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第二章
厄災の大地《三》
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「皇樣」
妾季が蒼宮軍の陣を置いたのは、もはや建物さえない場所だった。小さな村があったこの場所は、魔神から放たれる灼熱によって全て焼き尽くされていた。生き残ったのは、村の外れにあった小さな洞窟に逃げ込んだ人々のみ。妾季が此処に陣を作ったのは、助けを求める村人達の祈りの声が聞えたからだ。
皇が部下を連れ紫微宮から最も近い玄武門より下界に降りた時、真っ先に聞えてきたのは凄まじい数の叫び声だった。恐怖、悲しみ、絶望、ただひたすらに神に助けを求める人間の叫び声。無情にも、上級神にのみ聞こえるその声は心の無い沙麼蘿ならいざ知らず、皇には一瞬耳を塞ぎたくなるほどのものだった。
しかも、それが間を置かずして終わった。あれだけの命の火が、全て消え失せたと言うことだ。一体、あれだけの力を持つ魔神の封印をとき、引きずり出したのは誰なのか。この地上など、いらぬとでも言うつもりか。
もう、この地より前には既に人の気配はない。此処より後ろの街や村はまだ人の気配も、焼け残った建物もある。洞窟しか村人を守れる場所はないが、この最前線を守りきらなければ数多の命の火が消えることになるだろう。
「どうだ」
「はい。僅かですが生き残った人々がいましたので、此処に陣を」
「そうか」
皇が玄奘一行を連れ此処に来た時には、妾季達が天上界から持って来た宝具を幾つか設置して灼熱を防ぐ準備はできてはいた。沙麼蘿が作り出した氷の壁が溶け落ちれば、また一気に灼熱が襲ってくるだろう。だが魔神との接近戦ともなれば、この宝具が何時まで持つのか、それは誰にもわからない。魔神は、書物の中にしか存在しないと思われるほどに大きいのだ。
妾季達が皇や玄奘一行と共に洞窟に戻ると、皇と沙麼蘿の姿を見た村人達は高位の道神の降臨に歓喜し、また子供と言えど妖怪である金角と銀角を見て恐怖に震え上がった。今の村人にとっては魔神も妖怪も、自分達の命を奪う者として大差はなかったのだ。
その金角と銀角はと言えば、まだ小さな子供ではあるが魔神に恐怖することもなく、金色の毛並みの須格泉がやって来たことで、須格泉と琉格泉の金色と銀色が自分達とお揃いだと喜んでいる。
洞窟に入る前、沙麼蘿は皇に
『天 血の海に染まりし時 地よりも深き深海より 一つの悪しき生き物生まれいで 下界の地は 無情の念仏とかす 広き大地は切り裂かれ 緑多き森は焼き尽くされ 民の悲鳴地を揺るがし 川を流れ幾多の方位に伝いおり この地上に生きとしいける 全ての者の命の火が消え去る 民はこれを魔神と呼び 恐怖と静寂の中で息絶える』
と呟き、“続きは” と尋ねた。その声に、皇は少しだけ不思議そうな表情を見せた後 “何のことだ”、と答える。沙麼蘿は、あの書物の内容が蒼宮で見たものではないのだと悟った。蒼宮にあって沙麼蘿が見たものならば、当然皇も見ているはずだからだ。
だとすれば、あの一文は仏界で見たことになる。だが仏界だとすれば、始末が悪い。あの魔神は、仏神でなければ封じることができないと言うことだからだ。その昔なら民の声に耳を傾けた仏神の降臨はあったかも知れないが、今はその降臨など無いに等しい。
ただ全ての命を奪うだけの力しかない沙麼蘿では、魔神を封印することなど出来はしない。仮に倒せたとしても、その時にはこの地上すらなくなっているはずだ。それは天帝一族である皇の力を持ってしても同じこと。
「此れから、どうするつもりだ」
「何か打つ手でも」
玄奘と八戒の声に、沙麼蘿は静かに首を横に振る。
「沙麼蘿が駄目って」
「それじゃ皆駄目じゃん」
悟浄と悟空の呟きに、どう手を打つかと沙麼蘿と皇が考えていた時
「一旦下がりはした。だが、下って駄目なら前に進むしかないだろう。また逃げて生き残れるのか、それで天上の桜まで辿り着けるのか。このまま世界の終りを待つだけだと、そんなふざけたことを言うつもりじゃないだろうな。この戦いに、全てをかけるしかないだろう。何のために、此処に神が二人もいる」
と、偉そうに玄奘は言った。
「言ってくれる。神にとて、倒せない相手はいるかも知れないぞ玄奘三蔵」
皇はそう言うと、沙麼蘿を見た。
「どう思う、アレは黒四聖獣と同じだと思うか」
「おそらく」
「ならば、氷龍神剣と風龍神剣なら斬りつけられるだろう。だが…」
「斬りつけた瞬間にしたたり落ちる血は、全ての者の命を奪う。私のように」
沙麼蘿は薄っすらと笑みさえ浮かべ、皇を見る。そんな二人の話を聞いていた金角と銀角は
「じゃオレが、ばしょうせんであおいで、あとかたもなくもやしてやる!」
「じゃオレは、ようしぎょくじょうびょうで、のこりをぜんぶすいこむ」
と、キャッキャと笑いながら言った。
「その芭蕉扇と、羊脂玉浄瓶って言うのは何だ」
「何か凄そうだな」
「そう、すごい! ばしょうせんであおぐと、こ~んなおっきいほのおがでで、みんなもえてなくなる」
「ようしぎょくじょうびょうは、なんでもすいこんでぜんぶとかす!」
悟浄と悟空に両手を使って、身振り手振りで話す金角と銀角がじいちゃんから預かってきた宝具は、何やらとても役に立ちそうだった。
「魔神とやらの血は燃やせるのか」
「多分。としか、今は言いようがない」
「燃やせるのなら私のコレも、少しは役に立つかも知れません」
玄奘と皇の会話に入るように、八戒が自らの指にはめられた指環を触りながら呟く。
「足掻けるだけ足掻いてみるか。いいだろう、妾季」
「ハッ!」
視線だけで支持を出した皇に、妾季達蒼宮軍はすぐさま戦闘態勢に入った。
********
陣→軍隊を配置して備えること。軍隊を集結している所
いざ知らず→『~ならともかく』や『~ならどうか知らないが』、『~なら可能かもしれないが』などを意味する語
降臨→天上に住むとされる神仏が地上に来臨すること
始末が悪い→手間がかかり面倒てある。処理のしようがない
足掻く→活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする
次回投稿は13日か14日が目標です。
妾季が蒼宮軍の陣を置いたのは、もはや建物さえない場所だった。小さな村があったこの場所は、魔神から放たれる灼熱によって全て焼き尽くされていた。生き残ったのは、村の外れにあった小さな洞窟に逃げ込んだ人々のみ。妾季が此処に陣を作ったのは、助けを求める村人達の祈りの声が聞えたからだ。
皇が部下を連れ紫微宮から最も近い玄武門より下界に降りた時、真っ先に聞えてきたのは凄まじい数の叫び声だった。恐怖、悲しみ、絶望、ただひたすらに神に助けを求める人間の叫び声。無情にも、上級神にのみ聞こえるその声は心の無い沙麼蘿ならいざ知らず、皇には一瞬耳を塞ぎたくなるほどのものだった。
しかも、それが間を置かずして終わった。あれだけの命の火が、全て消え失せたと言うことだ。一体、あれだけの力を持つ魔神の封印をとき、引きずり出したのは誰なのか。この地上など、いらぬとでも言うつもりか。
もう、この地より前には既に人の気配はない。此処より後ろの街や村はまだ人の気配も、焼け残った建物もある。洞窟しか村人を守れる場所はないが、この最前線を守りきらなければ数多の命の火が消えることになるだろう。
「どうだ」
「はい。僅かですが生き残った人々がいましたので、此処に陣を」
「そうか」
皇が玄奘一行を連れ此処に来た時には、妾季達が天上界から持って来た宝具を幾つか設置して灼熱を防ぐ準備はできてはいた。沙麼蘿が作り出した氷の壁が溶け落ちれば、また一気に灼熱が襲ってくるだろう。だが魔神との接近戦ともなれば、この宝具が何時まで持つのか、それは誰にもわからない。魔神は、書物の中にしか存在しないと思われるほどに大きいのだ。
妾季達が皇や玄奘一行と共に洞窟に戻ると、皇と沙麼蘿の姿を見た村人達は高位の道神の降臨に歓喜し、また子供と言えど妖怪である金角と銀角を見て恐怖に震え上がった。今の村人にとっては魔神も妖怪も、自分達の命を奪う者として大差はなかったのだ。
その金角と銀角はと言えば、まだ小さな子供ではあるが魔神に恐怖することもなく、金色の毛並みの須格泉がやって来たことで、須格泉と琉格泉の金色と銀色が自分達とお揃いだと喜んでいる。
洞窟に入る前、沙麼蘿は皇に
『天 血の海に染まりし時 地よりも深き深海より 一つの悪しき生き物生まれいで 下界の地は 無情の念仏とかす 広き大地は切り裂かれ 緑多き森は焼き尽くされ 民の悲鳴地を揺るがし 川を流れ幾多の方位に伝いおり この地上に生きとしいける 全ての者の命の火が消え去る 民はこれを魔神と呼び 恐怖と静寂の中で息絶える』
と呟き、“続きは” と尋ねた。その声に、皇は少しだけ不思議そうな表情を見せた後 “何のことだ”、と答える。沙麼蘿は、あの書物の内容が蒼宮で見たものではないのだと悟った。蒼宮にあって沙麼蘿が見たものならば、当然皇も見ているはずだからだ。
だとすれば、あの一文は仏界で見たことになる。だが仏界だとすれば、始末が悪い。あの魔神は、仏神でなければ封じることができないと言うことだからだ。その昔なら民の声に耳を傾けた仏神の降臨はあったかも知れないが、今はその降臨など無いに等しい。
ただ全ての命を奪うだけの力しかない沙麼蘿では、魔神を封印することなど出来はしない。仮に倒せたとしても、その時にはこの地上すらなくなっているはずだ。それは天帝一族である皇の力を持ってしても同じこと。
「此れから、どうするつもりだ」
「何か打つ手でも」
玄奘と八戒の声に、沙麼蘿は静かに首を横に振る。
「沙麼蘿が駄目って」
「それじゃ皆駄目じゃん」
悟浄と悟空の呟きに、どう手を打つかと沙麼蘿と皇が考えていた時
「一旦下がりはした。だが、下って駄目なら前に進むしかないだろう。また逃げて生き残れるのか、それで天上の桜まで辿り着けるのか。このまま世界の終りを待つだけだと、そんなふざけたことを言うつもりじゃないだろうな。この戦いに、全てをかけるしかないだろう。何のために、此処に神が二人もいる」
と、偉そうに玄奘は言った。
「言ってくれる。神にとて、倒せない相手はいるかも知れないぞ玄奘三蔵」
皇はそう言うと、沙麼蘿を見た。
「どう思う、アレは黒四聖獣と同じだと思うか」
「おそらく」
「ならば、氷龍神剣と風龍神剣なら斬りつけられるだろう。だが…」
「斬りつけた瞬間にしたたり落ちる血は、全ての者の命を奪う。私のように」
沙麼蘿は薄っすらと笑みさえ浮かべ、皇を見る。そんな二人の話を聞いていた金角と銀角は
「じゃオレが、ばしょうせんであおいで、あとかたもなくもやしてやる!」
「じゃオレは、ようしぎょくじょうびょうで、のこりをぜんぶすいこむ」
と、キャッキャと笑いながら言った。
「その芭蕉扇と、羊脂玉浄瓶って言うのは何だ」
「何か凄そうだな」
「そう、すごい! ばしょうせんであおぐと、こ~んなおっきいほのおがでで、みんなもえてなくなる」
「ようしぎょくじょうびょうは、なんでもすいこんでぜんぶとかす!」
悟浄と悟空に両手を使って、身振り手振りで話す金角と銀角がじいちゃんから預かってきた宝具は、何やらとても役に立ちそうだった。
「魔神とやらの血は燃やせるのか」
「多分。としか、今は言いようがない」
「燃やせるのなら私のコレも、少しは役に立つかも知れません」
玄奘と皇の会話に入るように、八戒が自らの指にはめられた指環を触りながら呟く。
「足掻けるだけ足掻いてみるか。いいだろう、妾季」
「ハッ!」
視線だけで支持を出した皇に、妾季達蒼宮軍はすぐさま戦闘態勢に入った。
********
陣→軍隊を配置して備えること。軍隊を集結している所
いざ知らず→『~ならともかく』や『~ならどうか知らないが』、『~なら可能かもしれないが』などを意味する語
降臨→天上に住むとされる神仏が地上に来臨すること
始末が悪い→手間がかかり面倒てある。処理のしようがない
足掻く→活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする
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