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第一章
残花、その名残を 《八》
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あまり残酷な場面を避けて…と思っていたら長くなってしまいましたが、次回残酷な表現があります。今回までは大丈夫なはず、多分…きっと…。
********
玄奘が双剣を構え、花韮の目の前に立つ。それを見た悟浄が慌てたように足元に落ちていた短剣を拾い
「玄奘!!」
と叫ぶと、その双剣を受け止めるように短剣を構える。玄奘と悟浄の睛眸が、にらみ合うように重なり合った。そんな二人の様子をニヤリと笑ってみていた花韮が、“あはははは!” と声を上げ笑う。
「面白い見世物だこと。でも、もう終わりよ」
花韮が冷たくそう言うや否やな、白百合色の服の合間からでもわかる炎を思わせる眩しい光が、胸元の焔魂から放たれた。
「もう、この身体は必要ない。お前も、お前も、もう必要ない!」
焔魂が輝きをますたびに、花韮の顔が変わって行く。そのまるで他人のような顔をした花韮が、悟浄と父親に向かい “お前は必要ない” と告げる。そして、首筋を掴んでいた指先の爪を、グサリと食い込ませた。
「姉貴!」
悟浄が玄奘と花韮の間で何もできずにいたその時、玄奘の左の耳朶につけれた水色の水晶の小さな丸い耳トウが輝きをます。すると、その耳トウから細氷が現れ、花韮に向かって行った。そして
『焔魂、お前の勝手にはさせない!』
と、細氷が花韮の顔の前で実体化する。その実体化したモノの姿を見て、玄奘は双眸を見開く。
「玉…英…」
それはあの日、玄奘の目の前で消えて行った玉英だった。玄奘が自らの手で、その双剣で玉英の身体を貫き、玉英の魂は雪魂に取り込まれたはずだった。
だが、その雪魂は華魂にはならなかった。沙麼蘿の持つ愛染明王の力が、玉英を華魂ではなく雪魂の力を持つ水晶に変えたからだ。氷でできた玉英の手が、自らの首筋を掴む花韮の手首を握りしめる。
「この力は、雪魂か。お前のような小さな雪魂ごときが、この私、焔魂の力にかなうとでも思うのか! 私の燃え盛る炎で、お前など溶かしきってくれる!!」
ブワッと、花韮の纏う氣が変わり、その周りを熱気が包み込む。だが、そんなことに雪魂である玉英は怯みはしない。
『私は、お前と闘うのではない。私がするべきことは、お前の中に僅かに息ずくその女に力を貸すこと』
「何だと!?」
花韮が怪訝な顔をして、玉英を見た。強く大きな焔魂には、小さな雪魂の考えることなどわかるはずもない。
『私は知っている、華魂を植え付けられる苦しみを。華魂に魂を吸いとられる苦痛を。そして、華魂に立ち向かう術を』
玉英はそう言うと、花韮の手首を掴むその手に力を込めた。花韮から放たれる強い熱気に、細氷の一部が溶けて行く。それでも、玉英は花韮の身体の奥底で消えかけていた魂に向かって叫ぶ。
『今一度、最後の力を振り絞って!! 願いを叶えるために、起き上がるの!! 貴女には、その力がある!!』
玉英の手から放たれた冷気とその声が、ほんの僅かだが花韮の身体に入って行く。すると、身体の奥深く消えてしまいそうだった花韮の残り少ない魂のかけらが再び目を覚まし、その心臓がドクリと動いた。途端、“うっ” と焔魂が苦しみの声を上げ、花韮の手が首筋から離れ胸元へと降りる。
玉英に、既に身体はない。魂も雪魂に飲み込まれ、輪廻の輪に入ることも許されない。華魂に身体を奪われるとは、そう言うことだ。玉英の魂魄は、あまりに多くの血にまみれ過ぎた。大好きだった養父母や、あの村の人々を殺め食らいついた。
恐らく、目の前で苦しむ女もそうなのだろうと思う。いくら血にまみれた焔魂と言えど、高僧であり本来であれば殺生を許されぬ身である玄奘が、その双剣を彼女の身体に突き立てることは、人の道に悖る所業になる。玄奘にそんなことをさせるのは、この自分一人で十分だ。玉英は、振り返って玄奘を見た。
「玉英」
玄奘が見た玉英は、あの苦しみと悲しみの中で息絶えた玉英とは違い、優しい顔をしていた。身体を無くし、その魂さえも雪魂に取り込まれた玉英を、玄奘は助けてやることはできなかった。ただ、最後に望みを叶えてやれたことだけが、唯一の救いだった。
今の玉英は、細氷が作り出す幻影でしかない。それでも、その玉英が作り出す笑顔は、とても美しかった。その玉英が、悟浄に視線を向ける。
『姉殺しが、いかほどのものだと言うの。そんなものは、貴方の一生だけで終わることよ。でも、彼女の苦しみは未来永劫続くの。助けてあげて、それは貴方にしかできないことよ。紅流児がしたことを見ていたでしょう、貴方のその手で終わらせてあげて。私の心は、今とても穏やかなの。たとえ身も心も、その思いすら残すことのできない彼女だとしても、きっと納得して逝ける。だから、お願い。貴方のその手で、殺してあげて!』
それだけを言い終わると、焔魂の熱気を浴びた玉英の身体は崩れ落ちて行く。消えかかる直前、玉英は沙麼蘿に向かって頭を下げた。たとえ今の自分が細氷だったとしても、幻影だったとしても、玉英は救われた。そして細氷は、玄奘の耳朶の耳トウの中に消えて行った。
「小癪…な…。死に損ないの…分際…で」
『お前に…なんか、渡さない…! 私の…身体と…、魂…よ!』
一つの身体の中で、焔魂と僅かに残った花韮の魂のかけらがせめぎ合う。どちらか一方しか浮上しないはずの意識が、焔魂と花韮揃って外に出て来のだ。
悟浄は、自分の手の中にある短剣を見つめ、それを握りしめる。“姉殺しが、いかほどのものだと言うの”玉英は、確かにそう言った。
********
見世物→珍しい物・奇術・曲芸などを見せて料金をとる興行。また、その出し物。人々から興味の対象として見られること。また、そのもの
細氷→大気中の水蒸気が昇華してできた、ごく小さな氷の結晶が降ること
怯む→おじけついて尻込みする。気後れする
怪訝→不思議で納得がいかないこと。また、そのさま
人の道に悖る→人間として行うべきあり方に反する。人としてあるべき姿に背く
永劫→限りなく長い年月
小癪→言動などが、どことなく憎らしく、腹立たしくなるような気持ちを与えること。また、そのさま
次回投稿は22日か23日が目標です。
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玄奘が双剣を構え、花韮の目の前に立つ。それを見た悟浄が慌てたように足元に落ちていた短剣を拾い
「玄奘!!」
と叫ぶと、その双剣を受け止めるように短剣を構える。玄奘と悟浄の睛眸が、にらみ合うように重なり合った。そんな二人の様子をニヤリと笑ってみていた花韮が、“あはははは!” と声を上げ笑う。
「面白い見世物だこと。でも、もう終わりよ」
花韮が冷たくそう言うや否やな、白百合色の服の合間からでもわかる炎を思わせる眩しい光が、胸元の焔魂から放たれた。
「もう、この身体は必要ない。お前も、お前も、もう必要ない!」
焔魂が輝きをますたびに、花韮の顔が変わって行く。そのまるで他人のような顔をした花韮が、悟浄と父親に向かい “お前は必要ない” と告げる。そして、首筋を掴んでいた指先の爪を、グサリと食い込ませた。
「姉貴!」
悟浄が玄奘と花韮の間で何もできずにいたその時、玄奘の左の耳朶につけれた水色の水晶の小さな丸い耳トウが輝きをます。すると、その耳トウから細氷が現れ、花韮に向かって行った。そして
『焔魂、お前の勝手にはさせない!』
と、細氷が花韮の顔の前で実体化する。その実体化したモノの姿を見て、玄奘は双眸を見開く。
「玉…英…」
それはあの日、玄奘の目の前で消えて行った玉英だった。玄奘が自らの手で、その双剣で玉英の身体を貫き、玉英の魂は雪魂に取り込まれたはずだった。
だが、その雪魂は華魂にはならなかった。沙麼蘿の持つ愛染明王の力が、玉英を華魂ではなく雪魂の力を持つ水晶に変えたからだ。氷でできた玉英の手が、自らの首筋を掴む花韮の手首を握りしめる。
「この力は、雪魂か。お前のような小さな雪魂ごときが、この私、焔魂の力にかなうとでも思うのか! 私の燃え盛る炎で、お前など溶かしきってくれる!!」
ブワッと、花韮の纏う氣が変わり、その周りを熱気が包み込む。だが、そんなことに雪魂である玉英は怯みはしない。
『私は、お前と闘うのではない。私がするべきことは、お前の中に僅かに息ずくその女に力を貸すこと』
「何だと!?」
花韮が怪訝な顔をして、玉英を見た。強く大きな焔魂には、小さな雪魂の考えることなどわかるはずもない。
『私は知っている、華魂を植え付けられる苦しみを。華魂に魂を吸いとられる苦痛を。そして、華魂に立ち向かう術を』
玉英はそう言うと、花韮の手首を掴むその手に力を込めた。花韮から放たれる強い熱気に、細氷の一部が溶けて行く。それでも、玉英は花韮の身体の奥底で消えかけていた魂に向かって叫ぶ。
『今一度、最後の力を振り絞って!! 願いを叶えるために、起き上がるの!! 貴女には、その力がある!!』
玉英の手から放たれた冷気とその声が、ほんの僅かだが花韮の身体に入って行く。すると、身体の奥深く消えてしまいそうだった花韮の残り少ない魂のかけらが再び目を覚まし、その心臓がドクリと動いた。途端、“うっ” と焔魂が苦しみの声を上げ、花韮の手が首筋から離れ胸元へと降りる。
玉英に、既に身体はない。魂も雪魂に飲み込まれ、輪廻の輪に入ることも許されない。華魂に身体を奪われるとは、そう言うことだ。玉英の魂魄は、あまりに多くの血にまみれ過ぎた。大好きだった養父母や、あの村の人々を殺め食らいついた。
恐らく、目の前で苦しむ女もそうなのだろうと思う。いくら血にまみれた焔魂と言えど、高僧であり本来であれば殺生を許されぬ身である玄奘が、その双剣を彼女の身体に突き立てることは、人の道に悖る所業になる。玄奘にそんなことをさせるのは、この自分一人で十分だ。玉英は、振り返って玄奘を見た。
「玉英」
玄奘が見た玉英は、あの苦しみと悲しみの中で息絶えた玉英とは違い、優しい顔をしていた。身体を無くし、その魂さえも雪魂に取り込まれた玉英を、玄奘は助けてやることはできなかった。ただ、最後に望みを叶えてやれたことだけが、唯一の救いだった。
今の玉英は、細氷が作り出す幻影でしかない。それでも、その玉英が作り出す笑顔は、とても美しかった。その玉英が、悟浄に視線を向ける。
『姉殺しが、いかほどのものだと言うの。そんなものは、貴方の一生だけで終わることよ。でも、彼女の苦しみは未来永劫続くの。助けてあげて、それは貴方にしかできないことよ。紅流児がしたことを見ていたでしょう、貴方のその手で終わらせてあげて。私の心は、今とても穏やかなの。たとえ身も心も、その思いすら残すことのできない彼女だとしても、きっと納得して逝ける。だから、お願い。貴方のその手で、殺してあげて!』
それだけを言い終わると、焔魂の熱気を浴びた玉英の身体は崩れ落ちて行く。消えかかる直前、玉英は沙麼蘿に向かって頭を下げた。たとえ今の自分が細氷だったとしても、幻影だったとしても、玉英は救われた。そして細氷は、玄奘の耳朶の耳トウの中に消えて行った。
「小癪…な…。死に損ないの…分際…で」
『お前に…なんか、渡さない…! 私の…身体と…、魂…よ!』
一つの身体の中で、焔魂と僅かに残った花韮の魂のかけらがせめぎ合う。どちらか一方しか浮上しないはずの意識が、焔魂と花韮揃って外に出て来のだ。
悟浄は、自分の手の中にある短剣を見つめ、それを握りしめる。“姉殺しが、いかほどのものだと言うの”玉英は、確かにそう言った。
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見世物→珍しい物・奇術・曲芸などを見せて料金をとる興行。また、その出し物。人々から興味の対象として見られること。また、そのもの
細氷→大気中の水蒸気が昇華してできた、ごく小さな氷の結晶が降ること
怯む→おじけついて尻込みする。気後れする
怪訝→不思議で納得がいかないこと。また、そのさま
人の道に悖る→人間として行うべきあり方に反する。人としてあるべき姿に背く
永劫→限りなく長い年月
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