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第二章
籠鳥残火《六》
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「動いてはいけませんよ」
静かに立ち上がった母親について椅子から下りようとしていた幼子を手で制し、親友は扉へと近きそっと廊下に目をやった。その途端、凄まじい氣の流れが親友の身体を駆け抜ける。
「…ッ…」
思わず後ずさりながら、親友は忌みの子と呼ばれるその生き物を、生まれて初めて見つめた。
「…!!」
「美しい子でしょう」
言葉もなく立ち尽くす親友に、聖宮はにこやかな表情で声をかける。
「え…、えぇ」
親友は、まだその存在が信じられぬと言った感じだ。
「向こうで待ってるね」
「はい」
花薔仙女に居場所だけを伝えると、皇は沙麼蘿の手を取り駆け出して行く。
「失礼致します、お茶をお持ち致しました」
廊下で皇と話をしていた花薔仙女が、お茶のセットを持って入って来る。幼子の好きそうなお菓子も、しっかりと用意して。
「お久しぶりね、花薔仙女。私が此処でわかるのは、昔から聖宮にお仕えしている貴女だけ。懐かしいわ」
「はい。どれくらいの時が、過ぎましたでしょうか」
花薔仙女は、手早くお茶を淹れながら答える。気の遠くなるほど昔だった様にも思えるし、つい先頃だった様にも思える時間の流れ。それは長い時間なのだろうが、沙麼蘿が連れて来られてからの日々はとても短い様に思われてならない。
特に花薔仙女は “皇様とお嬢様のために” と、禁忌なる存在、忌みなる生き物と言われる子供達のために、勉強を怠らなかった。この蒼宮で働く者は、外では離宮内のことは一切口外しないと言う制約つきで、幾日かは外に出ることが許されている。花薔仙女もしばしば外出しては、三神山の奥に住まう太上老君に教えを乞うていた。
花薔仙女はもともと仙として高い能力を持っており、霊符や方術、薬学の腕は一流だったが、皇や沙麼蘿のためにより多くの知恵や技術を必要として、太上老君の元まで通っていたのだ。
だが当初は、太上老君は花薔仙女にその知恵を授けることを拒み続けてきた。何故なら、花薔が必要としたのは上仙が知る秘術の中でも最も禁術に近いもの。仙自らの命の火を削って作り出す、いかなる病にも効く特効薬のようなものだったからだ。
それは結果的に、女仙として優秀な才を持つ花薔仙女の命を縮めることになってしまう。作り出される薬は確かに万能薬かも知れないが、花薔仙女の命の火そのものなのだから。作り続ければ如何《いか》に仙人とは言え、最後は下界の人間の様にその命を散らすことにる。
たが花薔仙女の意志は強く、太上老君の方が根負してしまった。秘術を修得し使いこなすには、幾ら時間があってもたりないくらいだ。
花薔仙女がお茶を煎れ終わり、お菓子と共に幼子の前にそっとそれを置いた時、けたたましい鳥の鳴き声が蒼宮に響き渡った。
「!!」
その声に、聖宮や親友の女性も吃驚して立ち上がる。聞き覚えのある鳴き声を耳にし、花薔仙女はその感覚を研ぎ澄ます。
「これは…、霊獣朱雀!」
花薔仙女の耳に響くのは、まさに朱雀の鳴き声。
「霊…獣、何故霊獣朱雀が此処に」
聖宮は慌てて堂室を飛び出し空を見上げようとした。だが、堂室を出た途端にその双眸に映ったのは、天人達の出入りが禁止されている蒼宮であるにも関わらず、手に武器を持った天帝直属の天界軍の兵達だったのである。
「此処で、此処で何をしているのですか! この蒼宮への立ち入りは、禁止されているはずです!!」
だが既に、天界軍は武器を所持したまま蒼宮のいたる所におり、誰一人聖宮の声に耳を傾ける者はいなかった。
「何が、起こっていると言うの」
その時、呆然と佇む聖宮の真上を黒い影が覆い、鳥の鳴き声が聞こえたあと何かが庭の一角に落ちた。その姿に、聖宮は睛眸を見開く。
それは、小さな朱雀だった。天界軍に追い詰められ傷を負った、生まれて間もない小さな朱雀の子供だったのだ。苦しそうに叫び声を上げ、親に助けを求める小さな朱雀。だが、天界軍は容赦なく朱雀の子供に攻撃を加えて行く。
「何をするのです! この世界の光である、霊獣朱雀の子供ですよ! こんな事をして、五獣である朱雀が許すと思いますか!! 直ちに兵をお引きなさい!!」
目の前で繰り広げられる、とても現実とは思えぬ光景に聖宮が叫ぶ。だが天界軍は、無慈悲にも思える方法で朱雀を追いつめ、捕獲しようとしていた。
「おやめなさい!! この蒼宮での勝手な行動は、私が許しません!!」
聖宮の悲鳴にも近い声を、誰も聞こうとはしない。だがこのまま行けば、子を傷つけられた朱雀の怒りは、この天上界全てに及ぶのだ。
「捕獲せよ!!」
威厳に満ちたその声に、聖宮は振り返って声の主を見つめた。
「兄…上…」
其処に現れたのは、聖宮をこの蒼宮に閉じ込め、人と会うことも蒼宮から出ることも許さず幽閉し続けている実の兄、鶯光帝だった。聖宮が此処に幽閉されて以来、鶯光帝がこの蒼宮を訪れたことなど一度もない。いや、訪れたことがないばかりか、蒼宮の人々とも関わることを嫌い、一切の接触すら断っていた。釈迦如来が、声をかけるまでは。
鶯光帝は、自分を裏切り秩序を乱し、斑の血を引く息子を生んだ聖宮を憎んでいると言っても過言ではい。釈迦如来から声をかけられぬ限り、聖宮と関わりを持つことなどないはずだ。この蒼宮に足を踏み入れずに済むものなら、未来永劫此処にたけは来たくなかったはず。
「何故此処に、兄上が…」
突然の鶯光帝の出現に驚いた聖宮ではあったが、“急ぐのだ!!” と言う兄の言葉に “ハッ” として
「おやめください兄上! 天の光である霊獣の子に、何をされるのですか!!」
と、叫んだ。
********
怠る→すべきことをしないでおく。なまける。また、気をゆるめる
口外→口に出して言うこと。秘密などを第三者に話すこと
三神山→中国の伝説上の神山
太上老君→道教の神の一人
乞う→他人に、物を与えてくれるよう求める。また、何かをしてくれるよう願う
霊符→霊験あらたかなおふだ。お守り
方術→不老不死の術や医術·易占など、方士の行う術。神仙の術
拒む→相手の要求·依頼などをはねつける。受け入れをかたく断る。拒否する
秘術→秘密にして人に明かさない術。特別の効果をもたらす奥の手
根負け→物事をなしつづける気力がなくなること。相手の根気に負けること
修得→学問·技芸などを学んで会得すること
双眸→両方のひとみ
五獣→青龍·朱雀·白虎·玄武·麒麟
過言→大げさすぎる言い方。言いすぎ。かげん
永劫→極めて長い年月
※鳳凰の大きさ→ドラゴンくらいには大きい。子供でも、人間の大人では抱えることもできない。道界にいる聖獣の中で一番小さいのは霊力·智力ともにトップをほこる聖獣の王とも呼ばれる麒麟だが、それでも馬(フリージアン)なみの大きさはある。
次回投稿は21日か22日が目標です。
静かに立ち上がった母親について椅子から下りようとしていた幼子を手で制し、親友は扉へと近きそっと廊下に目をやった。その途端、凄まじい氣の流れが親友の身体を駆け抜ける。
「…ッ…」
思わず後ずさりながら、親友は忌みの子と呼ばれるその生き物を、生まれて初めて見つめた。
「…!!」
「美しい子でしょう」
言葉もなく立ち尽くす親友に、聖宮はにこやかな表情で声をかける。
「え…、えぇ」
親友は、まだその存在が信じられぬと言った感じだ。
「向こうで待ってるね」
「はい」
花薔仙女に居場所だけを伝えると、皇は沙麼蘿の手を取り駆け出して行く。
「失礼致します、お茶をお持ち致しました」
廊下で皇と話をしていた花薔仙女が、お茶のセットを持って入って来る。幼子の好きそうなお菓子も、しっかりと用意して。
「お久しぶりね、花薔仙女。私が此処でわかるのは、昔から聖宮にお仕えしている貴女だけ。懐かしいわ」
「はい。どれくらいの時が、過ぎましたでしょうか」
花薔仙女は、手早くお茶を淹れながら答える。気の遠くなるほど昔だった様にも思えるし、つい先頃だった様にも思える時間の流れ。それは長い時間なのだろうが、沙麼蘿が連れて来られてからの日々はとても短い様に思われてならない。
特に花薔仙女は “皇様とお嬢様のために” と、禁忌なる存在、忌みなる生き物と言われる子供達のために、勉強を怠らなかった。この蒼宮で働く者は、外では離宮内のことは一切口外しないと言う制約つきで、幾日かは外に出ることが許されている。花薔仙女もしばしば外出しては、三神山の奥に住まう太上老君に教えを乞うていた。
花薔仙女はもともと仙として高い能力を持っており、霊符や方術、薬学の腕は一流だったが、皇や沙麼蘿のためにより多くの知恵や技術を必要として、太上老君の元まで通っていたのだ。
だが当初は、太上老君は花薔仙女にその知恵を授けることを拒み続けてきた。何故なら、花薔が必要としたのは上仙が知る秘術の中でも最も禁術に近いもの。仙自らの命の火を削って作り出す、いかなる病にも効く特効薬のようなものだったからだ。
それは結果的に、女仙として優秀な才を持つ花薔仙女の命を縮めることになってしまう。作り出される薬は確かに万能薬かも知れないが、花薔仙女の命の火そのものなのだから。作り続ければ如何《いか》に仙人とは言え、最後は下界の人間の様にその命を散らすことにる。
たが花薔仙女の意志は強く、太上老君の方が根負してしまった。秘術を修得し使いこなすには、幾ら時間があってもたりないくらいだ。
花薔仙女がお茶を煎れ終わり、お菓子と共に幼子の前にそっとそれを置いた時、けたたましい鳥の鳴き声が蒼宮に響き渡った。
「!!」
その声に、聖宮や親友の女性も吃驚して立ち上がる。聞き覚えのある鳴き声を耳にし、花薔仙女はその感覚を研ぎ澄ます。
「これは…、霊獣朱雀!」
花薔仙女の耳に響くのは、まさに朱雀の鳴き声。
「霊…獣、何故霊獣朱雀が此処に」
聖宮は慌てて堂室を飛び出し空を見上げようとした。だが、堂室を出た途端にその双眸に映ったのは、天人達の出入りが禁止されている蒼宮であるにも関わらず、手に武器を持った天帝直属の天界軍の兵達だったのである。
「此処で、此処で何をしているのですか! この蒼宮への立ち入りは、禁止されているはずです!!」
だが既に、天界軍は武器を所持したまま蒼宮のいたる所におり、誰一人聖宮の声に耳を傾ける者はいなかった。
「何が、起こっていると言うの」
その時、呆然と佇む聖宮の真上を黒い影が覆い、鳥の鳴き声が聞こえたあと何かが庭の一角に落ちた。その姿に、聖宮は睛眸を見開く。
それは、小さな朱雀だった。天界軍に追い詰められ傷を負った、生まれて間もない小さな朱雀の子供だったのだ。苦しそうに叫び声を上げ、親に助けを求める小さな朱雀。だが、天界軍は容赦なく朱雀の子供に攻撃を加えて行く。
「何をするのです! この世界の光である、霊獣朱雀の子供ですよ! こんな事をして、五獣である朱雀が許すと思いますか!! 直ちに兵をお引きなさい!!」
目の前で繰り広げられる、とても現実とは思えぬ光景に聖宮が叫ぶ。だが天界軍は、無慈悲にも思える方法で朱雀を追いつめ、捕獲しようとしていた。
「おやめなさい!! この蒼宮での勝手な行動は、私が許しません!!」
聖宮の悲鳴にも近い声を、誰も聞こうとはしない。だがこのまま行けば、子を傷つけられた朱雀の怒りは、この天上界全てに及ぶのだ。
「捕獲せよ!!」
威厳に満ちたその声に、聖宮は振り返って声の主を見つめた。
「兄…上…」
其処に現れたのは、聖宮をこの蒼宮に閉じ込め、人と会うことも蒼宮から出ることも許さず幽閉し続けている実の兄、鶯光帝だった。聖宮が此処に幽閉されて以来、鶯光帝がこの蒼宮を訪れたことなど一度もない。いや、訪れたことがないばかりか、蒼宮の人々とも関わることを嫌い、一切の接触すら断っていた。釈迦如来が、声をかけるまでは。
鶯光帝は、自分を裏切り秩序を乱し、斑の血を引く息子を生んだ聖宮を憎んでいると言っても過言ではい。釈迦如来から声をかけられぬ限り、聖宮と関わりを持つことなどないはずだ。この蒼宮に足を踏み入れずに済むものなら、未来永劫此処にたけは来たくなかったはず。
「何故此処に、兄上が…」
突然の鶯光帝の出現に驚いた聖宮ではあったが、“急ぐのだ!!” と言う兄の言葉に “ハッ” として
「おやめください兄上! 天の光である霊獣の子に、何をされるのですか!!」
と、叫んだ。
********
怠る→すべきことをしないでおく。なまける。また、気をゆるめる
口外→口に出して言うこと。秘密などを第三者に話すこと
三神山→中国の伝説上の神山
太上老君→道教の神の一人
乞う→他人に、物を与えてくれるよう求める。また、何かをしてくれるよう願う
霊符→霊験あらたかなおふだ。お守り
方術→不老不死の術や医術·易占など、方士の行う術。神仙の術
拒む→相手の要求·依頼などをはねつける。受け入れをかたく断る。拒否する
秘術→秘密にして人に明かさない術。特別の効果をもたらす奥の手
根負け→物事をなしつづける気力がなくなること。相手の根気に負けること
修得→学問·技芸などを学んで会得すること
双眸→両方のひとみ
五獣→青龍·朱雀·白虎·玄武·麒麟
過言→大げさすぎる言い方。言いすぎ。かげん
永劫→極めて長い年月
※鳳凰の大きさ→ドラゴンくらいには大きい。子供でも、人間の大人では抱えることもできない。道界にいる聖獣の中で一番小さいのは霊力·智力ともにトップをほこる聖獣の王とも呼ばれる麒麟だが、それでも馬(フリージアン)なみの大きさはある。
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