死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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一章 死の王

第32話 殺生与奪権

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 シャマシュはふらふらと森の中を飛んでいる。ヘルレアとジェイドは目的も分からず、その後を付いて行くしかなかった。既に二人の班員は見つけていたし、オルスタッドも先程確認した。これ以上シャマシュが追うべきものはないはずだ。雪がしんしんと降る中を小さなシャマシュを追って、不安定な足場を越えて行かねばならない分、理由が分からないだけ苛立たしさが募る。

「シャマシュはいったいどこまで行く気だ」

「私も分からない。言葉で意思疎通しているわけではないから」

「俺はてっきり、王はあのネズミと話が出来るのかと思っていたぞ」

「シャマシュに言語での意思疎通能力は付加してないからな」

「よりによって肝心な能力がないと来たもんだ」

「元々探索用に作ったわけではないからな。ただのペットだ。それにおまけで能力を付けたにすぎない」

 先程から一切景色が変わったように思えない中を、王と二人黙々と歩き続けた。すると、唐突に開けた場所に出た。家屋が連なる村が現れた。今まで見てきた村と全く同じような、家屋と街路で別段不審なところはない。

 外見としては。

「シャマシュはここに連れて来たかったのか? 見た目は何の変哲もないが……」

 ヘルレアはジェイドの言葉が、聞こえていないかのように黙り込んで、村を見渡している。その表情からは何も覗え無い。

「王?」

 シャマシュは村の前で、くるくると回っている。それ以外の動きは一切せず延々と同じ地点にいる。

 無言で動き出した王に付いて行き、一番近くの家に入ってみると、ジェイドは居間で身動きが出来なくなった。

 初めはそれが何なのか分からなかったが、よく見てみると、人間がすり潰されている事が分かった。壁に押し付けて擦り付けたようにペースト状になって、骨も小石のようにぐずぐずの肉に混ざっている。それが三体。まるでその場で溶けてしまったかのようにそれぞれ点々と、肉溜まりを作っている。体液が滲み出て広範囲に床を濡らしていた。

 いったいどれ程の腕力と精神があれば、これだけ完璧に人間を挽肉へと、挽き潰せるものなのか。

 さすがのジェイドでも見ていると、空っぽの胃から胃液が迫り上がって来てしまった。何とか耐えているとヘルレアは居間に入って行き、死体をまじまじと見つめていた。

「王、これは今までとは違い過ぎる。一体何があったというんだ」

「こいつは食う為に殺したのではないな。完全に遊びの為に殺している。異常な腕力と、高度な知能……どうするべきだろうな」

「ここにはもう、使徒も綺士も居ないのか?」

 ヘルレアは熟考しているようで、ジェイドを無視した。別段珍しいことでもないので、ジェイドも口を噤み、他の場所も見に行こうとすると、ヘルレアが唐突にジェイドの腕を強く捕らえた。

「……ジェイド、もうここで別れだ」

「何を言っている」

「私は間違っていたようだ。もう、お前が居ると本当に、足手まといにしかならないのだと言っているんだ」

「間違っていた……? どういうことだ。最初の契約と違う。綺士や使徒は俺達ステルスハウンドに任せるという約束はどうした」

「これを見て分からないお前ではないだろう――寝言を言うな。今、たった一人でしかないジェイドに、何ができるというんだ。
 言ったはずだ、これから更に過酷になると。だが、私は大きな思い違いをしていたんだ。
 人間がこれ以上係わるのは無理だ。お前が居たら、私は身動きが取れなくなるんだ」

「そういうわけにはいかない。たとえ死んだとしても自己責任だ。王の邪魔はしない」

 たとえ力が及ばず死のうと、王を振り返らせるつもりもないし、ましてや足止めなどさせるものか。それでは、何の為に猟犬になったのか分からなくなってしまう。たとえ片王へ牙が届かないとしても、協力を了承したヘルレアだけは、片王の元へ行かせなければならない。

 ヘルレアはジェイドの胸ぐらを掴み、いとも簡単に持ち上げた。二人の身長差で、ジェイドはぎりぎり吊るされている状態になっている。

 ジェイドは苦しさに呻く。ヘルレアは持ち上げたそのまま勢いよく、壁に叩きつけた。ジェイドが打つかった壁が軋み、鈍い音がして穴が空いた。彼は口の中を切って血の味を感じた。

「何をする、ヘルレア」

 王は何も答えず、座り込んだジェイド腹に蹴りを入れた。もんどり打ってうずくまると、胃液を吐き戻した。

 動く事が出来ない。ジェイドは大の男と闘っても、これ程苦しい思いをしたことがなかった。

 王は大して、大きなかぶりを振っていないというのに、鍛え上げたジェイドの身体は、赤子のようになされるがままだった。

「ジェイドこれで分かったか。ここではお前の力など、草木のそよぎにしか過ぎない。そんなものに今、何の価値がある」

「たとえ王が何を言おうと、俺にはカイムに託された任務がある。王が拒もうとも、俺は……」

 カイムの想いを踏み躙るわけにはいかない。ここで諦めたら今までして来た事が、オルスタッド達の死が全て無駄になる。

 ヘルレアは胃液で口を濡らしたジェイドを、再び胸ぐらを掴んで立たせた。そして、ジェイドの頭を掴んで、半身を壁に叩きつけながら走る。ヘルレアは何の抵抗も感じていないように、部屋を駆け抜けた。板張りの壁がジェイドの身体で破壊されていき、木っ端が部屋中に散っていった。

 放り出されたジェイドは、半身切り傷だらけになってしまった。彼はうずくまり擦り削られた身体を押さえていた。

「諦めろ。命があるだけましと思え!」

 ヘルレアはジェイドから離れるとそのまま玄関先へ向かったが、ジェイドが走り寄り道を塞いだ。

「本当に殺すぞ、」ヘルレアの瞳が青く灯っている。いつも微かに光っているヘルレアの瞳が、今、一段とその蛍火に似た灯りを強く発していた。ヘルレアが動くと瞳が青い残光の尾を引いていた。

 ジェイドは血の気が引くように寒くなった。それでなくとも気温が低いというのに、周囲から熱が一瞬で奪われていく感覚を直に感じた。

 これは気力の問題ではなく、実際に気温が下がっているのだ。息が更に白い。手がかじかんで動かない。

「それでも、俺は猟犬なんだ」

 もう、猟犬それ以外になる事など出来ない。

 ジェイドの顔面を掴んだヘルレアは、そのまま自分の頭の高さまで引下げた。

「猟犬は食らいついたら離さないというわけか。どれだけ耐えられるか見物だな」

 顔を掴まれていようとも、痛みに潰れた眼を閉じ、肩を押えて、ヘルレアを行かせまいと必死に塞ぐ。

 ヘルレアはジェイドを押さえ付け、床にひざまずかせると、手刀で胸を打った。ジェイドは呼吸がでくなくなり、胸を押さえた。ヘルレアはそのままジェイドを外へ引き倒し、彼にまたがると顔を何度も殴り始めた。鼻血が飛び唾液が溢れて、徐々に顔が痣で変色していった。ジェイドは一切抵抗出来ず、あらゆる角度から殴打された。吐き気をもよおし口から溢れ出てくるが、寝転び正面を向いているので吐瀉物を吐き出すことが出来ず、息ができない。

 ヘルレアにまたがられてジェイドは動けなかったが、王が立ち上がると、彼は自由になりうずくまって嘔吐をし始めた。ジェイドにはヘルレアが見つめて来ているのが感じられた。

「……」

 王は顔を掴んで立ち上がらせると、朦朧としているジェイドを、ヘルレアは微動だにせず青い目で見続けた。しかし、王は直ぐにジェイドの顔を掴んでいた手を放した。

 ヘルレアがわざとらしい溜息を大きく一つ。

「馬鹿者……お節介にも生きろと言ってやったのに。あの潰れた死体の残酷さ、見れば直ぐに分かるだろ」

「――何があろうと引くわけにはいかないんだ」

 それが残酷であればあるほど、ジェイドは目を逸らしてはいけない。向かい合い闘わなくてはならない。

 ヘルレアはため息を付くとジェイドの肩を叩き、彼を避けて外へ出た。ジェイドも続いたがヘルレアはもう何も言わなかった。

「シャマシュ、よく教えてくれた」

 ヘルレアは飛んでいるシャマシュを呼び寄せると、腕に抱き込み頭を撫でた。

「たぶんこれから何か出る。王か綺士か。どうせ死ぬなら王とやり合いたいものだな」

「何であろうと殲滅する」

「頼もしいものだが、今の姿では説得力がないな」

「お前の仕業だろう。本気で殺されると思った。ところで王の腕力で、どうやって殺さずに人間をいたぶるんだ? 手加減にしても、調節に限度があるだろう」

 王は使徒の強靭な腹を引裂き、頭をねじ切る。脆弱な人間程度では、使徒を殺められる程の力で、甚振いたぶられたら死んでしまう。勿論、手加減したと考えたとしても、それもやはり限度があるわけで。驚くべき事にジェイドは打撲以外に、殆ど怪我を負っていなかった。

「いくら腕力が強かろうと、普段暮らしている時ガラスのコップを割る馬鹿はいないだろう。それと同じさ。お前は言わばガラスのコップか、さもなくば可愛いい、可愛いい小動物だ」

「小動物でも何でもいいが、腕力がデタラメだ。王の手元が狂えば、俺もあの挽肉のようになった人間達のように、なるところだったのかもな」

「それはないさ、世界蛇を舐めるなよ。どのような生き物に対してでも、殺生与奪の権を持つという事はこういうことだ」

「殺生与奪の権か……、」

「この世で生死を決めるのは私だ。傲慢でも驕りでもない、人が老い、死にいくことと同じくらい普通のこと――真理の味はどうだった?」

「一人だけで、大男へ集団リンチまがいのことはするな」

「少し触っただけだろうが」

「……とんでもなく繊細な扱いであれか」

「いや、冗談だよ。少し無茶をしたとも思ってる。よく耐えたな、感心した」

 ヘルレアが微かに笑っている気がした。

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