。

 「おっけ、んじゃ、星さん先に降りちゃって。俺、ゆっくり行くから」
 「大丈夫ですか?」
 「大丈夫、大丈夫」
 「なら」

 星が軽快な足取りで階段を降りて行く。

 「全部降りました」

 星の報告に洋介は足元を確認しながら慎重に階段を降り始める。

 「あ、こっちもエアコン付けておくんだったわ。さっき消しちゃって」
 「大丈夫です」
 「すぐあったかくするからねー」

 階下から聞こえる富士子の声は語尾に音符でも付いていそうに弾んで聞こえた。洋介は早いとこ俺が行ってやらないと、興奮したお袋にしゃべり倒されて星さんまいっちゃうんじゃないか、手もあんなに冷えていたし早く風呂に入らせて寝させてやらないとと急な使命感に襲われた。

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...