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第一章
幻影の瞬き 《一》
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そこは、何もない山中にある小さな村のはずだった。だが、そこに人の気配はない。赤子の泣き声も、子供達の遊び声も、女達の井戸端会議も、男達の掛け声も、生きとし生けるものの気配は何もなかった。
「いったい、これはなんだ」
玄奘が見回した先にあるもの、それは時が止まった世界。開いた窓から湯気をあげる出来立て食事は見えるのに、人の気配だけが一切ない。
「まるで、どこか違う世界に入り込んだような」
八戒がそう呟くのも無理はない。人がいないだけで、この小さな村には、つい今しがたまで人々が暮らしていた痕跡だけは数多あるのだ。
「なんかの、罠じゃねぇか?」
おそらくそうだ。それは悟浄だけでなく、皆が感じている。だが、
「村人は、何処に行ったんだよ!」
悟空の言う通り、此処にいた村人達は何処に行ったのか。何者かの手に落ちたか、それともすでに命の火は消えてしまっているのか。
ゆっくりと、村の中を進む。人だけではない、どの村にもいるはずの犬や猫、小鳥や小動物の姿さえない。だが、村の奥まで歩んで来た時、それは突如として現れた。
「邪神信仰……か」
小さく呟いた沙麼蘿の声は、ことのほか辺りに大きく響き渡った。普通の色形とは違う建物。歪んだ構造に深碧色に塗られた像。何故邪神など信仰したのか。“パキン”と、何かが割れる音がした。
『来るぞ!』
「びゅー!!」
琉格泉に続いて玉龍が“何か出るー!!”と叫んだ。歪んだ構造の建物から、それらは次々と姿を現す。
「親父…」
最後に出て来たのは悟浄の父親と数人の鬼神達だったが、その前に武器を片手に現れたのはただの村人だった。
「行けーー!!」
ただの人間でしかない村人達が、手に手に武器を持ち玄奘達に襲い掛かって来る。
「お前達、なんのつもりだ!」
「これじゃ、手だせねーよ!」
叫ぶ玄奘と悟空の回りには村人達。沙麼蘿は急ぎそこに駆け寄ると、村人の頭に手を置き何かを呟く。すると、沙麼蘿に触れられた村人達は次々と昏倒して行った。
「沙麼蘿、こっちも頼む!」
沙麼蘿は悟浄の元に急ぐ。刀を振り上げようとしていた村人の手を掴み、言葉を紡ぐ。その時
「沙麼蘿ー!!」
八戒の声に振り返った沙麼蘿が見たものは、銃を構えた鬼神の男。その男が銃の引き金を引き、銃弾が沙麼蘿に向かって放たれる。沙麼蘿は手を回し、その氣で銃弾を弾き飛ばそうとした。だが、銃弾は沙麼蘿の氣をものともせず真っ直ぐにその身体に向かった。
「な…っ…!」
そう声を発したのは誰だったか、一瞬の間をおいて銃弾が沙麼蘿の身体を貫いた。
「姉ちゃん!!」
その瞬間、沙麼蘿には悟空の声も聞こえなかった。銃弾に貫かれた沙麼蘿の身体が揺れ、地面に両膝をつく。沙麼蘿が銃弾に貫かれた部分に手を当てると、ヌルリと何かが掌についた。その手を見つめれば、赤紅色に染まっている。
「アッハハハ!! この神殺しの銃弾を浴びては、いくら化け物と言えど生きてはいられまい!」
銃を構えた鬼神の男が大声を上げた。地面に両手をついた沙麼蘿の姿が変わる。紫黒色の長い髪が灰簾石色に、それから白金色に。そしてその衣も、真っ赤な襦裙から猩々緋色に。その色は何か一つにとどまることなく変わり続ける。
「天上人さえ死に至る銃だ、たとえそれが鬼神と言えども聖神の血を受け継いだお前であれば尚の事、再生能力は一切効かぬ。これでお前も終わりだ、阿修羅の娘よ!」
悟浄の父親の言葉に、八戒が沙麼蘿に近付こうと駆け出した時
『近付くな!!』
と、琉格泉が叫んだ。玄奘達がその声にハッとして沙麼蘿を見つめる。沙麼蘿の身体から流れ落ちた赤紅が地面に落ちると、その場にあった草や花が枯れ果てて行く。
『沙麼蘿の血は、生きとし生けるものの命を奪う。その血に触れれば、お前達の命もない』
「そん…な…」
琉格泉の言葉に“ではどうするんですか!?”と八戒が叫んだ。琉格泉は沙麼蘿の様子を見ながら
『ウォーーーン!!』
と、天上に向かって鳴いた。それは何かを訴えかけるような鳴き声で、見ている玄奘達の心を打った。
「お前達も此処までだな、玄奘一行。おとなしくその命と、天上の桜の鍵を差し出せ!」
鬼神達が叫ぶ。鬼神達は、釈迦に帰依して天上界に昇った阿修羅に強い憎しみを抱いていた。本来なら自分達と共に天上人と闘うはずの阿修羅が、天上人と共に自分達に刃を向けるのだ。特に、その阿修羅一族と仏教界の聖神との間に生まれた沙麼蘿は、鬼神や邪神達のもっとも嫌う存在だった。
「八戒、沙麼蘿を何とかしろ」
玄奘はそう言うと、自らの帯革の尾錠の前で両手を交差させその両手の掌を開く。すると、そこに双剣が現れた。
「天上の桜の鍵、奪えるものなら奪ってみろ!」
玄奘は不敵な笑みを見せ二つの剣を両手で掴み取ると、剣舞を披露するように軽やかに鬼神達に向かって行った。だてに此処まで、自分達の力だけで歩んできたわけではない。
天上の桜の鍵を簡単に渡すつもりなど、もうとうない。玄奘に続き、悟空や悟浄も走り出した。
********
井戸端会議→近所の女達が水くみや洗濯などをしながら、人の噂や世間話をすること
痕跡→過去にある事物があったことを示す。あとかた
突如→何の前触れもなく物事が起こるさま。出し抜けであるさま
昏倒→目がくらんで倒れること
帰依→すぐれた者に対して全身全霊をもって依存すること。仏教では特に信仰をいだくことに用いられる
次回投稿は5月31日か6月1日が目標です。
「いったい、これはなんだ」
玄奘が見回した先にあるもの、それは時が止まった世界。開いた窓から湯気をあげる出来立て食事は見えるのに、人の気配だけが一切ない。
「まるで、どこか違う世界に入り込んだような」
八戒がそう呟くのも無理はない。人がいないだけで、この小さな村には、つい今しがたまで人々が暮らしていた痕跡だけは数多あるのだ。
「なんかの、罠じゃねぇか?」
おそらくそうだ。それは悟浄だけでなく、皆が感じている。だが、
「村人は、何処に行ったんだよ!」
悟空の言う通り、此処にいた村人達は何処に行ったのか。何者かの手に落ちたか、それともすでに命の火は消えてしまっているのか。
ゆっくりと、村の中を進む。人だけではない、どの村にもいるはずの犬や猫、小鳥や小動物の姿さえない。だが、村の奥まで歩んで来た時、それは突如として現れた。
「邪神信仰……か」
小さく呟いた沙麼蘿の声は、ことのほか辺りに大きく響き渡った。普通の色形とは違う建物。歪んだ構造に深碧色に塗られた像。何故邪神など信仰したのか。“パキン”と、何かが割れる音がした。
『来るぞ!』
「びゅー!!」
琉格泉に続いて玉龍が“何か出るー!!”と叫んだ。歪んだ構造の建物から、それらは次々と姿を現す。
「親父…」
最後に出て来たのは悟浄の父親と数人の鬼神達だったが、その前に武器を片手に現れたのはただの村人だった。
「行けーー!!」
ただの人間でしかない村人達が、手に手に武器を持ち玄奘達に襲い掛かって来る。
「お前達、なんのつもりだ!」
「これじゃ、手だせねーよ!」
叫ぶ玄奘と悟空の回りには村人達。沙麼蘿は急ぎそこに駆け寄ると、村人の頭に手を置き何かを呟く。すると、沙麼蘿に触れられた村人達は次々と昏倒して行った。
「沙麼蘿、こっちも頼む!」
沙麼蘿は悟浄の元に急ぐ。刀を振り上げようとしていた村人の手を掴み、言葉を紡ぐ。その時
「沙麼蘿ー!!」
八戒の声に振り返った沙麼蘿が見たものは、銃を構えた鬼神の男。その男が銃の引き金を引き、銃弾が沙麼蘿に向かって放たれる。沙麼蘿は手を回し、その氣で銃弾を弾き飛ばそうとした。だが、銃弾は沙麼蘿の氣をものともせず真っ直ぐにその身体に向かった。
「な…っ…!」
そう声を発したのは誰だったか、一瞬の間をおいて銃弾が沙麼蘿の身体を貫いた。
「姉ちゃん!!」
その瞬間、沙麼蘿には悟空の声も聞こえなかった。銃弾に貫かれた沙麼蘿の身体が揺れ、地面に両膝をつく。沙麼蘿が銃弾に貫かれた部分に手を当てると、ヌルリと何かが掌についた。その手を見つめれば、赤紅色に染まっている。
「アッハハハ!! この神殺しの銃弾を浴びては、いくら化け物と言えど生きてはいられまい!」
銃を構えた鬼神の男が大声を上げた。地面に両手をついた沙麼蘿の姿が変わる。紫黒色の長い髪が灰簾石色に、それから白金色に。そしてその衣も、真っ赤な襦裙から猩々緋色に。その色は何か一つにとどまることなく変わり続ける。
「天上人さえ死に至る銃だ、たとえそれが鬼神と言えども聖神の血を受け継いだお前であれば尚の事、再生能力は一切効かぬ。これでお前も終わりだ、阿修羅の娘よ!」
悟浄の父親の言葉に、八戒が沙麼蘿に近付こうと駆け出した時
『近付くな!!』
と、琉格泉が叫んだ。玄奘達がその声にハッとして沙麼蘿を見つめる。沙麼蘿の身体から流れ落ちた赤紅が地面に落ちると、その場にあった草や花が枯れ果てて行く。
『沙麼蘿の血は、生きとし生けるものの命を奪う。その血に触れれば、お前達の命もない』
「そん…な…」
琉格泉の言葉に“ではどうするんですか!?”と八戒が叫んだ。琉格泉は沙麼蘿の様子を見ながら
『ウォーーーン!!』
と、天上に向かって鳴いた。それは何かを訴えかけるような鳴き声で、見ている玄奘達の心を打った。
「お前達も此処までだな、玄奘一行。おとなしくその命と、天上の桜の鍵を差し出せ!」
鬼神達が叫ぶ。鬼神達は、釈迦に帰依して天上界に昇った阿修羅に強い憎しみを抱いていた。本来なら自分達と共に天上人と闘うはずの阿修羅が、天上人と共に自分達に刃を向けるのだ。特に、その阿修羅一族と仏教界の聖神との間に生まれた沙麼蘿は、鬼神や邪神達のもっとも嫌う存在だった。
「八戒、沙麼蘿を何とかしろ」
玄奘はそう言うと、自らの帯革の尾錠の前で両手を交差させその両手の掌を開く。すると、そこに双剣が現れた。
「天上の桜の鍵、奪えるものなら奪ってみろ!」
玄奘は不敵な笑みを見せ二つの剣を両手で掴み取ると、剣舞を披露するように軽やかに鬼神達に向かって行った。だてに此処まで、自分達の力だけで歩んできたわけではない。
天上の桜の鍵を簡単に渡すつもりなど、もうとうない。玄奘に続き、悟空や悟浄も走り出した。
********
井戸端会議→近所の女達が水くみや洗濯などをしながら、人の噂や世間話をすること
痕跡→過去にある事物があったことを示す。あとかた
突如→何の前触れもなく物事が起こるさま。出し抜けであるさま
昏倒→目がくらんで倒れること
帰依→すぐれた者に対して全身全霊をもって依存すること。仏教では特に信仰をいだくことに用いられる
次回投稿は5月31日か6月1日が目標です。
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