深夜の声 - オフラインで交わる運命

深夜の邂逅

深夜の静寂を破るのは、パソコンから流れる柔らかな声だけだった。窓の外は真っ暗で、街灯の光だけが僅かに部屋を照らしていた。

俺は東京での新卒入社から８年も務めていた会社を辞め、実家に戻ってきていた。自営業を営む両親の下で名目上は社員として働いているものの、実質はニートに近い生活を送っていた。昼夜逆転の生活リズムに慣れ、朝日が昇る頃に眠りにつくこともしばしばだった。

そんな単調な日々が続く中、ある深夜、偶然にも一人の女性配信者と出会った。彼女は中華服を着たかわいいキャラクターのアニメをしたVtuberだった。その声は優しく、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

しかし、彼女の話し方には何か引っかかるものがあった。笑い方やしゃべり方は、まるで在日中国人のようだった。日本語は流暢で、何十年も日本に住んでいるかのような自然さがあった。それでいて、微妙な違和感が漂っていた。

「あれ？」と思った瞬間、彼女の笑い声が部屋に響いた。その声は心地よく、いつの間にか俺は彼女の配信に引き込まれていた。しかし、その奥底に潜む違和感は、どこか霞がかかったようにぼんやりとしながらも、確かに存在していた。

夜が明けるまで、俺は彼女の配信を見続けた。眠気も忘れ、ただ彼女の声に耳を傾けていた。そして、朝日が差し込み始めた頃、ようやく配信は終わりを告げた。

画面が暗くなり、部屋に静寂が戻った。俺は椅子に深く腰かけ、天井を見上げた。彼女の声が頭の中でリプレイされる。そして、あの微かな違和感も一緒に。

「いったい、彼女はどんな人なんだろう。」

その疑問は、朝日とともに部屋に満ちていく光の中で、ゆっくりと溶けていった。

日々が過ぎ、彼女の配信は俺の生活の一部となっていった。毎晩3時、有名配信者たちが配信を終え、多くの人がゲームを終える頃、彼女の配信が始まる。深夜の静寂の中、彼女の声だけが響く。

配信者が少ない時間帯ということもあり、自然と彼女の配信を見る機会が増えていった。他の視聴者たちが眠りについた後、俺のコメントだけが画面を賑わすようになる。そんな中で、彼女のことを知るのに、そう時間はかからなかった。

彼女は中国人でもなんでもない。ただの方言のある日本人女性で、標準語を一生懸命話そうとしているだけだった。その素直さと豪快な性格に惹かれ、俺たちは瞬く間に親しくなった。

Twitterでもフォローしあうようになり、彼女は俺のツイートに毎回リプライをくれるほどの仲になった。深夜の配信を通じて築かれた関係は、SNSを通じてさらに深まっていった。

その日も、いつものように彼女の配信を見ていた。風呂に入りながらスマホで聞いていると、彼女が元カレとのデートの話を始めた。水族館での思い出話だったが、彼女が言及した地名が妙に引っかかる。

「あれ？」

その地名は、俺がよく知っている場所だった。しかし、風呂の中だったこともあり、聞き間違いだろうと思い流した。

配信が終わった後、なんとなく引っかかる気持ちを抑えきれず、Twitterでつぶやいた。

「これ、言うべきかな？」

すると、ほどなくして彼女からリプライが飛んできた。

「どーした？ 話、聞こっか？」

心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺は返信した。

「もしかして...同じ県かも」

数秒後、彼女からの返信が届いた。

「まじかｗｗｗｗそれは本当でござるか？」

その反応に、俺はさらに確信を深めたくなった。

「たぶん。有名なもの教えてくれる？」

彼女の返事を待つ間、時間が止まったかのように感じた。そして、画面に表示された彼女の言葉。

「酒、パチンコ、カツオ？」

その瞬間、俺の中の「たぶん」は確信に変わった。思わず声に出して言ってしまう。

「マジか...」

震える指で、俺は返信した。

「一緒だわｗｗｗｗ」

興奮と驚きが入り混じる中、俺は次の彼女の配信を今か今かと待った。そして、いつもの時間に配信が始まる。

しかし、画面に映る彼女の表情はいつもと違っていた。少し恥ずかしそうな、でも嬉しそうな表情。そして、配信が始まるやいなや、コメント欄が賑わった。

「えー！同じ県の人がいたの？」

「地元トーク聞きたい！」

「方言解禁しちゃえよ！」

俺は画面を見つめたまま、動けなくなっいた。すでにリスナーたちには知られているらしい。彼女は照れくさそうに笑いながら話し始めた。

「はい...実は昨日、あるリスナーさんと同じ県だってことが分かっちゃって...」

彼女の言葉に、コメント欄はさらに盛り上がる。俺は何も言えず、ただ画面を見つめるだけだった。

「まあ、こんな田舎なんで恥ずかしいんですけどね...」

そう言いながらも、彼女の口調には少しずつ方言が混ざり始めていた。リスナーたちはそれを楽しむかのように、さらにコメントを送る。

「方言かわいい！」

「もっと聞きたい！」

俺もようやく重い指を動かし、コメントを打ち始めた。

「やっぱり同じ県か...」

そのコメントを見た彼女は、さらに照れくさそうに笑った。

「そうそう。まさかこんなところで地元の人に会うとは思わんかったわ」

その日の配信は、まるで同窓会のような雰囲気になった。彼女と俺が地元の話をし、他のリスナーたちがそれを楽しむ。方言丸出しで話す彼女の姿は、今までで一番自然で魅力的に見えた。

配信が終わる頃には、俺たちの関係はさらに近づいていた。同じ地元という共通点が、オンラインの世界でつながった俺たちを、現実世界でもつなげたような気がした。

画面が暗くなり、部屋に静寂が戻る。俺は深くため息をつきながら、微笑んだ。この偶然の出会いが、これからどんな展開をもたらすのか。そう考えると、胸が高鳴るのを感じた。

配信者である彼女が、一リスナーの俺にリプライを送ってくるようになった時は、正直驚いた。でも、そのおかげで地元が同じだという確信に至ることができた。

なぜか彼女は俺だけに頻繁にリプライを送ってくる。他のリスナーには見られない特別な待遇に、俺は戸惑いつつも内心では嬉しさを感じていた。

ある日、俺はツイッターでこんなつぶやきを投稿した。 「ライザップ行ってパチンコに行こうかな」

すると、彼女から即座にリプライが飛んできた。 「知ってるｗｗｗｗがち会いそうでこわいｗｗｗ」

驚きつつも、俺は返信した。 「えっ、まさか」

彼女からさらにリプライが。 「そこのライザップ行こうとしてたｗｗ」

心臓が高鳴るのを感じながら、俺は必死に冷静を装って返信した。 「使うなｗｗｗ」

その日以来、ライザップに行くたびに、彼女と会うかもしれないというドキドキ感が付きまとうようになった。

彼女の特徴的な外見のことを思い出す。たくさんのピアス、そして赤い髪。こんな田舎で、そんな目立つ人を見かけたら一発でわかるはずだ。

ジムに向かう途中、赤い髪の女性を見かけるたびに心臓が跳ね上がる。ピアスをしている人を見れば、つい二度見してしまう。そして毎回、がっかりと安堵が入り混じった複雑な気持ちになる。

配信を見るたびに、彼女の声や話し方がより親しみやすく感じられるようになってきた。現実世界で会ったことはないのに、まるで昔からの友人のような感覚さえある。

でも同時に、この状況に戸惑いも感じていた。配信者と視聴者という関係。同じ地元という偶然。そして、彼女からの特別な対応。これらが複雑に絡み合い、俺の中で何か不思議な感情が芽生え始めていた。

ある夜、いつものように彼女の配信を見ながら、俺は考え込んでいた。 「このまま会わずにいるべきなのか、それとも...」

画面の向こうで笑う彼女を見つめながら、俺は決断を迫られているような気がしていた。この奇妙な関係を、これからどう進めていくべきなのか。答えは見つからないまま、深夜の時間だけが過ぎていった。

そしてある日、彼女がFF14というゲームの参加型配信をすることになった。普段こういったものには参加しない俺だが、何か背中を押されるような気がして、思い切って参加することにした。画面に向かいながら、俺は深呼吸をした。この決断が、俺たちの関係にどんな変化をもたらすのか。期待と不安が入り混じる中、配信開始の時間が近づいていった。