天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

籠鳥残火《五》

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「ほら、見て。綺麗に咲いているでしょう。沙麼蘿さばらきぬと同じ色の赤い花だよ。曼珠沙華まんじゅしゃげって言うんだ。下界では彼岸花ヒガンバナとか死人花シビトバナって言って、秋って言う季節に咲くんだって。母上がね、父上と一緒に下界にいた時に、二人で咲き乱れる曼珠沙華を見ながら家族になろうって約束したんだって。僕はね…沙麼蘿、父上がどんな人だったのか知らない。母上とはよく似てるって言われるけど、父上とも似ているところが何処どこかあるのかな。一度でいいから会ってみたかった、僕の父上に…」

 すめらぎは、隣にたたずむ物言わぬ幼子に語りかけるように言った。聖宮せいぐうの一人息子であり、最下級神とは言えまだらの父親を持つ皇は、この道界では災いをもたらすかも知れない “禁忌きんきの子” と呼ばれている。
 天上界の最上位に君臨くんりんする天帝一族のとうとい血と、この世界の最下層のけがれた斑の血が混ざり合い生まれた皇には、どんな力が秘められそれがこの天上界にどんな災いをもたらすことになるのか、わからないからだ。
 だから天上人は、鶯光帝おうこうていは、皇が蒼宮そうきゅうから出ることを許さなかった。わずかに、釈迦如来しゃかにょらいが道界に訪れた時以外には。
 そして、皇の隣にいる物言わぬ幼子もまた、鬼神きしん聖人せいじんがまみえた結果生まれた、心を持たずこの世界をすと言われるみの子だった。皇と同じ子供でありながら、沙麼蘿には生きた生気も双眸そうぼうの彩りもなく、人形のように身動きさえしない。しかしその姿形は異様とも言えるほど美しく愛らしく、つくりものの様でもあった。

「今日はね、母上のお友達が来ているんだよ。外の人に会うのはすごく久しぶりだな、後でご挨拶に行かなきゃ。さぁ、行こう」

 皇は、ただ佇んでいるだけの幼子の手を取ると、この広い中庭から駆け出して行く。蒼宮にいくつかある庭の中でも、此処ここには美しい曼珠沙華の花が咲き誇り、真っ赤な花が子供達を見守るように静かに風に揺られていた。






「……」

 皇の笑い声が聞こえた様な気がして、聖宮は開け放たれた扉の外を見つめる。

「皇」
「はい、母上!」

 どうやら、この堂室へやつながる長い廊下ろうかの先に皇はいる様で、大きな声で返事をしてくる。

「お客様がいらっしゃるの、ご挨拶をして」
「はい!」

 子供の足音が近づいて来る。だが聖宮は、“ハッ” とした様に声を上げた。

「皇、此処には小さな女の子がいるの」

 その声に、此方こちらに近づいていた足音が止まる。すると皇の声が聞こえ

「小さな女の子がいるんだって。僕はご挨拶に行ってくるから、沙麼蘿は少し此処で待ってて」

 と言うと、また足音が聞こえはじめた。その皇の小さな声は友人にも届いたようで

「誰か、いるの」

 と、その首を傾ける。

「えぇ。とても尊い幼子をお預かりしているの」
「それは、まさか…!」

 親友は聖宮の言葉にかおを青ざめさせて、慌てた様に音を立て椅子いすから立ち上がった。

「大丈夫よ、睛眸ひとみさえ合わなければ。一部の大人はともかく、小さな子はその存在に耐えられず消えてしまう。だから、この廊下の先で一人で待っているわ」
「本当に、大丈夫…なの」

 なおも心配そうな口ぶりを見せる親友に、聖宮はニッコリと微笑んで見せる。

「何よりも美しく、何よりも尊い子。こんなわたくしに、釈迦如来しゃかにょらいは沙麼蘿を預けて下さった。有り難いことだわ。もっとも、沙麼蘿のことを預かったのは皇なのだけれど」

 聖宮が、あまりにおだやかな表情で嬉しそうに話をするものだから、親友は幾分いくぶんかの落ち着きの色を見せ、椅子にそっと腰掛けた。そこへ、沙麼蘿を廊下に待たせた皇が入って来る。

「母上」
此方こちらへ。さぁ、ご挨拶をして」

 聖宮のすぐそばに立ったまま、皇は長い間訪れたことのない外の世界の天人を見つめた。そして、皇は少しばかりの驚きの色を見せる。
 皇は生まれてからこのかた、蒼宮の外へはほとんど出たことがない。ゆえに、釈迦如来に連れて来られた沙麼蘿や自分を除いては、子供と言う存在を見たことがなかったのだ。大人は蒼宮にもいる。だが此処には、子供は沙麼蘿以外にはやって来ない。
 しかし、唯一ゆいいつ此処に来る沙麼蘿と言う存在は、普通の子供とは違いすぎる。沙麼蘿は、この世界でもっともその存在を否定されるべき生き物。皇や聖宮が如何いかに沙麼蘿を可愛がり尊ぼうと、その存在は普通の子供とは余りにも違いすぎていた。
 しばら呆然ぼうぜんとした表情で外の子供を見つめていた皇だったが、聖宮の優しい手がそっと肩に触れたことに気づき

「こんにちは。ようこそお越しくださいました、皇です」

 と、挨拶をした。

「こんにちは、お母様に似て利発りはつでいらっしゃる」

 親友は聖宮と瓜二つの皇を見つめ優しく語りかけると、その面を聖宮へと向け微笑む。

「今は何にでも興味があるらしくて、色々知りたがって大変なのよ」

 皇を見つめる母としての聖宮の表情は幸せそうで、親友はそんな聖宮の姿に、此処へ来て初めて “良かった” と思った。小さな女の子は人見知りなのか、皇を見ると母親の後ろに隠れてしまう。

「まぁお嬢様、お一人ですか。皇様は」

 扉の向こうから花薔仙女かしょうせんにょの声が聞こえ、皇は “あっ” と言う表情を見せると

「どうぞごゆっくり」

 と頭を下げ、堂室を飛び出して行く。

「僕は此処だよ」
「皇様。お客様にご挨拶をなさっていたのですね」
「うん。小さな女の子がいるから、沙麼蘿には此処で待ってもらってたの。ねぇ花薔、喉が乾いた」
「わかりました、何かお飲み物をお持ち致しましょう。お嬢様も、お飲みになりますね」

 暫くぶりに聞く花薔仙女の優しい口ぶりに、親友はこの蒼宮での聖宮の生活を垣間見かいまみたようで、少しだけホッとした。長い間この蒼宮に閉じ込められた聖宮が、どんなに辛い生活を強いられているのかと、とても気になっていたのだ。








********

佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる
禁忌→忌(い)み嫌って、慣習的に禁止したり避けたりすること。また、そねもの。タブー
君臨→君主として国家を支配すること。絶対的勢力を持ったものが他を圧倒すること
忌み→神に対して身を清め穢れを避けて慎むこと。転じて、忌み避けるべきこと。禁忌
双眸→両方のひとみ
幾分→いくつかに分けたうちの一部。いくらか。程度が小さいさま
故に→前に述べた事を理由として、あとに結果が導かれることを表す。よって。したがって
唯一→ただ一つであること。それ以外にはないこと
如何に→程度などについて推量する気持ちを表す。どれほど。どんなに
呆然→あっけにとられているさま。気抜けしてぼんやりしているさま
利発→さとく賢いこと。才知があって頭の回転が速いこと。また、そのさま
瓜二つ→縦に二つに割った瓜のように、親子·兄弟などの顔かたちがよく似ていることのたとえ
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る。物事のようすなどの一端をうかがう、などの意味
強いられる→無理やりその状況に置かれる、そうせざるを得なくなる、余儀なくされる、などの意味の表現


あれ、書いても書いても進まなくなってきたような(^_^;)


次回投稿は2月9日か10日が目標です。
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