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第二章
始まりの終わり《五》
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「なんて、素晴らしい…の」
見上げた空には雲一つなく晴れ渡り、青く澄んでいて清い。少しの濁りも、時折流れて行く綿飴のような雲もないその様は、まるで今身体を得てこの大地に降り立った飛天の誕生を喜ぶようであり、その場に吹くそよ風さえ祝福の声のように彼女には聞こえた。
この、何処までも続く緑の大地と澄みきった青空しかない場所で彼女が目覚めたのは、今から少しばかり前のこと。身体はないが、確かに彼女の意識は空と大地の間にあって、ゆらゆらと風に揺れていた。
道界と仏界の真ん中にある天女が生まれると言われるその場所で、彼女はある日突然意識を持ち生まれた。見つめる緑の大地や青空には触れることも降り立つこともできなかったが、それが美しく心地よい世界なのだと知っている。
意識だけがぽっかりと浮かぶ青い空と緑の大地以外は白しかない世界で、彼女は沢山の飛天が生まれるのを見て、この空間から彼女達を見送ってきた。それをどれ位繰り返しただろうか、やっと彼女は飛天として身体を持ち大地に降り立つことができたのだ。
自らの足に感じる草の感触、頬を撫で髪を舞い上げる風。全てが意識だけだった時とは違い、彼女の心を揺さぶる。身体を得ると言うことは、なんと素晴らしいことなのかと。
彼女が飛天と呼ばれる期間は短い。この空間で身体を持った者は皆飛天と呼ばれるが、この空間から出た瞬間から天女と呼び名が変わるからだ。
天女は天帝や釈迦如来に仕え、天上界と下界を繋ぐ大切な役割を与えられる。美しい人形として生まれいでた飛天が持つのは、キラキラと輝く天衣のみ。
天女が持つ天衣は、彼女達が身体を得た時に一緒に天衣として形を得た物のことを言う。故に、自分が生まれた時に一緒に現れた天衣以外では、その力を十分に発揮することはできない。
天女にとって天衣とは、自分の身体の一部であり、とても大切な物なのだ。飛天として身体を得た彼女達は、少しの間をこの空間で過ごす。
この空間で身体と天衣の扱いになれ、天帝や釈迦如来の住まう天上界へと出ていくからだ。この、澄んだ空を見上げる飛天もまた、今はただ意識を持つだけの仲間達に見送られ、此処を旅立つ時が来る。
その日は、ある日突然訪れた。空と大地以外何もない場所に、すっーと門が現れたのだ。飛天が、天女になる時が訪れたのである。
この門を出ることができるのは、門に天女になる時期であると認められた飛天のみ。青く澄んだ空を見上げ “なんて、素晴らしい…の” そう呟いた飛天もまた先に出て行った飛天に習い、現れた門を通り抜けて行った。
天帝が住まう天上界は、天女が生まれた空間とは全く違った。空こそは似てはいたが、もっと色が濃く皆が蒼穹と呼んでいて、大地は緑ではなく石畳と言われるもだった。何より、何もない場所だった空間と違い、数多の天人達で溢れ、様々な建物があった。
天女達は、天帝の天宮である紫微宮の一角に住まいを与えられ、皆で姉妹のように共に暮らし、先に生まれいでた天女達から天上界と下界について学び、二つの世界を繋ぐ役目を担う。
「下界はどんな所なの」
「私が行った下界はね…」
「ねぇ、海ってどんなもなの」
「海、海はね…」
あちらこちらで、天女達の声が聞こえる。まだ下界に降りたことのない若い天女達は好奇心旺盛で何でも知りたがり、下界から帰って来た天女達を質問攻めにするのだ。
明るく朗らかで陽気な天女達の住む場所は、笑顔と笑い声が絶えない。だが、そんな天女達の住まう場所とは違い紫微宮の中心部では、天女達に関わる話し合いがなされていた。
「この所の下界の様子は如何なものか」
「つい先日も天女が天衣を奪われたらしい」
「そのせいで、こちらに帰ることが叶わず、人間に連れ去られる天女が立て続けに出ている」
「天女は、この上界に住む天帝の配下である。天帝のモノを、下界に住む者ごときが奪うことは許されない」
「我等は武力を使おうとも、下界の者に知らしめねばならないのではないか。天女を奪うことは、大罪であると」
「だが、蒼光帝はお許しにはなるまい」
現天帝の蒼光帝は前天帝に比べ穏やかで、余程のことがない限り武力を使うことを嫌う。今も、下界に住む者達の願いを聞き入れ、天女や天人を派遣し多くの交流を図っている。
つい先日も、下界にある国の皇帝に請われ、“いつの日か我が血族に天人を娶らせても良いと思われる御子が生まれたならば、是非とも天人を我が国に遣わせて頂きたい” と言う願いを受け入れ、蒼光帝の娘である聖宮を下界へ送ると約束してしまった。
高貴なる身である聖宮の下界行きに反対した者も多かったが、聖宮が蒼光帝の意見に賛成してしまったため、あっさりと決まってしまったのだ。
「蒼光帝は優しすぎる。何か不吉なことが起こるのではないかと、心配でならない」
「天女のことについては、我が蒼光帝に話をしてみよう。何時でも下界に軍を派遣できるよう、準備だけは進めておいてくれ」
「了解した」
下界に降りたまま戻ることのない天女が増えるにつれ、天上界の一部では下界の者に身の程を知らしめるべきとの声が上がり始めていた。これをきに、“天女失踪に対しては武力を持ってしても見つけ出し、天女を天上界に連れ帰るべし” と言う命令が下ることになる。
********
蒼穹→青空。大空
天宮→天帝の宮殿
如何→物事の成り行きや状態。不明な内容などを示す表現
しらしめる→知らせる。認知させる。「知る」の使役形で、否応なく認めさせるといった意味合いを含む
娶る→妻として迎えること
御子→この話の中では皇子。天子(中国、前近代の君主の称号の一つ)の子
次回投稿は11月4日か5日が目標です。
見上げた空には雲一つなく晴れ渡り、青く澄んでいて清い。少しの濁りも、時折流れて行く綿飴のような雲もないその様は、まるで今身体を得てこの大地に降り立った飛天の誕生を喜ぶようであり、その場に吹くそよ風さえ祝福の声のように彼女には聞こえた。
この、何処までも続く緑の大地と澄みきった青空しかない場所で彼女が目覚めたのは、今から少しばかり前のこと。身体はないが、確かに彼女の意識は空と大地の間にあって、ゆらゆらと風に揺れていた。
道界と仏界の真ん中にある天女が生まれると言われるその場所で、彼女はある日突然意識を持ち生まれた。見つめる緑の大地や青空には触れることも降り立つこともできなかったが、それが美しく心地よい世界なのだと知っている。
意識だけがぽっかりと浮かぶ青い空と緑の大地以外は白しかない世界で、彼女は沢山の飛天が生まれるのを見て、この空間から彼女達を見送ってきた。それをどれ位繰り返しただろうか、やっと彼女は飛天として身体を持ち大地に降り立つことができたのだ。
自らの足に感じる草の感触、頬を撫で髪を舞い上げる風。全てが意識だけだった時とは違い、彼女の心を揺さぶる。身体を得ると言うことは、なんと素晴らしいことなのかと。
彼女が飛天と呼ばれる期間は短い。この空間で身体を持った者は皆飛天と呼ばれるが、この空間から出た瞬間から天女と呼び名が変わるからだ。
天女は天帝や釈迦如来に仕え、天上界と下界を繋ぐ大切な役割を与えられる。美しい人形として生まれいでた飛天が持つのは、キラキラと輝く天衣のみ。
天女が持つ天衣は、彼女達が身体を得た時に一緒に天衣として形を得た物のことを言う。故に、自分が生まれた時に一緒に現れた天衣以外では、その力を十分に発揮することはできない。
天女にとって天衣とは、自分の身体の一部であり、とても大切な物なのだ。飛天として身体を得た彼女達は、少しの間をこの空間で過ごす。
この空間で身体と天衣の扱いになれ、天帝や釈迦如来の住まう天上界へと出ていくからだ。この、澄んだ空を見上げる飛天もまた、今はただ意識を持つだけの仲間達に見送られ、此処を旅立つ時が来る。
その日は、ある日突然訪れた。空と大地以外何もない場所に、すっーと門が現れたのだ。飛天が、天女になる時が訪れたのである。
この門を出ることができるのは、門に天女になる時期であると認められた飛天のみ。青く澄んだ空を見上げ “なんて、素晴らしい…の” そう呟いた飛天もまた先に出て行った飛天に習い、現れた門を通り抜けて行った。
天帝が住まう天上界は、天女が生まれた空間とは全く違った。空こそは似てはいたが、もっと色が濃く皆が蒼穹と呼んでいて、大地は緑ではなく石畳と言われるもだった。何より、何もない場所だった空間と違い、数多の天人達で溢れ、様々な建物があった。
天女達は、天帝の天宮である紫微宮の一角に住まいを与えられ、皆で姉妹のように共に暮らし、先に生まれいでた天女達から天上界と下界について学び、二つの世界を繋ぐ役目を担う。
「下界はどんな所なの」
「私が行った下界はね…」
「ねぇ、海ってどんなもなの」
「海、海はね…」
あちらこちらで、天女達の声が聞こえる。まだ下界に降りたことのない若い天女達は好奇心旺盛で何でも知りたがり、下界から帰って来た天女達を質問攻めにするのだ。
明るく朗らかで陽気な天女達の住む場所は、笑顔と笑い声が絶えない。だが、そんな天女達の住まう場所とは違い紫微宮の中心部では、天女達に関わる話し合いがなされていた。
「この所の下界の様子は如何なものか」
「つい先日も天女が天衣を奪われたらしい」
「そのせいで、こちらに帰ることが叶わず、人間に連れ去られる天女が立て続けに出ている」
「天女は、この上界に住む天帝の配下である。天帝のモノを、下界に住む者ごときが奪うことは許されない」
「我等は武力を使おうとも、下界の者に知らしめねばならないのではないか。天女を奪うことは、大罪であると」
「だが、蒼光帝はお許しにはなるまい」
現天帝の蒼光帝は前天帝に比べ穏やかで、余程のことがない限り武力を使うことを嫌う。今も、下界に住む者達の願いを聞き入れ、天女や天人を派遣し多くの交流を図っている。
つい先日も、下界にある国の皇帝に請われ、“いつの日か我が血族に天人を娶らせても良いと思われる御子が生まれたならば、是非とも天人を我が国に遣わせて頂きたい” と言う願いを受け入れ、蒼光帝の娘である聖宮を下界へ送ると約束してしまった。
高貴なる身である聖宮の下界行きに反対した者も多かったが、聖宮が蒼光帝の意見に賛成してしまったため、あっさりと決まってしまったのだ。
「蒼光帝は優しすぎる。何か不吉なことが起こるのではないかと、心配でならない」
「天女のことについては、我が蒼光帝に話をしてみよう。何時でも下界に軍を派遣できるよう、準備だけは進めておいてくれ」
「了解した」
下界に降りたまま戻ることのない天女が増えるにつれ、天上界の一部では下界の者に身の程を知らしめるべきとの声が上がり始めていた。これをきに、“天女失踪に対しては武力を持ってしても見つけ出し、天女を天上界に連れ帰るべし” と言う命令が下ることになる。
********
蒼穹→青空。大空
天宮→天帝の宮殿
如何→物事の成り行きや状態。不明な内容などを示す表現
しらしめる→知らせる。認知させる。「知る」の使役形で、否応なく認めさせるといった意味合いを含む
娶る→妻として迎えること
御子→この話の中では皇子。天子(中国、前近代の君主の称号の一つ)の子
次回投稿は11月4日か5日が目標です。
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