死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
14 / 167
一章 死の王

第3話 死兆の翳り〈後編 星、暁に焼け落ちる〉

しおりを挟む



 その日、夕刊の一面は新会長就任の話題で賑わっていた。新たな会長は年若く、端正な顔立ちで話題性は充分だった。一紙のほとんどが協会関連の記事で埋まりかねない程である。何カ月もの間、会長の席が空いていたために、無理もないことだった。ノイマン会長の死が残したかげりは深く、協会関係者の不審死が相次いだとの話も、巷で囁かれて絶える事がなかったという。

 新会長、アンゼルク・ルドウィンが、黒い噂を跳ね除けて、颯爽と会長へ就任したことによって、世間は歓迎ムードに包まれた、というのが各新聞社の見解である。

 カイムは読み終わった二紙目の新聞を低卓に置くと、革張りのソファ横に置いた大型ラックから、新たな新聞を取り出す。

 新聞では、にこやかな表情で新会長が写真に写っている。癖のある栗色の髪を、遊ばせたままにしているため、それが童顔に拍車をかけており、学生の入学記念写真を見ているかのようだ。

 ソファと向かい合う大型テレビには、昼間に行われた会見が繰り返し放送されていた。いい加減、話題が尽きてしまい、同じ情報ばかりを、何度もアナウンサーは伝えていた。

 カイムは仕事が終わると、居間のソファで新聞を読みながら、テレビで録り貯めたニュースを見るのが日課である。

 カイムは以前からアンゼルクを知っている。協会幹部の一人であり、人柄は温厚で人望もあり、風貌からか女性から特に支持が厚かった。手腕もなかなかに優れており、次期会長候補の一人であった。

 しかし、何故就任にこれだけの時間がかかったのだろうか、とカイムは思う。候補と目されていた者はそう多くはなく、なによりもアンゼルクと次候補の間にある支持率に、雲泥の差があった。それは、部外者のカイムにも一目瞭然であるほどに、人気の格差が目に見えていたのだ。

 アンゼルクはパフォーマンスの上手い男だ。人心を掴み、掌握する力を強く感じさせる。

 天秤ライブラ協会は強大な組織だ。空席が続けば続くほど、混乱の規模は大きくなるのは必須であり、次世代運営の妨げになるのは明らかだった。就任遅延の思惑を、カイムは今一掴み切れずにいる。就任を遅らせる事による利よりも、不利益が勝ってしまうのは、部外者には自明の理だ。しかし、遅れたからには関係者の旨味や失態が、そこに必ずあるわけで。結局のところ部外者には真実など解かるわけもないだろう。

 カイムは読んでいる新聞を途中で放り出すと、ソファに寝転がった。マツダが小さく咳払いをしたが、カイムは構うことなく目を瞑る。居間の一画にあるテーブルで、マツダは夜食を整えていた。

 ステルスハウンドの館内一画にあるカイムの私室である。部屋は、暗緑色をした絨毯を敷き詰めた床に、生成色の壁紙という落ち着いた色調でまとめられている。昔、ノヴェクの一族が住居していた頃とほとんど変化がなかった。

 マツダはわざとなのか、低卓の新聞を大げさに振りながら畳み始めた。

「カイム様、お食事の用意が出来ましたよ」

「少し仮眠させてくれ。メールの返信がまだ終わっていなくて、これから取りかからなければならないんだ」

「最近きちんとお休みなさっていますか。お食事もろくに取っておられないようで」

「ヘルレアの件で立て込んでいた分、色々と仕事が後回しになっていたんだ。これ以上溜め込めば、双生児と関係なく能力不足でクビが飛ぶ。それでは、笑うに笑えないだろう。三十分後に起こしてくれ」

 マツダはテレビを消して、部屋の照明を落としてから、毛布を持ってきてカイムにかけた。それから、目を瞑っていると幾らも経たずにマツダが起こしに来た――何の空白もカイムは感じられなかった。そんな気がした。

 眠り足りない気もするが、少しだけすっきりとした頭で起き上がると、低卓に置いていた電子端末を取り、エマへメールを書く。既に深夜過ぎであり、通話は控えたのだ。本の発送についての進捗状況を尋ねる文言を送信した。

 カイムはPCへ転送しておいたメールに、返信をするため書斎へ行く。

 書斎は歴代の主人が使用していただけあり、かなりの面積を割り当てられていて、建具の本棚が壁を覆い尽くしている。更に本棚を追加したものだから、ちょっとした図書館の様相を呈している。しかし、過去の住人が所有していた本も残っている上に、更にカイムが後から本を搬入したため、本棚に収まり切らない本が数多くある。

 カイムは隅に置かれた机に着き、PCで返信を書き始める。

 机はカイムが持ち込んだもので、ごく簡素な無垢木の机であった。書斎で本以外に、唯一カイムが外から持ち込んだ家具が、この机であった。カイムが入居した時、書斎でありながら机が置かれていなかったのだ。執務室の机は書斎から持ち出されたもののようだった。

 書斎は静まり返り、カイムがキーボードを打つ調子の速い音だけが響いている。

 一刻過ぎてようやくメールの返信が終わり、乾いた目を瞬く。つい目を擦りながら立ち上がり、本棚が林立する場所へ行くと、棚に埋もれるようにして、長椅子が一つ置いてある。猫足の長椅子は濃紺に染色された絹張りで、毛布が無雑作に投げかけられていた。カイムが仮眠用にと倉庫から引っ張り出してきたものだが、最近は主な寝床になっていた。

 長椅子の傍には小さな卓があり、デジタル時計と、水差しにコップが添えられて置いてある。マツダは水差しへ、常に新鮮な水を入れて置いてくれた。

 ヘルレアへの接触が実を結ばなかった今、カイムの手は少しだけ空いてしまった。マツダには色々と急いでいるように言ったものの、本当はそれ程急ぐような仕事ではなかった。メールの返信は仕事に付随するような、浅い個人的な付き合いのものでしかなく、礼儀以上の意味はないのだし、カイムに取ってもそれ程重要な物事には思えなかったからだ――かなり失礼な男であるかもしれないが。

 カイムという人間はヨルムンガンドと戦う為だけの存在なのだと、身体に染み付いているのだろう。正直、仕事と言われると、それしか頭に浮かばないからだ。

 ステルスハウンドは、本来、会社として運営される組織ではない。それがただ、社会に組み込まれないと不都合があった為に、今の会社としての在り方が生じたに過ぎない――それはしかも、設定として。

 所詮、カイム自身に取っても代表という役職は、大義を行うための、お飾りの設定だ。彼が真に必要とされているのは、代表として力を振るう事ではない。むしろ、権はカイムへ幾重にも禁を課し、自由を奪う。

 ――全ては猟犬の主人として、在る為に。

 カイムは長椅子へ横になると、とし始めた。

 ヘルレアの顔が思い出される。氷の彫像であるかのようなその容貌は、畏怖を呼び覚ますと同時に嫌悪を感じさせる。後者はおそらくカイムの私情であろう。普通ならば、その美しさに目を奪われる。この世で最も美しいと言われる〈向こう側の女達〉、その子供だというのならば、納得もできるであろう。しかし、〈女達〉を実際に見たという者達は皆無だ。歴史を紐解けばおそらく接触した者もあろうが、現在に置いては存在しないと断言できる――はず。

 気息は穏やかなものになって、カイムの瞼は重く落ちて来る。

 青く灯る瞳が、薄暗がりで細められる。その記憶はあまりにも鮮やかで、カイムに残滓を刻み続けていた。

 問いたかった事がある。でも、言える筈もなかった。

「……これは、罪滅しなのかい?」呟いた言葉に、当たり前に応える者など、今は無くて、それは虚しく彼の口元で消え行く。

 全てが人間の招いた罪科ならば、幾らか救われるものであろう。この永遠に等しい戦いに、意味など無いというのなら、カイムはどうすればいいのかと、何度も自問自答してしまうのだ。

 そうした生き方を、選ばざるおえなかった。だから――。

 電子端末が、ヴァイブレーションで着信を報せる。振動音は、静まり返った部屋に、大きく響き渡った。カイムは反射に近い速度で画面を見ると、〈玩具屋クリムゾンダイス〉という送信者が表示されていた。

『西アルケニアと東占領区が、戦争状態に突入。オルスタッド等入国の可能性、大』

 たったそれだけの文面が、目に飛び込んできた。カイムの眠気は一瞬にして吹き飛び、まろび出るように書斎を後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...