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23 可愛いからいいんじゃないですか?
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「ちょっと、洋ちゃん! 起きて! 早く! 大変!」
朝、犬の散歩から帰ってきた富士子に叩き起こされて、洋介は半分寝ぼけながら外に連れ出された。見せられたのは星の車。
「あちゃー、いつかやるとは思っていたが」
星のかっこいい車のボンネットの上を斜めに横切るように、くっきり猫の足跡がついていた。どこで汚してきたのか、泥んこの上を歩いたらしく、風太郎の肉球マークが綺麗に並んでいる。
「これどうしよう。ふうちゃんよねー? 雑巾で拭いていいのかしら?」
富士子の訊きたいことは分かる。岬家では車の掃除なんてしないから、車の掃除についての知識がないのだ。道具もない。行介がいたらわかったかもしれないが、勿論洋介にも分からない。何しろ自分の車を持ったことがない。それでなくてもお高そうな車だ、どう扱っていいのか分からない。
「んー、星さんに訊くのが無難じゃないの? それになんかとっても綺麗に跡ついてるし、あの人なら可愛いって喜びそうな気も」
「そんな訳ないじゃない! いつも綺麗に掃除してるのに!」
「そうかなあ?」
洋介は昨日の夜を思い出す。
食後のデザートタイムに、アップルパイを切り分けた後、星の前には三種類のバニラアイスが並べられた。
「真一くん、どれがいい?」
富士子が期待に目を輝かせながら尋ねたら、星は「選んでいいんですか?」とちょっと驚いてから「これにします」とすぐにレディボーデンを選んだ。洋介はニンマリした。
「それ? 洋ちゃんと同じのが好きなのね」
「はい。これがいいです」
星はニコニコしている。星がどれを選ぶか、三人が競っていたことは内緒だ。
「じゃあ、今日はみんなでこれを食べましょ」
富士子が他をしまおうとすると、平介は「俺は俺の好きなのにするぞ」とハーゲンダッツを掴んで食べ始めた。アップルパイに添える為に買って来たのに、アイスだけ食べている。完全に拗ねてしまった。
「あらあらあら。アップルパイと一緒に食べなさいよ。せっかく洋ちゃんが作ったのに」
「いい、俺はアイスだけ食べる」
「もう。仕方ないわねえ」
と富士子が目配せして来たので、洋介は苦笑しながら残りのアイスを冷凍庫にしまった。平介にはこういう子供っぽい所がある。きっと星が自分と同じものを好きだと期待していたのだろう。家族は慣れているので、拗ねたら放置して機嫌が直るまで触らないに限る。
「あ、とっても美味しいです」
だがアップルパイとアイスを食べた星が幸せそうな顔をする。そして、
「平介さん、一緒に食べたらすごく美味しいですよ」
とあまりにも邪気なく勧めた。すると平介は珍しく、「そうか?」と従った。アップルパイの皿を取って食べ途中のアイスをそこにあけると、一緒に食べ始めたのだ。
「あら」
富士子が何か言いそうだったので、慌てて洋介は目で止めた。黙っとけ、と。
幸い通じたようで、富士子はそれ以上何も言わなかった。
星はただニコニコして美味しそうに食べていた。
「なんか、あの人、すごいよな」
自分でも語彙が足りないと思うのだが、すごい以外に言葉が思い浮かばない。
昨晩の星は、状況を理解していたのかいなかったのか。分からないが家族が諦めていた平介の悪癖をするりといなしたのだ。あの時、洋介は岬家に新しい風が吹いたような気がした。
「そりゃあ真一くんはすごいわよ。自分で会社だって経営してるし」
「いやあ、そういう意味じゃないんだけど」
相変わらず伝わらないなあと、思いながら洋介は風太郎の肉球スタンプを指差した。
「そのままにしとけよー、どんな反応するか見てみたいじゃん」
「えー、なら、洋ちゃんがそう言ったって言っちゃうからね。あたしは、掃除しようとしたのにって」
「おうおう、好きにしろよ」
案の定、星は「可愛い!」と言って、スマホで写真を撮っていた。SNSに上げるらしい。流石は若者だ。
ただ、撮るだけ撮ったら、すぐに車の中から掃除道具を出してきたのには引いた。
朝、犬の散歩から帰ってきた富士子に叩き起こされて、洋介は半分寝ぼけながら外に連れ出された。見せられたのは星の車。
「あちゃー、いつかやるとは思っていたが」
星のかっこいい車のボンネットの上を斜めに横切るように、くっきり猫の足跡がついていた。どこで汚してきたのか、泥んこの上を歩いたらしく、風太郎の肉球マークが綺麗に並んでいる。
「これどうしよう。ふうちゃんよねー? 雑巾で拭いていいのかしら?」
富士子の訊きたいことは分かる。岬家では車の掃除なんてしないから、車の掃除についての知識がないのだ。道具もない。行介がいたらわかったかもしれないが、勿論洋介にも分からない。何しろ自分の車を持ったことがない。それでなくてもお高そうな車だ、どう扱っていいのか分からない。
「んー、星さんに訊くのが無難じゃないの? それになんかとっても綺麗に跡ついてるし、あの人なら可愛いって喜びそうな気も」
「そんな訳ないじゃない! いつも綺麗に掃除してるのに!」
「そうかなあ?」
洋介は昨日の夜を思い出す。
食後のデザートタイムに、アップルパイを切り分けた後、星の前には三種類のバニラアイスが並べられた。
「真一くん、どれがいい?」
富士子が期待に目を輝かせながら尋ねたら、星は「選んでいいんですか?」とちょっと驚いてから「これにします」とすぐにレディボーデンを選んだ。洋介はニンマリした。
「それ? 洋ちゃんと同じのが好きなのね」
「はい。これがいいです」
星はニコニコしている。星がどれを選ぶか、三人が競っていたことは内緒だ。
「じゃあ、今日はみんなでこれを食べましょ」
富士子が他をしまおうとすると、平介は「俺は俺の好きなのにするぞ」とハーゲンダッツを掴んで食べ始めた。アップルパイに添える為に買って来たのに、アイスだけ食べている。完全に拗ねてしまった。
「あらあらあら。アップルパイと一緒に食べなさいよ。せっかく洋ちゃんが作ったのに」
「いい、俺はアイスだけ食べる」
「もう。仕方ないわねえ」
と富士子が目配せして来たので、洋介は苦笑しながら残りのアイスを冷凍庫にしまった。平介にはこういう子供っぽい所がある。きっと星が自分と同じものを好きだと期待していたのだろう。家族は慣れているので、拗ねたら放置して機嫌が直るまで触らないに限る。
「あ、とっても美味しいです」
だがアップルパイとアイスを食べた星が幸せそうな顔をする。そして、
「平介さん、一緒に食べたらすごく美味しいですよ」
とあまりにも邪気なく勧めた。すると平介は珍しく、「そうか?」と従った。アップルパイの皿を取って食べ途中のアイスをそこにあけると、一緒に食べ始めたのだ。
「あら」
富士子が何か言いそうだったので、慌てて洋介は目で止めた。黙っとけ、と。
幸い通じたようで、富士子はそれ以上何も言わなかった。
星はただニコニコして美味しそうに食べていた。
「なんか、あの人、すごいよな」
自分でも語彙が足りないと思うのだが、すごい以外に言葉が思い浮かばない。
昨晩の星は、状況を理解していたのかいなかったのか。分からないが家族が諦めていた平介の悪癖をするりといなしたのだ。あの時、洋介は岬家に新しい風が吹いたような気がした。
「そりゃあ真一くんはすごいわよ。自分で会社だって経営してるし」
「いやあ、そういう意味じゃないんだけど」
相変わらず伝わらないなあと、思いながら洋介は風太郎の肉球スタンプを指差した。
「そのままにしとけよー、どんな反応するか見てみたいじゃん」
「えー、なら、洋ちゃんがそう言ったって言っちゃうからね。あたしは、掃除しようとしたのにって」
「おうおう、好きにしろよ」
案の定、星は「可愛い!」と言って、スマホで写真を撮っていた。SNSに上げるらしい。流石は若者だ。
ただ、撮るだけ撮ったら、すぐに車の中から掃除道具を出してきたのには引いた。
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