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第二章
雪中四友 〜蠟梅の咲く頃〜 《七》
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沙麼蘿がその場に戻ってきた時、そこは戦いの氣に包まれていた。
『これは、どう言うことだ』
幼い子供相手に玄奘達が四人がかりで戦う様を見て、思わず琉格泉が呟く。だが次の瞬間、幼い双子が振り上げる刀に込められた尋常ではない妖力を感じとり、それがその子供達が持つ睛眸のせいなのだと言うことがわかった。
『金睛と銀睛とはな』
「これも、皇が言っていたことか」
琅牙から聞いた邪神の不穏な動き、そして皇が沙麼蘿に言った “できる限り殺生をせず、妖怪を助けよ” と言う仏界からの言葉。沙麼蘿は、目の前で戦う玄奘達を見つめ
「では、皇が恩に着せやすい様に行くとしようか」
と、呟いた。そう、“仏界に恩を売り、利用するだけ利用してやればいい” と、沙麼蘿は思う。いつか皇のため、苦虫を噛み潰したような顔をして力を使うかもしれない仏界の姿を想像し、沙麼蘿はニヤリと笑った。
ふわりと赤い襦裙の裾が舞い、その露草色の大きな袖を振り回すように戦っていた金角の頭上に沙麼蘿が姿を現す。
「なんだ!」
突然頭上に現れた巨大な力と、自分を覆うような影に金角が顔を上げると、そこはまるで血の海のような赤一色だった。それが、誰かが着る襦裙の色なのだと気がついたのはすぐのこと。
現れたのは、紫黒色の長い髪と黒檀色の睛眸をした、真っ赤な襦裙を纏った女。その女は金角と睛眸が合うと、ニヤリと嫌な笑みを見せた。
「だれ…だ…、おま…え…!」
女が現れたのは一瞬のこと。それなのに、睛眸が合った途端金角の全てに制限がかかった。身動きができない。目の前の女を前にして、双刀を振るうことも、この場から退くこともできないのだ。
沙麼蘿は、顔を上げ自分を見た金角の双眸を、有無を言わせず見た。覗き込むように、まるで双眸を通して金角の中に入り込むように。そしてスルリとその身を翻すと、玄奘の隣りに降り立つ。
「半色の襦裙を着た女。裾には山と十五夜」
沙麼蘿のその呟きは、隣りにいた玄奘にはとても良く聞こえた。髪と睛眸は胡桃色だったが、これは言っても意味の無いことだろうと沙麼蘿は思う。そしてその言葉を聞いた玄奘の眉間にシワが寄り
「半色の襦裙、だと。山と月はあの女、斑の紫苑か」
と、翡翠観での戦いを思い出すように言った。だが今度は、突然でた斑の紫苑と言う言葉を聞いた金角と、沙麼蘿の氣により動きを止めた金角に駆け寄った銀角の眉間にシワが寄る。
「おまえら、しおんをしってるのか!」
「まだらって、しおんはようかいだぞ!」
金角と銀角だって、斑くらいは知っている。振り上げた刀をおろし言った金角と銀角に
「なるほど。邪神に騙されたか」
と、二人を見て玄奘は呟いた。あの、周囲と同化する力を持った邪神の配下の紫苑なら、言葉巧みに子供達に語りかけ、騙すことなど簡単なことだっただろう。この金角と銀角の前では、確かに紫苑は妖怪だったのだから。
「お前達は騙されたのだ、邪神達にな」
玄奘の口から紡がれる言葉を聞いた金角と銀角は、一瞬何を言われたのかわからなかった。“だまされた?” “だれが?” “いつ?” “どこで?” しばしの間を置いて
「いいかげんなことをいうな! こどもだとおもってバカにして!」
「オレらだって、ようかいとまだらのちがいくらいわかるぞ! でたらめをいうな!」
怒りを顕にする金角と銀角。だが、玄奘の言葉は容赦なかった。
「紫苑は斑で間違いない。あの女は斑の力で周囲と同化する。人間の中に入れば人間となって我らを襲い、妖怪の中に入れば妖怪となってお前達を騙す。いとも簡単にな」
「うそだ!!」
「そんなことない!!」
金角と銀角は、玄奘にくってかかった。
「それに、あの女はお前達のような子供が、一番嫌いなはずだ」
玄奘は、あの日のことを思い出す。紫苑は玄奘を見て言ったのだ “ぬくぬくと庇護されてきた者に”と。
平頂山に住むと言われる妖怪の千角大魔王は、名の知れ渡った大妖怪だ。この二人の子供は、平頂山は蓮花洞に住む百角大王の息子と名乗った。それは千角大魔王の血筋で、両親や祖父のもと大人に守られて、ぬくぬくと育ってきたと言っているのも同じことだ。
そんな子供達の姿を見て、あの紫苑はどう思ったか。なんの迷いなく、子供達を騙せたのではないか。
「お前達、天上の桜は鍵一つでは手に入れることはできないと、知っているか」
玄奘の言葉に “えっ!” と金角と銀角が声を上げた。
「天上の桜の鍵は、全部で五つあると言われている。桜がある場所は四つの鍵が指し示し、中央の鍵によってその姿を現す。この私がもつ鍵一つだけでは、天上の桜は手に入りはしない。お前達はそれを知っていて、鍵を狙うのか」
金角と銀角はその言葉を、信じられないものを見るような睛眸をして聞いた。
「うそ…だ…!! そんなはなしは、でたらめだ!!」
「おまえのもつカギさえあれば! それさえもってかえれれば!!」
玄奘の言うことなど信じられないと、何かに縋り付くように声を上げる金角と銀角に
「願いが、これ一つでそう簡単に叶うわけがないだろうが。そんなことで願いが叶うなら、誰も苦労はしない。そんなことで叶う願いは、本当の願いじゃないんだよ」
玄奘の言葉に、金角と銀角は駄々をこねる子供のように、大きくその顔を左右に振った。
「もしそのカギでねがいがかなわないなら、とうちゃんとかあちゃんはどうなるんだよ!!」
「かあちゃんのおなかのこは、オレらのおとうとかいもうとは、どうなるんだよ!!」
********
苦虫を噛み潰す→いかにも苦そうな虫を噛んで潰したような状況。不愉快極まりない表情などを形容する表現
紫黒色→紫がかった黒
黒檀色→赤みがかった黒
有無を言わせず→相手の承知•不承知にかかわりなく。無理やり
翻す→からだをおどらせる。さっと裏返しにする。態度などを急に変える
言葉巧み→上手な話し方、ものの言い方。人を誘導する口先を評する表現として用いられる場合が多い
しばし→しばらく
顕→あきらかであること。また、あらわれること。あらわす
容赦ない→遠慮や情による手加減がないさま。情け容赦がないさま
くってかかる→反抗すること、噛み付くこと、刃向かうこと。特に、必要以上に激しい口調や態度などで相手に反論したり、自分の主張を展開したりすることを指す
庇護→かばって守ること
縋り付く→頼りにしてしっかりとつかまる。たのみとする。頼る
駄々をこねる→子供が親にわがままを言って困らせたり、自分の思い通りに行かないことで癇癪(かんしゃく)を起こしたりすること
次回投稿はに27日か28日が目標です。
『これは、どう言うことだ』
幼い子供相手に玄奘達が四人がかりで戦う様を見て、思わず琉格泉が呟く。だが次の瞬間、幼い双子が振り上げる刀に込められた尋常ではない妖力を感じとり、それがその子供達が持つ睛眸のせいなのだと言うことがわかった。
『金睛と銀睛とはな』
「これも、皇が言っていたことか」
琅牙から聞いた邪神の不穏な動き、そして皇が沙麼蘿に言った “できる限り殺生をせず、妖怪を助けよ” と言う仏界からの言葉。沙麼蘿は、目の前で戦う玄奘達を見つめ
「では、皇が恩に着せやすい様に行くとしようか」
と、呟いた。そう、“仏界に恩を売り、利用するだけ利用してやればいい” と、沙麼蘿は思う。いつか皇のため、苦虫を噛み潰したような顔をして力を使うかもしれない仏界の姿を想像し、沙麼蘿はニヤリと笑った。
ふわりと赤い襦裙の裾が舞い、その露草色の大きな袖を振り回すように戦っていた金角の頭上に沙麼蘿が姿を現す。
「なんだ!」
突然頭上に現れた巨大な力と、自分を覆うような影に金角が顔を上げると、そこはまるで血の海のような赤一色だった。それが、誰かが着る襦裙の色なのだと気がついたのはすぐのこと。
現れたのは、紫黒色の長い髪と黒檀色の睛眸をした、真っ赤な襦裙を纏った女。その女は金角と睛眸が合うと、ニヤリと嫌な笑みを見せた。
「だれ…だ…、おま…え…!」
女が現れたのは一瞬のこと。それなのに、睛眸が合った途端金角の全てに制限がかかった。身動きができない。目の前の女を前にして、双刀を振るうことも、この場から退くこともできないのだ。
沙麼蘿は、顔を上げ自分を見た金角の双眸を、有無を言わせず見た。覗き込むように、まるで双眸を通して金角の中に入り込むように。そしてスルリとその身を翻すと、玄奘の隣りに降り立つ。
「半色の襦裙を着た女。裾には山と十五夜」
沙麼蘿のその呟きは、隣りにいた玄奘にはとても良く聞こえた。髪と睛眸は胡桃色だったが、これは言っても意味の無いことだろうと沙麼蘿は思う。そしてその言葉を聞いた玄奘の眉間にシワが寄り
「半色の襦裙、だと。山と月はあの女、斑の紫苑か」
と、翡翠観での戦いを思い出すように言った。だが今度は、突然でた斑の紫苑と言う言葉を聞いた金角と、沙麼蘿の氣により動きを止めた金角に駆け寄った銀角の眉間にシワが寄る。
「おまえら、しおんをしってるのか!」
「まだらって、しおんはようかいだぞ!」
金角と銀角だって、斑くらいは知っている。振り上げた刀をおろし言った金角と銀角に
「なるほど。邪神に騙されたか」
と、二人を見て玄奘は呟いた。あの、周囲と同化する力を持った邪神の配下の紫苑なら、言葉巧みに子供達に語りかけ、騙すことなど簡単なことだっただろう。この金角と銀角の前では、確かに紫苑は妖怪だったのだから。
「お前達は騙されたのだ、邪神達にな」
玄奘の口から紡がれる言葉を聞いた金角と銀角は、一瞬何を言われたのかわからなかった。“だまされた?” “だれが?” “いつ?” “どこで?” しばしの間を置いて
「いいかげんなことをいうな! こどもだとおもってバカにして!」
「オレらだって、ようかいとまだらのちがいくらいわかるぞ! でたらめをいうな!」
怒りを顕にする金角と銀角。だが、玄奘の言葉は容赦なかった。
「紫苑は斑で間違いない。あの女は斑の力で周囲と同化する。人間の中に入れば人間となって我らを襲い、妖怪の中に入れば妖怪となってお前達を騙す。いとも簡単にな」
「うそだ!!」
「そんなことない!!」
金角と銀角は、玄奘にくってかかった。
「それに、あの女はお前達のような子供が、一番嫌いなはずだ」
玄奘は、あの日のことを思い出す。紫苑は玄奘を見て言ったのだ “ぬくぬくと庇護されてきた者に”と。
平頂山に住むと言われる妖怪の千角大魔王は、名の知れ渡った大妖怪だ。この二人の子供は、平頂山は蓮花洞に住む百角大王の息子と名乗った。それは千角大魔王の血筋で、両親や祖父のもと大人に守られて、ぬくぬくと育ってきたと言っているのも同じことだ。
そんな子供達の姿を見て、あの紫苑はどう思ったか。なんの迷いなく、子供達を騙せたのではないか。
「お前達、天上の桜は鍵一つでは手に入れることはできないと、知っているか」
玄奘の言葉に “えっ!” と金角と銀角が声を上げた。
「天上の桜の鍵は、全部で五つあると言われている。桜がある場所は四つの鍵が指し示し、中央の鍵によってその姿を現す。この私がもつ鍵一つだけでは、天上の桜は手に入りはしない。お前達はそれを知っていて、鍵を狙うのか」
金角と銀角はその言葉を、信じられないものを見るような睛眸をして聞いた。
「うそ…だ…!! そんなはなしは、でたらめだ!!」
「おまえのもつカギさえあれば! それさえもってかえれれば!!」
玄奘の言うことなど信じられないと、何かに縋り付くように声を上げる金角と銀角に
「願いが、これ一つでそう簡単に叶うわけがないだろうが。そんなことで願いが叶うなら、誰も苦労はしない。そんなことで叶う願いは、本当の願いじゃないんだよ」
玄奘の言葉に、金角と銀角は駄々をこねる子供のように、大きくその顔を左右に振った。
「もしそのカギでねがいがかなわないなら、とうちゃんとかあちゃんはどうなるんだよ!!」
「かあちゃんのおなかのこは、オレらのおとうとかいもうとは、どうなるんだよ!!」
********
苦虫を噛み潰す→いかにも苦そうな虫を噛んで潰したような状況。不愉快極まりない表情などを形容する表現
紫黒色→紫がかった黒
黒檀色→赤みがかった黒
有無を言わせず→相手の承知•不承知にかかわりなく。無理やり
翻す→からだをおどらせる。さっと裏返しにする。態度などを急に変える
言葉巧み→上手な話し方、ものの言い方。人を誘導する口先を評する表現として用いられる場合が多い
しばし→しばらく
顕→あきらかであること。また、あらわれること。あらわす
容赦ない→遠慮や情による手加減がないさま。情け容赦がないさま
くってかかる→反抗すること、噛み付くこと、刃向かうこと。特に、必要以上に激しい口調や態度などで相手に反論したり、自分の主張を展開したりすることを指す
庇護→かばって守ること
縋り付く→頼りにしてしっかりとつかまる。たのみとする。頼る
駄々をこねる→子供が親にわがままを言って困らせたり、自分の思い通りに行かないことで癇癪(かんしゃく)を起こしたりすること
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