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第一章
川辺の水落鬼 《二》
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黒色の唐装長袖の上下を着た男、玄奘三蔵は、水落鬼の耳につけられた耳飾が気になっていた。
黒橡色で作られたソレは、鈍い光を放ち異様に見える。とても、人や妖怪が作った物とは思えない。何か、とんでもない力が込められているような気がした。
水落鬼は水がなければ生きてはいけず、雨の日の夜でなければ地上にその姿を現すこともできない。にも拘わらず、雨の日でもなく、ましてや夜でもないこの時間に現れ、船を襲うのだ。
本来、水落鬼は大人しく、水辺に近づかなければ会うことのない妖怪だ。それが何故、雨も降っていないこの時間帯に現れたのか。玄奘には、それがあの耳飾のせいなのではないかと、思われてならなかった。
「この下に村がある。そこまでは全力で走れ。後ろを振り返るな、子供の手を離すな。いいか、行け!」
玄奘は、この川を渡る前に泊まった宿屋で、この辺りの地図を見ていた。この付近の地形や村の位置は、すべて頭の中に入っている。玄奘の声に、船から降りた人々が一斉に走り出した。
「あんた達も、一緒に行くといい。これから先は、オレの仕事だ」
「オレの仕事だぁ。ガキのくせしやがって」
その場に残っていた、外套を頭からすっぽりかぶった男の子がそう言うと、子供のくせにと言わんばかりに、大柄な武人の姿をした男が少年に向け言った。
「オレ、あんたより長生きだよ。それよりさ、回りに人がいると力が出せないんだよね」
「では、ここはお任せしましょうか。向こうも別れるようですし」
面倒臭そうに言う男の子に、深衣を着た儒者の様な姿をした青年が言葉を返す。
「水落鬼が、群れて人を襲う、だと。」
水落鬼が人間の前に現れる時、それは一体で現れる場合が多い。少なくとも玄奘は、一体で現れた話しか聞いたことはない。それが、目の前の川から八体の水落鬼が姿を現したのだ。その八体の水落鬼すべてが、片耳に耳飾をつけている。そしてそのうちの三体は、船から降りた人々を追おうとしていた。
「あんた達は向こうを頼む」
「わかりました、あちらは何とかしましょう」
武人の姿をした男、沙悟浄は隣に佇む二人の男に声をかける。その言葉に、隣にいた深衣を着た儒者の様な姿をした青年、猪八戒は頷く。
「いや、お前もこっちだ」
だが、向き直り悟浄をみた玄奘は、その顎をしゃくって見せた。“何だと” とばかりに、何かを言おうとした悟浄に
「あいつは人間じゃない。我々では足手まといだ」
と答えた。玄奘の言葉に
「へぇー、あんたわかるんだ。すごいな」
と男の子、孫悟空は右手で、頭からすっぽり覆っていた外套を外した。そこから現れたのは、目にも鮮やかな琥珀色の髪と双眸。見たこともないその色に、悟浄と八戒が息を呑むのがわかった。
「じゃ、そう言うわけだから、こっち片付けて向こうに追いつくまで、三人で持ちこたえてよ」
「簡単に言ってくれる」
「だってさ、あんた達皆ただ者じゃないじゃん」
悟空は、こんな状況の中、さも楽しそうに玄奘に言った。
「お前、名は」
「オレ、オレは……。東勝神州は傲来国、そのまた海の果てにある花果山の仙石から生まれた、斉天大聖孫悟空だ」
玄奘の問に、悟空は胸を張り答えた。だが、あまりに大それた名前に
「斉天…大聖…」
「そりゃ、また」
と八戒、悟浄は呟く。玄奘はこの危機的状況にも拘わらず、呆れたように鼻を鳴らした。
「天にも斉(等)しい大聖者だと。身の程知らずの石猿か。何故、そんなお前が見返りもなく人間を助ける」
「見返り、あるじゃん。良い行いをすれば、それはそのままオレに返ってくるんだよ。人助け、良いことをすれば、それがそのままじいちゃんの命をつなぐことになるんだ」
玄奘の声に悟空は答えたが、最後の一言は、誰の耳にも届かなかった。
「行きなよ。でさ、その人並み外れた力を見せてよ。あんた達とのこの出会いが、オレの生き方を変えてくれるような気がする。楽しみだね、どんな決着のつけ方になるのか」
悟空は、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「お前達、やる気はあるのか」
「当然だろ。自分だけ逃げるなんざぁ、俺の主義に反するんだよ」
「そう言う貴方は、どうなんですか。貴方、僧侶ですよね」
玄奘の言葉に悟浄は答え、八戒は玄奘の手首に巻かれた数珠を見て言った。
「それがどうした。僧侶なら、妖怪を倒せないとでも言うつもりか。他者を傷つけない、とでも。はっ、幻想だな」
まるで、吐き捨てるような玄奘の言いぐさだった。
「まぁいい。行くぞ、お前達」
玄奘の言葉に、悟浄、八戒も頷き、駆け出した。
「さぁ、お前ら。この斉天大聖孫悟空が相手だ、かかってこい!」
川から、のそりと水落鬼が這い出てくる。すると、まるで水落鬼の動きに合わせたように、ポツリポツリと雨が降りだした。
。
「ちっ」
と、悟空は舌打ちする。地上においては、雨は水落鬼を強くする。水がなければ生きていくことができぬ水落鬼に、生命の力を授けるのだ。
「でもな、この如意金箍棒も、東海龍王の龍宮にあった物だ。水には強いんだ。行くぞー!!」
********
黒橡色 → 橡の実を砕いて煎じたものを鉄媒染で発色させた青みがかった黒色
黒橡色で作られたソレは、鈍い光を放ち異様に見える。とても、人や妖怪が作った物とは思えない。何か、とんでもない力が込められているような気がした。
水落鬼は水がなければ生きてはいけず、雨の日の夜でなければ地上にその姿を現すこともできない。にも拘わらず、雨の日でもなく、ましてや夜でもないこの時間に現れ、船を襲うのだ。
本来、水落鬼は大人しく、水辺に近づかなければ会うことのない妖怪だ。それが何故、雨も降っていないこの時間帯に現れたのか。玄奘には、それがあの耳飾のせいなのではないかと、思われてならなかった。
「この下に村がある。そこまでは全力で走れ。後ろを振り返るな、子供の手を離すな。いいか、行け!」
玄奘は、この川を渡る前に泊まった宿屋で、この辺りの地図を見ていた。この付近の地形や村の位置は、すべて頭の中に入っている。玄奘の声に、船から降りた人々が一斉に走り出した。
「あんた達も、一緒に行くといい。これから先は、オレの仕事だ」
「オレの仕事だぁ。ガキのくせしやがって」
その場に残っていた、外套を頭からすっぽりかぶった男の子がそう言うと、子供のくせにと言わんばかりに、大柄な武人の姿をした男が少年に向け言った。
「オレ、あんたより長生きだよ。それよりさ、回りに人がいると力が出せないんだよね」
「では、ここはお任せしましょうか。向こうも別れるようですし」
面倒臭そうに言う男の子に、深衣を着た儒者の様な姿をした青年が言葉を返す。
「水落鬼が、群れて人を襲う、だと。」
水落鬼が人間の前に現れる時、それは一体で現れる場合が多い。少なくとも玄奘は、一体で現れた話しか聞いたことはない。それが、目の前の川から八体の水落鬼が姿を現したのだ。その八体の水落鬼すべてが、片耳に耳飾をつけている。そしてそのうちの三体は、船から降りた人々を追おうとしていた。
「あんた達は向こうを頼む」
「わかりました、あちらは何とかしましょう」
武人の姿をした男、沙悟浄は隣に佇む二人の男に声をかける。その言葉に、隣にいた深衣を着た儒者の様な姿をした青年、猪八戒は頷く。
「いや、お前もこっちだ」
だが、向き直り悟浄をみた玄奘は、その顎をしゃくって見せた。“何だと” とばかりに、何かを言おうとした悟浄に
「あいつは人間じゃない。我々では足手まといだ」
と答えた。玄奘の言葉に
「へぇー、あんたわかるんだ。すごいな」
と男の子、孫悟空は右手で、頭からすっぽり覆っていた外套を外した。そこから現れたのは、目にも鮮やかな琥珀色の髪と双眸。見たこともないその色に、悟浄と八戒が息を呑むのがわかった。
「じゃ、そう言うわけだから、こっち片付けて向こうに追いつくまで、三人で持ちこたえてよ」
「簡単に言ってくれる」
「だってさ、あんた達皆ただ者じゃないじゃん」
悟空は、こんな状況の中、さも楽しそうに玄奘に言った。
「お前、名は」
「オレ、オレは……。東勝神州は傲来国、そのまた海の果てにある花果山の仙石から生まれた、斉天大聖孫悟空だ」
玄奘の問に、悟空は胸を張り答えた。だが、あまりに大それた名前に
「斉天…大聖…」
「そりゃ、また」
と八戒、悟浄は呟く。玄奘はこの危機的状況にも拘わらず、呆れたように鼻を鳴らした。
「天にも斉(等)しい大聖者だと。身の程知らずの石猿か。何故、そんなお前が見返りもなく人間を助ける」
「見返り、あるじゃん。良い行いをすれば、それはそのままオレに返ってくるんだよ。人助け、良いことをすれば、それがそのままじいちゃんの命をつなぐことになるんだ」
玄奘の声に悟空は答えたが、最後の一言は、誰の耳にも届かなかった。
「行きなよ。でさ、その人並み外れた力を見せてよ。あんた達とのこの出会いが、オレの生き方を変えてくれるような気がする。楽しみだね、どんな決着のつけ方になるのか」
悟空は、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「お前達、やる気はあるのか」
「当然だろ。自分だけ逃げるなんざぁ、俺の主義に反するんだよ」
「そう言う貴方は、どうなんですか。貴方、僧侶ですよね」
玄奘の言葉に悟浄は答え、八戒は玄奘の手首に巻かれた数珠を見て言った。
「それがどうした。僧侶なら、妖怪を倒せないとでも言うつもりか。他者を傷つけない、とでも。はっ、幻想だな」
まるで、吐き捨てるような玄奘の言いぐさだった。
「まぁいい。行くぞ、お前達」
玄奘の言葉に、悟浄、八戒も頷き、駆け出した。
「さぁ、お前ら。この斉天大聖孫悟空が相手だ、かかってこい!」
川から、のそりと水落鬼が這い出てくる。すると、まるで水落鬼の動きに合わせたように、ポツリポツリと雨が降りだした。
。
「ちっ」
と、悟空は舌打ちする。地上においては、雨は水落鬼を強くする。水がなければ生きていくことができぬ水落鬼に、生命の力を授けるのだ。
「でもな、この如意金箍棒も、東海龍王の龍宮にあった物だ。水には強いんだ。行くぞー!!」
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黒橡色 → 橡の実を砕いて煎じたものを鉄媒染で発色させた青みがかった黒色
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