天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

始まりの終わり《九》

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主人公達が出ないので、できるだけアッサリサクサクと進んでいるはずなのに、十話では終わらない(T_T)










********

 それは、ある日突然訪れた。

 とこから起き上がることがほとんどできなくなった桜花おうかは、シトシトと降り続く雨の先にある場所をじっと見つめていた。 “私が命の終わる日、あの場所に行って散ることができたなら、いつか何かに生まれ変わって、毎年風信ふうしんに会うことができるかも知れない。例え私と言う面影おもかげが何もなくても、私の成り代わったものに私と言う意思がなくても、たった一人此処ここに残される風信のなぐさめにはなれるかも知れない” そんなふうに考えて。
 “最後の日には、風信にあの場所に連れて行ってもらおう” そう考えていた時だった、ドーンと地面が揺れる感じがして家がガタガタと鳴った。 

「何だ!」

 雨のため、外へ出ることなく家の中で作業をしていた風信が声を上げ、素早く桜花の元へ駆け寄る。

「この、感…じ…」

 桜花には、その感じに心当たりがあった。下界にいて、忘れかけそうになっていたその感じ。桜花が、思わず家の戸を見つめた時だ、 “行け!” と声がして激しい音と共に戸が蹴破けやぶられた。

「いたぞ! 間違いない、天女だ!」

 雨が降る中、乱暴に家に押し入って来たのは天人てんじん達。それも、ただの天人ではない。武を司る軍人達だ。

「あぁ、何と言うことか! 天帝の配下たる天女が、このような小汚こぎたない場所で、命が消え去る直前ではないか」

 男達は、土足どそくで家の中に上がり込んでくると、桜花の横にいた風信の腕をひねり上げるように掴み土間へ叩きつけるように投げ捨てた。

「風信!!」
「天女を拉致した罪人である、死を持ってつぐなうべし」

 その言葉を聞いた桜花は顔色を変え、力を振り絞るように風信の元に駆け寄ると

「違い…ます! 風信は…、風信は、天衣てんねを無くし困り果ていた私を助け、共に天衣を捜してくれていた人です! 罪人などでは…ありません!!」

 と、風信の前に立ちふさがった。だが

「これだから、ものを知らぬ天女は困る。だから、我等が天女の捜索に駆り出されるのだ。天上界に戻って来れぬ天女が増える度に、我等は下界に降り立たねばならぬ。そのようなこと、下界に住む者の策略さくりゃくに決まっておろう。天衣とて、天女が天上界に戻れぬよう何処どこかに隠しているに違いない。捜し出せ!」
「やめて! この家は…、風信がたった一人で苦労して…造り上げたもの…なの。壊さ、ないで!!」

 桜花の必死の叫び声など、天人達は誰一人聞いてはいない。風信が苦労して建てたこの家を、天衣を捜し出すためとあちらこちらに剣を振り回し壊して行く。
 天人、特に軍人が持つ剣は下界の剣とは訳が違う。その一振りで太い柱ですら傷付き壊れて行く。

「何をしている、罪人を始末せよ!」
「駄目…よ、駄目! 風…信!!」

 数人の天人達が風信に向って来る。桜花は急いで風信の手を取ると、残された生命力を絞り出すように力を開放した。





「桜…花。此処ここは、何処どこだ」

 家の中にいたはずだった。桜花と二人、何時いつもと変わらない時間を過ごしていたはずだった。
 それが、突然現れた天人に罪人と呼ばれ、鬼の血を引き力があるはずの自分がいとも簡単に投げ飛ばされ、家まで壊されそうになった。
 気づいた時には桜花に手を取られ光の中にいた、そして辺を見渡せば…。

「風…信」
「桜花!!」

 風信は、自分の手を握ったまま倒れていた桜花を急ぎ抱きかかえた。辺は、見たこともない風景。薄い桃色の花弁はなびらいくつも舞っている。

「桜…、か」
「え…っ?」
「昔、母さんが描いてくれた桜の絵にそっくりだ」

 目の前に広がる光景は、風信が知る白い花を咲かせる山桜とは違い、子供の頃母が話しながら描いてくれた生まれ故郷にあると言う桜の木そっくりだった。

「これ…が、桜…なの。私の、名前…の?」
「あぁ、桜だ。きっとこれが、母さんが話していた桜の木だ!」

 桜花は風信を守り、天人達から逃げるために力を振り絞った。辿たどり着く場所など、何処になるのかわからなかった。それでも、無事に辿り着けたその場を見回し、一筋のなみだを流す。

「風信、聞い…て。きっと、あの天人達は、直ぐに追いついて…此処に来る。ごめん…なさい。私のせい…で、風信は罪人と、みなされてしまっ…た」
「大丈夫だ桜花、ちゃんと話をすれば」

 風信の言葉に、桜花は力なくその首を左右に振る。

「天人は…、下界の者の言葉など…聞かない。でも、大…丈夫。風信のことは…私が、守る…から」
「桜花!」
「も…う、お別れ…な…の。風信、生き…て。貴方は、こんなに…優しい、ひと…だもの。きっ…と、貴方を、受け入れて…くれる、人が…い…る」
「いないッ! 俺を受け入れてくれる鬼や人が、いるわけがないッ!!」

 風信は、すでに干からびて肉付きがなくなった桜花の身体を抱きしめる。細くれ葉のような桜花の手が、風信の背なを撫でた。

「大…丈夫。こんな…にも優しい貴方が、幸せになれないはずが…ないわ」
「桜…花ッ」
「私が…、見たかっ…た、この下界…を、私の代わりに…見て。幸せ…に、なっ…て、風信…」
「なれるはずがない! 誰も、桜花以外に俺を見て、一緒にいてくれる者などいるはずがない!!」
「私…の、大好き…な…ひと。いつ…か、会いに…来て。いい…え、遠くからでも…いい…の。私を…、思い、出して…。」

 桜花が、ニッコリと風信に笑いかける。その時

「いたぞ! 氣の流れを消すことはできない!」

 二人の後方に、桜花の氣の流れを追ってやって来た天人達が、次々と姿を現す。桜花は風信の手を借りて立ち上がると、最後に今一度辺を見回した。
 沢山の、薄い桃色の花を咲かせる木々を。風信の母親が好きだったと言う、その花を。桜花の名前の由来になった花。
 この桜の花を見るたびに風信が自分を思い出してくれたら、それだけで自分もまた幸せになれる。そう信じて、桜花は最後の力を振り絞った。
 風信が最後に見る自分の姿が、決して悲しいものではないように。周りにある桜の木と同じように、胸を張って美しくいられるように。風信を、ただ守りきれるようにと。

「桜花ーーーッ!!」

 風信が最後に見た桜花の姿は、美しい笑顔を見せながら一本の大きな桜の木に変わっていく様だった。そして、自分を覆い尽くすような桜吹雪。それが、風信の最後の記憶だった。

「何だこれは!」
「どうしたと言うのだ!」
「前が見えぬ!」

 大量の桜の花弁が、嵐のように吹き荒れて辺を覆い尽くす。それは天人達の視界の全てを奪い、その場を桜色に染め上げて行った。





 その日、一人の天女が下界で命を落とした。天人達に追い詰められた鬼を守るため、干からび風前の灯火しかなかった命の火を燃やし尽くし、彼女は桜の大木となった。
 四方八方に広がる枝は薄い桃色の花で埋め尽くされ、幾ら散らしてもなくなることのない花弁は桜吹雪となってやって来ようとしていた天人達を覆い、やっと舞う花弁がなくなった時には既に、天女のそばにいた鬼の姿は消え去りなくなっていた。
 後には、地面に降り積もるように山となった桜の花弁のき分け鬼を捜す天人の姿と、咲き誇る桜の大木だけがあったと言う。










********

面影→記憶によって心に思い浮かべる顔や姿。あるものを思い起こさせる顔つき•ようす
成り代わる→別のものになる
蹴破る→蹴って破る。蹴散らす
司る→職務•任務として取り扱う。役目としてそのことに当たる
土足→履物をはいたままの足。土で汚れたままの足
土間→家屋内にあって床板を敷かずに地面のまま三和土(たたき)にした空間
風前の灯火→物事のはかないことのたとえ。目の前に危機が迫り、いまにも命が尽きようとしていることのたとえ
背な→せなか
掻き分ける→手でかきのけるようにして開く。左右へ押し分ける。押し開く


次回更新は28日か29日が目標です。
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