26 / 54
26 入院ですか?
しおりを挟む
「お母さん、来週から入院するからー!」
朝食後、急にびっくりする事を言い出した富士子は、物置になっているビアノの上をがざごそ弄って藁半紙のような質の悪い紙を数枚、食べ終わった洋介の食器の上に置いた。
「入院? どこが悪いんだよ。って、ああ! ちょっと、まだ茶碗とか残ってるんだけど! 物の上に置くな!」
「いいから、それ読んでよ!」
紙が汚れるだろとぶつくさ言いながら読もうとすると待ちきれずに富士子が話し出す。
「なんか、心臓弁膜症?っていうのなんだって」
「何それ。お袋心臓悪かったの?」
「よく分かんないんだけどー、手術しないでほっておくと急に止まるかもしれないんだって」
「心臓が?」
「うん」
病院の名前が入った用紙を読もうとするけれど、全然頭に入って来ない。心臓なんて、大ごとじゃないか。
「なんで急にそんな話に」
「こないだ人間ドック行ったでしょ?」
「行ったね」
星がアメリカで検診を受けると聞いて、富士子と平介は例年より早めだが自分達も、と人間ドックに申し込んだのだ。
「その後、病院で精密検査受けたじゃない?」
「ああ」
あの時は、太り過ぎだと平介がからかっていたが、それで手術だなんて全然笑い事じゃない。
「なんか、予兆みたいなの、心当たりみたいのあった?」
「ぜーんぜん」
「いや、なんか胸を押さえてる時あったぞ」
と平介が話に割り込んでくる。
「そうなの?」
洋介は自分の記憶の箱をひっくり返してみるが、思い当たる節がない。
「あたしも全然。ただ、お父さんがそう言うの」
「ふーん」
夫であるだけあって、流石平介は富士子の事を気をつけて見ていた、という事だろうか。だからと言って子供の方は気をつけて見てなかった訳じゃないけど。だって母親が病気になるなんて考えた事もなかったから。
そもそも母親が先に死ぬ事すら、想像出来ない。逆に平介が死んで富士子と二人ならそれなりに楽しく生きていけそうだ。けれどこの家から富士子が居なくなってみろ、平介と二人だけの生活、そんなのは地獄だ。どっちも喋らない無言の淋しい生活が延々と続いて行く羽目になる。考えただけでぞっとする。
煩く思う時もあるが家族の仲を取り持っているのは富士子だ、居ないと困る。康子ちゃんとだってリンちゃんとだって会話が成り立たなくなる。親戚付き合いや近所付き合いもだ。
もし、本当に富士子が居なくなったら……、いつかはそういう時が来るだろう。そうしたら富士子の代わりに家族の仲を取り持てる人……、康子ちゃん、いや、康子ちゃんには無理だ。平介と同じくらい受け手の性格に見えるし。リンちゃん……、はまだ赤ちゃんみたいなもんだからなぁ、どんな性格になるか想像もつかない。誰か……うん、星さんなら出来そうな気もするけど。
そこまで考えて洋介は慌てて頭を振った。富士子が変な顔をしたが、ショックを受けたと勘違いしたようで、なんだか一人合点したように頷く。違うんだな。
でもよく考えたら、初めての入院じゃなかった。前にも何かで入院したな、けど、それでもだ。
「なんか、受けなくてもいいみたいで、お父さんはやめとけって言ってたんだけど、お医者さんと話して自分で決めました!」
「俺聞いてないけど」
「話してないもん」
「何だそれ」
「えー、でも今までもそうだったよ。お父さんが入院した時とかも、最初は二人で話して、それから子供達に話してますよ」
「そうなんだ」
何だかちょっと、仲間はずれにされたような気がする。平介が入院した時は洋介は一人暮らしだったが、今は一緒に住んでいるのに。
「なんか読んでも全然分かんないんですけど」
「そう? 心臓の弁?が良くなくて、血液が逆流しちゃうって事でしょ」
「聞いてもよく分からん」
「あたしは理解したからオッケー」
「まあ本人が理解したならいいけど……」
話は終わりと富士子は両手を打ち合わせた。
「と言うことで、買い物に行きます! 洋ちゃんついて来て」
「えー、何で俺」
珍しくお供を所望するのは、急に手術が必要な身体になって不安なのだろうと察せられる。が、平介は買い物が大好きだ、いつもなら誘われないと拗ねるのに、何故洋介一人を指名するのか。
平介を見ると、知らんぷりしてテレビの画面を見ている。
「入院するから下着とか買いたいのよー」
「お母さんのデカパンを買いに行くと、だいぶ待たされるから嫌なんだ」
と画面を見たまま平介がぼやく。理解した。
「ああ、そういう事ね」
衣類を買う時、富士子はやたらと時間をかける。パンツ一枚買うのでも、一時間くらいかかる筈。
「ええ、でもその間俺、どうしたらいいんだよ。一人で行けるだろ?」
「車で待ってていいわよ。一人で行くと心配なんだって、お父さんが」
「任せた」
と平介に肩を掴まれて、洋介はため息を吐いた。確かに大ごとだが、昨日まで普通に生活してた人が急に重病人みたいな扱いになるのは慣れない。
朝食後、急にびっくりする事を言い出した富士子は、物置になっているビアノの上をがざごそ弄って藁半紙のような質の悪い紙を数枚、食べ終わった洋介の食器の上に置いた。
「入院? どこが悪いんだよ。って、ああ! ちょっと、まだ茶碗とか残ってるんだけど! 物の上に置くな!」
「いいから、それ読んでよ!」
紙が汚れるだろとぶつくさ言いながら読もうとすると待ちきれずに富士子が話し出す。
「なんか、心臓弁膜症?っていうのなんだって」
「何それ。お袋心臓悪かったの?」
「よく分かんないんだけどー、手術しないでほっておくと急に止まるかもしれないんだって」
「心臓が?」
「うん」
病院の名前が入った用紙を読もうとするけれど、全然頭に入って来ない。心臓なんて、大ごとじゃないか。
「なんで急にそんな話に」
「こないだ人間ドック行ったでしょ?」
「行ったね」
星がアメリカで検診を受けると聞いて、富士子と平介は例年より早めだが自分達も、と人間ドックに申し込んだのだ。
「その後、病院で精密検査受けたじゃない?」
「ああ」
あの時は、太り過ぎだと平介がからかっていたが、それで手術だなんて全然笑い事じゃない。
「なんか、予兆みたいなの、心当たりみたいのあった?」
「ぜーんぜん」
「いや、なんか胸を押さえてる時あったぞ」
と平介が話に割り込んでくる。
「そうなの?」
洋介は自分の記憶の箱をひっくり返してみるが、思い当たる節がない。
「あたしも全然。ただ、お父さんがそう言うの」
「ふーん」
夫であるだけあって、流石平介は富士子の事を気をつけて見ていた、という事だろうか。だからと言って子供の方は気をつけて見てなかった訳じゃないけど。だって母親が病気になるなんて考えた事もなかったから。
そもそも母親が先に死ぬ事すら、想像出来ない。逆に平介が死んで富士子と二人ならそれなりに楽しく生きていけそうだ。けれどこの家から富士子が居なくなってみろ、平介と二人だけの生活、そんなのは地獄だ。どっちも喋らない無言の淋しい生活が延々と続いて行く羽目になる。考えただけでぞっとする。
煩く思う時もあるが家族の仲を取り持っているのは富士子だ、居ないと困る。康子ちゃんとだってリンちゃんとだって会話が成り立たなくなる。親戚付き合いや近所付き合いもだ。
もし、本当に富士子が居なくなったら……、いつかはそういう時が来るだろう。そうしたら富士子の代わりに家族の仲を取り持てる人……、康子ちゃん、いや、康子ちゃんには無理だ。平介と同じくらい受け手の性格に見えるし。リンちゃん……、はまだ赤ちゃんみたいなもんだからなぁ、どんな性格になるか想像もつかない。誰か……うん、星さんなら出来そうな気もするけど。
そこまで考えて洋介は慌てて頭を振った。富士子が変な顔をしたが、ショックを受けたと勘違いしたようで、なんだか一人合点したように頷く。違うんだな。
でもよく考えたら、初めての入院じゃなかった。前にも何かで入院したな、けど、それでもだ。
「なんか、受けなくてもいいみたいで、お父さんはやめとけって言ってたんだけど、お医者さんと話して自分で決めました!」
「俺聞いてないけど」
「話してないもん」
「何だそれ」
「えー、でも今までもそうだったよ。お父さんが入院した時とかも、最初は二人で話して、それから子供達に話してますよ」
「そうなんだ」
何だかちょっと、仲間はずれにされたような気がする。平介が入院した時は洋介は一人暮らしだったが、今は一緒に住んでいるのに。
「なんか読んでも全然分かんないんですけど」
「そう? 心臓の弁?が良くなくて、血液が逆流しちゃうって事でしょ」
「聞いてもよく分からん」
「あたしは理解したからオッケー」
「まあ本人が理解したならいいけど……」
話は終わりと富士子は両手を打ち合わせた。
「と言うことで、買い物に行きます! 洋ちゃんついて来て」
「えー、何で俺」
珍しくお供を所望するのは、急に手術が必要な身体になって不安なのだろうと察せられる。が、平介は買い物が大好きだ、いつもなら誘われないと拗ねるのに、何故洋介一人を指名するのか。
平介を見ると、知らんぷりしてテレビの画面を見ている。
「入院するから下着とか買いたいのよー」
「お母さんのデカパンを買いに行くと、だいぶ待たされるから嫌なんだ」
と画面を見たまま平介がぼやく。理解した。
「ああ、そういう事ね」
衣類を買う時、富士子はやたらと時間をかける。パンツ一枚買うのでも、一時間くらいかかる筈。
「ええ、でもその間俺、どうしたらいいんだよ。一人で行けるだろ?」
「車で待ってていいわよ。一人で行くと心配なんだって、お父さんが」
「任せた」
と平介に肩を掴まれて、洋介はため息を吐いた。確かに大ごとだが、昨日まで普通に生活してた人が急に重病人みたいな扱いになるのは慣れない。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる