14 / 22
ねがい
しおりを挟む今の自分はあまり見られたくなくて、ニットの帽子を片手で押さえ目元まで隠した。
成人式…誠人が行くなら行きたい…。と言ってしまいそうな唇をかみ締めて俯くと、足元を歩く十色が見上げてきて、目が合うとなんだか恥ずかしくなって目を逸らした。
「誠人は…今日どうしたの? 平日だよ?」
声が少し震える。落ち着け落ち着け。ニットから出てる髪を軽く触る。
「ああ、オレの仕事は交代制なんだ。今日はこれから出勤だ」
久しぶりに聞く低いバリトンボイス。昔に比べて更に低くなった声に心臓が跳ね上がり、このまま止まってしまいそうだ。
「仕事、ケアハウスだっけ? 頑張ってるって聞いたよ?」
高校卒業してすぐ就職したって聞いたな。頭が良くていつもクラスで5番には入っていたから、てっきり進学するんだと思ってたからビックリしたんだ。
誠人のお母さんは誠人を産む時に感染症にかかって、生死をさ迷ったらしい。それから入退院を繰り返しながら誠人を育てたって。
お父さんは病院代と誠人の養育費を稼がなくちゃいけないから、必死で働いて。誠人はお母さんが入院している時は、近くに住んでいるお婆ちゃんと協力しながらお母さんを手伝ってたんだって。
進学は諦めて地元の介護施設に就職して働きながら資格を取る為に勉強してるって。全部、純子が教えてくれた。
「そう、ゆうあいって介護施設知ってるか? 去年できた新しい施設。同じ敷地内に保育園もあって週に何回か子供が遊びに来るんだ。子供って喧しいし、注意しても走り回るから勘弁してくれって思うんだけど、子供が来る日は朝からじいさんばあさんが文句言いながら元気なんだよな。中には車椅子だったばあさんが、歩いたんだぜ。すげーよな。子供から逃げるためだって言ってるけどめちゃくちゃ嬉しそうに話すんだよ」
「へえ。すごい」
「年寄りって、どうしてあんなに意地っ張りなんだ? 素直に嬉しいって言えばいいのに。顔はおもっいきり嬉しそうな癖に口開けば文句三昧。かわいくねーの」
「そういう誠人も、良い顔してるよ」
「……そうか?」
誠人は「心外だ」とでも言うように、眉をしかめて大きな掌で口を隠した。
「直は? 今どうしてるんだ?」
あまり、聞かれたくないし、話したくないけど、黙ったら空気悪くなっちゃうよね。
「仕事、してたんだけど辞めちゃった。今は何にもしてない。毎日気楽な生活だよ~」
ニットから出てる少ない毛先を指先で弄びながら、おどけるように一気に喋って笑って見上げた。
「……直が、楽してるのか、そうでないのか、俺には分からないから何とも言えないけど…楽してるようには見えねーよ」
ビクッとした。
こう言うと、たいていの人が「良いね」とか「羨ましい」て、言ってくるから…。
見上げると、真っ直ぐ前を向いて話す誠人の表情は硬い。
そのまま返事も出来ず、俯いてしまった。
こんな、さりげない言葉がすんなりと出る人。誠人自身どれだけ辛い思いをしたんだろうか?
その後、当たり障りのない会話を少しした後「直、またな!」と、言って別れた。
「頑張れ」じゃ無くて「またな」
意味があるのか、無いのか…分からないけ言葉だど、すごく、嬉しい。
もしも、もしもね、もしも一つだけ願いが叶うのならば、あなたの幸せを願いたい。あなたが、あなたを幸せにしてくれる人と出会って、あなたの肩の荷が少しでも軽くなって欲しい。
私があなたを支えることができる体だったら何でもするけど、私は、さらなる重荷にしかなれないから。だから、あなたの幸せを心から願うよ…。
涙が溢れて十色のふわふわの毛の中に染み込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~
希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。
彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。
劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。
しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる