猫の夢

鈴木あみこ

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ねがい

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 今の自分はあまり見られたくなくて、ニットの帽子を片手で押さえ目元まで隠した。

 成人式…誠人が行くなら行きたい…。と言ってしまいそうな唇をかみ締めて俯くと、足元を歩く十色が見上げてきて、目が合うとなんだか恥ずかしくなって目を逸らした。

「誠人は…今日どうしたの? 平日だよ?」
 声が少し震える。落ち着け落ち着け。ニットから出てる髪を軽く触る。

「ああ、オレの仕事は交代制なんだ。今日はこれから出勤だ」
 久しぶりに聞く低いバリトンボイス。昔に比べて更に低くなった声に心臓が跳ね上がり、このまま止まってしまいそうだ。
「仕事、ケアハウスだっけ? 頑張ってるって聞いたよ?」
 高校卒業してすぐ就職したって聞いたな。頭が良くていつもクラスで5番には入っていたから、てっきり進学するんだと思ってたからビックリしたんだ。

 誠人のお母さんは誠人を産む時に感染症にかかって、生死をさ迷ったらしい。それから入退院を繰り返しながら誠人を育てたって。
 お父さんは病院代と誠人の養育費を稼がなくちゃいけないから、必死で働いて。誠人はお母さんが入院している時は、近くに住んでいるお婆ちゃんと協力しながらお母さんを手伝ってたんだって。
 進学は諦めて地元の介護施設に就職して働きながら資格を取る為に勉強してるって。全部、純子が教えてくれた。

「そう、ゆうあいって介護施設知ってるか? 去年できた新しい施設。同じ敷地内に保育園もあって週に何回か子供が遊びに来るんだ。子供ってやかましいし、注意しても走り回るから勘弁してくれって思うんだけど、子供が来る日は朝からじいさんばあさんが文句言いながら元気なんだよな。中には車椅子だったばあさんが、歩いたんだぜ。すげーよな。子供から逃げるためだって言ってるけどめちゃくちゃ嬉しそうに話すんだよ」
「へえ。すごい」
「年寄りって、どうしてあんなに意地っ張りなんだ? 素直に嬉しいって言えばいいのに。顔はおもっいきり嬉しそうな癖に口開けば文句三昧。かわいくねーの」
「そういう誠人も、良い顔してるよ」
「……そうか?」
 誠人は「心外だ」とでも言うように、眉をしかめて大きな掌で口を隠した。

「直は? 今どうしてるんだ?」
 あまり、聞かれたくないし、話したくないけど、黙ったら空気悪くなっちゃうよね。
「仕事、してたんだけど辞めちゃった。今は何にもしてない。毎日気楽な生活だよ~」
 ニットから出てる少ない毛先を指先で弄びながら、おどけるように一気に喋って笑って見上げた。

「……直が、楽してるのか、そうでないのか、俺には分からないから何とも言えないけど…楽してるようには見えねーよ」

 ビクッとした。
 こう言うと、たいていの人が「良いね」とか「羨ましい」て、言ってくるから…。
 見上げると、真っ直ぐ前を向いて話す誠人の表情は硬い。
 そのまま返事も出来ず、俯いてしまった。

 こんな、さりげない言葉がすんなりと出る人。誠人自身どれだけ辛い思いをしたんだろうか?

 その後、当たり障りのない会話を少しした後「直、またな!」と、言って別れた。
「頑張れ」じゃ無くて「またな」
 意味があるのか、無いのか…分からないけ言葉だど、すごく、嬉しい。


 もしも、もしもね、もしも一つだけ願いが叶うのならば、あなたの幸せを願いたい。あなたが、あなたを幸せにしてくれる人と出会って、あなたの肩の荷が少しでも軽くなって欲しい。
 私があなたを支えることができる体だったら何でもするけど、私は、さらなる重荷にしかなれないから。だから、あなたの幸せを心から願うよ…。


 涙が溢れて十色のふわふわの毛の中に染み込んだ。


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