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第二章
始まりの終わり《四》
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母親が儚く亡くなったのは、寒い寒い冬の日だった。人間である母親が倒れた日、一本しか角を持たない子は父親の親友だった鬼の家に駆け込んだ。
昔父親が手を加え住めるようにしたと言う家は既にあちこちにがたが来て、隙間風が吹き戸はガタガタとなる有様だった。
『病人に、この環境はよくないだろう』
村人達は、村を守る為に戦いに赴き亡くなった父親の最後の言葉 “妻と息子を頼む” を聞き届け、家を修理してできる限りのことをしてくれた。だが、母親は長くは持たなかった。
母親の病気は人間独特のもので、鬼には分かりづらいものだったし、人間と鬼はもとから違うのだから、鬼が母親の病気を治すのは難しかったのかもしれない。
一人ぼっちの家はただただ寂しく、とても寒かった。母親と二人寄り添って暮らした日々は、隙間だらけの家でも優しく温かかったのに。
「母…さん…」
一人、真っ暗な家の中で、一本角の子は泪を流す。
『村の中に来ないか』
たった一人残された子供に、父親の親友の鬼が声をかけてはくれた。だがそれに、子供は決して頷かなかった。
村の中に入ればどんな目にあうのか、よく知っているからだ。
『ごめん…ね、ごめんね…。母さんが、人間だから…』
怪我をして帰ってくる我が子に、母親は手当をしながらよく泣いていた。
『大…丈夫、大丈夫だよ』
どんなに傷をおっても母がいてくれれば平気だった、一人じゃないから。母親の側は、いつもとても温かかったから。
早く大人になって母を守り、楽をさせてあげたい。そんな小さな夢も、もう叶わない。
子供の手で裏庭の畑を耕し、時折父親の親友の鬼がくれる食べ物や服をもらう。そんな日々を、何年過ごしただろうか。
「ア…ァ…」
ある日、山の奥に狩りに行って帰ってくると、家の戸は壊され壁には穴があいていた。裏庭の畑も、荒らされいる。
幸い、家の中までは荒らされておらず、母親の形見の品などは無事だった。だが、食べ物は全てダメになっていた。
“どうして…、どうして俺だけが、こんな目に” 今まで、幾度となくそう思ってきた。でも、母親の悲しむ顔は見たくなくて、一度も口にした事はなかった。
それでも、荒らされた裏庭を見た時に、一本角の鬼の中で何かがプツリと途切れた。
「俺、此処を出ていきます」
子供から青年と言われる年になり、小さな生き物なら一人で狩りもできるようになった。もう、一人でも生きていける年だ。
昔は、この里の西側は誰も足を踏み入れることがない場所だった。だが、今は違う。あの日、母親が倒れた日の翌日。村の鬼達が家を修理する為に西側にやって来た。その作業は数日に渡って行われたが、それを見ていた子供達もまた、大人達の目を盗んでやって来るようになったのだ。
それはまるで、肝試しでもしているかのようで、時折そぉーとやって来ては戸を叩いたり悪さをして逃げて行くようなものだった。だが、子供達もまた青年と言われる年になり、大人達に隠れて来ることもなくなり、堂々と西側に来て家を壊して行った。
もう、母親のいないこの里に未練はない。だが、父の親友である鬼は最後までこの里を出て行くことに反対した。
「此処を出て、一体何処へ行くと言うんだ。まさか、人間の里にでも行くつもりじゃないだろうな。お前の母親は確かに人間だった。だが、人間から見ればおは鬼だ」
「俺は、鬼とは…違う」
「確かに、鬼の中では一つしかないお前のその角や小さな身体、我らとは少し色合いの違う鉛丹色の睛眸や浅葱鼠色の髪は、鬼ではないと言われるだろう。だが、人間から見れば同じことだ。角があればそれは鬼であり、鼠色に近い髪と橙色に近い睛眸は鬼にしか見えないはずだ。戦では、時に敵になったり味方になったりしたこともある人間は、例え味方であったとしても強く大きな鬼には恐怖心を持っていた。ましてや、前の戦では敵同士だったんだ。お前は自分が小さいと思っているかも知れないが、人間から見れば上背は大きいんだ。人間は、鬼を受け入れたりはしない。人里に行っても、お前にいいことは何もない」
「此処にいたって、いいことは…何一つない…」
下を向いてポツリと呟いたその声は、一本角の青年より上背の大きな鬼の耳には届かなかった。そして次の日、鬼が西側な家を訪れた時には、既に一本角の青年の姿はなくなっていた。
父親の親友だった鬼の言うことは本当だった。物心つく頃から母親と二人きりの生活で、一本角の子供にとって鬼は力も強く大きいことから怖い存在でもあった。だが、人間に対しては優しい母親の思いしかない。
まだ幼かった少年から見れば、母親は決して小さくはなかった。もし、母親が青年になるまで生きていてくれたなら、自分は人間より大きいのだと知ることができただろうが、一人ぼっちで里の西側で暮らしていた青年にはわからなかった。
あの日、僅かばかりの期待を胸に人里に入った青年に聞こえたのは、自分を見て恐怖におののき悲鳴を上げる人間の姿。女子供は逃げ惑い、男達は武器を手に大声を上げながら此方へとやって来た。
手にした石を投げつける者もいる。人間が投げはなった石が顔に当たった時、青年は人里にも自分の居場所はないのだと理解した。
顔に当たった石は、鬼の里にある石と変わらないだろうに、青年の顔に傷がつくことはなかった。なぜなら、青年にとっては赤子がお手玉を投げたくらいの威力しかなかったからだ。
鬼の里で石を投げられ傷つくのは、力の強い鬼が石を投げていたから。か弱い人間の投げた石では、青年が傷つくことはない。
その事実に、青年は生まれて初めて自分もまた鬼なのだと思った。人より大きな傷つくことのない身体、人にはあるはずもない角を持つ鬼。
「ハッ…ハハ…」
乾いた声が漏れる。人間達が自分を見るその睛眸は、嘗て自分に石を投げつけた子供達を見ていた時の自分の睛眸と変わらない。
人間よりははるかに大きく丈夫なこの身体は、例え一本しか角はなくても人間から見れば鬼でしかないのだ。鬼からは鬼とは認められず、人間からも人間とは認められない。
どちらの血も引いていると言うのに、自分はそのどちらにも入れない。青年は、人間達から追い立てられるように消えて行くしかなかった。
********
儚い→束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま
肝試し→人が恐れる場所に行かせるなどして、度胸があるかどうか試すこと
上背→身長。身の丈。背が高いという意を含めて使う
今回は少し早目に投稿しましたが、次回投稿は通常に戻り23日か24日が目標です。
昔父親が手を加え住めるようにしたと言う家は既にあちこちにがたが来て、隙間風が吹き戸はガタガタとなる有様だった。
『病人に、この環境はよくないだろう』
村人達は、村を守る為に戦いに赴き亡くなった父親の最後の言葉 “妻と息子を頼む” を聞き届け、家を修理してできる限りのことをしてくれた。だが、母親は長くは持たなかった。
母親の病気は人間独特のもので、鬼には分かりづらいものだったし、人間と鬼はもとから違うのだから、鬼が母親の病気を治すのは難しかったのかもしれない。
一人ぼっちの家はただただ寂しく、とても寒かった。母親と二人寄り添って暮らした日々は、隙間だらけの家でも優しく温かかったのに。
「母…さん…」
一人、真っ暗な家の中で、一本角の子は泪を流す。
『村の中に来ないか』
たった一人残された子供に、父親の親友の鬼が声をかけてはくれた。だがそれに、子供は決して頷かなかった。
村の中に入ればどんな目にあうのか、よく知っているからだ。
『ごめん…ね、ごめんね…。母さんが、人間だから…』
怪我をして帰ってくる我が子に、母親は手当をしながらよく泣いていた。
『大…丈夫、大丈夫だよ』
どんなに傷をおっても母がいてくれれば平気だった、一人じゃないから。母親の側は、いつもとても温かかったから。
早く大人になって母を守り、楽をさせてあげたい。そんな小さな夢も、もう叶わない。
子供の手で裏庭の畑を耕し、時折父親の親友の鬼がくれる食べ物や服をもらう。そんな日々を、何年過ごしただろうか。
「ア…ァ…」
ある日、山の奥に狩りに行って帰ってくると、家の戸は壊され壁には穴があいていた。裏庭の畑も、荒らされいる。
幸い、家の中までは荒らされておらず、母親の形見の品などは無事だった。だが、食べ物は全てダメになっていた。
“どうして…、どうして俺だけが、こんな目に” 今まで、幾度となくそう思ってきた。でも、母親の悲しむ顔は見たくなくて、一度も口にした事はなかった。
それでも、荒らされた裏庭を見た時に、一本角の鬼の中で何かがプツリと途切れた。
「俺、此処を出ていきます」
子供から青年と言われる年になり、小さな生き物なら一人で狩りもできるようになった。もう、一人でも生きていける年だ。
昔は、この里の西側は誰も足を踏み入れることがない場所だった。だが、今は違う。あの日、母親が倒れた日の翌日。村の鬼達が家を修理する為に西側にやって来た。その作業は数日に渡って行われたが、それを見ていた子供達もまた、大人達の目を盗んでやって来るようになったのだ。
それはまるで、肝試しでもしているかのようで、時折そぉーとやって来ては戸を叩いたり悪さをして逃げて行くようなものだった。だが、子供達もまた青年と言われる年になり、大人達に隠れて来ることもなくなり、堂々と西側に来て家を壊して行った。
もう、母親のいないこの里に未練はない。だが、父の親友である鬼は最後までこの里を出て行くことに反対した。
「此処を出て、一体何処へ行くと言うんだ。まさか、人間の里にでも行くつもりじゃないだろうな。お前の母親は確かに人間だった。だが、人間から見ればおは鬼だ」
「俺は、鬼とは…違う」
「確かに、鬼の中では一つしかないお前のその角や小さな身体、我らとは少し色合いの違う鉛丹色の睛眸や浅葱鼠色の髪は、鬼ではないと言われるだろう。だが、人間から見れば同じことだ。角があればそれは鬼であり、鼠色に近い髪と橙色に近い睛眸は鬼にしか見えないはずだ。戦では、時に敵になったり味方になったりしたこともある人間は、例え味方であったとしても強く大きな鬼には恐怖心を持っていた。ましてや、前の戦では敵同士だったんだ。お前は自分が小さいと思っているかも知れないが、人間から見れば上背は大きいんだ。人間は、鬼を受け入れたりはしない。人里に行っても、お前にいいことは何もない」
「此処にいたって、いいことは…何一つない…」
下を向いてポツリと呟いたその声は、一本角の青年より上背の大きな鬼の耳には届かなかった。そして次の日、鬼が西側な家を訪れた時には、既に一本角の青年の姿はなくなっていた。
父親の親友だった鬼の言うことは本当だった。物心つく頃から母親と二人きりの生活で、一本角の子供にとって鬼は力も強く大きいことから怖い存在でもあった。だが、人間に対しては優しい母親の思いしかない。
まだ幼かった少年から見れば、母親は決して小さくはなかった。もし、母親が青年になるまで生きていてくれたなら、自分は人間より大きいのだと知ることができただろうが、一人ぼっちで里の西側で暮らしていた青年にはわからなかった。
あの日、僅かばかりの期待を胸に人里に入った青年に聞こえたのは、自分を見て恐怖におののき悲鳴を上げる人間の姿。女子供は逃げ惑い、男達は武器を手に大声を上げながら此方へとやって来た。
手にした石を投げつける者もいる。人間が投げはなった石が顔に当たった時、青年は人里にも自分の居場所はないのだと理解した。
顔に当たった石は、鬼の里にある石と変わらないだろうに、青年の顔に傷がつくことはなかった。なぜなら、青年にとっては赤子がお手玉を投げたくらいの威力しかなかったからだ。
鬼の里で石を投げられ傷つくのは、力の強い鬼が石を投げていたから。か弱い人間の投げた石では、青年が傷つくことはない。
その事実に、青年は生まれて初めて自分もまた鬼なのだと思った。人より大きな傷つくことのない身体、人にはあるはずもない角を持つ鬼。
「ハッ…ハハ…」
乾いた声が漏れる。人間達が自分を見るその睛眸は、嘗て自分に石を投げつけた子供達を見ていた時の自分の睛眸と変わらない。
人間よりははるかに大きく丈夫なこの身体は、例え一本しか角はなくても人間から見れば鬼でしかないのだ。鬼からは鬼とは認められず、人間からも人間とは認められない。
どちらの血も引いていると言うのに、自分はそのどちらにも入れない。青年は、人間達から追い立てられるように消えて行くしかなかった。
********
儚い→束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま
肝試し→人が恐れる場所に行かせるなどして、度胸があるかどうか試すこと
上背→身長。身の丈。背が高いという意を含めて使う
今回は少し早目に投稿しましたが、次回投稿は通常に戻り23日か24日が目標です。
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