死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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四章 表の無い硬貨

第2話 一生をかけて

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「取り敢えず、今は行くから」カイムはジゼルの返答を待たず椅子から立ち上がると、一直線に扉へ向かう。シドが既に先回りしていて、扉を開いて主人を待っていた。

「ランシズ、私は用があるからジゼルを見ていろ」ヘルレアも椅子に座っていたが、今まで動く様子は無かったのに、素早くカイムの後を追って来た。

 扉を開いて待つシドに、カイムは自分よりも先にヘルレアを行かせようと手で促す。ヘルレアは周囲の一切を無視して、先に廊下へ出てしまった。

「早く来い、さっさと閉めろ」

 カイムは猟犬全員を急かして廊下へ出ると、何も指示していないシドが扉を静かに閉めた。ヘルレアは無言で廊下を独り歩いて行ってしまう。これは着いて来いと、言われているも同然だったので、カイムは猟犬を引き連れたまま、速歩で世界蛇を追い掛けた。成人男性でも中々追い付けない、その足運びに、カイム達は小走りになっていた。

 そうして、立ち止まるのも唐突だった。

「おい! ガキに権威を誇示してどうするんだよ。なんでおまけにエルドと、このチェスカル風堅物野郎の二匹も、連れ歩いて来たんだ。
 ガキを怖がらせたかったのか。やっぱりカイムは、ただの変態なのか」

「変態……真っ当な理由がありますから、悪戯に怖がらせたかったわけではありません。エルドと……こちらはシド・ペテルです。シドにはヘルレアのことを事前に説明していますから。問題は無かったでしょう?」

 シドがヘルレアへと、軽く礼を取る。

「そうは言われてもな――大体、問題がどうとかは、明らかに私の方じゃない。あれは幾らなんでも酷かったぞ……ぞろぞろ来るのは分かっていたが、ジェイドとチェスカルくらいだと思っていたからな。鈍いお前でも、ジゼルがかなり怖がっていたのは判るだろうが」

「猟犬の業務に関わることですから、今回の場合はジゼルの心情を考慮しません。ヘルレアへもまだ事情はお話しできませんし」

「……ああ、〈レグザの光〉か。なんだ? エルドと、このシドとかいう奴が行くのか」

「何も申し上げられません」

「あいよ、勝手にしろ。私には関係無いからな」

 ジェイドがヘルレアの言で、片眉を上げると猟犬らしからぬ図々しさで「それなら……、」と一声上げて、カイムとヘルレアの会話の間に入って来る。

「関係無いで決着がついたようだな。だったら、俺達猟犬にも他に仕事がある。これから一旦、公室こうしつへ行こうと思うが、何か用はあるか、カイム。まあ、一応ヘルレアでもいいが」

「公室?」ヘルレアが興味があるのか無いのか、半端な疑問の声を漏らす。

「ああ、そうか。公室というのは、カイムの私室や普段猟犬が無許可で入れない場所と違って、誰もが立ち入れる公共の場だな。見分けるのは簡単で、私服の職員イヌが必ず彷徨いてるぞ。まあ、警備だな。公廨くがいやら外廊と、色々慣わしで言い方はあるが……」

「外とは言葉の使い方が違うかもしれません」カイムは少し迷って考えてしまった。カイムの場合、家という単位が世間一般と違うというのは、流石に自身でも知っている。家に内奥私室、外務区間、迎賓公邸、まだ色々とあるが言い方が必ずしも一つとは限らず、部外者は混乱するだろう。

「どうも官僚やら、王侯臭えな」ヘルレアは腕を組んでしまった。

「僕等は純粋な軍人ではありませんからね」

「確かに、カイムは王の子孫だから、その言いようは間違っていないのかもしれない」

方の、王だろうが」

「まあ、そこら辺は適当に流せ。用がないなら、じゃあな」ジェイドは、カイムに口を挟む隙を一切与えず、さっさと部下全員を連れて去ってしまった。

「こうも、判り易く気を回されたらな……」

 カイムは苦笑いが隠せなくて――もういいか――と、肩を竦めた。

「彼等なりに気を使ってくれているんですから、お言葉に甘えましょう」

「何だ、イチャつくのか――って、んなわけないだろ、ド変態が」

「冗談ですよ。本物の変態になる気はありませんから」猟犬がいなくなってから、カイムはゆっくりと歩み出した。立ち止まり続けるのは、何故か落ち着かなかった。ヘルレアも歩幅を合わせて当たり前かのように傍に居る。

「お前は充分変態だし、それ以上に酷薄な野郎だ……カイムは心一つ動かさず、笑いながら嘘を吐くんだな」

「必要とあらば」

「本気で親になる気か?」

棲家ここに……それも主人の私室に居続けなければいけない以上、どのような形であれ、僕の子供であるとした方が、彼女の為になると判断しました……ステルスハウンドに関わるということは、確かに僕の子供でもあることには間違いありませんし。だから、全てが嘘になるわけではありません」

「親にならないんじゃなかったか」

「親の形にも色々ありますから。以前話したように、実際は職員が養育することになるでしょう。やはり僕は、父親にはなれません。正直、少し酷かもしれませんが、僕は誰かにとっての何者にもなれない」

「父親になると言っておいて、放置する気か」

「僕は顔くらいなら出しましょう。後は使用人に任せます」

「ジェイドは大丈夫なのか。あいつ子供に恐怖心があるだろう。一時的ならまだしも、姓を与えてそれで……、」

 カイムは重りを乗せられたように立ち止まる。その場所から動けなくなりそうだった。ヘルレアからその話を訊くとは、思ってもみなかったからだ。

「止めてください。猟犬が居る時に、それは絶対に口にしないでください」

「何だよ、それ」

「今後、ジェイドをジゼルに関わらせるつもりはありません。あの二人は二度と会わせない」

「猟犬はいったい……どうしてなんだ。あのような対面をさせたら、それこそ関わらせないというのは無理があるだろう」

は――猟犬は、ヘルレアが心を砕かなければならない生き物ではありません。捨て置いてください。憐れみや慈悲も無意味です。それに、ジゼルのためにもならない」

「お前、可怪しいぞ……、猟犬を可愛がっているんじゃないのか」

「可愛がっています。愛しています。けれどそれを、あなたに思い違いしてはほしくない……判るはずです。あれは所詮、なんです」

「お前ですら、そう思っていたんだな」

「僕だからこそ思い、同時に、あなたには猟犬を人のように感じてほしくない」

「……姓までやったんだ。やはり、ジェイドにも会いたがりはしないか? 本当にそれでいいのか」

「ステルスハウンドで生きるということは、そういうことです。多くのものに縛られて、望みなど何の意味も無く、ただ、与えられた役割を全うする」

「なら、初めから会わせなければよかっただろう」

「会わせずに現状を受け入れさせられるほど、あの子は幼くなかった。
 〈レグザの光〉において、姓というものは世間一般よりも自らの身分を表す強いだといいます――そう、教え込まれる。
 現状、何よりあの子を安心させてやるには、教義に則った方法で居場所を確保してあげること。しかし、トップである僕の姓を彼女へ名乗らせるわけにはいかない。たとえ、一生部屋に閉じ込められるような身の上だろうと、それは禁忌です」

「ならもう、格の高さでどうこうと言ったら、ノヴェク以外に名乗らせるならジェイドしかいないってことだものな」

「ジゼルには、ジェイド本人へ会わせることで、早く現実を受け入れさせたかった……実体の無いものでは、理解も遅れる」

「あの時の二人を見れば……用意周到なことだ」

「嘘を付くべきところと、真実で欺くべきところは、滞り無く受け入れられました――僕はジゼルの父親であることには変わりなく、そうでありながら姓は異なる。教義とは違いますが、それを納得させられたのならば、もう、問題ではありません」

「そもそも、お前の……ノヴェクを偽ればよかったんじゃないか?」

「彼女へ一生涯嘘をつけるとは思いません。この場所やかたに居れば、簡単な切っ掛けで耳に入るでしょう」

「カイムの私室でも?」

 カイムは自然、俯く。誰にであれ、話したいような事情ではなかった。けれど、ヘルレアへ嘘を付きたくもない。

「僕は一生ここに居られるわけではありません。いずれ去る日が来ます。それも、ジゼルが大人になる前に、離れなければならなくなる可能性だってある」

「……どこへ行くんだ」

「弔いにいきます……、一生をかけて」

「なら、ジゼルは」

「僕という父親は死にます。そうすると僕の養子であるジゼルは、次世代の主人に匿われることでしょう。そしてまた、ジェイドが死んだとしても、マーロンと名乗らせてあげることはできる。そうすれば新たな主も、ジゼルを無碍にはできなくなるのです。先代の寵愛を受けた猟犬は尊重されます。そして、その猟犬に関わりが深い物事もまた、尊重される――無責任かもしれませんが、それが僕にできる精一杯です」

「カイムが親父になって、ジェイドの姓を付けてやる――そうか、お前が居なくなった後まで、含めた話しなのか」

「僕の一生というものは決められています。それが早いか遅いかだけ……逃げられなかった」自然、声が掠れて消えた。

 ヘルレアがカイムの腕を掴む。手は氷のように冷たいのに、まるで人に縋られたような力だった。

「逃げるな! お前が最後まで、できるギリギリまで、限界まで背負ってやれ。ジゼルだけじゃない、ジェイドもチェスカルも……バカなルーク達だって居るだろう。あいつら、皆、お前が居ないと歩くことだってできない、赤ん坊みたいじゃないか……だから、逃げるな。せめて、カイムは棄てずにいてやれ――私にはできなかった、」

 感傷的なヘルレアの声。カイムはこれだけ真っ直ぐに、ヘルレアから想いを言葉にしてぶつけられたことが無くて、彼の口から何も出てこなかった。

「……ヘルレア、ごめん」

 ヘルレアは我に返ったように、カイムの腕を離していた。

「あの仔達を、ジゼルを棄てはしない。だから今も、ここにいるんだ。逃げられなかった――だから、もう逃げない」カイムは頷き、口元だけで笑む。

 ヘルレアが目線を落としてしまう。

「……お前は、これだけ人に囲まれて、慕われて、縋られても――誰も傍に居ないみたいだ……私は背負えと言ってしまった。でも、今のお前を見ていると、本当にただ背負っているだけのように思えてくる。誰も選ばないのは、自分自身を逃げられなくするためなのか。私が言ったことはお前にとっては逆で……カイムの生き方では、誰かに心を寄せれば弱くなる」

「猟犬の主人というものも、またやはり誰か一人のためにいるわけではありません。主となったとき、僕は……自分というものを亡くしたのだと思います――もう、誰かと手を取り合って生きてはいけません。本心から……愛せない」 

「お前の人生だ。そうあることを選んだのなら、私がどうこうと言うものでもないだろう。だがな、それを聞いて傷つく奴らがいることだけは忘れるな。お前の生き方は整然とし過ぎている。心があまりに欠ければ、いつか迷うときが来るぞ」

 ヘルレアが今来た廊下を戻って行こうとする。カイムは思わず、小さな背中を追い掛けようと、無理に反転してしまった。その瞬間、目眩を起こして倒れそうになり、壁へ手を突こうとする。だが、我が家の廊下は広過ぎて、空振りして無防備に床へ傾くしかなかった。

「……相変わらず世話の焼ける、おっさん」

 強い力で子供の手に支えられて、カイムは笑って誤魔化した。


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