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第二章
始まりの終わり《十》
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桜花が風信を桜の花弁に乗せて、天人達の手の届かぬ場所に逃がしてからの四年間は、風信にとっては決して平穏な日々ではなかった。それでも、“きっと貴方を受け入れてくれる人がいる” “私が見たかったこの下界を、私の代わりに見て” “幸せになって” そんな桜花の言葉を生きがいに、桜花の願いを叶えるのだと、風信はただただ必死に生きた。
角があるだけで鬼だと恐れられることを身にしみて知っている風信は常に頭を布で覆い隠し、大きな街でも暮らすには目立つ人よりは大きな身体を目立たぬようにできるだけ小さくかがめ、気配を消すように生活した。だが結局は、鬼だと知られれば手に手に武器を持った人間達に追われ、街からは遠く離れた山里へと足を向けることになる。
一定の場所で定住することなどない。鬼だと知られそうになれば、次から次へと居場所を変える生活。それでも、人里から離れた場所で暮らす老夫婦と出逢い暮らした僅かな日々は、幸せだった。
戦で一人息子を亡くしたと言う老夫婦は、息子の面影が残る家と故郷を捨て、人里から離れた山の中腹に二人だけで暮らしていた。
『息子が戻って来てくれたみたいだねぇ。何時までも居てくれていいんだよ』
『お前さんさえよかったら、儂ら亡き後は此処に住んでくれないか』
出逢いは、山の中だった。足を怪我し動けなくなっていた老女を背負い、荷物を持ち家に送ったことに始まる。
二人は、本当によくしてくれた。母親しか家族を知らない風信にとっては、自分に祖父母がいたならこんな暮らしだったろうかと思えるほどに。
だが、風信には安住の土地などない。また、あの感覚がする。あれは、大きな街にいた頃のことだった。
日雇の仕事もなく、少しばかり街の外に出てみようとした時のことだ。何故か、前日からゾワゾワとした感覚があった。
『見つけたぞ、天女を拉致した大罪人め!』
『罪を贖え!!』
天人達が突然現れて、風信に刃を向けて来たのだ。
『天人は…、下界の者の言葉など…、聞かない』
桜花の言う通り、天人は決して風信の言うことなど聞かない。彼らの役目は、風信の言葉に耳を傾けることではない。ただその命を奪うこと、それのみ。
一度天人が刃を振るえば、風信が無傷でいられるはずはない。身体中を傷だらけにして、天人達から逃げる。
思えばあの日から、人からも天人達からも逃れる為の旅が始まったのだ。彼らは逃げる風信を見つけては、お構いなく辺りに被害を及ぼす。関係のない人達に迷惑はかけられない。
ただの鬼、しかも半分しか鬼の血を持たないはずの風信に、天人達の気配を感じることなどできるはずがなかった。それが、天人達がやって来る前日には何かしらの感覚が働く。
それはまるで、今は亡き桜花が風信を助ける為に、力を与えてくれているようだった。
『もう、此処にはいられない』
優しくしてくれた老夫婦と別れることは、辛かった。それでも風信は、自分が鬼であること天人達に追われていることを話し、別れの言葉を告げる。
『知っていたわよ、風信。でもね、貴方が鬼かどうかなんて、私達には関係ないのよ』
『いいか風信、何時でも戻って来い。例え儂らがもう此処に居なくても、此処はお前の家だ』
年老いたシワシワの手が、泪を流す風信の背中を赤子の身体をさするように優しく撫でる。どんなに別れが惜しくとも、老夫婦を巻き込むわけには行かない。
穏やかに、幸せに暮して欲しい。自分が、一緒に暮らすことはできなくとも。風信は年老いた夫婦の身体を心配しながら、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げた。
それからの月日は、気の休まる時など片時もない、天人達との追いかけっこ。どんなに遠くに逃げようとも、日増しに天人達が自分を見つけ出す時間が短くなって行く。
おそらく、もうすぐ終わりが来る。そう思い始めた時だ、彼らに出逢ったのは。
『いいか、俺はこの村を襲おうとしていた鬼だ。お前達は、俺からこの村を守ったんだ』
『どうして、どうしてそんなことを! 風信さん!!』
『どうせ、俺はもう此処には居られない。もうすぐ奴らがやって来る』
『何を言ってるんですか、風信さん。此処を出て何処に行くんですか!』
風信の提案に、まだ若い夫婦は必死にその首を振る。その横で眠るまだ小さな兄妹を見つめ
『この子らには、こんな村の外より村の中の生活の方がいい』
風信は、優しい顔でそう言った。
『でも、よそ者の私達は受け入れてもらえない』
『大丈夫だ。村を守った英雄なら、必ず受け入れてもらえるはずだ』
『そんな! 風信さんはどうなるんですか!!』
『俺は、もうすぐ死ぬ。その前にお前さん達の力になれるなら、こんなに嬉しいことはない』
天人達から逃げる旅の終わりに出逢ったのは、戦で住む場所をなくし親戚を頼りに知らない村にやって来た、まだ幼い子を抱えた若い夫婦だった。
親戚を頼りにやって来たものの、その親戚は死亡してもうおらず、よそ者だからと村の中には入れてもらえなかった。だからと言って、他に頼れる人や行く場所などありはしない。しかも、女の方はお腹が大きくもうすぐ産み月だった。
若い夫婦と幼子は、前の戦の際に建てられた村の入口近くにあった崩れかけた見張り小屋に住まわせてもらい暮していた。よそ者と言えど、幼子を抱えた産み月の夫婦を放り出すことを、村人達はしなかったのだ。
そんな時、一人ぼっちで遊んでいる幼子と出逢った風信は、数日の寝床を借りる代わりに小屋の修理を申し出た。それは、一人ぼっちで遊ぶ幼子の姿に嘗ての自分の姿を見たこともあるが、村の外で崩れかけた小屋で暮らす親子が昔の自分と母のようで、放っては置けなかったのだ。
自分で家造りをしていた風信にとっては、山の木を切り倒し小屋の補強をすることなど簡単なこと。この時、天人達に負わされた怪我が元で僅かに片足を引きずっていた風信だったが、それでも鬼の血が人間よりも力強く動く力を与えていた。
幼子になつかれ、若い夫婦の手助けをして暮らすうちに、数日の寝床を借りるだけだったはずが一ヶ月になり、二ヶ月になり三ヶ月になった。不思議なことに、あれだけの頻度で姿を現していた天人達もやって来ない。
それがまた、風信にはこれが最後の旅なのだと思わせた。赤子が生まれ身を寄せ合うように暮らすこの家族は、一度何かことが起これば村の外の一軒家でまっ先にやられてしまう。
よそ者と言われ村人に辛く当たられる様はその昔の自分のようで、だが決して諦めることなく生きる姿は母の姿を見るようで、最後にこの家族に逢ったのは、何かの縁としか思えなかった。風信が鬼と知っても、あの老夫婦のように受け入れてくれた “よそ者同士じゃありませんか” と、笑って。
「桜花! 聞こえるか、桜花!! 俺は生きた、お前が幸せになって欲しいと、自分の代わりにこの下界を見て欲しいと、そう言った言葉を生きがいにして、今日まで必死に生きた!!」
片足を引きずり、顔や身体から大量の血を流しながら、風信はあの場所へと戻ってきた。満開の桜の木々が並ぶ場所。桜花が自分を守るために、桜の大木へと姿を変えた場所へと。
“風信、私は貴方に幸せになって欲しかった。それなのに、私が貴方を苦しめ傷つけたのね”
桜の大木になってもなお、桜花にはまだ僅かな意識があった。その場に戻って来た風信の姿を見れば、彼がどんな生活を強いられていたのかがわかる。
“ごめんな…さい。ごめんなさい、風信…”
もはや風信には、桜花の言葉も泪も届かない。ただそこに佇むように咲き誇る、桜の大木があるだけだ。
だがそれでも、風信は最後は桜花のそばで眠りたかった。
「いたぞ! 斬り殺せ!!」
“あ…ぁ…ッ、お前達は…! お前達はまだ、風信をッ!!”
風信の後ろに現れた天人達を見て、桜花は大木の中で悲痛な叫び声をあげた。桜花が天女としての生を終えてなお、風信は天人達に追われていたのだ。それを知った桜花の怒りは、どれほどのものだったか。
「桜…花!」
“風信!!”
必死に足を引きずりながら桜の大木に向かってくる風信を、その桜は四方八方に広がる枝を揺らして迎えた。満開に咲く桜の花弁が、前が見えなくなるほど降り注ぎ風信を包み込む。
『風信、ごめん…なさいッ』
「桜花!!」
花弁に抱きしめられたような感覚がして、風信の耳にはっきりと桜花の声が聞こえた。
「桜花、会いたかった。此処で、一緒に休ませてくれ」
風信はその両手を広げ、散る桜の花弁を抱きしめる。花弁か風信を包み込んだ瞬間、桜花に今まで風信が生きて来た時間の映像が流れ込む。
“あぁ、辛い時間ばりではなかったのね。風信を愛し、信じてくれた人達がいた”
桜花の脳裏に優しかった老夫婦と、泪を流しながら身を切られる思いで風信の背中を見送った若い夫婦と幼子の姿が見える。
“お前達さえ、お前達さえいなければッ!!”
風信を追い、何度も何度も現れる天人達。そのせいで、風信は安らかな生活など一度たりとも送れなかった。
老夫婦の元から追い立てられるように逃げ出し、若い夫婦の前で天人達に斬りつけられ
“お前達に、風信は渡さない。例え亡骸になろうとも、絶対に渡さない!!”
桜花は、風信と天人達の間に更に桜の花弁を舞い散らせ、天人達から風信を隠した。
「なんだこれは!!」
「あの時と同じだ!」
「そうか、此処はあの時の場所か!」
天人達は天女が桜の大木に姿を変え、大罪人である鬼を逃した時の事を思い出す。そして此処がその場所であり、目の前に見える桜こそが、天女が姿を変えた大木であることを。
どれくらいの間花弁が降り続いたことだろうか、天人達の視界を奪っていた花弁が全て消え去った時、天人達の目の前はあの時と同じ様に山と降り積もった桜の花弁と、その隣に咲き誇る桜の大木だけがあった。
そして、幾ら探しても風信の亡骸はなく、血の跡だけが残されていた。
*********
日雇→雇用形態のひとつ。一日限りの雇用契約、または一ヶ月未満の有期労働契約で雇うこと
贖う→罪のつぐないをする
一度→一回。いちど。いったん。もし
後ろ髪を引かれる→心残りだったり未練があったりする、という意味の表現
寝床→寝るための床
嘗て→過去のある一時期を表す語。以前。昔
頻度→しばしば繰り返される行動や現象が、どの程度の期間や感覚を置いて行われるか、という度合いのこと
佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる
亡骸→亡くなった人の残された体
何とか今年中に切りのいい所までと思って書いていたら、随分と長くなってしまいました。風信の逃げ回っていた四年間は、それだけで十話以上かかる話で、と言うか最後に出逢った若い夫婦の話だけで十話はいける話を短くまとめています。
余談になりますが、この若い夫婦は村に迎え入れられ、最終的には村長になります。それは、鬼から村を守ったと言う名目と風信と暮らす間に色々と教えてもらっていた、人間達とは違う鬼が持つ知恵で村の発展に貢献したからです。このあとも、夫婦の子供や孫達が村長をついで行きますが、村に残る鬼襲来の伝説とは違い、村長宅では初代の村長が自らの手で彫った一本角の鬼の像と共に鬼の優しさや強さ賢さが語り継がれており、これが後にこの村に鬼神信仰として残ることになります。玄奘達の時代、この村は街となり街の中心部には鬼神を祀った仏閣があり、仏教に帰依した阿修羅が加護を与えているのです。
長くなりましたが、今年の更新はこれが最後になります。今年も一年つたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。m(_ _)m
年末年始と言うこの時期に、一昨年同様主人公である玄奘一行の出番が全くないと言う。(^_^;)
多分あと二話くらいで終われるかなと思いますので、もう少し桜花の話にお付き合い下さいませ。
それでは皆様、良いお年を!\(^o^)/
次回更新は少しお休みを頂いて、2022年1月18日か19日が目標です。
角があるだけで鬼だと恐れられることを身にしみて知っている風信は常に頭を布で覆い隠し、大きな街でも暮らすには目立つ人よりは大きな身体を目立たぬようにできるだけ小さくかがめ、気配を消すように生活した。だが結局は、鬼だと知られれば手に手に武器を持った人間達に追われ、街からは遠く離れた山里へと足を向けることになる。
一定の場所で定住することなどない。鬼だと知られそうになれば、次から次へと居場所を変える生活。それでも、人里から離れた場所で暮らす老夫婦と出逢い暮らした僅かな日々は、幸せだった。
戦で一人息子を亡くしたと言う老夫婦は、息子の面影が残る家と故郷を捨て、人里から離れた山の中腹に二人だけで暮らしていた。
『息子が戻って来てくれたみたいだねぇ。何時までも居てくれていいんだよ』
『お前さんさえよかったら、儂ら亡き後は此処に住んでくれないか』
出逢いは、山の中だった。足を怪我し動けなくなっていた老女を背負い、荷物を持ち家に送ったことに始まる。
二人は、本当によくしてくれた。母親しか家族を知らない風信にとっては、自分に祖父母がいたならこんな暮らしだったろうかと思えるほどに。
だが、風信には安住の土地などない。また、あの感覚がする。あれは、大きな街にいた頃のことだった。
日雇の仕事もなく、少しばかり街の外に出てみようとした時のことだ。何故か、前日からゾワゾワとした感覚があった。
『見つけたぞ、天女を拉致した大罪人め!』
『罪を贖え!!』
天人達が突然現れて、風信に刃を向けて来たのだ。
『天人は…、下界の者の言葉など…、聞かない』
桜花の言う通り、天人は決して風信の言うことなど聞かない。彼らの役目は、風信の言葉に耳を傾けることではない。ただその命を奪うこと、それのみ。
一度天人が刃を振るえば、風信が無傷でいられるはずはない。身体中を傷だらけにして、天人達から逃げる。
思えばあの日から、人からも天人達からも逃れる為の旅が始まったのだ。彼らは逃げる風信を見つけては、お構いなく辺りに被害を及ぼす。関係のない人達に迷惑はかけられない。
ただの鬼、しかも半分しか鬼の血を持たないはずの風信に、天人達の気配を感じることなどできるはずがなかった。それが、天人達がやって来る前日には何かしらの感覚が働く。
それはまるで、今は亡き桜花が風信を助ける為に、力を与えてくれているようだった。
『もう、此処にはいられない』
優しくしてくれた老夫婦と別れることは、辛かった。それでも風信は、自分が鬼であること天人達に追われていることを話し、別れの言葉を告げる。
『知っていたわよ、風信。でもね、貴方が鬼かどうかなんて、私達には関係ないのよ』
『いいか風信、何時でも戻って来い。例え儂らがもう此処に居なくても、此処はお前の家だ』
年老いたシワシワの手が、泪を流す風信の背中を赤子の身体をさするように優しく撫でる。どんなに別れが惜しくとも、老夫婦を巻き込むわけには行かない。
穏やかに、幸せに暮して欲しい。自分が、一緒に暮らすことはできなくとも。風信は年老いた夫婦の身体を心配しながら、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げた。
それからの月日は、気の休まる時など片時もない、天人達との追いかけっこ。どんなに遠くに逃げようとも、日増しに天人達が自分を見つけ出す時間が短くなって行く。
おそらく、もうすぐ終わりが来る。そう思い始めた時だ、彼らに出逢ったのは。
『いいか、俺はこの村を襲おうとしていた鬼だ。お前達は、俺からこの村を守ったんだ』
『どうして、どうしてそんなことを! 風信さん!!』
『どうせ、俺はもう此処には居られない。もうすぐ奴らがやって来る』
『何を言ってるんですか、風信さん。此処を出て何処に行くんですか!』
風信の提案に、まだ若い夫婦は必死にその首を振る。その横で眠るまだ小さな兄妹を見つめ
『この子らには、こんな村の外より村の中の生活の方がいい』
風信は、優しい顔でそう言った。
『でも、よそ者の私達は受け入れてもらえない』
『大丈夫だ。村を守った英雄なら、必ず受け入れてもらえるはずだ』
『そんな! 風信さんはどうなるんですか!!』
『俺は、もうすぐ死ぬ。その前にお前さん達の力になれるなら、こんなに嬉しいことはない』
天人達から逃げる旅の終わりに出逢ったのは、戦で住む場所をなくし親戚を頼りに知らない村にやって来た、まだ幼い子を抱えた若い夫婦だった。
親戚を頼りにやって来たものの、その親戚は死亡してもうおらず、よそ者だからと村の中には入れてもらえなかった。だからと言って、他に頼れる人や行く場所などありはしない。しかも、女の方はお腹が大きくもうすぐ産み月だった。
若い夫婦と幼子は、前の戦の際に建てられた村の入口近くにあった崩れかけた見張り小屋に住まわせてもらい暮していた。よそ者と言えど、幼子を抱えた産み月の夫婦を放り出すことを、村人達はしなかったのだ。
そんな時、一人ぼっちで遊んでいる幼子と出逢った風信は、数日の寝床を借りる代わりに小屋の修理を申し出た。それは、一人ぼっちで遊ぶ幼子の姿に嘗ての自分の姿を見たこともあるが、村の外で崩れかけた小屋で暮らす親子が昔の自分と母のようで、放っては置けなかったのだ。
自分で家造りをしていた風信にとっては、山の木を切り倒し小屋の補強をすることなど簡単なこと。この時、天人達に負わされた怪我が元で僅かに片足を引きずっていた風信だったが、それでも鬼の血が人間よりも力強く動く力を与えていた。
幼子になつかれ、若い夫婦の手助けをして暮らすうちに、数日の寝床を借りるだけだったはずが一ヶ月になり、二ヶ月になり三ヶ月になった。不思議なことに、あれだけの頻度で姿を現していた天人達もやって来ない。
それがまた、風信にはこれが最後の旅なのだと思わせた。赤子が生まれ身を寄せ合うように暮らすこの家族は、一度何かことが起これば村の外の一軒家でまっ先にやられてしまう。
よそ者と言われ村人に辛く当たられる様はその昔の自分のようで、だが決して諦めることなく生きる姿は母の姿を見るようで、最後にこの家族に逢ったのは、何かの縁としか思えなかった。風信が鬼と知っても、あの老夫婦のように受け入れてくれた “よそ者同士じゃありませんか” と、笑って。
「桜花! 聞こえるか、桜花!! 俺は生きた、お前が幸せになって欲しいと、自分の代わりにこの下界を見て欲しいと、そう言った言葉を生きがいにして、今日まで必死に生きた!!」
片足を引きずり、顔や身体から大量の血を流しながら、風信はあの場所へと戻ってきた。満開の桜の木々が並ぶ場所。桜花が自分を守るために、桜の大木へと姿を変えた場所へと。
“風信、私は貴方に幸せになって欲しかった。それなのに、私が貴方を苦しめ傷つけたのね”
桜の大木になってもなお、桜花にはまだ僅かな意識があった。その場に戻って来た風信の姿を見れば、彼がどんな生活を強いられていたのかがわかる。
“ごめんな…さい。ごめんなさい、風信…”
もはや風信には、桜花の言葉も泪も届かない。ただそこに佇むように咲き誇る、桜の大木があるだけだ。
だがそれでも、風信は最後は桜花のそばで眠りたかった。
「いたぞ! 斬り殺せ!!」
“あ…ぁ…ッ、お前達は…! お前達はまだ、風信をッ!!”
風信の後ろに現れた天人達を見て、桜花は大木の中で悲痛な叫び声をあげた。桜花が天女としての生を終えてなお、風信は天人達に追われていたのだ。それを知った桜花の怒りは、どれほどのものだったか。
「桜…花!」
“風信!!”
必死に足を引きずりながら桜の大木に向かってくる風信を、その桜は四方八方に広がる枝を揺らして迎えた。満開に咲く桜の花弁が、前が見えなくなるほど降り注ぎ風信を包み込む。
『風信、ごめん…なさいッ』
「桜花!!」
花弁に抱きしめられたような感覚がして、風信の耳にはっきりと桜花の声が聞こえた。
「桜花、会いたかった。此処で、一緒に休ませてくれ」
風信はその両手を広げ、散る桜の花弁を抱きしめる。花弁か風信を包み込んだ瞬間、桜花に今まで風信が生きて来た時間の映像が流れ込む。
“あぁ、辛い時間ばりではなかったのね。風信を愛し、信じてくれた人達がいた”
桜花の脳裏に優しかった老夫婦と、泪を流しながら身を切られる思いで風信の背中を見送った若い夫婦と幼子の姿が見える。
“お前達さえ、お前達さえいなければッ!!”
風信を追い、何度も何度も現れる天人達。そのせいで、風信は安らかな生活など一度たりとも送れなかった。
老夫婦の元から追い立てられるように逃げ出し、若い夫婦の前で天人達に斬りつけられ
“お前達に、風信は渡さない。例え亡骸になろうとも、絶対に渡さない!!”
桜花は、風信と天人達の間に更に桜の花弁を舞い散らせ、天人達から風信を隠した。
「なんだこれは!!」
「あの時と同じだ!」
「そうか、此処はあの時の場所か!」
天人達は天女が桜の大木に姿を変え、大罪人である鬼を逃した時の事を思い出す。そして此処がその場所であり、目の前に見える桜こそが、天女が姿を変えた大木であることを。
どれくらいの間花弁が降り続いたことだろうか、天人達の視界を奪っていた花弁が全て消え去った時、天人達の目の前はあの時と同じ様に山と降り積もった桜の花弁と、その隣に咲き誇る桜の大木だけがあった。
そして、幾ら探しても風信の亡骸はなく、血の跡だけが残されていた。
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日雇→雇用形態のひとつ。一日限りの雇用契約、または一ヶ月未満の有期労働契約で雇うこと
贖う→罪のつぐないをする
一度→一回。いちど。いったん。もし
後ろ髪を引かれる→心残りだったり未練があったりする、という意味の表現
寝床→寝るための床
嘗て→過去のある一時期を表す語。以前。昔
頻度→しばしば繰り返される行動や現象が、どの程度の期間や感覚を置いて行われるか、という度合いのこと
佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる
亡骸→亡くなった人の残された体
何とか今年中に切りのいい所までと思って書いていたら、随分と長くなってしまいました。風信の逃げ回っていた四年間は、それだけで十話以上かかる話で、と言うか最後に出逢った若い夫婦の話だけで十話はいける話を短くまとめています。
余談になりますが、この若い夫婦は村に迎え入れられ、最終的には村長になります。それは、鬼から村を守ったと言う名目と風信と暮らす間に色々と教えてもらっていた、人間達とは違う鬼が持つ知恵で村の発展に貢献したからです。このあとも、夫婦の子供や孫達が村長をついで行きますが、村に残る鬼襲来の伝説とは違い、村長宅では初代の村長が自らの手で彫った一本角の鬼の像と共に鬼の優しさや強さ賢さが語り継がれており、これが後にこの村に鬼神信仰として残ることになります。玄奘達の時代、この村は街となり街の中心部には鬼神を祀った仏閣があり、仏教に帰依した阿修羅が加護を与えているのです。
長くなりましたが、今年の更新はこれが最後になります。今年も一年つたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。m(_ _)m
年末年始と言うこの時期に、一昨年同様主人公である玄奘一行の出番が全くないと言う。(^_^;)
多分あと二話くらいで終われるかなと思いますので、もう少し桜花の話にお付き合い下さいませ。
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