死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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三章 棘の迷宮

第24話 外法外道 魘魅畜生の理〈後編 策略 死と流血を〉

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 女王蜂は気を取り直した様子で、姿勢を正す。

「申しておりませんでしたが、〈蜂の巣〉内部にどのような方がいらっしゃるか、本来外部からは把握できません。
 また、突発的な事態でオリヴァン様を救う為に、〈聖母の盾〉のみが、〈巣〉へ侵入したようにしか考えられないというのも、偶然のようでいて、何か不自然なものを感じるのです。
 本当はオリヴァン様がいらっしゃる事を、敵方は……たとえ、一部だとしても、事前に知っていた可能性もあるのでは? ならば、カイム様方がいらっしゃるのも、知っていたかもしれません……それでは、あまりにも不利に」

 カイムはどうしようもなく、おかしくなって、小さく喉でと笑った。

「ならば、猟犬を甘く見た事を、後悔させてやりましょう」

 カイムの表情といえば、傍から見れば、薄く笑んではいる。だが、その目は、笑っていないのが僅かに解るだろう。強い意思と揺るぎ無い自信。ほんのりくらい緑の眼が、更にかげを増したよう。けれども、それは一瞬。いつもの穏やかに緩んだ面差しが、見るものへ親しみを誘う。

 女王蜂は察せたものか、猟犬は畏れたものか――。

 そうして仏頂面の顔が、更に仏頂面になる。


【――前々から思っていましたが……カイム様は潜在的なの気がありますよね】


 ――他に何か言うことがあるだろう……。


 カイムは女王蜂の手を離した。確かに猟犬ではないのだから、意図があったとはいえ、馴れ馴れしくし過ぎたかもしれない。けれども、同衾どうきんして首に縋られ、撫で回した後だと、距離感がおかしくなるのかもしれない。無意識に、無意味に、行わないよう気を付けねば、と。

「隊長も訳知り顔で話すものですが、あの方もかなり鈍いですからね。こういった事の話は鵜呑みにしないでください」

「まあ、確かに……あいつは岩石みたいだからな」

 仏頂面が口の中で、吹き出しそうになる音を飲み込んでいた。一方で女王蜂は、もう、何か察しているような気配があり、カイムやチェスカルの唐突な会話を、聞いても聞かない振りをしていた。

 エルドへ話しを聞かせ続けていたが、長々と迷っていた。


【――正体不明の支配者か……こうなると、もう外法と外道を組み合わせて、形振り構わずに道を造ろうとしているのかもしれません】

 ――危険だな、何をするか判らない。


 カイムはつい熟考に、水の入ったグラスを弄ぶ。殆ど口を付けていない清涼な水が、手の内で緩慢に揺れる。水の揺蕩たゆたいに、光が弱く反射していた。カイムは無意識にしている、その褒められない行動へ我に返った。そうした気付きで手元が滑り、グラスが倒れて水が卓へ広がる。何も出来ずに水が伝い床へ溢れていった。

「すみません、なんて不作法を」

「お気になさらず、直ぐに片付けますから」

「女王蜂、私にお任せください――主人のしたことですから」チェスカルが倒れたグラスを立てる。

「いいえ、お客様方へ掃除をお任せするなど」

「こちらの不手際です、チェスカル頼む」

「承知致しました」

 女王蜂は申し訳なさそうにしていたが、チェスカルのうながしで、布巾を取り出して彼に渡す。チェスカルは手際良く卓と床片を付けて、何事も無かったように短時間で清掃した。

 何故かエルドが、溢れた水のことばかり考えている。カイムは思考を解放しているので、現状は簡単に猟犬へ伝わるから、失態も勿論知られてしまう。だが、それにしても注視し過ぎだ。

【――もしかしたら、けがれでもって、支配の手を緩めようとしているのかもしれません……先程の女性を殺めた外道は、死と流血を誘う誓約を交わし、引きずり出されたように感じます。
 一人でもよかった。だとすれば……、】


 ――穢れ?


【――全ての手引きしたのは……そうか、騙されたのかも】


 ――どうした、エルド。


【――あの、〈聖母の盾〉共は、騙されて利用されたのでは。
 術においては、手順というものがとても大切なのです。術の構築に死が必要だからといって、ただ殺せばいいものではなく、迷いない自決を求められる事も珍しくありません。
 身を捧げる意思というものも、必要とされる……〈蜂の巣〉への侵入に必要不可欠な存在だった】


 ――〈聖母の盾〉は利用するには、うってつけの思想を具えていた、か。


【――考えるに死んだ二人は、堅牢な〈蜂の巣〉へ侵入する為に、信徒に数人自決させ、踏台にするような異常な行為をして、潜り込んだ可能性が高い。
 これが全ての始まりです……二人は組織には知られないように、単独で動いていたつもりだったのでしょう。けれどもそれは、組織の狙い通りだったのです】


 ――そうすると、女王蜂が仰るように、偶然ではなかったということか。


【――そのようにしか思えません。現状を鑑みるに、やはり偶然としては出来過ぎているのです。組織は彼らが〈蜂の巣〉へ異常な方法で侵入して、迷いなく自決をすると解っていた――組織方こそが、オリヴァン殿が滞在なさっていると知っていたのです。そうなれば、何も知らない信徒は、オリヴァン殿を救う為に、躊躇無く自害する。けして、死と流血をいとわない。
 正常な精神では無理です】


 ――それで、最低級の天使だったのか……?


 高度な召喚士ならば、最低級の天使は複数招けてもおかしくはない。〈聖母の盾〉に傾倒する召喚士に命令、誘導をして、あえてオリヴァンに当たるようにしてやればいいだけ。もし、オリヴァンを守ろうとする相手方が現れて、天使を退いたとしても、信徒が複数招けるならば、最終的にはオリヴァンへ当たる。数は保険で、あまりに単純な理屈だ。

 カイムは顔を手で拭って、何とも言えない身体の不快感から考えを離そうと、眼まで手で擦っていた。


 ――そうなると、無理矢理に〈蜂の巣〉へ侵入して、迷いなく自決する、となる。まさに狂信者だな。勝手に動いた言い訳は判らないが、一つの死を確実に招ける。


【――そうして、を入れたのです。狂気に濁る、死と血の穢れで、〈蜂の巣〉は汚染されたでしょう。人間が行うような物理的な接触は無理でも、物質性の低い外界術、その高位召喚体ならば通れます】


 ――穢れ、か。聖性傾向が強いものが支配しているのか?


【――おそらく、そうでしょう……女性が流血を伴って亡くなりましたが、このような状況を他の部屋でも複数再現していると断定していいでしょう。
 だとすると、破綻するのもそう遠くはありません。強大な術式を完成させて、既に大規模襲撃を可能になるのも間近と思われます。
 一気に道が開く……物理的にも攻め込まれてしまいます】


 ――このまま放置しておけば、人間への対処と、外界術の処理を、同時進行しなければならなくなるのか。


【――ここまで出来るとは。組織の規模はかなり大きいものだと思われます。そして何よりも、尋常ではない……化物です。遥か格上の存在を、呪殺しようとしているに等しい。ですから、敵方は更なる犠牲を払っているようにも感じます――これ以上は、もう、俺のような術者には判りかねる世界です】


 カイムはエルドが語る内容については、前々から全ての猟犬へ流していた。そうした状況でカイムは、猟犬が何を考えているか捉えようと、自身の意識を何気なく、一気に全猟犬へと割り振った。瞬間、頭が爆発的な勢いで熱を発して、頭蓋が膨張するような感覚に襲われ、頭を抱える。光が濁流のように押し寄せて、自らの意識を押し流そうとしていた。

 それは思考に囚われ無意識で行った、過ちだった。昔の記憶が、当たり前に出来る行為だと錯覚させた――。

「カイム様! なんという無茶な事を」

 チェスカルがカイムの肩を抱えて支える。カイムは身動きが取れなくて、ソファでうずくまる事しか、出来なかった。

「お体に障りが、何かなされたのですね」

 女王蜂が慌ててカイムの傍へ寄り膝を折る。

「何かお力になれるのでは」

「申し訳ない、ご遠慮いたします」チェスカルが渋く首を振る。

「私は、何のお力にもなれないのですね」

「寝所をお借りさせて頂きたいのです」

「それは勿論、お望みのままにお使いくださいませ」

 カイムはチェスカルの力強い手に支えられて、カーテン奥のねやへ連れて行かれる。そのまま楽な体勢に寝かされるが、カイムは光の洪水に溺れそうだった。

 主人は強制的に猟犬から押し返されて、独りになった。

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