24 / 204
第一章
白木蓮の女怪 《十》
しおりを挟む
※スマホでは “耳トウ” のトウの漢字がでないのです。(ToT)
********
玉英の身体が消え去ったあとには、ぽつんと薄い水色をした、氷の花を思わせる水晶が落ちていた。真夜中に薄明かるい光を放ち、それは玉英の命の輝きにも見えた。
沙麼蘿は、その氷の花のような雪魂を手に取ると、その花を握りしめる。すると、雪魂はさらにその輝きをまし、握りしめられた指の間から光が漏れていく。その光がだんだんと赤く変わって行くと、ひときわ激しく光った。
次に沙麼蘿がその手を開い時には、そこに氷の花の雪魂はなかった。沙麼蘿の掌にあったのは、雪魂と同じ色をした水晶の小さな丸い玉と、同じく水晶でできた何かの種。
沙麼蘿は左手でその種を取ると、それを目の前の白木蓮の幹に差し込んでいく。するとそれは、思いの外簡単に幹の中に吸い込まれて行った。
さわさわと白木蓮が揺れる。人々がその様子を固唾を呑んで見守る中、白木蓮がさらに激しく揺れ、ぶわっと白木蓮から何かの氣が発せられ、満開だった白木蓮の花が天華が舞い落ちるように散った。
それはまるで、視界が真っ白な雪で染め上げられていくようだった。花びらがすべて落ちた白木蓮が揺れる。そして、
「こ、これは!!」
花がすべて落ちたはずの枝に、そのふわふわの蕾がつき、それが次々と真っ白な花を咲かせていく。それはまるで、神の御業そのもの。
揺れが終わった白木蓮はいつもと変わらず、ただそこに佇んでいた。
「これは、この地を護る神木となるだろう。誠意を持って接すれば禍を遠ざけ、だがこれを伐採するようなことがあれば、この地に禍が降り注ぐだろう。心して扱え」
沙麼蘿はそれだけを告げると玄奘の目の前に立ち、右手に持っていた丸い玉を玄奘の左の耳朶にあてた。
「……っ!」
僅かな痛みに顔をしかめた玄奘だが、次の瞬間には耳朶に耳トウがつけられていた。
「嘘偽りのない玉英の心を忘れるな。これは、お前を護る神具となるだろう。宝具ではないが、もっとも宝具に近いものだ」
そう言って沙麼蘿の手が離れる。玄奘はそっと、自らの耳朶をなぞってみた。
耳朶につけられた丸い水晶はまるで、先ほど手を伸ばしても掴むことができなかった玉英のようだと思う。
心優しく、己より他人を案じ、それ故に雪魂に苦しめられ、皆を殺めなければならなかった。少しでも安らかにと、思わずにはいられない。
その時、僅かに空間に歪みがしょうじた。悟空と悟浄はとっさに歪みの下にやってくると、自らの武器を構える。
のそり、と流格泉が沙麼蘿の前に出て、玄奘の前には八戒がたった。そして、緑松を護るように弟子達が回りを取り囲む。
「雪魂の気配がしたと思ったが。」
「あぁ、此処だろう」
空間の歪みの先、空中に現れたのは、木賊色の髪と睛眸をした男達。そう十二年前、少女だった玉英に雪魂を植え付けた邪神達だ。玉英に筆舌に尽くし難い苦痛を与えた男達。
空中から眼下を見回した男達は、そこに人間を見つけ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
そして、その中に沙麼蘿の姿を見つけ、双眸を見開く。
「愛染の衣を纏い、鬼神阿修羅の宝具を身につける。かって、そんな化け物がいたな」
「化け物がこんな人間の中にいるとは、どういう魂胆だ」
その言葉に、沙麼蘿はニヤリと笑った。
「雪魂は消えた。ならば、お前達も消え去るがいい」
「何だと」
そう言うと沙麼蘿は、二人の邪神達を見た。そう、見たのだ。誰とも、その睛眸を合わすことのない沙麼蘿が、二人の睛眸を見た。
沙麼蘿と二人の邪神の視線が重なりあい、睛眸と睛眸が重なりあった、その瞬間
「…っ……!」
「…ばか…な……!」
二人の邪神の身体が、中から崩れ落ちるように壊されて行く。そして、粒子となり無残に風に舞い、散って行った。
「こんな……ことが……」
そう呟いたのは、誰だったか。神たる者が、命を奪うのだ。その睛眸を合わせた、ただそれだけのことで。
これが、すべての生きとし生けるものの命を奪うと言われた、沙麼蘿の睛眸の力だ。
そう、沙麼蘿の血と睛眸は、すべての命を奪い去る。ただ、上級神達だけは睛眸を合わせても命を奪いとられることはない、と言われている。しょせんあの男達は、使い捨てがきく下級神だったということだ。
沙麼蘿が踵を返すと、はっとしたように緑松の弟子達が後ずさる。
「さすが姉ちゃん、スゲーな!」
「やる事なす事がえげつねぇ」
「不快な物が残らず、よかったのではありませんか」
悟空、悟浄、八戒は、沙麼蘿の力を気にすることもなく言った。
そんな中、緑松だけは “天上の桜は、本当に実在したのか” と、そのことに驚きを隠せないでいた。確かに、話には聞いていたが、あの壽慶ですら見たこともない物だったのだ。その天上の桜を、先ほど見ることができた。しかも、その力の一端を垣間見たのだ。
「これで、玉英の苦しみを、少しは軽くできたのか」
跡形も残らず消え去った邪神達を見て、弟子の一人が呟く。
「そう、だな」
「だと、いいな」
弟子達は誰となく、そんな言葉をかけ合う。
「大切にさせていただこう。これが、玉英の魂の一部であるならば」
緑松は白木蓮に近寄り、そっとその幹を撫でた。あの優しかった、玉英の笑顔を思い浮かべて。
「解散だ」
玄奘はそう言うと、離れに向かい歩き出す。
“さぁー、寝るぞー” “いや、夜明けも近いだろう” “仕方ないことです” などど呟きながら、悟空、悟浄、八戒が続く。
大神の頭の上に乗っていた玉龍だけが、ゆっくり休めよーと言わんばかりに “ぴゅ” と鳴いた。
皆、眠れるはずなどないのだ、玉英の悲劇を前にして。それでも心が凪いだのは、玉英の魂が救われたと思えばこそ。
沙麼蘿は、一度だけ白木蓮を振り返って見た。白木蓮の前で、女怪が頭を下げている。そしてそれは、同じく白木蓮に振り返った玄奘にも見えた。
その場には、白木蓮の香りだけが満ち溢れていた。
********
天華→天上に咲く霊妙な花
御業→神のなせる業
神具→ここでは神のような特別な力を持った道具
木賊色→青みを帯びた深い緑色
筆舌に尽くし難い→言葉や文章ではとても表現できない
眼下→見下ろした辺り一帯
双眸→両方の目、両方のひとみ
魂胆→心に持っているたくらみ
踵→かかと
垣間見る→ちらっと見る
凪ぐ→心が静まる
********
玉英の身体が消え去ったあとには、ぽつんと薄い水色をした、氷の花を思わせる水晶が落ちていた。真夜中に薄明かるい光を放ち、それは玉英の命の輝きにも見えた。
沙麼蘿は、その氷の花のような雪魂を手に取ると、その花を握りしめる。すると、雪魂はさらにその輝きをまし、握りしめられた指の間から光が漏れていく。その光がだんだんと赤く変わって行くと、ひときわ激しく光った。
次に沙麼蘿がその手を開い時には、そこに氷の花の雪魂はなかった。沙麼蘿の掌にあったのは、雪魂と同じ色をした水晶の小さな丸い玉と、同じく水晶でできた何かの種。
沙麼蘿は左手でその種を取ると、それを目の前の白木蓮の幹に差し込んでいく。するとそれは、思いの外簡単に幹の中に吸い込まれて行った。
さわさわと白木蓮が揺れる。人々がその様子を固唾を呑んで見守る中、白木蓮がさらに激しく揺れ、ぶわっと白木蓮から何かの氣が発せられ、満開だった白木蓮の花が天華が舞い落ちるように散った。
それはまるで、視界が真っ白な雪で染め上げられていくようだった。花びらがすべて落ちた白木蓮が揺れる。そして、
「こ、これは!!」
花がすべて落ちたはずの枝に、そのふわふわの蕾がつき、それが次々と真っ白な花を咲かせていく。それはまるで、神の御業そのもの。
揺れが終わった白木蓮はいつもと変わらず、ただそこに佇んでいた。
「これは、この地を護る神木となるだろう。誠意を持って接すれば禍を遠ざけ、だがこれを伐採するようなことがあれば、この地に禍が降り注ぐだろう。心して扱え」
沙麼蘿はそれだけを告げると玄奘の目の前に立ち、右手に持っていた丸い玉を玄奘の左の耳朶にあてた。
「……っ!」
僅かな痛みに顔をしかめた玄奘だが、次の瞬間には耳朶に耳トウがつけられていた。
「嘘偽りのない玉英の心を忘れるな。これは、お前を護る神具となるだろう。宝具ではないが、もっとも宝具に近いものだ」
そう言って沙麼蘿の手が離れる。玄奘はそっと、自らの耳朶をなぞってみた。
耳朶につけられた丸い水晶はまるで、先ほど手を伸ばしても掴むことができなかった玉英のようだと思う。
心優しく、己より他人を案じ、それ故に雪魂に苦しめられ、皆を殺めなければならなかった。少しでも安らかにと、思わずにはいられない。
その時、僅かに空間に歪みがしょうじた。悟空と悟浄はとっさに歪みの下にやってくると、自らの武器を構える。
のそり、と流格泉が沙麼蘿の前に出て、玄奘の前には八戒がたった。そして、緑松を護るように弟子達が回りを取り囲む。
「雪魂の気配がしたと思ったが。」
「あぁ、此処だろう」
空間の歪みの先、空中に現れたのは、木賊色の髪と睛眸をした男達。そう十二年前、少女だった玉英に雪魂を植え付けた邪神達だ。玉英に筆舌に尽くし難い苦痛を与えた男達。
空中から眼下を見回した男達は、そこに人間を見つけ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
そして、その中に沙麼蘿の姿を見つけ、双眸を見開く。
「愛染の衣を纏い、鬼神阿修羅の宝具を身につける。かって、そんな化け物がいたな」
「化け物がこんな人間の中にいるとは、どういう魂胆だ」
その言葉に、沙麼蘿はニヤリと笑った。
「雪魂は消えた。ならば、お前達も消え去るがいい」
「何だと」
そう言うと沙麼蘿は、二人の邪神達を見た。そう、見たのだ。誰とも、その睛眸を合わすことのない沙麼蘿が、二人の睛眸を見た。
沙麼蘿と二人の邪神の視線が重なりあい、睛眸と睛眸が重なりあった、その瞬間
「…っ……!」
「…ばか…な……!」
二人の邪神の身体が、中から崩れ落ちるように壊されて行く。そして、粒子となり無残に風に舞い、散って行った。
「こんな……ことが……」
そう呟いたのは、誰だったか。神たる者が、命を奪うのだ。その睛眸を合わせた、ただそれだけのことで。
これが、すべての生きとし生けるものの命を奪うと言われた、沙麼蘿の睛眸の力だ。
そう、沙麼蘿の血と睛眸は、すべての命を奪い去る。ただ、上級神達だけは睛眸を合わせても命を奪いとられることはない、と言われている。しょせんあの男達は、使い捨てがきく下級神だったということだ。
沙麼蘿が踵を返すと、はっとしたように緑松の弟子達が後ずさる。
「さすが姉ちゃん、スゲーな!」
「やる事なす事がえげつねぇ」
「不快な物が残らず、よかったのではありませんか」
悟空、悟浄、八戒は、沙麼蘿の力を気にすることもなく言った。
そんな中、緑松だけは “天上の桜は、本当に実在したのか” と、そのことに驚きを隠せないでいた。確かに、話には聞いていたが、あの壽慶ですら見たこともない物だったのだ。その天上の桜を、先ほど見ることができた。しかも、その力の一端を垣間見たのだ。
「これで、玉英の苦しみを、少しは軽くできたのか」
跡形も残らず消え去った邪神達を見て、弟子の一人が呟く。
「そう、だな」
「だと、いいな」
弟子達は誰となく、そんな言葉をかけ合う。
「大切にさせていただこう。これが、玉英の魂の一部であるならば」
緑松は白木蓮に近寄り、そっとその幹を撫でた。あの優しかった、玉英の笑顔を思い浮かべて。
「解散だ」
玄奘はそう言うと、離れに向かい歩き出す。
“さぁー、寝るぞー” “いや、夜明けも近いだろう” “仕方ないことです” などど呟きながら、悟空、悟浄、八戒が続く。
大神の頭の上に乗っていた玉龍だけが、ゆっくり休めよーと言わんばかりに “ぴゅ” と鳴いた。
皆、眠れるはずなどないのだ、玉英の悲劇を前にして。それでも心が凪いだのは、玉英の魂が救われたと思えばこそ。
沙麼蘿は、一度だけ白木蓮を振り返って見た。白木蓮の前で、女怪が頭を下げている。そしてそれは、同じく白木蓮に振り返った玄奘にも見えた。
その場には、白木蓮の香りだけが満ち溢れていた。
********
天華→天上に咲く霊妙な花
御業→神のなせる業
神具→ここでは神のような特別な力を持った道具
木賊色→青みを帯びた深い緑色
筆舌に尽くし難い→言葉や文章ではとても表現できない
眼下→見下ろした辺り一帯
双眸→両方の目、両方のひとみ
魂胆→心に持っているたくらみ
踵→かかと
垣間見る→ちらっと見る
凪ぐ→心が静まる
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる