死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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一章 死の王

第24話 穏やかな休日

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 街を貫く大通りは明るい色調の石畳で舗装されており、車両の通行が禁止されている歩行者専用道路だ。なので、平日だろうと休日だろうと、人がごった返している。カフェや雑貨店などが通りの脇に建ち並び、人々の脚を止めていた。

 この街は〈泰西民間軍事保障ステルスハウンド〉の麓から平野に広がっており、兵士達も許可を得れば遊びに出られる。というのも、現在でもノヴェク一族が所有する土地を開発して、敢えて人口を増やした街だからだ。

 そうして、一般人を意図的に受け入れた街路は、行き交う人々も多彩だ。皆それぞれの感性で着飾り、お洒落を楽しんでいる。親子連れも多く、辺りは楽しげな喧騒に満ちていた。

 そのカフェの一つへエマは訪れていた。 友人と会う約束をしていたのだ。カフェは最近若者の間で流行っているチェーン店で、お洒落でありながら価格は抑えていて、味もなかなか評判がいい。砂時計がロゴマークとして使用されており、街を歩けば砂時計があしらわれたプラスチックカップのアイスコーヒーを、ストローで飲みながら歩いている人々がよく目に付く。エマも休みの日には訪れてカフェオレなどを注文する事があるが、エマはマツダの入れるコーヒーを知っているので、別段美味しいと感じた事はなく、少し休みたい時に喉を潤す程度の心持ちだった。

 気分転換というものだろう。エマは館に住みながら同時に同じ場所で働いているので、やろうと思えば館に一ヶ月以上引き篭もる事も出来るのだ。しかし、それをしないのは元来の活発さで家に篭っていられないという事もあるのだろう。休みの日はほとんど出掛けて友人と会っていたし、そうでない日は一人でカフェへ行き、本を読んで時間を潰している。

 エマはカフェのテラス席に眼を走らせると、直ぐによく見覚えのある顔を見つけた。細かいウェーブのかかったダークブラウンの髪に、タイトな赤いVラインネックのトップス、そして、おそらくボトムスはパンツだろう。すらりとしたモデルのような女性――エルヴィラ・ザンダーランドはコーヒーカップを手に電子端末を弄っていた。

「お待たせ。ごめんね、少し仕事の話があったからおそくなちゃった。怒ってる?」

「かなり待った。ずーっと待った。そりゃもう待ちぼうけました」

「ごめん、好きなものおごるから許して」

「冗談、冗談。私も遅れて来たから、そんなに待ってないの」

 実のところ彼女はステルスハウンドの人間だ。しかし、エマと勤務時間が異なるのでいつも外で待ち合わせているのだ。今回もまた勤務が合わず、連絡を取り合って別々に館から出て、いつものカフェで合わなければならなかった。エルヴィラは主に夜勤をしており館の警備を担う警備兵であった。彼女の身体は引き締まっているが、女性的な曲線と大きな胸が兵士である事を忘れさせ、更に夜勤の為か肌は白いので、余計に戦闘員としての雰囲気が影を潜めており、どちらかというとダンサーか体操選手だと言われる方が納得できる。

 友人が何か喋りたくてうずうずしているのを見て、エマは飲み物を注文せずに、取り敢えず席に着いた。

「それよりエマ、聞いてよ。コニエルが最近おかしいの」

 始まった。エマは肩を竦めて、鷹揚に頷いた。エマはエルヴィラの話が、恋人の事になると愚痴ばかりになるのをよく身に染みて知っていた。大抵はエルヴィラの勘違いだし、後日惚気のろけに様変わりするのもいつもの事で、真面目に聞いても損をするばかりだ。コニエルという男性はエマも良く知っている。何故なら彼はエルヴィラと同じ職場に勤めており、エマも時折顔を合わせる警備兵だったからだ。

 館での職場恋愛は特に禁止されていないし、職員同士の結婚も多かった。

 エマは例外だが、職員は役職が重いものになるにつれ、本館そのものに住居を構えるのが普通だ。また、一般の猟犬や事務員達も、自宅が館にある場合もあるし、そうでなければ館に付随する建造物で暮らしている。だから、表現は悪いが公私混同し易いせいも多分にある。

 だから、エルヴィラは典型的な猟犬同士の恋愛を体現している。

「また、それ? ちょっとは彼を信じてみたらどうかしら」

「今回は違うのよ。浮気してたとか、私から心が離れたとか、みたいな話じゃないの。落ち込んでいる状態が続いていて、精神的に参っているというか……」

「何か元気のない理由の心当たりはないの」

「それが、何も思い付かなくて。こうして、エマに相談しようと思ったの。何か知っているのじゃないかって」

 エマは代表であるカイムの秘書だ。兵士達の動きも耳に入って来易いが、簡単に仕事の内容を漏らすわけにもいかない。エルヴィラは分かっているだろうが、それでもエマに聞かずにはおられない程、気に病んでいたのだろう。しかし、実際にエマはコニエルの勤務状態は知らないし、何か異常があったとも連絡は受けていなかった。

「私が知る限り、何もなかったとしか言えない。それに、私は一時館を用事で離れていたから」

「……これは、エマが身内だから話すんだけどね。数日前にエマが外へ出ていた時、館で戒厳令が敷かれた上に、一部は人払いされていたの。皆不思議がっていたけど、カイム様のなさる事だからって詮索しない様にして、その日はいつもと違う場所を警備する様に言われてた。その時、私とコニエルが当番で居合わせていたのだけど、その頃からおかしくなったのかもしれない……」

「でも、その時何かあったのなら報告書があるはずだから。関係あるかしら」

 館で奇妙な動きがあったのは確かだが、双生児と戦っている以上、変化を余儀なくされる事も珍しくない。警戒を区域を変えた事も、人払いした事も、驚くに値しないと思った。好奇心は身を滅ぼす。カイムはあえてそう振る舞ったのだから、理由は知らない方がいい。だが……。

「コニエルの様子がおかしい事と、数日前の勤務に何か繋がりがあるとしたら、とんでもない失敗をしてしまったとか」

「失敗って?」

「たとえば、敵の侵入を許してしまったとか、カイム様がなさったお仕事の内容を知ってしまったとか」

「一理あるけど、カイムはいつも通りだったわよ」

 エマに接するカイムは、何の変化も見せずに穏やかだった。食事の時に不自然な程仕事の話を避けていた事以外は――。

「カイム様は、ポーカーフェイスじゃない……少し頼み難い事なのだけど、コニエルがカイム様の不興を買ってないか、ご本人に直接聞いてくれない? 無理にとは言わないわよ。エマにも色々事情があるだろうから」

「コニエルの事を聞いて、逆に逆鱗に触れないとも限らないでしょ。ああ見えて、カイムって結構怖いから」

 冗談交じりで言ったつもりが、エルヴィラの顔がさっと青くなった。

「余計にコニエルが心配になるじゃない。どうしよう、辞めさせられるどころか、口封じに抹殺されでもしたら」

 エマはという言葉に吹き出す。

「何言ってるのよ。カイムが仲間の猟犬に、それ程非道な事をするわけないでしょ。エルヴィラは大袈裟なのよ。分かった。それとなくコニエルの事をカイムに聞いてみるから」

「何だか喜ぶべきかどうだか、分からなくなったわよ」

「心配しないで。そんな大した事じゃないわ」

 エマは話の切れ間を見つけて、コーヒーを注文しに行った。レジは混雑していて列が出来ており、エマは最後の列に並んで待つ。メニューを見ていると、軽食に季節の野菜サンドが載っていて、コーヒーと一緒に注文する事にした。

 エルヴィラがカイムに付いて物騒な事を口にしたのは意外だった。友人はエマ程、カイムの側近くにいないだけ、人柄も良く知らないのは仕方のない事だ。それでも、エマの友人であるあのエルヴィラでさえカイムの事を恐ろしく思っているようなのだから、他の兵士、事務員も同じくらい恐れている者が居てもおかしくはなかった。

 エマにとってカイムは兄の様な存在でもあり、その微笑みを絶やさない様は、常に柔らかな印象を他人に与えた。そうしたカイムが、エマ以外には恐怖を他人に抱かせるような振る舞いを、取るような人柄には到底思えなかった。

 何より、エマが気付かないはずがない。

 だからエルヴィラの恐れは、どちらかというと畏怖に近いのかもしれない。しかし、それでも恐れの方もエマは少しだけ、理解できなくはないのだ。時折、あの緑の瞳が冷たく凍る事があるのは知っている。エマはあまり見た事がないが、偶然通り掛かりる形で見かけたのだ。この対双生児世界で代表となって戦わなくてはいけないカイムならば、当たり前の感情吐露なのかもしれない。

 けれど、エマ自身はカイムを恐れた事は一度もなかった。

 しかし、何か秘密がある。エマの知らないカイムがいる。

 エマがステルスハウンドの館を離れている時、何かが行われた。それも、かなり大規模な形で。あの大きな館の人払いをしたのだから、内部で何か重要な事をしていたのだろう。誰にも見せたくない何かを。考えられるとしたら誰かに会っていたのではないだろうか。

 ――でも、誰に?

 エルヴィラが口にしなければ、おそらくエマは何も知らないまま過ごしていただろう。あえてエマが居ない時に事を運んだ様にしか思えない。これは思い上がりだろうか。カイムがいつもエマを気に掛けているという奢り。それが事実だとしたら、嬉しくもあるが、同時に寂しさも感じる。今だに、エマをステルスハウンドの仲間ではなく、遺児としてしか見ていないという事ではないのだろうか。
 
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