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第二章
夕景山の揺籃歌《九》
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“お願い致します!” そう言いながら玄奘達に向かってではなく、ただただ琉格泉の前で頭を地面にこすりつける女。大神を連れている人ではなく、琉格泉に頭を下げ続ける人間は珍しい。
『顔を、上げよ』
その頭に直接響くような琉格泉の声に、女が思わず面を上げた。
「大神様…」
すがるように琉格泉を見た女の双眸を、隣から沙麼蘿が垣間見る。
「大神信仰、か」
女は、此処から離れた小さな小さな村の出だった。山の奥の奥にあり、畑を耕してなんとか家族全員がギリギリ食べて行けるかどうか、と言うただそれだけの村。
大きな街や村では当然のように道観や仏閣があり、人々はそこで様々な神仏と出会う。それは仏像であることがほとんどだが、稀に神仏が人々の前にその姿を現し言葉をかけることもある。
だが、山奥の小さな小さな村には神仏が出現することもなければ、道観や仏閣さえない。人々は、神仏の姿すら知らず生きている。
そんな忘れされたような小さな村々に神仏に代わりその言葉を伝えるのは、神の使いでる大神の仕事だった。だからそんな小さな村では、見たこともない神仏よりも、神の言葉を伝える大神を神のように信仰する。
そんな小さな村で、女は人減らしの為に僅かな金子で売られるようにしてこの村に嫁としてやって来た。それでも、女は幸せだった。
自分が嫁にでることで、両親や兄妹達が少しの間食べる物に困ることなく生きて行くことができるのだから。それに、嫁ぎ先は小さな小さな村しか知らなかった女にとっては見たこともない大きな村で、それが街に住む人間から見れば田舎の村だったとしても、女にとっては大きな村だった。
『お前さんが今から行く村からはな、夕景山と言う山が見える。その山はな、秋には山全体が真っ赤な紅葉に染まることが有名で、たくさんの観光客が来る。もちろん、お前さんが行く村も観光客が夕景山に行くための通り道にあってな、秋には稼ぎが増える。まぁ、秋以外はたいした稼ぎはない村だが、秋だけでも稼ぎがあるのは大きい。お前さんも嫁ぎ先で一生懸命働けば、食うに困ることはない。今までよりは、ずっといい暮らしができる』
村長の知り合いの商人に連れられて、女は生まれ育った村を出てこの村に嫁いできたのだ。商人の言う通り此処での暮らしは、女が育った村とは比べようもないほどいいものだった。
働いても働いても、なんとかやっと家族が食べられるくらいの収穫しか得られず、長雨や何らかの災害にあえば途端に食べる物がなくなる。そんな生活から、働いたら働いただけ収穫があり食べ物に困ることがない豊かな生活。この村は、女にとっては夢のような所だった。
しかも商人が言った通り、秋には夕景山に観光に行く為の客がたくさんこの村にも訪れて金子を落として行く。部屋に余裕がある家々は宿屋の代わりに部屋を貸し出し、手先が器用な者は土産物になるような物を作って売る。
この期間には大きな祭りもあり、村全体が活気づきたくさんの収入を得ることができた。冬に入る前には “実家に送ってやりな” と、収穫したての食べ物や僅かだが金子も用意してもらえた。
冬には食べる物にも困ることがあるだろう両親や兄妹達に、安心して冬を越させてやれる。女は本当にいい所に嫁いでこられたと、誠心誠意働いて夫や義父母に尽くしていた。
だが、そんな女に不幸が襲いかかる。それは三年前のある春先のこと、家の前で遊んでいたはずの息子が消えたのだ。女は必死に子供を捜し回り、夫や義父母や村人達もみんな一緒になって捜してくれたが見つからなかった。
この村では、時折子供が消えることがある。それを村人達は神隠しと呼び、珍しいことではないと言うのだ。
それでも、よそから嫁いできた女にとっては、身を引き裂かれるような出来事だった。自らの腹を痛めて生んだ大事な我が子を、失うことになろうとは…。
泪にくれながら、“時折あることさ” と子供の捜索をやめて行く村人や夫や義父母達の背中を見つめ、女は時間を見つけては子供を捜しに出た。
そして、子供を失った悲しみが少しだけ薄れてきた時、またしても数日前に子供が消えたのだ。女は発狂しそうな程に心をかき乱し、畑仕事も放り出し我が子を捜す。
そんな中、生まれ育った村で信仰の対象であった大神を見つけた。これこそ神仏のお導きであると、琉格泉の前に転がるように走り出て、額を地面にこすりつけて懇願していたのだ。
「子供が消える、だと」
「神隠しとは、穏やかではありませんね」
眼の前で縋るようにこちらを見つめる女を前に、沙麼蘿からかいつまんで話を聞いた玄奘と八戒が、呟くように言った。その時
「何やってるんだお前!」
と、一人の男が走りながらやって来て女の肩に手をかけた。
「あんた、大神様よ! 大神様なの!! 大神様なら、あの子達の居場所がわかるかも知れない!!」
子供を二人も神隠しで失くした女は、藁にもすがる思いだった。だが
「何言ってるんだ、お前。今更あの子らが見つかるもんか。諦めるしかないんだ」
「そうだよ。あの子らのことは残念だけど、また子供は産めばいい」
いつの間にか女の夫と義母が現れて、女を立ち上がらせ連れていこうとする。たがその時、爆弾発言を落としたのは悟浄に抱っこされていた明陽だった。
「この間居なくなった子って、おじさんが人買いに売ってた子供のこと」
********
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る
稀→実現•存在することが非常に少ないさま。また、数少なくて珍しいさま
誠心誠意→このうえないまごころ。まごころのこもるさま。打算的な考えをもたず、まごころこめて相手に接する心をいう
藁にもすがる→どんなに頼りないものでも、この際だから当てにする、と言った意味の言い回し。窮地に陥って普段は頼らないようなものに頼るといったことを指す言い方
次回投稿は17日か18日を予定しておりますが、早くも夏バテぎみなため投稿が遅れるかもしれません。
『顔を、上げよ』
その頭に直接響くような琉格泉の声に、女が思わず面を上げた。
「大神様…」
すがるように琉格泉を見た女の双眸を、隣から沙麼蘿が垣間見る。
「大神信仰、か」
女は、此処から離れた小さな小さな村の出だった。山の奥の奥にあり、畑を耕してなんとか家族全員がギリギリ食べて行けるかどうか、と言うただそれだけの村。
大きな街や村では当然のように道観や仏閣があり、人々はそこで様々な神仏と出会う。それは仏像であることがほとんどだが、稀に神仏が人々の前にその姿を現し言葉をかけることもある。
だが、山奥の小さな小さな村には神仏が出現することもなければ、道観や仏閣さえない。人々は、神仏の姿すら知らず生きている。
そんな忘れされたような小さな村々に神仏に代わりその言葉を伝えるのは、神の使いでる大神の仕事だった。だからそんな小さな村では、見たこともない神仏よりも、神の言葉を伝える大神を神のように信仰する。
そんな小さな村で、女は人減らしの為に僅かな金子で売られるようにしてこの村に嫁としてやって来た。それでも、女は幸せだった。
自分が嫁にでることで、両親や兄妹達が少しの間食べる物に困ることなく生きて行くことができるのだから。それに、嫁ぎ先は小さな小さな村しか知らなかった女にとっては見たこともない大きな村で、それが街に住む人間から見れば田舎の村だったとしても、女にとっては大きな村だった。
『お前さんが今から行く村からはな、夕景山と言う山が見える。その山はな、秋には山全体が真っ赤な紅葉に染まることが有名で、たくさんの観光客が来る。もちろん、お前さんが行く村も観光客が夕景山に行くための通り道にあってな、秋には稼ぎが増える。まぁ、秋以外はたいした稼ぎはない村だが、秋だけでも稼ぎがあるのは大きい。お前さんも嫁ぎ先で一生懸命働けば、食うに困ることはない。今までよりは、ずっといい暮らしができる』
村長の知り合いの商人に連れられて、女は生まれ育った村を出てこの村に嫁いできたのだ。商人の言う通り此処での暮らしは、女が育った村とは比べようもないほどいいものだった。
働いても働いても、なんとかやっと家族が食べられるくらいの収穫しか得られず、長雨や何らかの災害にあえば途端に食べる物がなくなる。そんな生活から、働いたら働いただけ収穫があり食べ物に困ることがない豊かな生活。この村は、女にとっては夢のような所だった。
しかも商人が言った通り、秋には夕景山に観光に行く為の客がたくさんこの村にも訪れて金子を落として行く。部屋に余裕がある家々は宿屋の代わりに部屋を貸し出し、手先が器用な者は土産物になるような物を作って売る。
この期間には大きな祭りもあり、村全体が活気づきたくさんの収入を得ることができた。冬に入る前には “実家に送ってやりな” と、収穫したての食べ物や僅かだが金子も用意してもらえた。
冬には食べる物にも困ることがあるだろう両親や兄妹達に、安心して冬を越させてやれる。女は本当にいい所に嫁いでこられたと、誠心誠意働いて夫や義父母に尽くしていた。
だが、そんな女に不幸が襲いかかる。それは三年前のある春先のこと、家の前で遊んでいたはずの息子が消えたのだ。女は必死に子供を捜し回り、夫や義父母や村人達もみんな一緒になって捜してくれたが見つからなかった。
この村では、時折子供が消えることがある。それを村人達は神隠しと呼び、珍しいことではないと言うのだ。
それでも、よそから嫁いできた女にとっては、身を引き裂かれるような出来事だった。自らの腹を痛めて生んだ大事な我が子を、失うことになろうとは…。
泪にくれながら、“時折あることさ” と子供の捜索をやめて行く村人や夫や義父母達の背中を見つめ、女は時間を見つけては子供を捜しに出た。
そして、子供を失った悲しみが少しだけ薄れてきた時、またしても数日前に子供が消えたのだ。女は発狂しそうな程に心をかき乱し、畑仕事も放り出し我が子を捜す。
そんな中、生まれ育った村で信仰の対象であった大神を見つけた。これこそ神仏のお導きであると、琉格泉の前に転がるように走り出て、額を地面にこすりつけて懇願していたのだ。
「子供が消える、だと」
「神隠しとは、穏やかではありませんね」
眼の前で縋るようにこちらを見つめる女を前に、沙麼蘿からかいつまんで話を聞いた玄奘と八戒が、呟くように言った。その時
「何やってるんだお前!」
と、一人の男が走りながらやって来て女の肩に手をかけた。
「あんた、大神様よ! 大神様なの!! 大神様なら、あの子達の居場所がわかるかも知れない!!」
子供を二人も神隠しで失くした女は、藁にもすがる思いだった。だが
「何言ってるんだ、お前。今更あの子らが見つかるもんか。諦めるしかないんだ」
「そうだよ。あの子らのことは残念だけど、また子供は産めばいい」
いつの間にか女の夫と義母が現れて、女を立ち上がらせ連れていこうとする。たがその時、爆弾発言を落としたのは悟浄に抱っこされていた明陽だった。
「この間居なくなった子って、おじさんが人買いに売ってた子供のこと」
********
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る
稀→実現•存在することが非常に少ないさま。また、数少なくて珍しいさま
誠心誠意→このうえないまごころ。まごころのこもるさま。打算的な考えをもたず、まごころこめて相手に接する心をいう
藁にもすがる→どんなに頼りないものでも、この際だから当てにする、と言った意味の言い回し。窮地に陥って普段は頼らないようなものに頼るといったことを指す言い方
次回投稿は17日か18日を予定しておりますが、早くも夏バテぎみなため投稿が遅れるかもしれません。
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