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平介はベッドだけでは満足せず、トイレの鍵も換えた。日曜大工熱に火がついたらしく、一人でやり遂げたのは素晴らしいのだが、出来ればやる前に相談して欲しかった。
「えっ、トイレの鍵取っちゃったの?」
昼寝から起きたらトイレの鍵が無くなった件について。
平介を手伝ってベッドを運んだら疲れたので、ちょっと二階で寝て起きたらトイレの鍵が変わっていた。
なんかドアノブが見慣れない茶色になっていて、手作り感溢れる『在』と黄色い板に赤いビニールテープで文字らしきものが書かれたプレートがぶら下がっていた。ひっくり返して見ると裏面には何も書かれていない。よく見ると黄色の部分もビニールテープをグルグルと巻くように貼って出来ていた。
なんだろうと首を傾げながら、中に入ったら鍵がなくなっていた。そこではっと、プレートの用途に気が付いた。
「でも、今時のトイレの鍵って何かの時に外から開けられるようになってるんじゃなかったっけ? 変えるんならそれにした方が良かったんじゃ」
「しーっ」
居間でテレビを見ていた富士子の所に確認に行くと声をひそめるよう促された。平介は台所で夕飯の支度をしている。
「それは言わないであげて」
「知らなかったんだ」
「多分」
家のトイレの鍵は今迄は建てた当時ーー洋介が小学校に上がる前だったと思うからかれこれ40年以上前か?ーーの古いスライド錠で非常時に外から開けられるようにはなっていなかった。ただ古くなってガタついていたので、外側からノブを掴んで何度かドアを揺すったら鍵が外れそうではあった。多分あのままでも何とかなった気がする。
富士子によると、洋介が寝ている間に、平介が珍しく一人で車で出掛けて行った。呼ばれてトイレに行ったら、中でお母さんが倒れてもこれで心配ないぞと、もう交換した後だった。
「ありがたいけど、お客さん来たら困る」
最後の部分は平介に聞かれたくないのか、富士子は小声だった。
「お客さん? 星さんなら言えば分かってくれるだろ?」
「真一君じゃなく……」
「星さん以外? 康子ちゃんか?」
「違う、ううんもういい」
「? でも、プレートが『在』になってたのに誰も入ってなかったんだけど」
「それもお父さんが考えて作ってくれたの。前に入った人が直し忘れたんでしょ」
「前に入った人って、お袋か親父だよね?」
「……」
三人しかいないのに内二人がプレートをひっくり返すのを既にもう忘れがちとか、この先の鍵のないトイレの運用に不安しかないのだが。
しかし口では文句を言うが富士子の顔はまたニマニマしているので、平介の気持ちは嬉しいのだろう。仕方ない。俺の家じゃないし、慣れるしかない、と洋介はため息を吐いた。
一週間後、トイレの鍵は新しいものに変わっていた。またいつの間にか平介が交換したのだ。「在」のプレートはついたままだけど。
岬家の場合、ノックはノブを回して鍵が掛かっていたらする。一般常識とは逆だ。なので、鍵なしでは高確率で中に人が居る状態で開けてしまう悲劇が起きた。
長年の習慣はそう簡単には変えられない。富士子も洋介も面と向かっては平介に言わなかったけれど、鍵あった方がいい、と思っていた。
変なことで意固地になる平介にしては素直に交換したのも、最中に何度かドアを開けられて思い知ったからだろう。
すっかり元気になった富士子は朝から新館の和室を掃除している。
最初の頃は平介が大騒ぎして富士子には何もさせなかったが、「仕事も行かないし、暇」と少しずつ元の状態に戻りつつある。
手話通訳の仕事はこのまま辞めるらしい。元々年だからと週一くらいに仕事を減らしていたので、今抜けても問題ないそうだ。
「これからは親子三人でこの家で暮らすのね~」
「今までだって親子三人だっただろ」
「そういう意味じゃないの。仕事しないで家でぶらぶらしてる人間が三人になるね、っていう意味」
「俺は働いてるぞ」
トイレ帰りの平介が口を挟んでくる。
「お父さん無職じゃない」
「いや、俺は畑仕事してるからな」
家庭菜園は趣味の範疇でしかないと思うのだが、平介にしてみたら岬家の野菜は全部自分が賄ってるという自負があるらしい。
「あっ! ダメ! ちょっと洋ちゃん、ちゃんと見張っててよ」
掃除したのに毛が毛が、と富士子が騒ぐ。
洋介がこの部屋にいるのは富士子に猫の風太郎を部屋に入れないように頼まれたからだ。いつもならペット用の通せんぼ柵が置いてあるのにそれがない。
「お袋が猫避け片したからだろう。何でしまっちゃうんだよ」
猫はダメだと言われるとやりたがる。いつもは入ってはいけない部屋に柵がなければ、富士子に怒られると分かっていても、風太郎は喜び勇んで入りたがる。
「だって……」
「ほら」
足元をすり抜けようとする柔らかい躯をひょいと抱き上げる。腕の中で暴れる風太郎を宥めていると、寄ってきた富士子が洋介の服をコロコロで撫で始めた。
「何だよ」
腕の中には毛玉がいるのに意味ないんじゃ?と見やると、何故か上から下まで富士子に検分されていた。
「うーん、ジーパンにTシャツか」
「何だよ」
富士子は洋介の着ている服の強度でも試すかのように、あちこち引っ張ってみてから「ま、いいか」と呟いた。
「???」
「ふうちゃん、あっちに連れてって」
「え? それじゃまた来ちゃうだろ?」
富士子は風太郎の鼻の辺りをちょんちょんと突いてから掃除に戻る。
「大丈夫よお、お父さんの横の椅子に寝かせて来て。そしたら大人しくなるから」
「あの椅子か」
風太郎は居間のダイニングテーブルの空いている椅子が好きだ。家族三人がテレビを見ているといつの間にかやって来て、座布団の上で丸くなっている。家族の会話に合わせるように長い尻尾をぶらんぶらんと大きく揺らしながら気持ち良さそうに寝ている。
それでも、自分からその場所に行くのが好きなのであって、無理矢理寝かされるのは好きではない。猫は我儘だ。そして自尊心が強い。富士子が邪魔だからと椅子に上げると、大人しく丸くなる時もあれば、すぐに下りてしまう時もある。
置いて来ても戻って来るだろなと、不満げな風太郎を宥めながら居間へ向かうとチャイムがなった。
「えっ、トイレの鍵取っちゃったの?」
昼寝から起きたらトイレの鍵が無くなった件について。
平介を手伝ってベッドを運んだら疲れたので、ちょっと二階で寝て起きたらトイレの鍵が変わっていた。
なんかドアノブが見慣れない茶色になっていて、手作り感溢れる『在』と黄色い板に赤いビニールテープで文字らしきものが書かれたプレートがぶら下がっていた。ひっくり返して見ると裏面には何も書かれていない。よく見ると黄色の部分もビニールテープをグルグルと巻くように貼って出来ていた。
なんだろうと首を傾げながら、中に入ったら鍵がなくなっていた。そこではっと、プレートの用途に気が付いた。
「でも、今時のトイレの鍵って何かの時に外から開けられるようになってるんじゃなかったっけ? 変えるんならそれにした方が良かったんじゃ」
「しーっ」
居間でテレビを見ていた富士子の所に確認に行くと声をひそめるよう促された。平介は台所で夕飯の支度をしている。
「それは言わないであげて」
「知らなかったんだ」
「多分」
家のトイレの鍵は今迄は建てた当時ーー洋介が小学校に上がる前だったと思うからかれこれ40年以上前か?ーーの古いスライド錠で非常時に外から開けられるようにはなっていなかった。ただ古くなってガタついていたので、外側からノブを掴んで何度かドアを揺すったら鍵が外れそうではあった。多分あのままでも何とかなった気がする。
富士子によると、洋介が寝ている間に、平介が珍しく一人で車で出掛けて行った。呼ばれてトイレに行ったら、中でお母さんが倒れてもこれで心配ないぞと、もう交換した後だった。
「ありがたいけど、お客さん来たら困る」
最後の部分は平介に聞かれたくないのか、富士子は小声だった。
「お客さん? 星さんなら言えば分かってくれるだろ?」
「真一君じゃなく……」
「星さん以外? 康子ちゃんか?」
「違う、ううんもういい」
「? でも、プレートが『在』になってたのに誰も入ってなかったんだけど」
「それもお父さんが考えて作ってくれたの。前に入った人が直し忘れたんでしょ」
「前に入った人って、お袋か親父だよね?」
「……」
三人しかいないのに内二人がプレートをひっくり返すのを既にもう忘れがちとか、この先の鍵のないトイレの運用に不安しかないのだが。
しかし口では文句を言うが富士子の顔はまたニマニマしているので、平介の気持ちは嬉しいのだろう。仕方ない。俺の家じゃないし、慣れるしかない、と洋介はため息を吐いた。
一週間後、トイレの鍵は新しいものに変わっていた。またいつの間にか平介が交換したのだ。「在」のプレートはついたままだけど。
岬家の場合、ノックはノブを回して鍵が掛かっていたらする。一般常識とは逆だ。なので、鍵なしでは高確率で中に人が居る状態で開けてしまう悲劇が起きた。
長年の習慣はそう簡単には変えられない。富士子も洋介も面と向かっては平介に言わなかったけれど、鍵あった方がいい、と思っていた。
変なことで意固地になる平介にしては素直に交換したのも、最中に何度かドアを開けられて思い知ったからだろう。
すっかり元気になった富士子は朝から新館の和室を掃除している。
最初の頃は平介が大騒ぎして富士子には何もさせなかったが、「仕事も行かないし、暇」と少しずつ元の状態に戻りつつある。
手話通訳の仕事はこのまま辞めるらしい。元々年だからと週一くらいに仕事を減らしていたので、今抜けても問題ないそうだ。
「これからは親子三人でこの家で暮らすのね~」
「今までだって親子三人だっただろ」
「そういう意味じゃないの。仕事しないで家でぶらぶらしてる人間が三人になるね、っていう意味」
「俺は働いてるぞ」
トイレ帰りの平介が口を挟んでくる。
「お父さん無職じゃない」
「いや、俺は畑仕事してるからな」
家庭菜園は趣味の範疇でしかないと思うのだが、平介にしてみたら岬家の野菜は全部自分が賄ってるという自負があるらしい。
「あっ! ダメ! ちょっと洋ちゃん、ちゃんと見張っててよ」
掃除したのに毛が毛が、と富士子が騒ぐ。
洋介がこの部屋にいるのは富士子に猫の風太郎を部屋に入れないように頼まれたからだ。いつもならペット用の通せんぼ柵が置いてあるのにそれがない。
「お袋が猫避け片したからだろう。何でしまっちゃうんだよ」
猫はダメだと言われるとやりたがる。いつもは入ってはいけない部屋に柵がなければ、富士子に怒られると分かっていても、風太郎は喜び勇んで入りたがる。
「だって……」
「ほら」
足元をすり抜けようとする柔らかい躯をひょいと抱き上げる。腕の中で暴れる風太郎を宥めていると、寄ってきた富士子が洋介の服をコロコロで撫で始めた。
「何だよ」
腕の中には毛玉がいるのに意味ないんじゃ?と見やると、何故か上から下まで富士子に検分されていた。
「うーん、ジーパンにTシャツか」
「何だよ」
富士子は洋介の着ている服の強度でも試すかのように、あちこち引っ張ってみてから「ま、いいか」と呟いた。
「???」
「ふうちゃん、あっちに連れてって」
「え? それじゃまた来ちゃうだろ?」
富士子は風太郎の鼻の辺りをちょんちょんと突いてから掃除に戻る。
「大丈夫よお、お父さんの横の椅子に寝かせて来て。そしたら大人しくなるから」
「あの椅子か」
風太郎は居間のダイニングテーブルの空いている椅子が好きだ。家族三人がテレビを見ているといつの間にかやって来て、座布団の上で丸くなっている。家族の会話に合わせるように長い尻尾をぶらんぶらんと大きく揺らしながら気持ち良さそうに寝ている。
それでも、自分からその場所に行くのが好きなのであって、無理矢理寝かされるのは好きではない。猫は我儘だ。そして自尊心が強い。富士子が邪魔だからと椅子に上げると、大人しく丸くなる時もあれば、すぐに下りてしまう時もある。
置いて来ても戻って来るだろなと、不満げな風太郎を宥めながら居間へ向かうとチャイムがなった。
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