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第二章
夕景山の揺籃歌《五》
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「さぁ、明陽はこっちだ。八戒は妹に譲ってやれ」
「うん」
村の入口へと向かう中、悟浄が明陽を抱きかかえ肩車をした。その前には、八戒が片時も離れたがらない桂英を抱っこして歩いている。
「兄ちゃんはデッカイな。俺、こんな高い所初めてだよ!」
「そうか、いい見晴らしだろう」
「うん!」
大柄の悟浄に肩車された明陽は、キョロキョロと楽しそうに辺りを見回す。今よりももっと小さかった頃、父親に肩車してもらった記憶は僅かにあるが、これ程高くなかったような気がする。
「すごいや、あんな先まで見えるよ!」
明陽が片手を伸ばして指先を向ける。子供の背丈では見えない光景も、悟浄の肩の上からは見えるらしい。
明陽も桂英も、八戒から “一緒に旅をしている友達です” と紹介された玄奘達を怖がらなかった。普段大人である叔母夫婦から暴力を振るわれていては、大人に対して恐怖心を持っても仕方がない。
それでも、幼い弟妹達が玄奘達を怖がらなかったことに八戒はホッとした。今は、背丈が一番近いとは言っても明陽や桂英からすれば大きくてブカブカな、悟空の予備の外套に包まれて二人ともぬくぬくの状態だ。
粗末な短褐に身を包んだ二人の姿は玄奘達から見ればとても寒そうで、前に立ち寄った街で八戒が子供用の衣をアレヤコレヤと選んでいた姿が思い出される。
あの時選んだ衣は金子と共に二人の元へと送られたはずなのに、それが二人に届くことはなかったのだ。あの蠟梅が美しかった街で買った軟膏でさえ、傷だらけの二人の元には届かなかった。
「寒くないかい」
「へーき、とってもあったかいの」
八戒の腕の中で、桂英が外套に埋もれるようにしながら答える。外套は確かに暖かいのかも知れない。だが、会いたくて会いたくてたまらなかった大好きな兄の腕の中にいることが、桂英の身体だけではなくその心を暖かくさせていた。
とは言え、初めてこの外套が小さな小さな玉龍が斜め掛けする鞄の中から出てきた時には、明陽も桂英もその睛眸を見開いて驚いていた。しかも、お菓子や飲み物なども次々と出てくるのだ。
その摩訶不思議な光景を見ながらも、八戒の叔母の家へ向かうと言う説明に二人は頷いて、全員で村の中へと入って行く。
ガタガタと音をたてて扉を開いた時
「何処に行ってたんだい! 外を出歩いて、その汚い姿を村の人達に見られたらどうする気なの! この、役立たずが!!」
そう大きな声で言い立てて、扉の方を見ようともしない叔母はそこにいるのが誰なのか気付きもしない。
「何してるの、早く納屋に行き…!」
と口にしながら振り返った叔母は、その時初めて家に入って来た者の顔を見た。
「八…、戒…」
ビクリと身体を震わせた後、睛眸をせわしなく動かしオロオロとし始めた叔母は
「八戒、どうして此処に。旅の途中じゃなかったの、この間もらった手紙には…」
と、その動揺を隠すように喋り始めたが
「私が送った手紙など、何一つこの家には届かなかったはずでは。でなければ、明陽と桂英があんな姿であるはずがない!」
と声を上げた八戒に遮られた。
「ち、違うのよ八戒。ねぇ、聞いてちょ…」
「何が違う!! 私が今まで送ってきた金子や品物はどうした!」
「預か…ってる、そう預かっているわ! だって八戒が明陽と桂英の為に送ってきた物だもの、ちゃんと預かっているわよ」
必死に作り笑顔を見せて言葉を紡ぎ出す叔母に
「だったら、今直ぐに此処に出してみろ」
と、八戒はこの上もなく冷たい双眸をして言った。幼い弟妹達は、八戒が暇さえあれば月に何度も送った手紙や品物のことを僅かしか知らない。納屋に住むことを強いられ畑仕事にあけくれた二人には、叔母夫婦が手紙や金子を受け取っている姿を見ることの方が少なかった。
だが、明陽と桂英の睛眸からその生活を垣間見た沙麼蘿は、そこに居る叔母一家が八戒が弟妹達にと送っていた物を身に着けていたことを知っている。そしてそれは、そのまま八戒に伝えられた。
「何故お前が、父さんの形見である腕釧をつけている。明陽に返せ!!」
邪神である父親は、家族を守る為に八戒に宝具である指環を託した。そして母には、自分がしていた腕釧を残したのだ。
その腕釧は神が持つ物だけあって、身につける者に合わせて大きさを変える。母が亡くなった時に桂英には母が身につけていた首飾りを、明陽には父が残し母がいつもつけていた腕釧を形見として渡した。
幼い弟妹達は、両親の温もりを思い出すように首飾りと腕釧を大切にしていた。まだ小さな明陽の手首に合わせた大きさであったはずのそれは、今は叔母の手首にはめられている。
「や、やめてちょうだい! 痛い! 痛い!!」
八戒は叔母の手首に手をかけると、それを力尽くで引っ張った。隙間なくピッタリと手首に巻き付いていた腕釧の上に手をかけ、それを真っ直ぐに引く。
「手が! 手が、ちぎれるぅ!!」
無理やりに引っ張られたことで、叔母の手首に血が滲む。ゆっくりと外せば形が変わり外れるものを、八戒はその時間すら許さなかった。
「騒がしいぞ、どうした!」
「母さん、何大声だしてるの」
「うるさいよ」
叔母の声を聞いて、叔父や叔母の子供達が姿を表す。
「た、助け…てッ!」
「お久しぶりですね、叔父さん。明陽と桂英がとても世話になったようで、たっぷりとお礼をさせてもらおうと思い帰って来ました」
叔母の手首を握りしめながら皮肉たっぷりの言葉を発した八戒は、血だらけになった腕釧を引き抜くとニッコリと笑って叔父達を見つめた。
********
肩車→一人の人物(主に子供)をもう一人の人物(主に大人)の肩の上に座らせるように担ぐ行為
外套→防寒や防雨のために、服の上に着用する衣服のこと
短褐→短い荒布でできた着物
蠟梅→クスノキ目ロウバイ科ロウバイ属に属する中国原産の落葉樹
摩訶不思議→非常に不思議なこと。また、そのさま
せわしない→忙しく落ち着きのないさま
遮る→進行•行動を邪魔してやめさせる。妨げる
紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る
双眸→両方のひとみ
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る
力尽く→無理やり、強引に、と言った意味の言い回し
皮肉→遠まわしに意地悪く相手を非難すること。また、そのさま。当てこすり
次回投稿は27日か28日が目標です
「うん」
村の入口へと向かう中、悟浄が明陽を抱きかかえ肩車をした。その前には、八戒が片時も離れたがらない桂英を抱っこして歩いている。
「兄ちゃんはデッカイな。俺、こんな高い所初めてだよ!」
「そうか、いい見晴らしだろう」
「うん!」
大柄の悟浄に肩車された明陽は、キョロキョロと楽しそうに辺りを見回す。今よりももっと小さかった頃、父親に肩車してもらった記憶は僅かにあるが、これ程高くなかったような気がする。
「すごいや、あんな先まで見えるよ!」
明陽が片手を伸ばして指先を向ける。子供の背丈では見えない光景も、悟浄の肩の上からは見えるらしい。
明陽も桂英も、八戒から “一緒に旅をしている友達です” と紹介された玄奘達を怖がらなかった。普段大人である叔母夫婦から暴力を振るわれていては、大人に対して恐怖心を持っても仕方がない。
それでも、幼い弟妹達が玄奘達を怖がらなかったことに八戒はホッとした。今は、背丈が一番近いとは言っても明陽や桂英からすれば大きくてブカブカな、悟空の予備の外套に包まれて二人ともぬくぬくの状態だ。
粗末な短褐に身を包んだ二人の姿は玄奘達から見ればとても寒そうで、前に立ち寄った街で八戒が子供用の衣をアレヤコレヤと選んでいた姿が思い出される。
あの時選んだ衣は金子と共に二人の元へと送られたはずなのに、それが二人に届くことはなかったのだ。あの蠟梅が美しかった街で買った軟膏でさえ、傷だらけの二人の元には届かなかった。
「寒くないかい」
「へーき、とってもあったかいの」
八戒の腕の中で、桂英が外套に埋もれるようにしながら答える。外套は確かに暖かいのかも知れない。だが、会いたくて会いたくてたまらなかった大好きな兄の腕の中にいることが、桂英の身体だけではなくその心を暖かくさせていた。
とは言え、初めてこの外套が小さな小さな玉龍が斜め掛けする鞄の中から出てきた時には、明陽も桂英もその睛眸を見開いて驚いていた。しかも、お菓子や飲み物なども次々と出てくるのだ。
その摩訶不思議な光景を見ながらも、八戒の叔母の家へ向かうと言う説明に二人は頷いて、全員で村の中へと入って行く。
ガタガタと音をたてて扉を開いた時
「何処に行ってたんだい! 外を出歩いて、その汚い姿を村の人達に見られたらどうする気なの! この、役立たずが!!」
そう大きな声で言い立てて、扉の方を見ようともしない叔母はそこにいるのが誰なのか気付きもしない。
「何してるの、早く納屋に行き…!」
と口にしながら振り返った叔母は、その時初めて家に入って来た者の顔を見た。
「八…、戒…」
ビクリと身体を震わせた後、睛眸をせわしなく動かしオロオロとし始めた叔母は
「八戒、どうして此処に。旅の途中じゃなかったの、この間もらった手紙には…」
と、その動揺を隠すように喋り始めたが
「私が送った手紙など、何一つこの家には届かなかったはずでは。でなければ、明陽と桂英があんな姿であるはずがない!」
と声を上げた八戒に遮られた。
「ち、違うのよ八戒。ねぇ、聞いてちょ…」
「何が違う!! 私が今まで送ってきた金子や品物はどうした!」
「預か…ってる、そう預かっているわ! だって八戒が明陽と桂英の為に送ってきた物だもの、ちゃんと預かっているわよ」
必死に作り笑顔を見せて言葉を紡ぎ出す叔母に
「だったら、今直ぐに此処に出してみろ」
と、八戒はこの上もなく冷たい双眸をして言った。幼い弟妹達は、八戒が暇さえあれば月に何度も送った手紙や品物のことを僅かしか知らない。納屋に住むことを強いられ畑仕事にあけくれた二人には、叔母夫婦が手紙や金子を受け取っている姿を見ることの方が少なかった。
だが、明陽と桂英の睛眸からその生活を垣間見た沙麼蘿は、そこに居る叔母一家が八戒が弟妹達にと送っていた物を身に着けていたことを知っている。そしてそれは、そのまま八戒に伝えられた。
「何故お前が、父さんの形見である腕釧をつけている。明陽に返せ!!」
邪神である父親は、家族を守る為に八戒に宝具である指環を託した。そして母には、自分がしていた腕釧を残したのだ。
その腕釧は神が持つ物だけあって、身につける者に合わせて大きさを変える。母が亡くなった時に桂英には母が身につけていた首飾りを、明陽には父が残し母がいつもつけていた腕釧を形見として渡した。
幼い弟妹達は、両親の温もりを思い出すように首飾りと腕釧を大切にしていた。まだ小さな明陽の手首に合わせた大きさであったはずのそれは、今は叔母の手首にはめられている。
「や、やめてちょうだい! 痛い! 痛い!!」
八戒は叔母の手首に手をかけると、それを力尽くで引っ張った。隙間なくピッタリと手首に巻き付いていた腕釧の上に手をかけ、それを真っ直ぐに引く。
「手が! 手が、ちぎれるぅ!!」
無理やりに引っ張られたことで、叔母の手首に血が滲む。ゆっくりと外せば形が変わり外れるものを、八戒はその時間すら許さなかった。
「騒がしいぞ、どうした!」
「母さん、何大声だしてるの」
「うるさいよ」
叔母の声を聞いて、叔父や叔母の子供達が姿を表す。
「た、助け…てッ!」
「お久しぶりですね、叔父さん。明陽と桂英がとても世話になったようで、たっぷりとお礼をさせてもらおうと思い帰って来ました」
叔母の手首を握りしめながら皮肉たっぷりの言葉を発した八戒は、血だらけになった腕釧を引き抜くとニッコリと笑って叔父達を見つめた。
********
肩車→一人の人物(主に子供)をもう一人の人物(主に大人)の肩の上に座らせるように担ぐ行為
外套→防寒や防雨のために、服の上に着用する衣服のこと
短褐→短い荒布でできた着物
蠟梅→クスノキ目ロウバイ科ロウバイ属に属する中国原産の落葉樹
摩訶不思議→非常に不思議なこと。また、そのさま
せわしない→忙しく落ち着きのないさま
遮る→進行•行動を邪魔してやめさせる。妨げる
紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る
双眸→両方のひとみ
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る
力尽く→無理やり、強引に、と言った意味の言い回し
皮肉→遠まわしに意地悪く相手を非難すること。また、そのさま。当てこすり
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