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第一章
川辺の水落鬼 《五》
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激しい雨に身体の熱を奪われながら、玄奘と八戒は肩で息をしている。だが、三体の水落鬼は違う。巨人のように大きく鈍かった動きが、嘘のように早い。
「八戒、お前アレを狙えるか」
「やはり玄奘も、アレが気になっていましたか」
玄奘が水落鬼を見た時から気になっていた、黒橡色の鈍い光を放つ耳飾。それは、八戒も同じだった。
だが、問題は水落鬼が三体だと言うこと、巨人なみの大きさだと言うことだ。水落鬼の耳まで、攻撃が届くのか。只の木偶の坊ではない、この激しい雨をうけて、今や水を得た魚のような素早さだ。
「やってみます。ただ……」
「任せろ。ほかの二体は、引き付けておく」
「わかりました」
この僧侶の何処にそんな力があるのか、と八戒は思う。殺生を嫌うはずの僧侶でありながら双剣を使い、相手を躊躇なく斬りつける。並みの僧侶とは覚悟が違う、と言うことか。
八戒は一体の水落鬼と対峙し、その手に持つ弓を引いた。箭は確実に水落鬼の耳に届いたが、その耳飾には傷ひとつつけられなかった。
「普通の箭では、やはり無理か」
その時、後ろで何やら不穏な音がする。だが、八戒は手を止めることなく、急ぎ次の箭を射った。
「火華弾」
八戒の言葉と共に現れた三本の箭は一際高く飛び、水落鬼の真上で音をたてて爆発した。大きな音と共にそこに無数の火の花が咲く、それはまるで大空に打ち上がった花火のようだ。その花びら一つ一つが水落鬼に降り注ぎ、爆発を繰り返す。だが、
「駄目か」
激しい雨が火華弾の威力を弱め、火や熱いものが苦手な水落鬼に加勢する。爆発の煙の中から現れた水落鬼は、身体のあちらこちらに深い傷を負ってはいたが、あれではまた直ぐに復活してしまう。そして耳飾は、多少の傷は入ってはいたが、壊すことはできなかった。
“この雨さえ……” そう八戒が思い、天を見上げたとき
「ぐはっ……!」
と言う玄奘の声と共に、何か大きな音がした。振り向いた八戒が見たもの、それはこの大地から引き抜いた大木を振り回し、玄奘に襲いかかっている二体の水落鬼の姿だった。
「玄奘!」
八戒が、玄奘に向けて大木を振り下ろそうとしていた水落鬼の片腕に向かって箭を射る。
「氷華弾」
放たれた箭に氷の尾がつきながら飛んでいき、水落鬼の腕に突き刺さる。箭は氷の花を放ちながら、腕を氷づけにしていく。
常時ならば、簡単に相手を氷づけにできるだろう。だが、あの水落鬼相手では、それは時間稼ぎにしか過ぎない。
八戒は急いで玄奘の元に走り寄ると、その場に蹲る玄奘の片手をとった。だが、耳飾に傷の入った水落鬼がやってきて、その手で八戒を玄奘ごと薙ぎ払う。
「ぐぅ……っ!」
二人の身体が宙を舞い、近くにあった岩に叩きつけられる。玄奘は手に持つ双剣を大地に突き刺し、それに縋るようにして立ち上がった。
先程、水落鬼に大木を振るわれた時に、突き出た枝で左の腕を傷つけられ、腕は深緋色に濡れてる。
「大丈夫か」
「はい、何とか」
何とかとは答えたが、八戒も今の攻撃で水落鬼の爪が片足に刃物のようにあたり、赤紅色が流れていた。
「神の血筋とはな」
「邪神を、神と言うのならば」
邪神、と言う言葉にその睛眸を見開いた玄奘だが、“なるほどな” と言うと、すべてを察したような笑みを見せた。
“ぐわぁぁぁ!!” と、水落鬼が鳴く。その時
「どりゃぁ!!」
と、声がした。玄奘と八戒の一番近くにいた水落鬼の足元に五芒星のような印が浮かび、水落鬼の動きが止まる。そして近くの木の枝から悟浄が飛び降り、水落鬼の傷ついた耳飾に向け三節棍を振り下ろした。
“パリン”
と音をたてて、水落鬼の耳飾が砕け落ちる。そして、耳飾をなくした水落鬼は、泥人形が壊れるように崩れ落ちた。
「悟浄!」
「遅い!」
八戒と玄奘の声が重なる。悟浄は二人に近寄ると
「それが、一仕事終えた俺に対して言う言葉か」
と、態とらしく言いながら玄奘を見た。玄奘はそれ軽くを鼻で笑うような素振りを見せると
「今のアレは何だ」
と言った。そんな玄奘の態度を気にするでもなく
「なけなしの、一度だけ使える技だそうだ、あいつの」
と、自分が今までいた木の上を見る。するとそこには
「ぴゅ」
と鳴いて片手をあげる、小動物がいた。
「面妖な、いったい何だ」
「さ…ぁ?」
悟浄とて、さっき知り合ったばかりの小動物だ。ただ、あの水落鬼達は耳飾により操られていると、既に生き物ではないと教えてくれた。
「そうか」
「びゅーーー!!」
“危ない!!” と、小動物の声が響き渡る。振り返った悟浄は、水落鬼の振り下ろされた片腕を、自分の顔の前で交差させた両手で受け止めた。
「悟浄!!」
八戒が叫ぶ。“さすがに無理か” と、呟く悟浄の声が聞こえる。だが、負けるわけにはいかないのだ。自分以外に、この力を受け止められる者はいない。
だが、しかし……。横からもう一体の水落鬼がやってきて、片手に持つ大木を投げつけた。
「うっ…!」
「ぐっ…!」
「がは…っ!」
三人の身体が吹き飛ぶ。力なく崩れ落ちた三人に
「ぴゅー! ぴゅー!」
“しっかりしろ! 起きろ!” と鳴く小動物。
三人の身体が一塊となった木の根元に、激しい雨が降り注ぐ。
玄奘の腕から流れ落ちた深緋色と、八戒の足から流れ落ちた赤紅色、そして悟浄の肩から流れ落ちた赤紅色が、それぞれ地面に降り注ぐ雨水に流されて、近くの木の側で一つに交わり血だまりを作っていた。
********
木偶の坊→人形、あやつり人形、でく
躊躇なく→ためらうことなく
対峙→対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること
不穏→おだやかでないこと、危機や危険をはらんでいること、またそのさま
加勢→力を貸して助けること
常時→ふだん、いつも
薙ぎ払う→勢いよく横に払う
五芒星→木・火・土・金・水の5つの元素の動きの相克を表したものであり、あらゆる魔除けの呪符
面妖→不思議なこと、あやしいこと、またそのさま
血の色の表現
神→赤紅
人間→深緋
妖怪・鬼→臙脂
「八戒、お前アレを狙えるか」
「やはり玄奘も、アレが気になっていましたか」
玄奘が水落鬼を見た時から気になっていた、黒橡色の鈍い光を放つ耳飾。それは、八戒も同じだった。
だが、問題は水落鬼が三体だと言うこと、巨人なみの大きさだと言うことだ。水落鬼の耳まで、攻撃が届くのか。只の木偶の坊ではない、この激しい雨をうけて、今や水を得た魚のような素早さだ。
「やってみます。ただ……」
「任せろ。ほかの二体は、引き付けておく」
「わかりました」
この僧侶の何処にそんな力があるのか、と八戒は思う。殺生を嫌うはずの僧侶でありながら双剣を使い、相手を躊躇なく斬りつける。並みの僧侶とは覚悟が違う、と言うことか。
八戒は一体の水落鬼と対峙し、その手に持つ弓を引いた。箭は確実に水落鬼の耳に届いたが、その耳飾には傷ひとつつけられなかった。
「普通の箭では、やはり無理か」
その時、後ろで何やら不穏な音がする。だが、八戒は手を止めることなく、急ぎ次の箭を射った。
「火華弾」
八戒の言葉と共に現れた三本の箭は一際高く飛び、水落鬼の真上で音をたてて爆発した。大きな音と共にそこに無数の火の花が咲く、それはまるで大空に打ち上がった花火のようだ。その花びら一つ一つが水落鬼に降り注ぎ、爆発を繰り返す。だが、
「駄目か」
激しい雨が火華弾の威力を弱め、火や熱いものが苦手な水落鬼に加勢する。爆発の煙の中から現れた水落鬼は、身体のあちらこちらに深い傷を負ってはいたが、あれではまた直ぐに復活してしまう。そして耳飾は、多少の傷は入ってはいたが、壊すことはできなかった。
“この雨さえ……” そう八戒が思い、天を見上げたとき
「ぐはっ……!」
と言う玄奘の声と共に、何か大きな音がした。振り向いた八戒が見たもの、それはこの大地から引き抜いた大木を振り回し、玄奘に襲いかかっている二体の水落鬼の姿だった。
「玄奘!」
八戒が、玄奘に向けて大木を振り下ろそうとしていた水落鬼の片腕に向かって箭を射る。
「氷華弾」
放たれた箭に氷の尾がつきながら飛んでいき、水落鬼の腕に突き刺さる。箭は氷の花を放ちながら、腕を氷づけにしていく。
常時ならば、簡単に相手を氷づけにできるだろう。だが、あの水落鬼相手では、それは時間稼ぎにしか過ぎない。
八戒は急いで玄奘の元に走り寄ると、その場に蹲る玄奘の片手をとった。だが、耳飾に傷の入った水落鬼がやってきて、その手で八戒を玄奘ごと薙ぎ払う。
「ぐぅ……っ!」
二人の身体が宙を舞い、近くにあった岩に叩きつけられる。玄奘は手に持つ双剣を大地に突き刺し、それに縋るようにして立ち上がった。
先程、水落鬼に大木を振るわれた時に、突き出た枝で左の腕を傷つけられ、腕は深緋色に濡れてる。
「大丈夫か」
「はい、何とか」
何とかとは答えたが、八戒も今の攻撃で水落鬼の爪が片足に刃物のようにあたり、赤紅色が流れていた。
「神の血筋とはな」
「邪神を、神と言うのならば」
邪神、と言う言葉にその睛眸を見開いた玄奘だが、“なるほどな” と言うと、すべてを察したような笑みを見せた。
“ぐわぁぁぁ!!” と、水落鬼が鳴く。その時
「どりゃぁ!!」
と、声がした。玄奘と八戒の一番近くにいた水落鬼の足元に五芒星のような印が浮かび、水落鬼の動きが止まる。そして近くの木の枝から悟浄が飛び降り、水落鬼の傷ついた耳飾に向け三節棍を振り下ろした。
“パリン”
と音をたてて、水落鬼の耳飾が砕け落ちる。そして、耳飾をなくした水落鬼は、泥人形が壊れるように崩れ落ちた。
「悟浄!」
「遅い!」
八戒と玄奘の声が重なる。悟浄は二人に近寄ると
「それが、一仕事終えた俺に対して言う言葉か」
と、態とらしく言いながら玄奘を見た。玄奘はそれ軽くを鼻で笑うような素振りを見せると
「今のアレは何だ」
と言った。そんな玄奘の態度を気にするでもなく
「なけなしの、一度だけ使える技だそうだ、あいつの」
と、自分が今までいた木の上を見る。するとそこには
「ぴゅ」
と鳴いて片手をあげる、小動物がいた。
「面妖な、いったい何だ」
「さ…ぁ?」
悟浄とて、さっき知り合ったばかりの小動物だ。ただ、あの水落鬼達は耳飾により操られていると、既に生き物ではないと教えてくれた。
「そうか」
「びゅーーー!!」
“危ない!!” と、小動物の声が響き渡る。振り返った悟浄は、水落鬼の振り下ろされた片腕を、自分の顔の前で交差させた両手で受け止めた。
「悟浄!!」
八戒が叫ぶ。“さすがに無理か” と、呟く悟浄の声が聞こえる。だが、負けるわけにはいかないのだ。自分以外に、この力を受け止められる者はいない。
だが、しかし……。横からもう一体の水落鬼がやってきて、片手に持つ大木を投げつけた。
「うっ…!」
「ぐっ…!」
「がは…っ!」
三人の身体が吹き飛ぶ。力なく崩れ落ちた三人に
「ぴゅー! ぴゅー!」
“しっかりしろ! 起きろ!” と鳴く小動物。
三人の身体が一塊となった木の根元に、激しい雨が降り注ぐ。
玄奘の腕から流れ落ちた深緋色と、八戒の足から流れ落ちた赤紅色、そして悟浄の肩から流れ落ちた赤紅色が、それぞれ地面に降り注ぐ雨水に流されて、近くの木の側で一つに交わり血だまりを作っていた。
********
木偶の坊→人形、あやつり人形、でく
躊躇なく→ためらうことなく
対峙→対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること
不穏→おだやかでないこと、危機や危険をはらんでいること、またそのさま
加勢→力を貸して助けること
常時→ふだん、いつも
薙ぎ払う→勢いよく横に払う
五芒星→木・火・土・金・水の5つの元素の動きの相克を表したものであり、あらゆる魔除けの呪符
面妖→不思議なこと、あやしいこと、またそのさま
血の色の表現
神→赤紅
人間→深緋
妖怪・鬼→臙脂
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