天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
61 / 204
第一章

水簾洞の小猿 《七》

しおりを挟む
 大通りを抜け沙麼蘿が歩くままにやって来たのは、この辺りの宿屋では高級と言われる、離れがある宿屋だった。離れは動物連れでもよいようだ。

「おい、待て。何処どこからこんな金子きんすが出る」

 琅牙ろうがを連れた沙麼蘿さばら襦裙じゅくんの袖から出した大金をみて、思わず玄奘は声をかけた。

「いいんじゃねぇか。こんな上宿じょうやど、俺らじゃ一生かかっても泊まれやしねぇ」
「とは言え、確かに金子の出所は気になります。後で面倒なことにならないといいですが」

 悟浄も八戒も、初めて入る宿。宿屋の方も、初めて見る大神オオカミを連れた客達をとでも思ったのか、一番大きな離れを用意してくれた。
 沙麼蘿からは明確な金子の出所の答えはなかったが、玄奘や八戒が一抹の不安を感じるのはなぜだろうか。玄奘達は、落ち着かぬ様子で離れに入った。

「悟空、猿達をつれ水簾洞すいれんどうに行ってこい」

 そう言ったのは、玄奘だった。このまま、旅に小猿達を連れて行くわけにも行かない。

「だけど、オレは!」

 須菩提すぼだいのため、少しでも多くの人々を助け徳を積まなくてはいけないのだ。

「今のお前では使い物にならん、足手まといだ。猿達を何とかしてこい」

 悟空のキン斗雲とうんですら、傲来国ごうらいこく花果山かかざんに行って帰ってくるには、それなりの時間を要する。 だが、悟空は行かねばならない。

「わかった、行ってくる」
「沙麼蘿、もちろん悟空が戻ってくるまでの金子は出すんだろうな。こんな所に泊まらせるかぎりは」
「むろんだ」

 悟空が行くのなら “自分も行って見るか” と、沙麼蘿は思い琅牙を見た。琅牙は頷くと “失礼致します” と呟き出て行った。

「あれは、誰だ。人ではあるまい」
「天上人、とだけ言っておこう」

 玄奘には、アレがただの人には見えなかった。“やはり” と、思う。

「ただ、恩恵を受けておけ、と言うことか」
「天上人が金子を用立ててくれるとは、裏はないのでしょうね」

 玄奘、八戒共に、いぶかしむ様子だ。天上人に対する信頼は、まったくないらしい。猿達は悟空に任せ、玄奘達は悟空が戻ってくるまでの間に話し合いをしておかなければならない。








 久々の花果山は、相変わらず陽の気に満ち溢れた所だった。滝の水が光に反射して輝いている。水簾洞を囲むように植えられた蟠桃果ばんとうかは、数が増えているようにも見える。

「オウサマ!」

 そう言って水簾洞から出てきたのは、今やこの群れの先導者となっている悟空が最新に蟠桃果を与えた小猿だった。長い年を経て、小猿だった時の面影はもうない。立派な群れを率いる猿だ。

「チビどもを連れて帰ってきた。最近の様子を教えてくれ」

 この所、人間の侵入を感じるようになった此処ここは、猿達にとって安住の地とはいいずらい状態らしい。突然小猿達が消えたのは、一度や二度のことではないらしい。
 今この時も何処どこかで、悟空が連れ帰ったチビ達と同じ思いをしている小猿がいると言うことだ。

「穴だらけだな。」

 かって須菩提がほどこした結界はほころびを見せており、所々に裂け目が見てとれた。その時、一際まぶしい光が現れ、気がつくと沙麼蘿が琉格泉るうのを連れ立っていた。

「姉ちゃん!」

 悟空が近寄れば、この陽の気に溢れた場所を眩しそうに沙麼蘿が手の甲で目元を隠し見ている。沙麼蘿が来てわずか、天上より一筋の光が降り注ぎ、一頭の大神が姿を表す。

須格泉すうの

 現れた金色に輝く大神を見て、沙麼蘿は声をかけた。銀色と金色の大神は、互いに顔を近づけ挨拶をしている。そして二頭は、沙麼蘿の足元へと集まりスリ寄る。
 ほどなくして、天界より光が降りて二人の男が地上に降り立った。一人は琅牙、そしてもう一人は……。

「皇様にお仕えしております蒼宮そうきゅう軍所属の妾季しょうきと申します。此方こちらを皇様よりお預かりしてまいりました」

 差し出されたその中に入っていたのは、五芒星ごぼうせいの印が埋め込まれた五つの玻璃すいしょうだった。

「悟空、五芒星の書き方はわかるか」
「もちろん、じいちゃんに教わったからな」

 五つの玻璃を空高く放り投げれば、それを受け取った悟空が水簾洞の周りに五芒星を描き始める。五芒星は魔除けの結界として、仙人が使う術の基本中の基本だ。
 かって須菩提が施した結界の上に、新たに強力な結界を重ねづけするように置く。須菩提の施した結界は仙の術だが、今悟空が描く結界は天界の玻璃を使う。その効果は仙が作り出す結界をはるかに凌駕りょうがする。
 悟空が結界をはるのを見ていた沙麼蘿は、ふと視線を感じ水簾洞の滝を見た。

『どうした』

 流れる滝の水には、自分と同じ顔をして猩々緋しょうじょうひ色のひとえを着た男が映っていた。

「皇」
此処ここは陽の気が強い。下界に降りずとも、姿を現すことなど簡単だろう』

 そっと伸ばした沙麼蘿の手は、誰にも触れることはなかったが

『お前は、必ず天界に取り戻す』

 そう皇は言うと、すっーと消えて行った。

「姉ちゃん、終わったぞー!」

 水簾洞の滝を見ていた沙麼蘿は、何事もなかったかのように振り返る。辺りを見回せば、すでに須格泉や琅牙、妾季の姿さえなかった。

「悟空、私は帰る。お前は、今日は此処に泊まり猿達に言ってきかせよ。結界から出ることが、どう言うことになるのか。お前の家族に、な」

 この日より三日、悟空は小猿達と遊んで大人達と話し合い、水簾洞は長きに渡り守られることになる。






********

金子→おかね
上宿→上等の宿屋
上客→商売上での大切なありがたい客
徳を積む→善行を積む。良い行いをかさねること
恩恵→恵み、いつくしみ
訝しむ→不審に思う
施す→効果、影響を期待して事を行う
凌駕→他のものを追い抜いて、その上に立つこと


次回投稿は5月1日か2日が目標です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...