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第一章
水辺の水落鬼 《三》
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ポツリポツリと降りだした雨は、次第に激しさを増していく。
「まずいな」
そう呟いたのは、玄奘だったか悟浄だったか。雨は、水落鬼を強くする。降り注ぐ雨音は辺りの音を消し去り、まるで水落鬼の味方のようだ。そして、それと同じく、人間の走りを止める。激しい雨に山道が泥濘、足をとられるからだ。
「きゃー!!」
「璃葉!!」
足を滑らせた女の子が倒れた。女の子の母親が慌てて走りより、その腕に抱き上げる。
「大丈夫、璃葉」
「う、うん」
船を降り、下の村へと急いでいた乗客達の中でも、女の子を連れた親子が遅れて走っていた。
悟空と別れた後、乗客達を追っていた玄奘達が、その親子に追いつく。
「大丈夫ですか!」
八戒が親子に近づき、声をかけた。
「はい。でも……」
母親は娘を見つめる。倒れた時に足を擦りむき、怪我をしたようだ。
「悟浄、この子を背負って村まで降りて下さい。ここは、私達でなんとかします!」
「だが……」
「この中で、一番体力がありそうなのは悟浄ですから。よろしくお願いします」
子供を背負って、この泥濘んだ山道を走って下るのだ。一番身体が大きく、体力のありそうな悟浄に頼むことが妥当だろう。八戒は悟浄にそう言うと、玄奘を見た。
「行け、そして一刻も早く戻ってこい」
「俺は下僕か。まぁいい、行ってくる」
玄奘の言葉に、悟浄はそう言いながら親子に近づくと
「大丈夫だ、すぐに皆に追いつく。背中に乗りな」
と、女の子に背を向けた。母親は娘の顔を見て、“大丈夫” と力強く頷く。女の子が悟浄の背に乗ると
「いいか、落ちないようにしっかり掴まるんだぞ」
と、声をかける。女の子は “うん” と小さく頷くと、ギュウと悟浄に抱きついた。
「行くぞ、足元に気をつけろ!」
悟浄は、右手で女の子の身体を支え、左手で母親の手を掴み、一気に下へ向かって走り出した。
その時、女の子から何かがコロコロと転がり、地面に落ちる。そしてその落ちる様子を、木の陰から小さな白い生き物が、そっーと見つめていた。
小さな白い生き物は落ちたソレを拾い上げると、小さな自身の身体に斜め掛けしている鞄の中に、ポーンとソレを放り込んだ。そして女の子達のあとを追い、雨を物ともせず泥濘んだ山道をその小さな身体で、トコトコと走り去って行った。
「では、私達は此処で水落鬼を止めますか」
「やるしかないな」
八戒と玄奘は振り返り、こちらに向かってくる水落鬼を見た。水落鬼は大河に住み、人間の倍は大きく、まるで巨人のようにも見える。動きは鈍いが、力は強い。
その巨人に、自分達人間が立ち向かうのだ。
「何だよこいつら、不死身なのか」
悟空は呟く。そう、彼ら水落鬼は倒しても倒しても起き上がってくる。身体に負った傷は自然と元に戻り、いくら如意金箍棒で打ち付け倒しても、彼らには何の痛手も与えられないのだ。
「これじゃ、向こうはどうなってんだよ」
人間や妖怪より遥かに強い自分が手間取っているのだ、船の乗客を追った三人はいったいどうなっているのか。悟空は、改めて如意金箍棒を握りなおした。
「考えても仕方ないないら、とことんやるしかない!」
そう言って悟空は、後先考えずがむしゃらに、如意金箍棒を振り回した。その時
“パリン”
と、何かが割れる音がした。悟空が音のした方を見ると、一番端にいた水落鬼が、茫然と立ち尽くしている。悟空が注意して見ると、その水落鬼だけ、耳飾が無くなっていた。
次の瞬間、立ち尽くしていた水落鬼の身体が、泥人形が壊れるように崩れ落ちる。
「……っ! もしかして、あの耳飾は妖具か宝具の類いか」
悟空の知る限り、妖具や宝具は持ち主の意に従い力を発揮する物。だが、目の前の崩れ落ちた水落鬼は、すでに息絶えているように見えた。息絶えた者を自在に操ることができる、そんな妖具や宝具があるとしたら。此処にいる水落鬼は、もはや全員生きた妖怪ではない、と言うことだ。水落鬼は、人間が溺死して妖怪になった姿だと言われている。人間として死して妖怪となり、妖怪として死して尚、誰かに操られ、泥人形のように崩れ落ちると言う運命に翻弄されている。
「すっげぇ、悪趣味なやつがいる」
悟空は如意金箍棒を持ち直すと
「今、解放してやるからな」
と呟き、“おりゃー” と声をあげながら、如意金箍棒を振り回して行った。
雨音と、如意金箍棒が振り回される音。水落鬼達の足音と、辺りの木を引き抜き悟空目掛け振り落とす音。それに、悟空の足音と息づかいだけが、木々の間で木霊するように響く。
悟空の攻撃に次々と耳飾を壊され、崩れ落ちていく水落鬼達。虚しい時間だけが過ぎて行く。
「胸くそ悪い」
すべての水落鬼達を倒した悟空の回りには、ただただ崩れ落ちた泥だけが、山のように積みあがっていた。
何処かで、冷笑する何者かの声が聞こえたような気がして、悟空は “ハッ” として辺りを見回す。だが、そこにあるのは雨音と木々と泥の山だけだった。
気を取り直した悟空は走る。船の乗客達を追って下って行った、玄奘達の姿を求めて。
********
泥濘 → 雨・雪などで泥がゆるんでぬかるところ
妥当 → 実情によくあてはまっていること。適切であること。また、そのさま
下僕 → 召使いの男
物ともせず → 問題にもしない。なんとも思わない
茫然 → ぼんやりとして、とりとめのないさま
翻弄 → 思うままにもてあそぶこと。手玉にとること
「まずいな」
そう呟いたのは、玄奘だったか悟浄だったか。雨は、水落鬼を強くする。降り注ぐ雨音は辺りの音を消し去り、まるで水落鬼の味方のようだ。そして、それと同じく、人間の走りを止める。激しい雨に山道が泥濘、足をとられるからだ。
「きゃー!!」
「璃葉!!」
足を滑らせた女の子が倒れた。女の子の母親が慌てて走りより、その腕に抱き上げる。
「大丈夫、璃葉」
「う、うん」
船を降り、下の村へと急いでいた乗客達の中でも、女の子を連れた親子が遅れて走っていた。
悟空と別れた後、乗客達を追っていた玄奘達が、その親子に追いつく。
「大丈夫ですか!」
八戒が親子に近づき、声をかけた。
「はい。でも……」
母親は娘を見つめる。倒れた時に足を擦りむき、怪我をしたようだ。
「悟浄、この子を背負って村まで降りて下さい。ここは、私達でなんとかします!」
「だが……」
「この中で、一番体力がありそうなのは悟浄ですから。よろしくお願いします」
子供を背負って、この泥濘んだ山道を走って下るのだ。一番身体が大きく、体力のありそうな悟浄に頼むことが妥当だろう。八戒は悟浄にそう言うと、玄奘を見た。
「行け、そして一刻も早く戻ってこい」
「俺は下僕か。まぁいい、行ってくる」
玄奘の言葉に、悟浄はそう言いながら親子に近づくと
「大丈夫だ、すぐに皆に追いつく。背中に乗りな」
と、女の子に背を向けた。母親は娘の顔を見て、“大丈夫” と力強く頷く。女の子が悟浄の背に乗ると
「いいか、落ちないようにしっかり掴まるんだぞ」
と、声をかける。女の子は “うん” と小さく頷くと、ギュウと悟浄に抱きついた。
「行くぞ、足元に気をつけろ!」
悟浄は、右手で女の子の身体を支え、左手で母親の手を掴み、一気に下へ向かって走り出した。
その時、女の子から何かがコロコロと転がり、地面に落ちる。そしてその落ちる様子を、木の陰から小さな白い生き物が、そっーと見つめていた。
小さな白い生き物は落ちたソレを拾い上げると、小さな自身の身体に斜め掛けしている鞄の中に、ポーンとソレを放り込んだ。そして女の子達のあとを追い、雨を物ともせず泥濘んだ山道をその小さな身体で、トコトコと走り去って行った。
「では、私達は此処で水落鬼を止めますか」
「やるしかないな」
八戒と玄奘は振り返り、こちらに向かってくる水落鬼を見た。水落鬼は大河に住み、人間の倍は大きく、まるで巨人のようにも見える。動きは鈍いが、力は強い。
その巨人に、自分達人間が立ち向かうのだ。
「何だよこいつら、不死身なのか」
悟空は呟く。そう、彼ら水落鬼は倒しても倒しても起き上がってくる。身体に負った傷は自然と元に戻り、いくら如意金箍棒で打ち付け倒しても、彼らには何の痛手も与えられないのだ。
「これじゃ、向こうはどうなってんだよ」
人間や妖怪より遥かに強い自分が手間取っているのだ、船の乗客を追った三人はいったいどうなっているのか。悟空は、改めて如意金箍棒を握りなおした。
「考えても仕方ないないら、とことんやるしかない!」
そう言って悟空は、後先考えずがむしゃらに、如意金箍棒を振り回した。その時
“パリン”
と、何かが割れる音がした。悟空が音のした方を見ると、一番端にいた水落鬼が、茫然と立ち尽くしている。悟空が注意して見ると、その水落鬼だけ、耳飾が無くなっていた。
次の瞬間、立ち尽くしていた水落鬼の身体が、泥人形が壊れるように崩れ落ちる。
「……っ! もしかして、あの耳飾は妖具か宝具の類いか」
悟空の知る限り、妖具や宝具は持ち主の意に従い力を発揮する物。だが、目の前の崩れ落ちた水落鬼は、すでに息絶えているように見えた。息絶えた者を自在に操ることができる、そんな妖具や宝具があるとしたら。此処にいる水落鬼は、もはや全員生きた妖怪ではない、と言うことだ。水落鬼は、人間が溺死して妖怪になった姿だと言われている。人間として死して妖怪となり、妖怪として死して尚、誰かに操られ、泥人形のように崩れ落ちると言う運命に翻弄されている。
「すっげぇ、悪趣味なやつがいる」
悟空は如意金箍棒を持ち直すと
「今、解放してやるからな」
と呟き、“おりゃー” と声をあげながら、如意金箍棒を振り回して行った。
雨音と、如意金箍棒が振り回される音。水落鬼達の足音と、辺りの木を引き抜き悟空目掛け振り落とす音。それに、悟空の足音と息づかいだけが、木々の間で木霊するように響く。
悟空の攻撃に次々と耳飾を壊され、崩れ落ちていく水落鬼達。虚しい時間だけが過ぎて行く。
「胸くそ悪い」
すべての水落鬼達を倒した悟空の回りには、ただただ崩れ落ちた泥だけが、山のように積みあがっていた。
何処かで、冷笑する何者かの声が聞こえたような気がして、悟空は “ハッ” として辺りを見回す。だが、そこにあるのは雨音と木々と泥の山だけだった。
気を取り直した悟空は走る。船の乗客達を追って下って行った、玄奘達の姿を求めて。
********
泥濘 → 雨・雪などで泥がゆるんでぬかるところ
妥当 → 実情によくあてはまっていること。適切であること。また、そのさま
下僕 → 召使いの男
物ともせず → 問題にもしない。なんとも思わない
茫然 → ぼんやりとして、とりとめのないさま
翻弄 → 思うままにもてあそぶこと。手玉にとること
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