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第一章
白木蓮の女怪 《十》
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※スマホでは “耳トウ” のトウの漢字がでないのです。(ToT)
********
玉英の身体が消え去ったあとには、ぽつんと薄い水色をした、氷の花を思わせる水晶が落ちていた。真夜中に薄明かるい光を放ち、それは玉英の命の輝きにも見えた。
沙麼蘿は、その氷の花のような雪魂を手に取ると、その花を握りしめる。すると、雪魂はさらにその輝きをまし、握りしめられた指の間から光が漏れていく。その光がだんだんと赤く変わって行くと、ひときわ激しく光った。
次に沙麼蘿がその手を開い時には、そこに氷の花の雪魂はなかった。沙麼蘿の掌にあったのは、雪魂と同じ色をした水晶の小さな丸い玉と、同じく水晶でできた何かの種。
沙麼蘿は左手でその種を取ると、それを目の前の白木蓮の幹に差し込んでいく。するとそれは、思いの外簡単に幹の中に吸い込まれて行った。
さわさわと白木蓮が揺れる。人々がその様子を固唾を呑んで見守る中、白木蓮がさらに激しく揺れ、ぶわっと白木蓮から何かの氣が発せられ、満開だった白木蓮の花が天華が舞い落ちるように散った。
それはまるで、視界が真っ白な雪で染め上げられていくようだった。花びらがすべて落ちた白木蓮が揺れる。そして、
「こ、これは!!」
花がすべて落ちたはずの枝に、そのふわふわの蕾がつき、それが次々と真っ白な花を咲かせていく。それはまるで、神の御業そのもの。
揺れが終わった白木蓮はいつもと変わらず、ただそこに佇んでいた。
「これは、この地を護る神木となるだろう。誠意を持って接すれば禍を遠ざけ、だがこれを伐採するようなことがあれば、この地に禍が降り注ぐだろう。心して扱え」
沙麼蘿はそれだけを告げると玄奘の目の前に立ち、右手に持っていた丸い玉を玄奘の左の耳朶にあてた。
「……っ!」
僅かな痛みに顔をしかめた玄奘だが、次の瞬間には耳朶に耳トウがつけられていた。
「嘘偽りのない玉英の心を忘れるな。これは、お前を護る神具となるだろう。宝具ではないが、もっとも宝具に近いものだ」
そう言って沙麼蘿の手が離れる。玄奘はそっと、自らの耳朶をなぞってみた。
耳朶につけられた丸い水晶はまるで、先ほど手を伸ばしても掴むことができなかった玉英のようだと思う。
心優しく、己より他人を案じ、それ故に雪魂に苦しめられ、皆を殺めなければならなかった。少しでも安らかにと、思わずにはいられない。
その時、僅かに空間に歪みがしょうじた。悟空と悟浄はとっさに歪みの下にやってくると、自らの武器を構える。
のそり、と流格泉が沙麼蘿の前に出て、玄奘の前には八戒がたった。そして、緑松を護るように弟子達が回りを取り囲む。
「雪魂の気配がしたと思ったが。」
「あぁ、此処だろう」
空間の歪みの先、空中に現れたのは、木賊色の髪と睛眸をした男達。そう十二年前、少女だった玉英に雪魂を植え付けた邪神達だ。玉英に筆舌に尽くし難い苦痛を与えた男達。
空中から眼下を見回した男達は、そこに人間を見つけ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
そして、その中に沙麼蘿の姿を見つけ、双眸を見開く。
「愛染の衣を纏い、鬼神阿修羅の宝具を身につける。かって、そんな化け物がいたな」
「化け物がこんな人間の中にいるとは、どういう魂胆だ」
その言葉に、沙麼蘿はニヤリと笑った。
「雪魂は消えた。ならば、お前達も消え去るがいい」
「何だと」
そう言うと沙麼蘿は、二人の邪神達を見た。そう、見たのだ。誰とも、その睛眸を合わすことのない沙麼蘿が、二人の睛眸を見た。
沙麼蘿と二人の邪神の視線が重なりあい、睛眸と睛眸が重なりあった、その瞬間
「…っ……!」
「…ばか…な……!」
二人の邪神の身体が、中から崩れ落ちるように壊されて行く。そして、粒子となり無残に風に舞い、散って行った。
「こんな……ことが……」
そう呟いたのは、誰だったか。神たる者が、命を奪うのだ。その睛眸を合わせた、ただそれだけのことで。
これが、すべての生きとし生けるものの命を奪うと言われた、沙麼蘿の睛眸の力だ。
そう、沙麼蘿の血と睛眸は、すべての命を奪い去る。ただ、上級神達だけは睛眸を合わせても命を奪いとられることはない、と言われている。しょせんあの男達は、使い捨てがきく下級神だったということだ。
沙麼蘿が踵を返すと、はっとしたように緑松の弟子達が後ずさる。
「さすが姉ちゃん、スゲーな!」
「やる事なす事がえげつねぇ」
「不快な物が残らず、よかったのではありませんか」
悟空、悟浄、八戒は、沙麼蘿の力を気にすることもなく言った。
そんな中、緑松だけは “天上の桜は、本当に実在したのか” と、そのことに驚きを隠せないでいた。確かに、話には聞いていたが、あの壽慶ですら見たこともない物だったのだ。その天上の桜を、先ほど見ることができた。しかも、その力の一端を垣間見たのだ。
「これで、玉英の苦しみを、少しは軽くできたのか」
跡形も残らず消え去った邪神達を見て、弟子の一人が呟く。
「そう、だな」
「だと、いいな」
弟子達は誰となく、そんな言葉をかけ合う。
「大切にさせていただこう。これが、玉英の魂の一部であるならば」
緑松は白木蓮に近寄り、そっとその幹を撫でた。あの優しかった、玉英の笑顔を思い浮かべて。
「解散だ」
玄奘はそう言うと、離れに向かい歩き出す。
“さぁー、寝るぞー” “いや、夜明けも近いだろう” “仕方ないことです” などど呟きながら、悟空、悟浄、八戒が続く。
大神の頭の上に乗っていた玉龍だけが、ゆっくり休めよーと言わんばかりに “ぴゅ” と鳴いた。
皆、眠れるはずなどないのだ、玉英の悲劇を前にして。それでも心が凪いだのは、玉英の魂が救われたと思えばこそ。
沙麼蘿は、一度だけ白木蓮を振り返って見た。白木蓮の前で、女怪が頭を下げている。そしてそれは、同じく白木蓮に振り返った玄奘にも見えた。
その場には、白木蓮の香りだけが満ち溢れていた。
********
天華→天上に咲く霊妙な花
御業→神のなせる業
神具→ここでは神のような特別な力を持った道具
木賊色→青みを帯びた深い緑色
筆舌に尽くし難い→言葉や文章ではとても表現できない
眼下→見下ろした辺り一帯
双眸→両方の目、両方のひとみ
魂胆→心に持っているたくらみ
踵→かかと
垣間見る→ちらっと見る
凪ぐ→心が静まる
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玉英の身体が消え去ったあとには、ぽつんと薄い水色をした、氷の花を思わせる水晶が落ちていた。真夜中に薄明かるい光を放ち、それは玉英の命の輝きにも見えた。
沙麼蘿は、その氷の花のような雪魂を手に取ると、その花を握りしめる。すると、雪魂はさらにその輝きをまし、握りしめられた指の間から光が漏れていく。その光がだんだんと赤く変わって行くと、ひときわ激しく光った。
次に沙麼蘿がその手を開い時には、そこに氷の花の雪魂はなかった。沙麼蘿の掌にあったのは、雪魂と同じ色をした水晶の小さな丸い玉と、同じく水晶でできた何かの種。
沙麼蘿は左手でその種を取ると、それを目の前の白木蓮の幹に差し込んでいく。するとそれは、思いの外簡単に幹の中に吸い込まれて行った。
さわさわと白木蓮が揺れる。人々がその様子を固唾を呑んで見守る中、白木蓮がさらに激しく揺れ、ぶわっと白木蓮から何かの氣が発せられ、満開だった白木蓮の花が天華が舞い落ちるように散った。
それはまるで、視界が真っ白な雪で染め上げられていくようだった。花びらがすべて落ちた白木蓮が揺れる。そして、
「こ、これは!!」
花がすべて落ちたはずの枝に、そのふわふわの蕾がつき、それが次々と真っ白な花を咲かせていく。それはまるで、神の御業そのもの。
揺れが終わった白木蓮はいつもと変わらず、ただそこに佇んでいた。
「これは、この地を護る神木となるだろう。誠意を持って接すれば禍を遠ざけ、だがこれを伐採するようなことがあれば、この地に禍が降り注ぐだろう。心して扱え」
沙麼蘿はそれだけを告げると玄奘の目の前に立ち、右手に持っていた丸い玉を玄奘の左の耳朶にあてた。
「……っ!」
僅かな痛みに顔をしかめた玄奘だが、次の瞬間には耳朶に耳トウがつけられていた。
「嘘偽りのない玉英の心を忘れるな。これは、お前を護る神具となるだろう。宝具ではないが、もっとも宝具に近いものだ」
そう言って沙麼蘿の手が離れる。玄奘はそっと、自らの耳朶をなぞってみた。
耳朶につけられた丸い水晶はまるで、先ほど手を伸ばしても掴むことができなかった玉英のようだと思う。
心優しく、己より他人を案じ、それ故に雪魂に苦しめられ、皆を殺めなければならなかった。少しでも安らかにと、思わずにはいられない。
その時、僅かに空間に歪みがしょうじた。悟空と悟浄はとっさに歪みの下にやってくると、自らの武器を構える。
のそり、と流格泉が沙麼蘿の前に出て、玄奘の前には八戒がたった。そして、緑松を護るように弟子達が回りを取り囲む。
「雪魂の気配がしたと思ったが。」
「あぁ、此処だろう」
空間の歪みの先、空中に現れたのは、木賊色の髪と睛眸をした男達。そう十二年前、少女だった玉英に雪魂を植え付けた邪神達だ。玉英に筆舌に尽くし難い苦痛を与えた男達。
空中から眼下を見回した男達は、そこに人間を見つけ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
そして、その中に沙麼蘿の姿を見つけ、双眸を見開く。
「愛染の衣を纏い、鬼神阿修羅の宝具を身につける。かって、そんな化け物がいたな」
「化け物がこんな人間の中にいるとは、どういう魂胆だ」
その言葉に、沙麼蘿はニヤリと笑った。
「雪魂は消えた。ならば、お前達も消え去るがいい」
「何だと」
そう言うと沙麼蘿は、二人の邪神達を見た。そう、見たのだ。誰とも、その睛眸を合わすことのない沙麼蘿が、二人の睛眸を見た。
沙麼蘿と二人の邪神の視線が重なりあい、睛眸と睛眸が重なりあった、その瞬間
「…っ……!」
「…ばか…な……!」
二人の邪神の身体が、中から崩れ落ちるように壊されて行く。そして、粒子となり無残に風に舞い、散って行った。
「こんな……ことが……」
そう呟いたのは、誰だったか。神たる者が、命を奪うのだ。その睛眸を合わせた、ただそれだけのことで。
これが、すべての生きとし生けるものの命を奪うと言われた、沙麼蘿の睛眸の力だ。
そう、沙麼蘿の血と睛眸は、すべての命を奪い去る。ただ、上級神達だけは睛眸を合わせても命を奪いとられることはない、と言われている。しょせんあの男達は、使い捨てがきく下級神だったということだ。
沙麼蘿が踵を返すと、はっとしたように緑松の弟子達が後ずさる。
「さすが姉ちゃん、スゲーな!」
「やる事なす事がえげつねぇ」
「不快な物が残らず、よかったのではありませんか」
悟空、悟浄、八戒は、沙麼蘿の力を気にすることもなく言った。
そんな中、緑松だけは “天上の桜は、本当に実在したのか” と、そのことに驚きを隠せないでいた。確かに、話には聞いていたが、あの壽慶ですら見たこともない物だったのだ。その天上の桜を、先ほど見ることができた。しかも、その力の一端を垣間見たのだ。
「これで、玉英の苦しみを、少しは軽くできたのか」
跡形も残らず消え去った邪神達を見て、弟子の一人が呟く。
「そう、だな」
「だと、いいな」
弟子達は誰となく、そんな言葉をかけ合う。
「大切にさせていただこう。これが、玉英の魂の一部であるならば」
緑松は白木蓮に近寄り、そっとその幹を撫でた。あの優しかった、玉英の笑顔を思い浮かべて。
「解散だ」
玄奘はそう言うと、離れに向かい歩き出す。
“さぁー、寝るぞー” “いや、夜明けも近いだろう” “仕方ないことです” などど呟きながら、悟空、悟浄、八戒が続く。
大神の頭の上に乗っていた玉龍だけが、ゆっくり休めよーと言わんばかりに “ぴゅ” と鳴いた。
皆、眠れるはずなどないのだ、玉英の悲劇を前にして。それでも心が凪いだのは、玉英の魂が救われたと思えばこそ。
沙麼蘿は、一度だけ白木蓮を振り返って見た。白木蓮の前で、女怪が頭を下げている。そしてそれは、同じく白木蓮に振り返った玄奘にも見えた。
その場には、白木蓮の香りだけが満ち溢れていた。
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天華→天上に咲く霊妙な花
御業→神のなせる業
神具→ここでは神のような特別な力を持った道具
木賊色→青みを帯びた深い緑色
筆舌に尽くし難い→言葉や文章ではとても表現できない
眼下→見下ろした辺り一帯
双眸→両方の目、両方のひとみ
魂胆→心に持っているたくらみ
踵→かかと
垣間見る→ちらっと見る
凪ぐ→心が静まる
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