天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

川辺の水落鬼 《九》

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「これで、お前の行動を制限できるとでも言うつもりか」

 玄奘は、悟空から渡された金の輪を見つめる。それは細くもなく太くもなく、輪の内側に紋様のような図柄がずらりと入れられている。

金箍児きんこじ、おそらく如来にょらいが自ら作り出し、観世音菩薩かんぜおんぼさつに渡した三つのうちの一つだろう」
「で」

 沙麼蘿さばらの言葉に、それでどう使うと、玄奘は先をうながした。

「金箍児は、定心真言じょうしんしんごんを唱えることで、コレをめられた者に効果を発する。一度真言を唱えれば、金輪が頭を締め付け、根をはるように痛みが全身に回る。、耐えられないだろう」

 最後は鼻で笑うように沙麼蘿は言った。その言葉に、玄奘は僅かに眉を寄せ悟空を見た。

「こんな物をつけてまで、一緒に行く意味はあるのか」
「ある、ある。天上の桜って、すごいもんなんだろう。それを護れたら、大人数を助けたのも一緒じゃん!」

 満面の笑みで玄奘の言葉に答える悟空を、沙麼蘿以外の全員がいぶかしそうに見つめた。

「お前は、蟠桃果ばんとうかを食べたのか」

 突然、沙麼蘿が悟空に言葉をかける。

「何それ?」

 はて?、と首をかたむけた悟空に

「道界と仏界の間にある、長く折れ曲がった樹廻廊じゅかいろうと言われる場所にだけ存在する桃だ」

 と、沙麼蘿は言った。

「う~ん、食べてない。あっ! でも、どっかの寺の奥にあった、金色こんじきに光る桃は食べた。一個だけもらうつもりだったけど、すっごく美味しくて全部食べた。一個だけ、じいちゃんに土産として持って帰ったけど、一口食べて普通の桃じゃないとわかって、すっーげぇ怒られた」
「一口、食べた」
「あぁ、一口食べたぞ」
「それで、病にかかり倒れはしたが、死にはしなかった」

 悟空の言う “じいちゃん” 須菩提すぼだいは、倒れ意識のないまま上仙じょうせんに預けられた。須弥山しゅみせんにいれば、すぐに命がきることはない。その間、ていのいい理由で、悟空が罪滅ぼしと言う名の善事ぜんじを行っている、と言うわけだ。
 沙麼蘿は、一人納得したように呟いた。

「たまたま地上にあった蟠桃果を食べたのなら、ソレの成長は遅いだろう。しかも、金色の蟠桃果だ。まだしばらくの間は、金箍児の効果も効く」
「そうか」

 沙麼蘿の言葉に、玄奘は手にしていた金箍児を悟空の頭に近づけた。そして悟空の頭の上にそれを置くと、それはまるで生き物のようにスルリと動き、悟空の頭に収まった。

「お前、その女の言うことを本当に信用するのか? その女は、鬼神きしんの血を引く俺でもやっとのことで止めた水落鬼すいらくきの攻撃を、片手一本で止めたんだぞ」
「気に入るいらないは別として、を信じないと言う選択肢は、ない」

 どこか、胡散臭うさんくさそうなものを見るような悟浄に、玄奘は平然とした顔で言った。
 玄奘の言葉に、悟浄は驚いた表情で “、だと” と、呟く。

「そうだ、はそのべにの中から生まれた」

 玄奘は三人の血が入り交じり、たまったその場所に視線を向ける。その場を見た悟浄と八戒のせなに冷たいものが滑り落ち、二人はぶるりと身体を震わせた。
 そんな三人の様子を気に止めることもなく、沙麼蘿は自分の足元近くにたたずむ小動物を見つめる。
 それは、短い片手をあげ “やぁ!” と言っているようだ。どこかキラキラした眼差しで、色のない沙麼蘿の睛眸ひとみを見つめている。

「お前、西海龍王さいかいりゅうおうの子だろう。」

 色のない沙麼蘿の声に

「ぴゅ!」

 “そうなんです!” と、嬉しそうに玉龍ハムスターは鳴いた。だが、

「はぁー!!」

 と悟浄は叫び、玄奘と八戒は信じられないものを見るような双眸そうぼうで、ハムスターを見た。そして悟空は、

「なんだよこいつ!」

 と、物珍しそうに片手でハムスターを摘まみ上げる。

「びゅ! びゅ!」

 “はーなーせー!” と文句を言いながら短い手足をばたつかせるハムスターを、悟空は目の前でまじまじと見つめた。そして

「なんかこいつ、可愛いな」

 と言うと、ハムスターは

「ぴゅ」

 “えっ、そお” と、満更でもない様子で鳴く。その後、沙麼蘿から明かされる黒歴史に “そーなんですよ、やらかしちゃいました♪” と言う素振りを見せ、“びゅうー、びゅうー” と涙ながらに鳴き、玄奘の足元で土下座して “お願いしますー、連れて行って下さいー” と、頼みこんでいた。

「天上の宝の玉を割った罪と言うのは、どれくらいの罪なんでしょうか?」
「いやいや、龍なのに雨を降らせられないって、そっちの方が駄目だろう」

 座り込んで、玄奘に頭を下げ続けるハムスターを見ながら、言葉をかわす八戒と悟浄の横で

「連れて行こうよ。こいつ可愛いじゃん」

 と、ハムスターに助け船を出してやる悟空。

「よくもコレを地上に落とせたものだ」

 僅かに呆れを含ませた、そんな一言を沙麼蘿が呟いた。

「この姿で、修行が可能なのでしょうか」
「知るか」

 八戒の問いに対する玄奘の答えはなかったが、ハムスターも一緒に行くことは決定したようだ。

「一つ、聞きたいことがある」

 自分のこれから進む道を決めるため、悟浄は真剣な面持おももちで、沙麼蘿の前にたった。
 今しがた聞いた八戒の話は、他人事ひとごとなのか。それとも、自分の身に起こったことと同じなのか。その答えは、目の前の女が知っている。




********

定心真言→または緊箍児呪(きんこじじゅ)と言う真言。真実の言葉、秘密の言葉
常人→世間一般の人。特別変わったところのない、平均的な人
訝しい→物事が不明であることを怪しく思うさま。疑わしい
蟠桃果→天界にある、長い時をかけ熟す桃。どれくらいの月日をかけて熟したかで、その効果は違う
上仙→仙人のトップ
体のいい→表向きで言うのにはちょうどいい、他人に聞こえが良い、といった言い回し
善事→よいこと
胡散臭い→どことなく怪しい、疑わしい、油断ができない
背→背中
双眸→両のひとみ
面持ち→ある感情や心理の現れた顔つき
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