天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
67 / 205
第一章

幻影の瞬き 《二》

しおりを挟む
 玄奘三蔵と言う男を、甘く見てはいけない。僧侶と言う身でありながら、天上の桜を護るためなら遠慮なく双剣そうけんを振るう。その為に、己の身体が血に染め上げられることをいとわない。例え自らの手が、その血に染まろうとも。“キーン”と音をたて双剣とダオがぶつかり合う。

「それで、三蔵とはな。僧侶でありながら、人を切ることに迷いがない」

 玄奘の双剣をその刀で受けた鬼神の男は、その剣さばきを見て言った。玄奘は、その言葉を鼻で笑う。

「それがどうした、僧侶が人を切らないと誰が決めた。人を切ることを迷い、天上の桜が護れるものか!」

 玄奘の身体が、軽やかに宙を舞う。その周りでは、悟空と悟浄が他の鬼神と闘っている。

「お前らには、ぜってー負けねぇー!」

 悟空が如意金箍棒にょいきんこぼうを振り回し、鬼神達を蹴散けちらして行く。持ち主の意に従い自在に伸縮するそれには、鬼神達も手をやいているようだ。

「どう言うつもりだ、親父!」
「お前など知らぬ。俺の子は、花韮かきゅうのみ」
「何を言ってやがる」

 悟浄は他の鬼神達には目もくれず、一直線に父親の元に向かって行った。玄奘、悟空、悟浄の闘いが繰り広げられる中、八戒は別の鬼神が沙麼蘿さばらに近寄り手を伸ばそうとする姿を見て、急いでゴンを引いた。

小賢こざかしいな」

 鬼神が手に持つ刀がを払い落とすと、周りにいる男達に向かって“やれ!”とあごで合図を出す。周りにいた男達が一斉に八戒に向かって行き、八戒の視界を覆い尽くした。

しまいだな、化け物」

 刀を片手に持つ男のもう一方の手が、両手を地面につきうずくまる沙麼蘿の頭に伸び、その髪を掴み上げた。その瞬間、色が決まらず様々に変わっていた沙麼蘿の姿が、鬼神の色に固定される。それを見ていた琉格泉るうのが、思わず沙麼蘿に駆け寄ろうと動いた。沙麼蘿は、わずかに右手のてのひらを見せることで琉格泉を制する。

「近寄…るな…、琉格…泉。大神オオカミである…お前が…血に触れて…は…ならぬ」
『沙麼蘿…』

 大神は血にまみれれば、大神たる姿を保つことはできない。ただの野生の狼に成り果てる。琉格泉は近寄ることはできないが、唸り声をあげ沙麼蘿の髪を掴み上げる鬼神を威嚇いかくした。琉格泉の頭の上に乗る玉龍ハムスター

「びゅー!!」

 “手をはなせー!!”と叫ぶ。その時、天から凄まじい光が地上に落ちた。あまりのまぶしさに、誰も双眸そうぼうを開くことができない。その中、琉格泉とは違う唸り声がなり響き、大神の唸り声が二つになった。
 光が消えた後に見えたのは、琉格泉とよく似た姿の大神。その場にいた全員の睛眸ひとみが、現れた大神に注がれる。琉格泉は光輝く銀色の毛並みだが、そこにいたのは金色に光輝く毛並みの大神だった。

須格泉すうの

 琉格泉が、双子の片割れである金色の毛並みをした須格泉に近づく。

『沙麼蘿から手をはなせ!』

 須格泉の怒りを含んだ声が聞こえる。二頭の大神が、一緒になって沙麼蘿の周りを唸りながら歩く。その時

「汚れた手で、我が義妹いもうとに触れるな」

 と、男の声が辺りに響き渡った。その声に、沙麼蘿の髪を掴んでいた鬼神の男が辺りを見渡す。そして

「うっ…!」

 突然、鬼神の男の身体をジエンが貫いた。その剣がさらに男に深く突き刺さる。それと同時に、男の背後に赤いきぬが見えた。それは次第にはっきりとした姿に変わっていき、猩々緋しょうじょうひ色の衣を着た男の姿が見え、玄奘達は驚きに双眸を見開く。
 何故なぜなら、現れた男の姿は灰簾石タンザナイト色の睛眸と髪を持つ猩々緋色の衣を着た、沙麼蘿と瓜二つの男だったからだ。その姿を見れば、現れた男が道神どうじんであることは明らかだった。
 そればかりか、その男の猩々緋色の衣の下には萌黄もえぎ色に天華てんかの花が舞う華やかな柄が見え隠れしている。またその左耳には、沙麼蘿と同じ耳の半分を覆う紅玉ルビー真珠パール金剛石ダイヤモンド耳飾イヤーカフが着けられており、剣を持つ右の手首には阿修羅あしゅら徽章きしょうである宝相華ほうそうげの図柄が入った白金プラチナ腕釧ブレスレットがあった。

「天帝、一族か…」

 そう呟いたのは、悟浄の父親。天華の花は、天帝一族のみが身に着けることを許された、天帝一族の徽章。その、天上界の最高神天帝一族の徽章・天華の花の上に聖神せいじんである愛染明王あいぜんみょうおう一族のみが身に着けることを許された猩々緋色の衣を纏う神など、見たことがない。
 しかも、この男が身に着ける耳飾や腕釧はすべて、かつては修羅界に住む鬼神の王であった阿修羅の宝具なのだ。こんな神がいるはずがないと思いながら、剣に貫かれた鬼神の男がその手で掴み上げる沙麼蘿も正に現れた男と同じであると思い知る。
 現れた神が剣を引き抜けば、その剣に貫かれていた鬼神の男の身体がズルリと地面に崩れ落ちた。それを冷たい双眸で見ていた神は鬼神の身体を払いのけると、今にも崩れ落ちようとしている沙麼蘿の身体を恐れもなく抱き止めた。

「すめ…らぎ…」

 抱き止められた沙麼蘿の口をついて出た音は、わずかなものだった。生きとし生けるものすべての命を奪うはずの沙麼蘿の血に触れることもいとわず、すめらぎは沙麼蘿の手を握り締める。

「大丈夫だ、傷は浅い」

 決してそうには見ない傷だが、その手が沙麼蘿の血に塗れようと、身に纏う衣が血に塗れようと、皇はかまうことなく沙麼蘿の身体を抱き抱えた。





********

厭わない→物事を行うことに後ろ向きでないさま
剣捌き→剣の扱い方。剣の使いぶり
蹴散らす→足でもって蹴り、その場にあったものを見出し、周囲に散らすさま。圧倒的な力で撃退するさまなども意味する
小賢しい→利口ぶっていて差し出がましい。生意気である。何かにつけて要領よく振る舞っている
双眸→両方のひとみ
天華の花→天上に咲く霊妙な花
徽章→衣服などにつけるバッジ。ここではお印のいみ
宝相華→仏教系の文様の一種。ここでは興福寺の阿修羅像が身につけている柄
嘗て→過去のある時点にその事柄が成立したさま。昔。以前。前に


次回投稿は6日か7日が目標です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...