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第二章
厄災の大地《五》
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氷龍神剣と風龍神剣が、交互に魔神の左腕を斬りつける。
「この化け物が」
皇の口からそんな言葉が出たのも、仕方ないことだった。二人がもつ剣は、嘗て修羅界の王であった阿修羅が持っていた宝具だ。であるにも関わらず、その阿修羅の宝具である剣を持ってしても魔神に僅かな傷しかあたえられない。
しかも、左腕は凍らせたはずなのに斬りつける度に魔神の血が溢れ出る。その血の多くは、沙麼蘿や皇に向かって飛び散って来た。だが上級神である二人は、自らの作り出す氣によりそれらを消滅させることができる。すると、まるでそのこと理解したかのように魔神の血は地上に落ちて行く。
腕の僅かな傷でもこうなのに、腕一本を切り落とした時に出る血潮は一体どれだけのものになるのか。その時、果たして地上にいる妾季や玄奘達がそれに耐えられるのか。だがそれでも、魔神をここで止めるためには切り落とさなければならない。
空から、ポトリと大きな血の塊が地上に落ちて来る。“これなら、宝具で護りきれるか”、妾季達蒼宮軍がそう思った時、その血の塊はユラユラと揺れ地上に落ちる直前で、幾重にも分かれ小粒な玉のようになり広範囲に降り注いだ。
「なんだ!」
宝具を設置し護りを固めていた妾季達が、その血の動きに息を飲む。次の瞬間、ひとりでに動き出した血が、まるで意思を持ったように蒼宮軍に襲いかかって来た。
「収華弾」
洞窟の前に立つ八戒の左手中指にはめられた指環が弓の形をとり、その弓の弦にそっと右手を近づけると、右手人差し指と細い鎖のようなもので繋がれた小指の二つの銀製らしき指環の間から三本の箭が現れる。箭は、落ちて来る沢山の小さな玉のような魔神の血に向かって放たれると空中で音をたてて爆発し、その中から無数の弦が出て弦は弧を描きながら鳥籠の形をとる。
鳥籠の中に閉じ込められた真っ赤な血の玉は、そこから出ようともがく。だが八戒の作り出す収華弾は、人や物だけでなく氣までを閉じ込める代物だ。それが、段々と形を小さくして下りてくる。
「金角、頼みます! 長くは持たない!」
「まかせろ! いけー、ばしょうせん!!」
八戒の収華弾でさえ、魔神の血には長くは持たない。鳥籠が揺らめきその姿が消えかかる直前に、金角が団扇の形をした芭蕉扇で扇ぐと、そこからブワッと巨大な炎が躍り出て鳥籠を燃やし尽くす。
次々と降り注ぐ魔神の血は止むことを知らず、八戒の収華弾だけでは取り切ることができない。鳥籠に入りきらなかった魔神の血は、銀角が羊脂玉浄瓶を使って吸い込んで行く。ただそれでも意思を持った血は収華弾を逃れ、芭蕉扇を逃れ、羊脂玉浄瓶を逃れ、洞窟を目掛け飛んできた。
「玄奘、魔神の血が飛んで来るぞ」
悟浄の声に、玄奘はその場に座り込むと右手首に腕釧の様に巻きつけていた玻璃の数珠を取り出し、それを両手にかける。そして静かに、経を唱え始めた。『千手千眼観世音菩薩大悲心陀羅尼経』、玄奘が経を一つ唱えるにしたがってその言葉が輝く氣に包まれ、辺りに広がりながら結界のようなものを作り出す。
意思を持った血の玉から村人を守るため、自分は無防備になりながらも経を唱える玄奘の前に須格泉と琉格泉が現れて氣を放つ。二頭の大神は普通の狼とは訳が違う、仏界に住む神の使いであり大勢至菩薩に仕える大神の長、女帝の子供だ。須格泉と琉格泉の氣は桁違いに強い。
玄奘に近づこうとする血の玉は、二頭の大神がはじき飛ばして行く。それでも、更に洞窟の中に入ろうとする血を悟浄の刀が斬りつければ、血の玉は幾つもの小さな血の塊となり悟浄に降り注いだ。
「チッ、始末が悪い! 切ったら分裂して増えやがる。刀じゃどうしようもない!」
その血が身体に触れれば、大火傷くらいでは済まない。なすすべのない悟浄の前に玉龍が作り出した水の塊が現れて、その身体を守る。
「どうすれば」
そう呟いた悟浄の耳に “悟浄、貴方の持つ刀についた私は何” と、姉花韮の声が聞えた。
「焔…魂」
呟いた悟浄に “そうよ、私は焔魂よ。どんなモノでも燃やし尽くしてみせる。刀を振るいなさい、悟浄” と、花韮は言った。その声に応えるように悟浄が刀を振れば、刀に触れた血の玉は全て燃え尽きて消えた。
「終わりが見えない。いや、まだ序の口か」
八戒がどれほどの箭を放とうと、目の前の魔神の血は減ることがない。鳥籠で囲み金角が芭蕉扇で燃やそうと、銀角が羊脂玉浄瓶で吸い込もうと、まるで切りがない。何時までこの状態が続くのか、今でも全員が手いっぱいだ。だがこれから魔神の腕が落ちてくれば、今までの比ではない血が頭上から降り注ぐことになる。
空中で交互に剣を振るっていた沙麼蘿と皇だが、皇の剣が魔神の片手の中程まで届いた時、未だかつてないほどの血が溢れ出て皇の身体に降り注いだ。
「皇!!」
「切り落とせ!」
皇の顔に身体に血が降り注ぐ様を見た沙麼蘿の表情が一変し、怒りに姿が変わっていく。灰簾石色色の髪が煌めく白金に、双眸も灰簾石色から妖艶な鳩の血に変わり、纏う氣が刃のような鋭さを持った。
「落ちるぞ!」
そんな声が聞えたのは突然。どれくらいの時を魔神の血と格闘してきたのか。箭を放つ八戒の指先が自らの血に染まり、金角や銀角の小さな手でさえ魔神の血を燃やした残骸に触れ火傷をおっていた。
その残骸は洞窟の中でも舞っていて、それが玄奘を守っている須格泉と琉格泉に触れることがないように、悟浄や玄奘の身体に触れることがないように、必死に玉龍が雨を降らせる。今ですら手いっぱいの状態なのに、皇の声と共に滝のような魔神の血が滴り落ちて来た。
********
箭→や(矢)
団扇→円形のうちわ
経→不変の道理を説いた書物。聖人や仏陀(ブッダ)の教えを記した書物
焔魂→華魂(生きながらにして植えつけられた者の魂を吸い取る)の一種。宝具のもとになる
残骸→原形をとどめないほどに破壊された状態で残っているもの
次回投稿は10月7日か8日が目標です。
「この化け物が」
皇の口からそんな言葉が出たのも、仕方ないことだった。二人がもつ剣は、嘗て修羅界の王であった阿修羅が持っていた宝具だ。であるにも関わらず、その阿修羅の宝具である剣を持ってしても魔神に僅かな傷しかあたえられない。
しかも、左腕は凍らせたはずなのに斬りつける度に魔神の血が溢れ出る。その血の多くは、沙麼蘿や皇に向かって飛び散って来た。だが上級神である二人は、自らの作り出す氣によりそれらを消滅させることができる。すると、まるでそのこと理解したかのように魔神の血は地上に落ちて行く。
腕の僅かな傷でもこうなのに、腕一本を切り落とした時に出る血潮は一体どれだけのものになるのか。その時、果たして地上にいる妾季や玄奘達がそれに耐えられるのか。だがそれでも、魔神をここで止めるためには切り落とさなければならない。
空から、ポトリと大きな血の塊が地上に落ちて来る。“これなら、宝具で護りきれるか”、妾季達蒼宮軍がそう思った時、その血の塊はユラユラと揺れ地上に落ちる直前で、幾重にも分かれ小粒な玉のようになり広範囲に降り注いだ。
「なんだ!」
宝具を設置し護りを固めていた妾季達が、その血の動きに息を飲む。次の瞬間、ひとりでに動き出した血が、まるで意思を持ったように蒼宮軍に襲いかかって来た。
「収華弾」
洞窟の前に立つ八戒の左手中指にはめられた指環が弓の形をとり、その弓の弦にそっと右手を近づけると、右手人差し指と細い鎖のようなもので繋がれた小指の二つの銀製らしき指環の間から三本の箭が現れる。箭は、落ちて来る沢山の小さな玉のような魔神の血に向かって放たれると空中で音をたてて爆発し、その中から無数の弦が出て弦は弧を描きながら鳥籠の形をとる。
鳥籠の中に閉じ込められた真っ赤な血の玉は、そこから出ようともがく。だが八戒の作り出す収華弾は、人や物だけでなく氣までを閉じ込める代物だ。それが、段々と形を小さくして下りてくる。
「金角、頼みます! 長くは持たない!」
「まかせろ! いけー、ばしょうせん!!」
八戒の収華弾でさえ、魔神の血には長くは持たない。鳥籠が揺らめきその姿が消えかかる直前に、金角が団扇の形をした芭蕉扇で扇ぐと、そこからブワッと巨大な炎が躍り出て鳥籠を燃やし尽くす。
次々と降り注ぐ魔神の血は止むことを知らず、八戒の収華弾だけでは取り切ることができない。鳥籠に入りきらなかった魔神の血は、銀角が羊脂玉浄瓶を使って吸い込んで行く。ただそれでも意思を持った血は収華弾を逃れ、芭蕉扇を逃れ、羊脂玉浄瓶を逃れ、洞窟を目掛け飛んできた。
「玄奘、魔神の血が飛んで来るぞ」
悟浄の声に、玄奘はその場に座り込むと右手首に腕釧の様に巻きつけていた玻璃の数珠を取り出し、それを両手にかける。そして静かに、経を唱え始めた。『千手千眼観世音菩薩大悲心陀羅尼経』、玄奘が経を一つ唱えるにしたがってその言葉が輝く氣に包まれ、辺りに広がりながら結界のようなものを作り出す。
意思を持った血の玉から村人を守るため、自分は無防備になりながらも経を唱える玄奘の前に須格泉と琉格泉が現れて氣を放つ。二頭の大神は普通の狼とは訳が違う、仏界に住む神の使いであり大勢至菩薩に仕える大神の長、女帝の子供だ。須格泉と琉格泉の氣は桁違いに強い。
玄奘に近づこうとする血の玉は、二頭の大神がはじき飛ばして行く。それでも、更に洞窟の中に入ろうとする血を悟浄の刀が斬りつければ、血の玉は幾つもの小さな血の塊となり悟浄に降り注いだ。
「チッ、始末が悪い! 切ったら分裂して増えやがる。刀じゃどうしようもない!」
その血が身体に触れれば、大火傷くらいでは済まない。なすすべのない悟浄の前に玉龍が作り出した水の塊が現れて、その身体を守る。
「どうすれば」
そう呟いた悟浄の耳に “悟浄、貴方の持つ刀についた私は何” と、姉花韮の声が聞えた。
「焔…魂」
呟いた悟浄に “そうよ、私は焔魂よ。どんなモノでも燃やし尽くしてみせる。刀を振るいなさい、悟浄” と、花韮は言った。その声に応えるように悟浄が刀を振れば、刀に触れた血の玉は全て燃え尽きて消えた。
「終わりが見えない。いや、まだ序の口か」
八戒がどれほどの箭を放とうと、目の前の魔神の血は減ることがない。鳥籠で囲み金角が芭蕉扇で燃やそうと、銀角が羊脂玉浄瓶で吸い込もうと、まるで切りがない。何時までこの状態が続くのか、今でも全員が手いっぱいだ。だがこれから魔神の腕が落ちてくれば、今までの比ではない血が頭上から降り注ぐことになる。
空中で交互に剣を振るっていた沙麼蘿と皇だが、皇の剣が魔神の片手の中程まで届いた時、未だかつてないほどの血が溢れ出て皇の身体に降り注いだ。
「皇!!」
「切り落とせ!」
皇の顔に身体に血が降り注ぐ様を見た沙麼蘿の表情が一変し、怒りに姿が変わっていく。灰簾石色色の髪が煌めく白金に、双眸も灰簾石色から妖艶な鳩の血に変わり、纏う氣が刃のような鋭さを持った。
「落ちるぞ!」
そんな声が聞えたのは突然。どれくらいの時を魔神の血と格闘してきたのか。箭を放つ八戒の指先が自らの血に染まり、金角や銀角の小さな手でさえ魔神の血を燃やした残骸に触れ火傷をおっていた。
その残骸は洞窟の中でも舞っていて、それが玄奘を守っている須格泉と琉格泉に触れることがないように、悟浄や玄奘の身体に触れることがないように、必死に玉龍が雨を降らせる。今ですら手いっぱいの状態なのに、皇の声と共に滝のような魔神の血が滴り落ちて来た。
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箭→や(矢)
団扇→円形のうちわ
経→不変の道理を説いた書物。聖人や仏陀(ブッダ)の教えを記した書物
焔魂→華魂(生きながらにして植えつけられた者の魂を吸い取る)の一種。宝具のもとになる
残骸→原形をとどめないほどに破壊された状態で残っているもの
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