死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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二章 猟犬の掟

第9話 普通という尊さ〈前編 アメリア七割パパ……?〉

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 ヘルレアは案外あっさりと帰って来た。一時間も掛かっただろうかと、カイムは思案していると、ヘルレアは手招きで行くぞと、冷たい再会の挨拶をして、彼をある店の前まで連れて来た。

 店内に入ると革の匂いが満ちている。バッグが一つづ丁寧に陳列されていて、男性店員が畏まってカイム達を迎い入れた。

 ヘルレアは好き勝手に店内を物色すると、断りも無く革製の大型ボディバッグを手にした。このバッグもまた、ヘルレアと初めて会った時と同じ種類の品だった。腰でバックルを止めて、臀部でんぶへバッグが来る構造だ。ヘルレアが今手にしているのは、かなり簡素なデザインで、以前持っていたバッグよりも、更に装飾が無い。ウエストベルトは太く、少々無骨で男性向けのようだ。

 前に身に着けていたバッグの方が、おそらく相当高価なものだったのだろう。カイムのような、ほぼ一級品しか見たことのない人間が見ても、見窄みすぼらしさが一切なく、細かいところまで造り込まれていた。

「……造り変えたいものだがな」王が店員の前で無遠慮に呟く。

 カイムは王のそうした独り言に気がそぞろになる。あれは、ヘルレア自身で手を加えたバッグだったのだろう。物に干渉するという綺紋きもんならではの効果のしかただ。

 けれど、王は今も綺紋が使えない。

 そして、同時に身体能力も落ちているようだった。

 このような状態でクシエルや綺士に襲われたら、今度こそ生命はないだろう。

 そもそも、高位にある妖魔の類いですら相対することがあやういのではないか。

 カイムは頭の痛い思いで王を見つめる。

 番を持たせる事は叶わないのだろうか。それで全てが解決するわけではないが、それでも王が生きているだけで、世界の在り方は一切が変わるのだ。

 カイムには、王の心を動かす事は出来ないのだろうか。

 ならばせめて、と。

 王のり所となれたら。

 生きる場所ではなく、死にいく場所として――。

 カイムが心ここにあらずでいると、ヘルレアが自分で会計を始めてしまう。カイムが慌てて歩み寄ると、ヘルレアは面倒臭そうに彼を見上げた。王はライブラのライセンスを手にしている。

「僕に払わせて下さい」

「もう別に払ってもらわなくてもいいけどな。ほら、このライセンスで金ならどうとでもなる。あと一応、クレジットカードの再発行申請もしておいた。エスコートという名のパパ、ご苦労さん」

 カイムはやはり奇妙な感覚に陥る。

 庶民的と言えば語弊があるが、あまりに人間臭い。人間社会に順応して、規範に則り生活する。カイムが知っていた、あるいは戦っていた王はそこにはいない。

 知っている気になっていただけ。
 
「あ、そうだ。靴は今履いているのでいい」

 ヘルレアがバッグのバックルを留めながら、片手間に靴を示した。

軍靴ぐんかでいいのですか」

「いい会社とこと取り引きしてるな。履きやすい、くれ」

「それは全く問題ありません。贈らせて頂きます」

「そうだな、まだ行きたいところがある。少し面倒だが……」

「面倒なことであろうと、幾らでもお付き合い致しますよ」

「なら、違法な電子端末を取り扱っているところを教えてくれ」

「承知致しました。ですが、うちでも扱ってますけど、」

「だから、そんな紐付けされそうなもの、使うわけがないだろう」

 カイムは我慢出来ずに吹き出した。親が子供に防犯用の端末を持たせる様が思い浮かんだ。

「もういい、端末を貸してくれ」

 カイムがヘルレアへ電子端末を貸すと、ダイヤルを押して通話を待ち始めた。相手はなかなか出ないようだ。王は苛立ち始めて、端末を壊されてしまいそうな雰囲気だった。

「おい、バングレン!」

 カイムは、唖然とした。

 潰し屋バングレン――粗暴な振る舞いをするインテリ。

 ヘルレアが通話するバングレンとやらが、あの男以外だとは思えなかった。

「てめえ、借りは返してもらうぞ。あ、飯だ? そんなの知るか。どうせ臭え飯しか食ってないんだから、どうだっていいだろ!」

 一体、ヘルレアとバングレンに何があったのか。カイムなどへ向ける口調より数段酷い言葉使いだ。まるでチンピラが恫喝しているかのように、ドスを利かせた声音までしている。

 ヘルレアが二言三言交わすと、端末をカイムへ投げて寄こした。

「変わってくれとよ」

 カイムは溜息をつく。ヘルレアに言われると、拒否し難い。

『よう、ノヴェクの旦那』

「久しぶりだな、バングレン」

『ヘルレアに会えたようで、これは喜ばしい。いずれ、お花を贈らせていただきますぜ』

「お前はやはり得体がしれないよ。ヘルレアと知り合いだったとは」

『何、大したことじゃない。で生きていれば嫌でも打つかっちまう。いつも、知りたくも無いものばかりですぜ。本当なら、ヨルムンガンドなんざ、が関わるべきじゃない』

「君等が普通の人間なら、この世は成り立たないと思うが。僕ですら君達とは関わり難い」

『褒め言葉と受け取っておきますぜ』

「ところで、何か話があるのか」

『いえ、挨拶をと思いまして。こういうのは何より、人脈が大事なんでさあ。サービスしますので何かありましたら、どうぞお引き立てのほどを――〈レグザの光〉と〈聖母の盾〉には、お気を付けて……』

「何だって……おい、」

 ヘルレアがカイムから端末をもぎ取り、切ってしまう。

「もういいだろう、車を呼べ」

 そうした経緯で、買い物をしていた振興の街を離れ、未開発地区へ行く事になった。ヘルレアは如何にも危なげな通りを平気で歩き回ると、慣れた様子で怪しい店へ行き、電子端末を何事も無かったように買っていた。

 怪しい買い物を終えると、また街の中心地に戻った。

「結構うろうろしましたね」

「少し休むか。たしか公園があったから、そこでいいな。デートの定番だろう、喜べ」

 商店の中心地に大きな公園がある。広場には、まだ青い芝が生え揃い、石畳の区画にはベンチが等間隔に設置されている。緑の垣根を背にしてベンチに座った。

 カイムは小さく息をついた。

「もう、疲れたのか。ジェイドは雪山をほとんど眠らずに歩いたぞ」

「戦闘行為前提の任務をこなす、ジェイドと一緒にしないでください。僕、内勤です」

「内勤とは弱いものだな。戦闘力ゼロだ。でも、ステルスハウンドのトップなんだよな。世の中、不思議だ」

「たしかに、王の世界は完全な弱肉強食ですからね。使徒同士ですら食い合いますから」

「あまりヘロヘロしてると、今度こそ本当に食うぞ。久し振りに生身の人肉を感じて、ハイになったからな」

「う、……どうぞ」鳥肌が立つ。

「お前は何を想像した。普通なら怖がるところだぞ。そっちの意味で食ってくれなんて――カイムも結構好きだな」

「真顔で言わないでください。さて、次はどこへ行きますか?」

「誤魔化すな。まあ、待て。人間は何か飲み物でも必要ではないのか」

「人間である僕本人が、一番気が付きませんでした。買ってきますね。何がいいですか」

「水でいい」

「お任せください」
 
 カイムは公園内にある自販機で、久し振りに飲み物を買うと、ヘルレアの待つベンチへ戻る。しかし、ヘルレアが一人で居るはずのベンチの前には、男が一人いた。

 カイムがひっそりと近付いて行くと、ヘルレアと男が話している。カイムは思わず首を振ってしまった。薄々あるだろうなと、思っていた展開にやはりぶち当たった。

「どうして、ここに独りでいるの?」

「公園で休んでいたんです。お兄さんは私に何か用ですか」

 ヘルレアが別人のような口調と、にこやかな態度で喋っている。ヘルレアに話し掛けている男は中々の容貌をしていて、ヘルレアがお兄さんというだけあって、二十代そこそこだろう。

 男がヘルレアの隣に断りもなく座って、馴れ馴れしく近付く。

「独りで寂しそうにしていたから、大丈夫かなって思ったんだ」

「私、とデートしているんですけど」

「本当?」

「ええ、だから独りではないんです」

「ねえ、顔をよく見せて」

「駄目、知らない人に顔を見せてはいけないと、パパに言われているの」

「そうか、残念だな。ねえ、恋人はいつ来るの。そんな人、本当は居ないんじゃない? お兄さんと遊ぼうよ」

「公園で?」ヘルレアは子供のように無邪気だ。

「もっと楽しいところへ行こうよ……二人で、」

 カイムは眉をひそめ……はっと、そんな自分に気が付いて驚いた。カイムはあの男を意外な程不快に感じている。既に猟犬をけしかけたくなってて、不味いと思って思考を払う。本当に猟犬が襲いかかってしまう。

「楽しいところってどこ? お兄さん」

「君が行ったことのないところだよ。天国に行かせてあげるから」

「天国って本当にあるの?」ヘルレアが可愛らしく笑う。

 そうすると男が、ヘルレアへ手を回し肩を抱こうとした。カイムはもう見ていられなくて、何も考えず飛び出してしまった。

「うちのに何かようですか?」

 ヘルレアがあるかないかの微妙な顔をしている。男が驚いていた。

よかった。遅かったじゃない」ヘルレアがカイムの元へ掛けて来て、可愛らしく背後に隠れる。

「あんた本当に親父? なんか違い過ぎないか」男はカイムの容姿やら、その他の不自然さを察知している。全く引こうとしない。

 正直カイムは嫌で堪らなかった。最高の強者であるヘルレアへ男が絡んだことより、カイム自身が絡まれるのが怖ろしかった。

 これで猟犬が怒らないはずもない。主人への無礼で猟犬は幾らでも猛る。主人カイムが居るから抑えられるが、それでも猟犬をこういった状況に曝したくはなかった。

「……僕達に構わないでくれ。こういう特別な子の背後うしろにいる人間というのは、君のような若者にさえ優しくないよ。僕がこの子の父親だというのは、確かに嘘だ。けれど、護衛だからこれ以上無礼を働けば、僕は君を排除しなければならなくなる」

 男はカイムの言いように顔色を変えた。さすがにカイムのまとう雰囲気も、普通では無いと感じたのだろう。眉を顰めると、逃げるように素早く去って行った。

「……、一応お聞きしますけど、大丈夫ですか」

「なあ、せっかく、恋人待ち合わせ設定にしてやったのに、なんでそこを自らパパ設定にするんだよ」

「あ、そうか、そうですね。滅多に出来ないヘルレアの恋人役が出来たのに、勿体無かったですね」

「カイムも一応それらしく振る舞えるんだな、首領ドン。あとお前、何か出来るみたいだな」

「何かというと……若い頃、戦闘経験はありますよ。でも、昔のことです。もうただの事務員ですから」

「代表取締役という名の事務員か。大層なことだな――あのさパパ、嫁になったらアメリア国の七割買ってくれるか?」

「どこでも、いくらでも」

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