猫の夢

鈴木あみこ

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十色の心…

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 十色はいつも気まぐれだ。毎日顔を見せていたかと思うと何日も来なかったり。猫だったり人間だったり。
 でも、私が落ち込んでいると、まるで見ていたかのように現れる。
 会いたいと願うと自然と側にいる。

 不思議な十色。
 おばあちゃんの飼い猫だった十色。
 十色はどうして私の前に現れたんだろう?

「やぁ、直。難しい顔してどうしたの?」
 いつもの爽やかイケメンは、まっすぐな笑顔を向けながらやって来た。
「十色。私の部屋から春子さんの匂いがするって言ったでしょう? これじゃない?」
 おばあちゃんの着物をそっと十色に差し出しす。
 十色は大きな目を、さらに大きく見開くと、ゆっくり着物を受け取り、優しく抱きしめて、長い睫を伏せて、顔をうずめた。
 どれくらい時間が経ったのか分からないけど、十色が話始めるまでじっと待った。

 ***

「……この着物、覚えてるよ。ハルコが時々出してた…」
 この着物を見ながら「直ちゃんが着た所、見たいなぁ」って口癖のように言っていた。



 名前と匂いしか覚えていなかったけど、大好きな人の声が聞こえたような気がした。



 いつから一緒に暮らしていたかは覚えていない。
 ボクが子猫の時からハルコは側に居た。
 その時すでに頭は白く、顔もしわくちゃで、笑うともっと皺が増えるんだ。小さな体でボクを抱き上げて目線を会わせて話すハルコが好きだった。
 ハルコと暮らした古い日本家屋はボクにとっては広く、遊ぶ場所も隠れる場所も沢山あった。
 裏手には山があって、家を抜け出しては遊びに行った。
 夢中で遊んでうっかり一晩外で過ごして帰ると、いつもの穏和なハルコが目を吊り上げて怒るんだ「心配したでしょう!」て。
 でも、直ぐに美味しいご飯を貰えて、優しい小さな手で撫でてくれた。

 家の横には小さな畑があって、天気が良い日は1日中ハルコはそこにいた。
 陽当たりの良い縁側で、畑仕事をするハルコを見ながらお昼寝するのが好きだった。
 縁側にはボク専用の座布団が常に置いてあった。死んだ「じいさん」の座布団だと聞いたのは随分前だったと思う。

 ハルコは1日に何度も縁側にお茶を持ってきて、ボクの横に座った。
 その度にハルコの膝の上に飛び乗って、ハルコの匂いに包まれた。

 寒い冬はハルコの布団が好きだった。ハルコは「十色がいるから寒くない」といつも抱き寄せてくれた。ボクは少し迷惑そうに背中を向けるんだ。けど、とても暖かくて幸せだった。

 時々、小さな女の子が遊びに来た。
 ハルコが大好きな子だって、すぐに分かった。
 初めはやたらと追いかけ回されて、本当に迷惑だと思った。
 でも、会うたびに大きくなって、無理矢理引っ張られたりする事もなくなって、優しく抱き上げてくれる甘いお菓子みたいな匂いを「好きだな」と、思えるようになった。

 ボクの目を、いつも不思議そうに覗きこむ大きな瞳が可愛くて、次はいつ来るのか待ち遠しくなった。

 小さな体のハルコは、腰を悪くしてからさらに小さくなった。
 時々、小さな女の子が「一緒に行こう」と手を出して来て怖くなった。
 この家が好き。縁側が好き。裏山が好き。ハルコが好き。
 離れたくなかった。捕まったらいけないと思った。

 ナオ。そうか、あの時の小さな女の子。
 ハルコの次に好きだった子。
 ハルコが大切に思っていた女の子。

 ハルコの暖かい手が好きだった。
 膝の上が好きだった。
 時々、帰って来なくなって…でも、家から抜け出せば何処でもご飯もらえたから、お腹はすかなかった。

 ハルコがずっと帰って来なくなってしまって…不安になった。
 でも、いつか帰って来るって信じて待ってた。

 ナオが「一緒に行こう」って又、手を出したんだ。
 ボク、やっぱり嫌で逃げて…。
 ナオは好きだったよ。一緒に行こうって、言ってくれて嬉しかった。

 でもハルコの匂いのする家が良かった。
 寒くても、お腹すいてもハルコの匂いがする所が良かったんだ。

 ハルコの居ない家に帰るのが寂しくて、裏山にある小さなほこらに逃げ込んだ。そこはハルコが元気だっ時に毎日お参りしていた祠だった。
 ハルコは毎朝必ず祠の掃除をして、お花を飾ってた。その後は曲がった腰をとんとん叩いて「じいさん」のお墓に行くんだ。
 そんなハルコの様子を木の上から眺めるのが好きだった。
 祠にいれば、ハルコが又やってくるような気がした…。

 その後は、どうしたのかな?
 覚えてないや。

 でも、ずっとハルコを探してた。

「十色…匂いっていうのは一番記憶に残るんだって。匂いを嗅ぐと、その時の記憶が思い出されるんだって…」
 直が、小さな手をボクの背中に回して抱き締めてくれた。
 ハルコの思い出がボクの中に溢れて涙が落ちた。

 ハルコ。やっと見つけた。

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