引きこもりの受難

小桃沢ももみ

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14 お化けですか?

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 「広いですね。旅館みたい」
 「そうお? 物がないだけよー。ま、最近はリンちゃんのおもちゃが増えちゃってるんだけど」

 洋介は部屋に入りながら思う、確かに半分はリンちゃんのコーナーになっちゃってるよな。お袋が張り切って、仕舞い込んでた昔俺や行介が遊んだおもちゃや絵本を引っ張り出して並べただけだけど。
 洋介は部屋の隅に運んで来た布団を置いてから富士子に尋ねる。

 「で、上に運ぶのは?」
 「あ、押入れの中のー」

 ご機嫌に星と話していた富士子がすっ飛んで来る。さっきえっちらほっちら階段降りてた癖に元気だね、と洋介は心の中で毒づく。

 「この一番上の?」
 「そうそう。あ、それは違う、そっち」
 「はいはい」
 「あ、今度こそ手伝います」

 親子の会話に慌てて星が入って来たが、すぐに二人に断られた。

 「大丈夫よー、上に運ぶのは掛け布団だけだから」
 「あ、パイプベッドあるんだっけ?」
 「そうそう、お父さんのお昼寝用。あれで寝るから」
 「え、なら掛け布団だけでも運びます」
 「いやー、星さんは先に風呂に入ってもらった方が、だいぶ冷えてるみたいだから」
 「え、そうなの!? あらほんと」

 自分の子供にするみたいにナチュラルに星の手を取った富士子が慌て出した。

 「やだ、すっごい冷たいじゃない。あとは洋ちゃんにやってもらうから、真一君先にお風呂に入ってえー」
 「え、でも。そんな訳には」
 「いや、お袋をここまで送ってくれただけで大変だったと思うから」
 「洋ちゃん、真一君の着替えはどこ?」
 「そこ、上から持って来た布団の上」

 と、洋介は顎で指した。

 「あ、これね。あ、下着どうしよう」
 「パンツの新品なんてねえぞ」
 「そうよねえ」
 「この辺、コンビニなんて近くにないから一晩我慢してもらって」
 「あ、それは大丈夫です。パジャマを貸して頂けるだけでもありがたいです」
 「やだ、洋ちゃん、パンツの新品くらい用意しておきなさいよ」

 偉そうに言う富士子に洋介はまたイラっとした。どこの世界に誰かが泊まりに来た時のためにパンツの新品用意しておく引きこもりがいるんだよ、だいたいそういう自分は用意してねえ癖に、と思う。

 「あ、そうだ! お父さんのパンツ、新品のあったかも!」
 「いやいやいや」

 慌てて洋介は止めた。親父のじじ臭いセンスで買った安物のトランクスなんて星が履く訳がない。

 「大丈夫です!」
 「でも、気に入らなかったとしても、家に帰ったら捨てちゃっていいのよお」
 「いえいえ、本当にこれだけで大丈夫です!」
 「本当?」

 星も嫌だったのか、本当に遠慮したのか声高に富士子を止めた。「これだけで」というのを協調するようにぎゅっと洋介のスウェットを抱き込んでいるので、不本意、という顔だが富士子は思いとどまった。洋介は今のうちに気を逸らせた方がいいと富士子に星を風呂に案内するよう言った。

 「星さんに風呂の使い方、教えてあげろよ。あと、トイレの使い方って説明したか?」
 「え? ああ、そう言えば真一君まだおトイレ使ってなかったわね」
 「お手洗いですか?」

 確かにまだ使ってないですけど、とキョトンとした顔の星を富士子が張り切って引っ張って行った。

 「ウチのおトイレは汲み取り式で、ちょっと我が家の流儀があってー」

 と、説明しだしたので、洋介はこれ幸いと、その隙に富士子の掛け布団を運び終えると、さっさと自室に引っ込んだ。


 その夜、草木も眠る丑三つ時……、洋介の部屋のドアが小さくノックされた。
 布団に寝っ転がって本を読んでいた洋介は何だろうと、訝しみながら「はい」と応えた。富士子なら即座にドアが開くのに反応がない。平介が二階に上がって来るようなことはないし、何だろうと待つ。たまに富士子が、ノックだけしてドアを細く開け、その隙間から風太郎を押し込んで来ることがあるのだ。外から帰って来た風太郎がニャーニャー五月蝿いので洋介に押し付ける為に。しかしドアは全く開かなかった。気のせいかな、と洋介が思っているとまた小さくトントンとノックの音がした。
 そこで洋介は思い出した、今晩はもう一人、人間がいたことに。

 「はい」

 下で平介が寝ているので、小さい声で答えると、同じくらいの声で「星です」と返って来た。ドアが開く様子はないので、何だろうと思いながら洋介は立ち上がった。開けてみると、気まずそうに背中を丸めた星が立っていた。

 「どうしました?」
 「あ、あの。変な意味で来た訳じゃないです」
 「はい?」

 最初言われた意味が分からなかった洋介だが、沈黙を続ける星を見ている内にハッと気が付いた。そうか夜這い!、じゃないって意味か。何かあったのか?

 「ああ。大丈夫です。分かってますよ」
 「お父さんとお母さんを起こすのは忍びなくて……」
 「はい、どうしたんですか?」
 「その、外から物音がして」
 「犬じゃないんですか? ウチ、庭に犬繋いでるから」
 「ワンちゃんがお庭にいるのは見ました。けど、そうじゃなくて部屋の窓から音がして……。その、ワンちゃんがいる場所は僕の寝てる部屋からは遠いですよね……」

 チャップスが繋がれているのは、旧館側。確かに星が寝ている部屋とは離れている。

 「えっと、どういう音ですか?」

 訊きながら洋介には原因が分かって来た。

 「えっと、カサカサというか。あと、雨戸をガタガタさせるような」
 「ああ、お化けですね」
 「ヒエっ」

 揶揄うと、面白いくらい星が反応した。小さく叫び声を上げて、その声が響かないように慌てて自分の口を押さえている。

 「ふふふ。嘘ですよ」

 洋介は縮こまっている星の横を通り過ぎると、寝ている両親を起こさないよう足音に注意しながら階段を降りる。すれ違う時、星からシャンプーの良い香りがした。

 「種明かしします。ついて来てください」

 黙って星がついて来るのを確認してから、階段を降りきると徐に玄関の電気をつけた。待ちきれない相手が、新聞受けの下の擦りガラスになっている部分で立ち上がっているのが見える。星はそれに気が付いていないのだろう。洋介のすぐ後ろに恐々とした様子で立っている。

 「ふふふ。大丈夫ですよ。見てて下さい」

 洋介は玄関ドアの鍵を開けると、チェーンを掛けたままドアを開けた。少し押し開くと、ニャーニャー鳴きながら風太郎が飛び込んで来た。

 「……猫?」
 「そう犯人はコイツです。開けてって言いに来たんでしょう。お袋が寝てると思ったに違いない」

 風太郎は洋介の足元にスリスリしたあと、八の字を描くように足と足の間をぬって、水を強請る。

 「ああ」

 心底怖かったらしい星は力が抜けたようにしゃがみ込んだ。可哀想に思った洋介はその頭をポンポンと撫でた。

 「えっ」

 驚いた声を上げた星に洋介はしまった、と思った。実家なので気を抜き過ぎた。

 「あ、ごめんなさい。つい。リンちゃんにやるような気持ちで……」
 「あ、はい……」

 頭を押さえて俯いた星の項が真っ赤に染まっていたのを可愛いと思って、何だか甘酸っぱい気分になってしまった洋介だったが、それを風太郎がぶち壊した。

 「ニャー! ニャー! ニャー!」

 早くしろと膝まで伸び上がってスウェットの上から爪でガリガリやられては堪らない。

 「いて!」

 洋介は慌てて自分の足を避難させると、風太郎の願いを叶えるべく動き出す。甘酸っぱい気分なんてどこへやら、洋介の頭からすっかり抜け落ちた。

 「あ、星さん。て、ことで犯人はこいつだったんで、もう大丈夫ですよ。起こされて迷惑だったでしょう。ごめんなさいね。お袋、言っておいてくれれば良かったんだが、忘れたんでしょう」
 「いえ……」
 「俺、こいつの世話してから寝ますから、星さんは寝て下さい。もう邪魔しないと思いますので」
 「はい……」

 おやすみなさい、と言い捨てて洋介は水を汲みに行ったので、布団へ戻っていく星がどんな顔をしていたのかは知らない。

 
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