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第二章
籠鳥残火《九》
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聖宮の願いは、確かに沙麼蘿に届く。そしてまた、皇もそれを望むのならば、結果は既に決まっていた。沙麼蘿の身体から、再び凄まじい氣の流れが放出される。あまりの圧力に、天人達は立っていることさえできない。
この力によって朱雀達は眠りにつき、その記憶の全てを消されるのだ。母親の朱雀は、双子を産んだことすら忘れもう一方の我が子が待つ巣へと飛ばされ、幼い朱雀は親や兄弟の記憶を消され悪しき心のみを植え付けられ、闇の混沌·暗黒へと一気に飛ばされた。産まれながらの、邪黒朱雀として。
そして沙麼蘿の氣がおさまった時にはもう、蒼宮の何処にも朱雀の影はなかった。その気配すら、何一つ残ってはいなかったのである。聖宮は、震える指先で沙麼蘿を抱きしめていたが、泪を拭くと立ち上がり
「もうこれで、この蒼宮に用はないはずです! 今すぐ此処から立ち去りなさい!! 私は、如何なる天人も此処へ入ることを許しません! 出てお行きなさい!!」
と、叫んだ。初めから、出入りが許されぬ蒼宮である。ましてや、あの恐ろしい子供がいる場所である。誰も、二度と蒼宮に近寄ろうなどとは思わないだろう。
そして鶯光帝の命令により、引き連れて来られたすべての者が蒼宮を去り、鶯光帝も聖宮も二度と言葉を交わすこともなく、親友と会うことすらなかった。
誰もいなくなった蒼宮の自らの堂屋で、聖宮は崩れ落ちると
「酷いことを、しました…」
と呟き泣いていた。天上界の頂点に君臨する天帝一族でありながら、自分はこんなにも無力なのだ。
「仕方のないことです。ああする事でしか、誰も救えませんでした」
花薔仙女が、聖宮を支え臥牀へと座らせるが
「自分達が助かりたいが為に、あの光の聖獣を…、朱雀を犠牲にしたのです…!」
今の聖宮には、花薔仙女の慰めの言葉も届かない。産まれて間もない幼い聖獣を犠牲にした、この自分が。その事実が、聖宮の心を苦しめる。その時
「うッ…!」
と、聖宮が突然苦しみだし吐血した。真っ赤な花弁が散るように、臥牀が赤紅に染まる。
「聖宮!!」
驚いた花薔仙女は、急いで聖宮を臥牀に横たえさせた。花薔仙女が、何よりも恐れていた事態…。下界で人間としての時を過ごした聖宮はその時の無理がたたり、天上界に戻ってからも体調がすぐれないことが多くなっていた。
しかも、聖宮は斑の血を引く皇を身籠り生んだ。斑の血が、聖宮の身体にさらなる負担をかけ、昔のように過ごすことが難しくなっていたのだ。
けれど、聖宮はそのことを花薔仙女以外の誰にも知られぬようにしていた。もし誰かの耳にでも入れば “それ見たことか、斑の血を引く子供など生むからだ。斑の血は、人の命の火を奪い取るに違いない” と、陰口を叩かれるに決まっている。そしてその言葉は、小さな皇を傷つけるのだ。
「大丈夫…、です。花薔、誰にも気づかれぬように。酷いことをした、報いです」
そう言いながら、聖宮は己の生が長くはないことを感じ取っていた。それは、聖宮の体調管理をしていた花薔仙女も感じていたこと。天帝一族として長い長い時を生きるはずだった聖宮は、そう遠くない未来に死ぬのだ。
「でも、まだ…もう少しだけ」
祈るような聖宮の呟き。皇はまだ幼い、それにもしあのことを兄上に知られたらと、聖宮は幼い我が子の未来を心配する。
皇は見た目こそは聖宮にそっくりで、鶯光帝も皇の姿を初めて見た時、斑の特徴が見られぬことに安堵の表情を見せていた。だが、見た目か母親である聖宮とそっくりだからといって、父親の特徴を受け継いでいない訳ではない。
皇は、丈夫だった。父親に似て、怪我をものともせず、傷の治りも早い。そう、生きとし生けるもの全ての命を奪い、草木さえ生えぬ焦土と化すと言われた沙麼蘿の血を受けてもなお、皇は無傷でいられるほど丈夫だったのだ。
沙麼蘿の血を受けて、生きていられる者などいるだろうか。もしこのことか鶯光帝に知られたら、皇はどうなるのか。せめて皇が独り立ちできるまで…。無理とはわかっていても、聖宮はそう願わずにはいられない。
「聖宮…」
花薔仙女とて、その日が刻々と近づいていることは感じていた。それを、見てみぬふりをして過ごして来た。なのに、こんなにも早く…。
「どう…したの、皇は」
ふと顔を上げた聖宮は、其処に沙麼蘿の姿を見つけ、急いで衣の袖で口元を隠し優しく声をかけた。だが、如何に隠そうとしても、沙麼蘿には隠し事も嘘も通用しないのだ。人の心を読み取れる、この沙麼蘿には。
「お嬢様、皇様のお側を離れられますと、皇様が心配なさいますよ」
花薔仙女が微笑みながら、そっと沙麼蘿の手を取る。だが、沙麼蘿は音もなく聖宮に近づいた。するとどうだろうか、途端に息苦しさが消え、聖宮の身体は軽くなり苦しみから解放される。
「私を、助けてくれるの。優しい子、ありがとう。でも、私の為に貴女のお力を戴くのは、勿体なくて」
聖宮は、愛染明王の血を受け継ぐ沙麼蘿を、とても尊がっていた。愛染明王のみが、愛の力で救って下さるのだ。斑を愛し、その愛しい人の子を生んでも、それを許し救って下さるのだ。
「私は大丈夫よ、皇の所に行ってあげて。でも、このことは皇には内緒よ。私と花薔と沙麼蘿、三人だけの秘密」
聖宮の言葉を聞いて、沙麼蘿はその場から消え去る。心はないが、人の言葉や思いはよくわかってくれる子だ。だからこそ、皇と共に見守って行きたかった。許されるのなら、もう少し大人になるまで。
これから先二人に襲いかかる理不尽や沢山の出来事に、共に苦しみ考え助けてやりたかった。自分達の力だけで、生きて行けるその日まで。だが、聖宮にはそれが叶わない。二人が大人になった姿を見ることは、もう出来ないのだ。
皇と沙麼蘿が大人になりきらぬある日、聖宮はこの世界の全てから消えた。蒼宮に、その想いだけを残して…。
それでも、聖宮の心は穏やかだった。沙麼蘿が自らの姿を皇や聖宮と同じにした日、聖宮は沙麼蘿の気持ちを理解した。沙麼蘿が、皇と蒼宮を守ってくれる。何者からも、どのような力からも。
二人なら大丈夫。二人とも、私の大切な可愛い子供達なのだから、と。
********
混沌→物事が無秩序で、まとまっていない状態を意味する語
臥牀→ベッド
身籠る→妊娠する
安堵→気がかりなことが除かれ、安心すること
焦土→焼けて黒くなった土。家屋·草木などが焼けて跡形もない土地。焼け野原
勿体ない→身に過ぎておそれ多い
理不尽→道理に合わないこと、矛盾していること、筋が通らないことなどを意味する言葉
次回投稿は29日か30日が目標です。
この力によって朱雀達は眠りにつき、その記憶の全てを消されるのだ。母親の朱雀は、双子を産んだことすら忘れもう一方の我が子が待つ巣へと飛ばされ、幼い朱雀は親や兄弟の記憶を消され悪しき心のみを植え付けられ、闇の混沌·暗黒へと一気に飛ばされた。産まれながらの、邪黒朱雀として。
そして沙麼蘿の氣がおさまった時にはもう、蒼宮の何処にも朱雀の影はなかった。その気配すら、何一つ残ってはいなかったのである。聖宮は、震える指先で沙麼蘿を抱きしめていたが、泪を拭くと立ち上がり
「もうこれで、この蒼宮に用はないはずです! 今すぐ此処から立ち去りなさい!! 私は、如何なる天人も此処へ入ることを許しません! 出てお行きなさい!!」
と、叫んだ。初めから、出入りが許されぬ蒼宮である。ましてや、あの恐ろしい子供がいる場所である。誰も、二度と蒼宮に近寄ろうなどとは思わないだろう。
そして鶯光帝の命令により、引き連れて来られたすべての者が蒼宮を去り、鶯光帝も聖宮も二度と言葉を交わすこともなく、親友と会うことすらなかった。
誰もいなくなった蒼宮の自らの堂屋で、聖宮は崩れ落ちると
「酷いことを、しました…」
と呟き泣いていた。天上界の頂点に君臨する天帝一族でありながら、自分はこんなにも無力なのだ。
「仕方のないことです。ああする事でしか、誰も救えませんでした」
花薔仙女が、聖宮を支え臥牀へと座らせるが
「自分達が助かりたいが為に、あの光の聖獣を…、朱雀を犠牲にしたのです…!」
今の聖宮には、花薔仙女の慰めの言葉も届かない。産まれて間もない幼い聖獣を犠牲にした、この自分が。その事実が、聖宮の心を苦しめる。その時
「うッ…!」
と、聖宮が突然苦しみだし吐血した。真っ赤な花弁が散るように、臥牀が赤紅に染まる。
「聖宮!!」
驚いた花薔仙女は、急いで聖宮を臥牀に横たえさせた。花薔仙女が、何よりも恐れていた事態…。下界で人間としての時を過ごした聖宮はその時の無理がたたり、天上界に戻ってからも体調がすぐれないことが多くなっていた。
しかも、聖宮は斑の血を引く皇を身籠り生んだ。斑の血が、聖宮の身体にさらなる負担をかけ、昔のように過ごすことが難しくなっていたのだ。
けれど、聖宮はそのことを花薔仙女以外の誰にも知られぬようにしていた。もし誰かの耳にでも入れば “それ見たことか、斑の血を引く子供など生むからだ。斑の血は、人の命の火を奪い取るに違いない” と、陰口を叩かれるに決まっている。そしてその言葉は、小さな皇を傷つけるのだ。
「大丈夫…、です。花薔、誰にも気づかれぬように。酷いことをした、報いです」
そう言いながら、聖宮は己の生が長くはないことを感じ取っていた。それは、聖宮の体調管理をしていた花薔仙女も感じていたこと。天帝一族として長い長い時を生きるはずだった聖宮は、そう遠くない未来に死ぬのだ。
「でも、まだ…もう少しだけ」
祈るような聖宮の呟き。皇はまだ幼い、それにもしあのことを兄上に知られたらと、聖宮は幼い我が子の未来を心配する。
皇は見た目こそは聖宮にそっくりで、鶯光帝も皇の姿を初めて見た時、斑の特徴が見られぬことに安堵の表情を見せていた。だが、見た目か母親である聖宮とそっくりだからといって、父親の特徴を受け継いでいない訳ではない。
皇は、丈夫だった。父親に似て、怪我をものともせず、傷の治りも早い。そう、生きとし生けるもの全ての命を奪い、草木さえ生えぬ焦土と化すと言われた沙麼蘿の血を受けてもなお、皇は無傷でいられるほど丈夫だったのだ。
沙麼蘿の血を受けて、生きていられる者などいるだろうか。もしこのことか鶯光帝に知られたら、皇はどうなるのか。せめて皇が独り立ちできるまで…。無理とはわかっていても、聖宮はそう願わずにはいられない。
「聖宮…」
花薔仙女とて、その日が刻々と近づいていることは感じていた。それを、見てみぬふりをして過ごして来た。なのに、こんなにも早く…。
「どう…したの、皇は」
ふと顔を上げた聖宮は、其処に沙麼蘿の姿を見つけ、急いで衣の袖で口元を隠し優しく声をかけた。だが、如何に隠そうとしても、沙麼蘿には隠し事も嘘も通用しないのだ。人の心を読み取れる、この沙麼蘿には。
「お嬢様、皇様のお側を離れられますと、皇様が心配なさいますよ」
花薔仙女が微笑みながら、そっと沙麼蘿の手を取る。だが、沙麼蘿は音もなく聖宮に近づいた。するとどうだろうか、途端に息苦しさが消え、聖宮の身体は軽くなり苦しみから解放される。
「私を、助けてくれるの。優しい子、ありがとう。でも、私の為に貴女のお力を戴くのは、勿体なくて」
聖宮は、愛染明王の血を受け継ぐ沙麼蘿を、とても尊がっていた。愛染明王のみが、愛の力で救って下さるのだ。斑を愛し、その愛しい人の子を生んでも、それを許し救って下さるのだ。
「私は大丈夫よ、皇の所に行ってあげて。でも、このことは皇には内緒よ。私と花薔と沙麼蘿、三人だけの秘密」
聖宮の言葉を聞いて、沙麼蘿はその場から消え去る。心はないが、人の言葉や思いはよくわかってくれる子だ。だからこそ、皇と共に見守って行きたかった。許されるのなら、もう少し大人になるまで。
これから先二人に襲いかかる理不尽や沢山の出来事に、共に苦しみ考え助けてやりたかった。自分達の力だけで、生きて行けるその日まで。だが、聖宮にはそれが叶わない。二人が大人になった姿を見ることは、もう出来ないのだ。
皇と沙麼蘿が大人になりきらぬある日、聖宮はこの世界の全てから消えた。蒼宮に、その想いだけを残して…。
それでも、聖宮の心は穏やかだった。沙麼蘿が自らの姿を皇や聖宮と同じにした日、聖宮は沙麼蘿の気持ちを理解した。沙麼蘿が、皇と蒼宮を守ってくれる。何者からも、どのような力からも。
二人なら大丈夫。二人とも、私の大切な可愛い子供達なのだから、と。
********
混沌→物事が無秩序で、まとまっていない状態を意味する語
臥牀→ベッド
身籠る→妊娠する
安堵→気がかりなことが除かれ、安心すること
焦土→焼けて黒くなった土。家屋·草木などが焼けて跡形もない土地。焼け野原
勿体ない→身に過ぎておそれ多い
理不尽→道理に合わないこと、矛盾していること、筋が通らないことなどを意味する言葉
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