天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
147 / 204
第二章

籠鳥残火《五》

しおりを挟む
「ほら、見て。綺麗に咲いているでしょう。沙麼蘿さばらきぬと同じ色の赤い花だよ。曼珠沙華まんじゅしゃげって言うんだ。下界では彼岸花ヒガンバナとか死人花シビトバナって言って、秋って言う季節に咲くんだって。母上がね、父上と一緒に下界にいた時に、二人で咲き乱れる曼珠沙華を見ながら家族になろうって約束したんだって。僕はね…沙麼蘿、父上がどんな人だったのか知らない。母上とはよく似てるって言われるけど、父上とも似ているところが何処どこかあるのかな。一度でいいから会ってみたかった、僕の父上に…」

 すめらぎは、隣にたたずむ物言わぬ幼子に語りかけるように言った。聖宮せいぐうの一人息子であり、最下級神とは言えまだらの父親を持つ皇は、この道界では災いをもたらすかも知れない “禁忌きんきの子” と呼ばれている。
 天上界の最上位に君臨くんりんする天帝一族のとうとい血と、この世界の最下層のけがれた斑の血が混ざり合い生まれた皇には、どんな力が秘められそれがこの天上界にどんな災いをもたらすことになるのか、わからないからだ。
 だから天上人は、鶯光帝おうこうていは、皇が蒼宮そうきゅうから出ることを許さなかった。わずかに、釈迦如来しゃかにょらいが道界に訪れた時以外には。
 そして、皇の隣にいる物言わぬ幼子もまた、鬼神きしん聖人せいじんがまみえた結果生まれた、心を持たずこの世界をすと言われるみの子だった。皇と同じ子供でありながら、沙麼蘿には生きた生気も双眸そうぼうの彩りもなく、人形のように身動きさえしない。しかしその姿形は異様とも言えるほど美しく愛らしく、つくりものの様でもあった。

「今日はね、母上のお友達が来ているんだよ。外の人に会うのはすごく久しぶりだな、後でご挨拶に行かなきゃ。さぁ、行こう」

 皇は、ただ佇んでいるだけの幼子の手を取ると、この広い中庭から駆け出して行く。蒼宮にいくつかある庭の中でも、此処ここには美しい曼珠沙華の花が咲き誇り、真っ赤な花が子供達を見守るように静かに風に揺られていた。






「……」

 皇の笑い声が聞こえた様な気がして、聖宮は開け放たれた扉の外を見つめる。

「皇」
「はい、母上!」

 どうやら、この堂室へやつながる長い廊下ろうかの先に皇はいる様で、大きな声で返事をしてくる。

「お客様がいらっしゃるの、ご挨拶をして」
「はい!」

 子供の足音が近づいて来る。だが聖宮は、“ハッ” とした様に声を上げた。

「皇、此処には小さな女の子がいるの」

 その声に、此方こちらに近づいていた足音が止まる。すると皇の声が聞こえ

「小さな女の子がいるんだって。僕はご挨拶に行ってくるから、沙麼蘿は少し此処で待ってて」

 と言うと、また足音が聞こえはじめた。その皇の小さな声は友人にも届いたようで

「誰か、いるの」

 と、その首を傾ける。

「えぇ。とても尊い幼子をお預かりしているの」
「それは、まさか…!」

 親友は聖宮の言葉にかおを青ざめさせて、慌てた様に音を立て椅子いすから立ち上がった。

「大丈夫よ、睛眸ひとみさえ合わなければ。一部の大人はともかく、小さな子はその存在に耐えられず消えてしまう。だから、この廊下の先で一人で待っているわ」
「本当に、大丈夫…なの」

 なおも心配そうな口ぶりを見せる親友に、聖宮はニッコリと微笑んで見せる。

「何よりも美しく、何よりも尊い子。こんなわたくしに、釈迦如来しゃかにょらいは沙麼蘿を預けて下さった。有り難いことだわ。もっとも、沙麼蘿のことを預かったのは皇なのだけれど」

 聖宮が、あまりにおだやかな表情で嬉しそうに話をするものだから、親友は幾分いくぶんかの落ち着きの色を見せ、椅子にそっと腰掛けた。そこへ、沙麼蘿を廊下に待たせた皇が入って来る。

「母上」
此方こちらへ。さぁ、ご挨拶をして」

 聖宮のすぐそばに立ったまま、皇は長い間訪れたことのない外の世界の天人を見つめた。そして、皇は少しばかりの驚きの色を見せる。
 皇は生まれてからこのかた、蒼宮の外へはほとんど出たことがない。ゆえに、釈迦如来に連れて来られた沙麼蘿や自分を除いては、子供と言う存在を見たことがなかったのだ。大人は蒼宮にもいる。だが此処には、子供は沙麼蘿以外にはやって来ない。
 しかし、唯一ゆいいつ此処に来る沙麼蘿と言う存在は、普通の子供とは違いすぎる。沙麼蘿は、この世界でもっともその存在を否定されるべき生き物。皇や聖宮が如何いかに沙麼蘿を可愛がり尊ぼうと、その存在は普通の子供とは余りにも違いすぎていた。
 しばら呆然ぼうぜんとした表情で外の子供を見つめていた皇だったが、聖宮の優しい手がそっと肩に触れたことに気づき

「こんにちは。ようこそお越しくださいました、皇です」

 と、挨拶をした。

「こんにちは、お母様に似て利発りはつでいらっしゃる」

 親友は聖宮と瓜二つの皇を見つめ優しく語りかけると、その面を聖宮へと向け微笑む。

「今は何にでも興味があるらしくて、色々知りたがって大変なのよ」

 皇を見つめる母としての聖宮の表情は幸せそうで、親友はそんな聖宮の姿に、此処へ来て初めて “良かった” と思った。小さな女の子は人見知りなのか、皇を見ると母親の後ろに隠れてしまう。

「まぁお嬢様、お一人ですか。皇様は」

 扉の向こうから花薔仙女かしょうせんにょの声が聞こえ、皇は “あっ” と言う表情を見せると

「どうぞごゆっくり」

 と頭を下げ、堂室を飛び出して行く。

「僕は此処だよ」
「皇様。お客様にご挨拶をなさっていたのですね」
「うん。小さな女の子がいるから、沙麼蘿には此処で待ってもらってたの。ねぇ花薔、喉が乾いた」
「わかりました、何かお飲み物をお持ち致しましょう。お嬢様も、お飲みになりますね」

 暫くぶりに聞く花薔仙女の優しい口ぶりに、親友はこの蒼宮での聖宮の生活を垣間見かいまみたようで、少しだけホッとした。長い間この蒼宮に閉じ込められた聖宮が、どんなに辛い生活を強いられているのかと、とても気になっていたのだ。








********

佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる
禁忌→忌(い)み嫌って、慣習的に禁止したり避けたりすること。また、そねもの。タブー
君臨→君主として国家を支配すること。絶対的勢力を持ったものが他を圧倒すること
忌み→神に対して身を清め穢れを避けて慎むこと。転じて、忌み避けるべきこと。禁忌
双眸→両方のひとみ
幾分→いくつかに分けたうちの一部。いくらか。程度が小さいさま
故に→前に述べた事を理由として、あとに結果が導かれることを表す。よって。したがって
唯一→ただ一つであること。それ以外にはないこと
如何に→程度などについて推量する気持ちを表す。どれほど。どんなに
呆然→あっけにとられているさま。気抜けしてぼんやりしているさま
利発→さとく賢いこと。才知があって頭の回転が速いこと。また、そのさま
瓜二つ→縦に二つに割った瓜のように、親子·兄弟などの顔かたちがよく似ていることのたとえ
垣間見る→物のすきまから、こっそりとのぞき見る。また、ちらっと見る。物事のようすなどの一端をうかがう、などの意味
強いられる→無理やりその状況に置かれる、そうせざるを得なくなる、余儀なくされる、などの意味の表現


あれ、書いても書いても進まなくなってきたような(^_^;)


次回投稿は2月9日か10日が目標です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...