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第二章
厄災の大地《六》
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滝の様に天から降り注ぐ魔神の血、誰もがその大量の血潮に顔色をなくし驚愕した。
「この世の、終わりだ…」
そう呟いたのは誰か。だが次の瞬間、降り注いでいた血の雨が凍りつき、身体に突き刺さる様な冷氣が辺りを駆け抜ける。気がつけば、魔神の血潮ばかりか自分達の足元すら凍っていた。
「止めよ!!」
皇の声が聞こえ、沙麼蘿を後ろから抱き込む様にして二人が空中から地上に降り立つ。沙麼蘿の氷龍神剣からは立ち昇る様に冷氣が上がり、周りにいる者全てが凍りつきそうだった。
辛うじてそれを止めているのは皇の風龍神剣だが、沙麼蘿を止めるのに必死な皇は剣にまでは気が回らない。それでも剣同士がぶつかり合う度に、皇が手に持つだけの風龍神剣が沙麼蘿が持つ氷龍神剣から立ち昇るその冷氣を風で包み込み、拡散させて消し去っている。
「沙麼蘿、気をしずめよ! 世界が凍りつく!!」
その声に、全員が息を飲んだように見えた。だが、
「す、皇様!!」
全員が息を飲む様に驚いたのは沙麼蘿だけではない。地上に降り立った二人の姿は、先程妾季や玄奘達の前から魔神の元へと向かった姿とは違い過ぎていた。
沙麼蘿の髪の色は白金に変わり、双眸も鬼神の時の鳩の血色だったが、その顔つきは何時もと違いはまるで悪鬼のようだ。皇に至っては、全身に魔神の血を浴びたらしく顔は赤く爛れ衣も血まみれだった。衣からのぞく手も魔神の血を浴びたらしく爛れていたが、それでも沙麼蘿を抱きしめ皇は声を上げ続けていた。
「一体、何が起こっている」
玄奘の声すらもかき消す様に、皇は “沙麼蘿!” と叫びながら氷龍神剣に手を伸ばす。
『時間が切れたのだ』
『今の沙麼蘿は神ではない。阿修羅の宝具により、一時的にその姿を保っているだけにすぎない。その時間が過ぎれば理性を失う』
須格泉と琉格泉の声に
「しかし、今までにこんなことは!」
と、八戒が言えば
『皇が魔神の血を浴び、傷ついたことが原因だ』
『沙麼蘿を繋ぎ止める氣が切れたのだ』
と、須格泉と琉格泉は答えた。二頭の大神は知っている。沙麼蘿は嘗て、皇が生きる未来を守るため自らの命を捨てたのだ。それなのに目の前で皇が傷ついた、いやそれだけではない。
『皇!!』
皇の傷は深い。本当は、疾に沙麼蘿を止める力すらないはずだ。
『このままの状態で氷龍が出てくるようなことがあれば、本当に世界は氷漬けになる』
『耳を塞げ』
須格泉と琉格泉はそう言うと、皇と沙麼蘿の元に向かいけたたましい咆哮を上げる。それに合わせたように皇は、沙麼蘿の左手中指にはめられていた母聖宮の指環に触れ
「母上、どうか力を貸して下さい」
と呟く。すると次の瞬間、指環から溢れ出た光が二人を包み込んだ。
「誰も、お前から何も奪わない。戻ってこい沙麼蘿」
皇の声は、沙麼蘿に届いたか。
皇が魔神の血にまみれ、皮膚が爛れ衣から煙が上がるのが見えた。怒りに身体が震え、頭に血が登っていく感じがして、心と身体を繋いでいた氣が切れ怒りのまま鬼神の本能だけが顔を出す。そして、僅かしかない自らの心は闇の中に沈んで行った。
どれくらいの時間がたった時か、真っ暗な世界に咆哮が聞こえ光がさし、身体が暖かなものに包まれる。意識が浮上する寸前に、沙麼蘿は遥か昔の光景を垣間見た。仏界の一角、蔵書楼の奥深くにあった一冊の書物。それは下界の言い伝えや伝承の類を記したもので、その中の一節に
『天 血の海に染まりし時 地よりも深き深海より 一つの悪しき生き物生まれいで 下界の地は 無情の念仏とかす 広き大地は切り裂かれ 緑多き森は焼き尽くされ 民の悲鳴地を揺るがし 川を流れ幾多の方位に伝いおり この地上に生きとしいける 全ての者の命の火が消え去る 民はこれを魔神と呼び 恐怖と静寂の中で息絶える』
『魔神の声響き渡る地で 暗き闇に閉ざされし暗黒の海より 赤き光の扉が開き大地に光を注ぐ 三重の十に連なる光現れて 四十の金色の瞳魔神の体を貫き 魔神の嘆きと共に世界は静寂に包まれ 輝かしい光の海に輝く』
と書かれていた。それを幼い頃の沙麼蘿が読んでおり、書物を読み終え面を上げる。するとそれは偶然か否か、面を上げた幼い沙麼蘿の眼睛と、意識が浮上する寸前のそれを垣間見た沙麼蘿の眼睛が重なり合った。
「あぁ、この日のためか。この日のために、アレを読んだのか」
と、沙麼蘿は呟く。
暖かな優しい光に包まれて沙麼蘿は眼睛を開く。最初に見えたのは皇の双眸で、其処には皇とは似ても似つかない鬼神の姿の自分が映っていた。
「すめ…らき」
「あぁ…、そうだ。沙麼蘿、冷氣を…抑えよ」
皇の言葉に従う様に、沙麼蘿の姿が変わって行く。白金の髪と鳩の血の双眸が皇と同じ灰簾石色に変わり、何時もと変わらぬ双子の様な姿へと。
途端、限界まで力を使い果たした様に皇の身体が揺らぐ。沙麼蘿の手から氷龍神剣が消え直ぐ様皇を支えると、沙麼蘿は皇が持つ風龍神剣を片手で握りしめた。
「何をする気なんだ」
悟浄が呟くのも無理はない。幾ら沙麼蘿と言えど白刃を握りしめれば手が傷つき、あの魔神と同じ様な血が滴り落ちることになる。沙麼蘿は、白刃を握りしめていた手を思いっ切り下へと滑らせた。
沙麼蘿の掌が切れ、ポタリポタリと血が滴り落ちる。何もない地面が焦げた様に煙を上げる中、沙麼蘿は迷いなくその掌を皇の顔に押し付けた。一瞬、皇の “うっ” と言う声が聞こえ、紅い煙が上がる。だがその煙が消え去った後は、皇の面の怪我はなかったかの様に、何時もと何一つ変わらない姿があった。
「妾季、皇に花薔の薬を」
「公女樣は」
「皇を傷つけた代償が、片腕一本で足りる訳がないだろう。金角、直ぐに芭蕉扇を使い凍りついている魔神の血を燃やせ。溶けだせば、また暴れだす」
「わかった!」
沙麼蘿は妾季と金角にそう言うと、今一度魔神の元へと飛び立つ。魔神は片腕を切り落とされた上、沙麼蘿が自我を失っている時に力の加減ができず冷氣を発散させたことで体の半分が薄っすらと凍りついており、今は自由に動けない状態になっていた。沙麼蘿は
「一歩も動くことができないのなら、もう目など必要あるまい」
ニヤリと笑ってそう言うと、自らの傷ついた手を魔神の目めがけ振り上げた。
********
驚愕→非常に驚くこと
白金→プラチナ
悪鬼→人間に対して悪をばらまく鬼たちの総称の一つ
嘗て→過去のある一時期。以前。昔
けたたましい→突然、人を驚かすような高い音や声がするさま
垣間見る→物のすきまからこっそりのぞき見る。また、ちらっと見る。物事のようすなどの一端をうかがう
蔵書楼→書庫
伝承→伝え聞くこと。人づてに聞くこと。ある集団の中で、古くからあるしきたり·信仰·風習·言い伝えなどを受け継いで後世に伝えていくこと
類→同じ種類のもの。同類
似ても似つかない→まったく似ていない
花薔の薬→花薔仙女(仙人)が作った薬を
次回投稿は19日か20日が目標です。
「この世の、終わりだ…」
そう呟いたのは誰か。だが次の瞬間、降り注いでいた血の雨が凍りつき、身体に突き刺さる様な冷氣が辺りを駆け抜ける。気がつけば、魔神の血潮ばかりか自分達の足元すら凍っていた。
「止めよ!!」
皇の声が聞こえ、沙麼蘿を後ろから抱き込む様にして二人が空中から地上に降り立つ。沙麼蘿の氷龍神剣からは立ち昇る様に冷氣が上がり、周りにいる者全てが凍りつきそうだった。
辛うじてそれを止めているのは皇の風龍神剣だが、沙麼蘿を止めるのに必死な皇は剣にまでは気が回らない。それでも剣同士がぶつかり合う度に、皇が手に持つだけの風龍神剣が沙麼蘿が持つ氷龍神剣から立ち昇るその冷氣を風で包み込み、拡散させて消し去っている。
「沙麼蘿、気をしずめよ! 世界が凍りつく!!」
その声に、全員が息を飲んだように見えた。だが、
「す、皇様!!」
全員が息を飲む様に驚いたのは沙麼蘿だけではない。地上に降り立った二人の姿は、先程妾季や玄奘達の前から魔神の元へと向かった姿とは違い過ぎていた。
沙麼蘿の髪の色は白金に変わり、双眸も鬼神の時の鳩の血色だったが、その顔つきは何時もと違いはまるで悪鬼のようだ。皇に至っては、全身に魔神の血を浴びたらしく顔は赤く爛れ衣も血まみれだった。衣からのぞく手も魔神の血を浴びたらしく爛れていたが、それでも沙麼蘿を抱きしめ皇は声を上げ続けていた。
「一体、何が起こっている」
玄奘の声すらもかき消す様に、皇は “沙麼蘿!” と叫びながら氷龍神剣に手を伸ばす。
『時間が切れたのだ』
『今の沙麼蘿は神ではない。阿修羅の宝具により、一時的にその姿を保っているだけにすぎない。その時間が過ぎれば理性を失う』
須格泉と琉格泉の声に
「しかし、今までにこんなことは!」
と、八戒が言えば
『皇が魔神の血を浴び、傷ついたことが原因だ』
『沙麼蘿を繋ぎ止める氣が切れたのだ』
と、須格泉と琉格泉は答えた。二頭の大神は知っている。沙麼蘿は嘗て、皇が生きる未来を守るため自らの命を捨てたのだ。それなのに目の前で皇が傷ついた、いやそれだけではない。
『皇!!』
皇の傷は深い。本当は、疾に沙麼蘿を止める力すらないはずだ。
『このままの状態で氷龍が出てくるようなことがあれば、本当に世界は氷漬けになる』
『耳を塞げ』
須格泉と琉格泉はそう言うと、皇と沙麼蘿の元に向かいけたたましい咆哮を上げる。それに合わせたように皇は、沙麼蘿の左手中指にはめられていた母聖宮の指環に触れ
「母上、どうか力を貸して下さい」
と呟く。すると次の瞬間、指環から溢れ出た光が二人を包み込んだ。
「誰も、お前から何も奪わない。戻ってこい沙麼蘿」
皇の声は、沙麼蘿に届いたか。
皇が魔神の血にまみれ、皮膚が爛れ衣から煙が上がるのが見えた。怒りに身体が震え、頭に血が登っていく感じがして、心と身体を繋いでいた氣が切れ怒りのまま鬼神の本能だけが顔を出す。そして、僅かしかない自らの心は闇の中に沈んで行った。
どれくらいの時間がたった時か、真っ暗な世界に咆哮が聞こえ光がさし、身体が暖かなものに包まれる。意識が浮上する寸前に、沙麼蘿は遥か昔の光景を垣間見た。仏界の一角、蔵書楼の奥深くにあった一冊の書物。それは下界の言い伝えや伝承の類を記したもので、その中の一節に
『天 血の海に染まりし時 地よりも深き深海より 一つの悪しき生き物生まれいで 下界の地は 無情の念仏とかす 広き大地は切り裂かれ 緑多き森は焼き尽くされ 民の悲鳴地を揺るがし 川を流れ幾多の方位に伝いおり この地上に生きとしいける 全ての者の命の火が消え去る 民はこれを魔神と呼び 恐怖と静寂の中で息絶える』
『魔神の声響き渡る地で 暗き闇に閉ざされし暗黒の海より 赤き光の扉が開き大地に光を注ぐ 三重の十に連なる光現れて 四十の金色の瞳魔神の体を貫き 魔神の嘆きと共に世界は静寂に包まれ 輝かしい光の海に輝く』
と書かれていた。それを幼い頃の沙麼蘿が読んでおり、書物を読み終え面を上げる。するとそれは偶然か否か、面を上げた幼い沙麼蘿の眼睛と、意識が浮上する寸前のそれを垣間見た沙麼蘿の眼睛が重なり合った。
「あぁ、この日のためか。この日のために、アレを読んだのか」
と、沙麼蘿は呟く。
暖かな優しい光に包まれて沙麼蘿は眼睛を開く。最初に見えたのは皇の双眸で、其処には皇とは似ても似つかない鬼神の姿の自分が映っていた。
「すめ…らき」
「あぁ…、そうだ。沙麼蘿、冷氣を…抑えよ」
皇の言葉に従う様に、沙麼蘿の姿が変わって行く。白金の髪と鳩の血の双眸が皇と同じ灰簾石色に変わり、何時もと変わらぬ双子の様な姿へと。
途端、限界まで力を使い果たした様に皇の身体が揺らぐ。沙麼蘿の手から氷龍神剣が消え直ぐ様皇を支えると、沙麼蘿は皇が持つ風龍神剣を片手で握りしめた。
「何をする気なんだ」
悟浄が呟くのも無理はない。幾ら沙麼蘿と言えど白刃を握りしめれば手が傷つき、あの魔神と同じ様な血が滴り落ちることになる。沙麼蘿は、白刃を握りしめていた手を思いっ切り下へと滑らせた。
沙麼蘿の掌が切れ、ポタリポタリと血が滴り落ちる。何もない地面が焦げた様に煙を上げる中、沙麼蘿は迷いなくその掌を皇の顔に押し付けた。一瞬、皇の “うっ” と言う声が聞こえ、紅い煙が上がる。だがその煙が消え去った後は、皇の面の怪我はなかったかの様に、何時もと何一つ変わらない姿があった。
「妾季、皇に花薔の薬を」
「公女樣は」
「皇を傷つけた代償が、片腕一本で足りる訳がないだろう。金角、直ぐに芭蕉扇を使い凍りついている魔神の血を燃やせ。溶けだせば、また暴れだす」
「わかった!」
沙麼蘿は妾季と金角にそう言うと、今一度魔神の元へと飛び立つ。魔神は片腕を切り落とされた上、沙麼蘿が自我を失っている時に力の加減ができず冷氣を発散させたことで体の半分が薄っすらと凍りついており、今は自由に動けない状態になっていた。沙麼蘿は
「一歩も動くことができないのなら、もう目など必要あるまい」
ニヤリと笑ってそう言うと、自らの傷ついた手を魔神の目めがけ振り上げた。
********
驚愕→非常に驚くこと
白金→プラチナ
悪鬼→人間に対して悪をばらまく鬼たちの総称の一つ
嘗て→過去のある一時期。以前。昔
けたたましい→突然、人を驚かすような高い音や声がするさま
垣間見る→物のすきまからこっそりのぞき見る。また、ちらっと見る。物事のようすなどの一端をうかがう
蔵書楼→書庫
伝承→伝え聞くこと。人づてに聞くこと。ある集団の中で、古くからあるしきたり·信仰·風習·言い伝えなどを受け継いで後世に伝えていくこと
類→同じ種類のもの。同類
似ても似つかない→まったく似ていない
花薔の薬→花薔仙女(仙人)が作った薬を
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