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第二章
沈黙の里《四》
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「此処は、お前達が住む普通の大地だ。いや、大地だったと言うべきか。此処には、数え切れない程の亡骸が埋もれている。しかも、それは女子供ばかりだ」
沙麼蘿はそう言うと、辺りを見回す。今も “お助け下さい” と、その手を伸ばす子供を抱きしめた母親がいる。“タス…ケテ…” と泣く幼子がいる。
「だから、嘆き悲しむのだろう。苦痛に身を焼かれた、この大地で。助けてと、自分達はこんなに苦しんでいるのに、何故お前達は幸せに生きているのだと。自分達と一緒に、此方へ来いと」
沙麼蘿の話に、顔をしかめた八戒が
「此処は、戦場…だったのですか」
と、辺りを見回し呟く。
「遥か昔、年老いた男達まで戦場に取られ、此処に残っていたのは女子供だけだった。そこに敵陣が攻め込んで来たのだ。皆逃げ惑い、己が死んたと実感する間もなく殺された。いや、焼き払われたのか。逃げ惑いながらも、誰かを助けたい、守りたいと思いながら」
沙麼蘿の言うその光景を想像したのか
「哀れ、だな」
と、悟浄がポツリと言った。家族を何より大切にする鬼神の血を引く悟浄には、何か感じるものがあるのだろう。
「あまりに短時間のことで、自分が本当に死人になってしまったのかさえわからなかった者達の魂は、天にのぼることもなく皆が皆此処に留まり、この場所を暗闇の沈黙へと変えた」
「戦に取られた男達でさえ、誰一人としてこの地に戻って来ることはできなかった。誰にも供養されず、魂は天に帰す機会をなくし、ただただ苦しみの中をもがいている、と言うことか」
玄奘の言葉に、“そうだ” と沙麼蘿は頷く。
「逃げ惑ううちに子供と離れた母親の心は、死してもなお我が子を求めさまよい歩いている。そして子供もまた、離れ離れになった母親を探して今もこの大地をさまよい、母の腕に抱かれたいと思い続けているのだ。己が死人であると自覚がない者達は、母親は “子供だけでも” と、子は “母親だけでも” と、此処に入り込んで来た人間達に助けを求め縋り纏わりつく。腕に抱くこの子だけでも助けて欲しいと言う、この女のようにな。既に子は死していると言うのに」
「どうしたら、いったいどうしたらいいんだ。姉ちゃん!」
悟空の言葉に、沙麼蘿は答えるすべを持たない。
「救えるのか。この沈黙の世界に住まう、闇に染まった全ての魂を」
「まさか、此処から抜け出すには…」
「全ての魂を救え、とか言うわけじゃねぇ…よな」
玄奘、八戒、悟浄は、沙麼蘿を見つめた。此処にいる者達の数は、縋り纏わりつかれた玄奘達にだって想像はつく。
『沙麼蘿』
「ぴゅ、ぴゅ…」
沙麼蘿の足元に擦り寄る琉格泉と、その頭の上にいる玉龍は全てをわかっている。沙麼蘿にとて、出来ないことはある。
此処を出るには、手段は二つしかない。この暗闇に住まう死人の魂を全て救い成仏させるか、またはその魂を粉々に破壊しつくして輪廻にも戻れぬように無に帰すかしかない。
鬼神と聖神の間に生まれた沙麼蘿にできることは、全てを破壊しつくすこと。ただそれだけだ。
『優しい…子…』
沙麼蘿の耳元に、聖宮の声が響き渡った。
「私は、人の犠牲なくしては誰も救えない。それは、聖宮もよく知っているはずだ。この死人しかいない世界では、誰も私に対価を払えるものなどいない。誰かの犠牲なくしては、私にできることなど何もない。破壊し、無に帰すだけだ」
『そんなことは…ないわ』
沙麼蘿の身体を優しい風が包み込む。その昔、沙麼蘿がまだ幼い子供だった頃、親にさえ抱きしめられたこともなかったその身体を、恐れもなく抱きしめたのは聖宮だった。
あの日から、何度聖宮は沙麼蘿を抱きしめ “優しい子” “尊い子” と言っただろうか。優しさなど、沙麼蘿にはわかるはずもないものを。
『貴女のその優しさは、とても尊いものよ。貴女は、ここにいる全ての人々を救うことができる。私は知っているわ、貴女のその優しさだけが、この世界で闇に染まった魂を救うことができると。沙麼蘿、親とはバカなものですね。幾つになっても、どんな所にいても、ただただ我が子が心配で。無理をしていないか、怪我をしていないか、疎まれていないかと』
ふと、聖宮の影が目の前で “お助け下さい。どうか、どうか…この…子を” 、そう言って泪を流す母親の目元を拭った様な気がした。
『こんな小さな子を助けることが出来ない母親の悲しみは、いかほどのものか。我が子だけでも助けたい、その想いはこの身体を引き裂かれるようによくわかる。この幼子が、皇や沙麼蘿であったなら、私もこの身と引きかえにしても助けたいと思うでしょう』
親子から振り返った聖宮の美しく優しい顔が、この暗闇の中でも沙麼蘿にははっきりと見えた。天上界において、誰もが恐れ気味悪がる存在であった沙麼蘿を恐れげもなく抱きしめた人。尊い子、優しい子、そう言って皇と共に人の暖かさを教えてくれた人。
沙麼蘿に向け、昔と同じように優しく頬む皇に似たその面が、スッーと闇に溶けるように消えて行った。
「お助け…下さい…」
片腕に幼子を抱くその女が伸ばした手を、沙麼蘿は静かにとると
「一緒に連れて行っておやり」
と、珍しく優しい声色で言った。
********
嘆き悲しむ→悲しく思い、心が痛む
敵陣→敵の陣営
供養→死者の冥福を祈って、法会を営むこと
成仏→死んでこの世に未練を残さぬこと。悟りきって死ぬこと
疎む→いやだと思う。嫌って遠ざける
声色→声の音色。声の調子
《思い》と《想い》の書き分けは、思いの深さが《思い < 想い》のような感じで書いています。
次回更新は、19日か20日が目標です。
沙麼蘿はそう言うと、辺りを見回す。今も “お助け下さい” と、その手を伸ばす子供を抱きしめた母親がいる。“タス…ケテ…” と泣く幼子がいる。
「だから、嘆き悲しむのだろう。苦痛に身を焼かれた、この大地で。助けてと、自分達はこんなに苦しんでいるのに、何故お前達は幸せに生きているのだと。自分達と一緒に、此方へ来いと」
沙麼蘿の話に、顔をしかめた八戒が
「此処は、戦場…だったのですか」
と、辺りを見回し呟く。
「遥か昔、年老いた男達まで戦場に取られ、此処に残っていたのは女子供だけだった。そこに敵陣が攻め込んで来たのだ。皆逃げ惑い、己が死んたと実感する間もなく殺された。いや、焼き払われたのか。逃げ惑いながらも、誰かを助けたい、守りたいと思いながら」
沙麼蘿の言うその光景を想像したのか
「哀れ、だな」
と、悟浄がポツリと言った。家族を何より大切にする鬼神の血を引く悟浄には、何か感じるものがあるのだろう。
「あまりに短時間のことで、自分が本当に死人になってしまったのかさえわからなかった者達の魂は、天にのぼることもなく皆が皆此処に留まり、この場所を暗闇の沈黙へと変えた」
「戦に取られた男達でさえ、誰一人としてこの地に戻って来ることはできなかった。誰にも供養されず、魂は天に帰す機会をなくし、ただただ苦しみの中をもがいている、と言うことか」
玄奘の言葉に、“そうだ” と沙麼蘿は頷く。
「逃げ惑ううちに子供と離れた母親の心は、死してもなお我が子を求めさまよい歩いている。そして子供もまた、離れ離れになった母親を探して今もこの大地をさまよい、母の腕に抱かれたいと思い続けているのだ。己が死人であると自覚がない者達は、母親は “子供だけでも” と、子は “母親だけでも” と、此処に入り込んで来た人間達に助けを求め縋り纏わりつく。腕に抱くこの子だけでも助けて欲しいと言う、この女のようにな。既に子は死していると言うのに」
「どうしたら、いったいどうしたらいいんだ。姉ちゃん!」
悟空の言葉に、沙麼蘿は答えるすべを持たない。
「救えるのか。この沈黙の世界に住まう、闇に染まった全ての魂を」
「まさか、此処から抜け出すには…」
「全ての魂を救え、とか言うわけじゃねぇ…よな」
玄奘、八戒、悟浄は、沙麼蘿を見つめた。此処にいる者達の数は、縋り纏わりつかれた玄奘達にだって想像はつく。
『沙麼蘿』
「ぴゅ、ぴゅ…」
沙麼蘿の足元に擦り寄る琉格泉と、その頭の上にいる玉龍は全てをわかっている。沙麼蘿にとて、出来ないことはある。
此処を出るには、手段は二つしかない。この暗闇に住まう死人の魂を全て救い成仏させるか、またはその魂を粉々に破壊しつくして輪廻にも戻れぬように無に帰すかしかない。
鬼神と聖神の間に生まれた沙麼蘿にできることは、全てを破壊しつくすこと。ただそれだけだ。
『優しい…子…』
沙麼蘿の耳元に、聖宮の声が響き渡った。
「私は、人の犠牲なくしては誰も救えない。それは、聖宮もよく知っているはずだ。この死人しかいない世界では、誰も私に対価を払えるものなどいない。誰かの犠牲なくしては、私にできることなど何もない。破壊し、無に帰すだけだ」
『そんなことは…ないわ』
沙麼蘿の身体を優しい風が包み込む。その昔、沙麼蘿がまだ幼い子供だった頃、親にさえ抱きしめられたこともなかったその身体を、恐れもなく抱きしめたのは聖宮だった。
あの日から、何度聖宮は沙麼蘿を抱きしめ “優しい子” “尊い子” と言っただろうか。優しさなど、沙麼蘿にはわかるはずもないものを。
『貴女のその優しさは、とても尊いものよ。貴女は、ここにいる全ての人々を救うことができる。私は知っているわ、貴女のその優しさだけが、この世界で闇に染まった魂を救うことができると。沙麼蘿、親とはバカなものですね。幾つになっても、どんな所にいても、ただただ我が子が心配で。無理をしていないか、怪我をしていないか、疎まれていないかと』
ふと、聖宮の影が目の前で “お助け下さい。どうか、どうか…この…子を” 、そう言って泪を流す母親の目元を拭った様な気がした。
『こんな小さな子を助けることが出来ない母親の悲しみは、いかほどのものか。我が子だけでも助けたい、その想いはこの身体を引き裂かれるようによくわかる。この幼子が、皇や沙麼蘿であったなら、私もこの身と引きかえにしても助けたいと思うでしょう』
親子から振り返った聖宮の美しく優しい顔が、この暗闇の中でも沙麼蘿にははっきりと見えた。天上界において、誰もが恐れ気味悪がる存在であった沙麼蘿を恐れげもなく抱きしめた人。尊い子、優しい子、そう言って皇と共に人の暖かさを教えてくれた人。
沙麼蘿に向け、昔と同じように優しく頬む皇に似たその面が、スッーと闇に溶けるように消えて行った。
「お助け…下さい…」
片腕に幼子を抱くその女が伸ばした手を、沙麼蘿は静かにとると
「一緒に連れて行っておやり」
と、珍しく優しい声色で言った。
********
嘆き悲しむ→悲しく思い、心が痛む
敵陣→敵の陣営
供養→死者の冥福を祈って、法会を営むこと
成仏→死んでこの世に未練を残さぬこと。悟りきって死ぬこと
疎む→いやだと思う。嫌って遠ざける
声色→声の音色。声の調子
《思い》と《想い》の書き分けは、思いの深さが《思い < 想い》のような感じで書いています。
次回更新は、19日か20日が目標です。
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