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第二章
厄災の大地《八》
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逢魔が時が過ぎ、静かに夜の帳が下りる。何もない焼け野原が続く大地でさえも、まるで安息を奏でるように。だが、静寂など今だけのことだ。
それが証拠に、目の前で凍りつき跪いたままの魔神の体は、ひび割れた箇所から熱を持ち始めているように見える。目覚める時間が近づいて来ているのだ。沙麼蘿は、すっと空を見上げると
「さぁ、降臨を願おうか」
と呟く。だが沙麼蘿のその面は、言葉とは違って不敵な笑みを浮かべていた。夜空に浮かぶのは、輝きを放つような美しい満月。その光は、焼け野原の地上にも降り注いでいる。
「月天、須弥山への門を開け! この私が命じる! 今すぐに、門を開けろ!!」
沙麼蘿の声だけが、辺りに響き渡り消える。この時を待っていた、月が空に浮かぶこの時を。
「一体、何が始まるんだ」
ポツリと呟いた悟空に
「月に須弥山への門を開かせ、釈迦如来に直談判するつもりだ。このままでは、見てみぬふりを決め込むかも知れないからな」
と、皇が答える。
「そんなことを」
「須弥山への門か、開けるものなのか」
「沙麼蘿は天部八部衆である阿修羅の血族で釈迦如来の眷属だ、直談判はできる。いや、沙麼蘿の声は否応なく釈迦如来に届くと言うべきかな」
そう八戒と玄奘に言って、皇は笑った。
「なんかすごそう」
「おもしろいことになりそう」
まるでワクワクを絵に描いたように、金角と銀角はその睛眸を輝かせる。
「月天、聞こえないのか!!」
“待たせるな” と怒りを含んだようにも聞こる沙麼蘿の声に、月が恐怖に震えているのがわかった。そのとき
「ぴゅ、ぴゅ~」
“須弥山への門が開くは、きっと久しぶりのことだよねぇ” と、玉龍の間が抜けたような鳴き声がして
『早く開けば良いものを』
『沙麼蘿の命に逆らえるはずもないと言うのに』
と、須格泉と琉格泉の声まで聞こえてくる。月は阿修羅の要素を持っており、阿修羅の命令には逆らうことができない。もし阿修羅の命に逆らえば幾重にも追いかけられたその後、月天はどうなるか。そしてそれは、阿修羅の血族である沙麼蘿も同じこと。
「月天、私を待たせるな!!」
まるで、“申し訳ございません” とでも言うように、ガタガタと震えながら月が色を変えて行く。それは、その場に佇む全ての者にわかる変化。
「月が、赤…い…」
誰かの呟きが聞こえ、固唾を呑んで見守っていた村人も空を見上げた。満月の光はキラキラと輝き美しかった、この夜の世界を全て照らし出すように。それが今はどうだ、まるで血潮に染められたような真っ赤な月が姿を現し、世界中を惨劇の中に引きずり込もうとするように、口を開けているようにも見える。
こんな不気味な月を、今まで見たことがあるだろうか。村人達は月の姿に恐怖を覚え、思わず後退る。
「釈迦如来、月天に須弥山への門を開かせた! その双眸でしかと見るがいい、この下界の有様を! 嘗て千手観音に封印させた魔神が蘇り、民を殺め苦しめている! 何故助けない、このまま下界の人間を見捨て、見てみぬふりを決め込むつもりなのか! 釈迦如来!!」
「降臨を願う身で、こんな強気でいいのかよ」
「これは、反対に相手の気持ちを逆撫でしているのでは」
悟浄と八戒の呟きは、その場の人間全てが思っていたことだろう。沙麼蘿の声が闇に飲み込まれしばらくたっても、何処からも答えはない。有るのは、静まり返った沈黙のみ。
「どう言うつもりだ釈迦如来! 沈黙が、美徳だとでも思っているのか! それとも、下界の弱き者達などいらぬとでも言うつもりか」
最後の呟きは、とても人間達には聞かせられるものではなかった。天上界には届いているはずの沙麼蘿の声にも、答えはない。
「あの言い方で、話が通じるのか」
「お前はどう思う、玄奘三蔵」
沙麼蘿の態度は、最初から尊大だった。それは皇も同じことで、それをよく知っている玄奘達相手ならそれもいいだろう。だが相手は仏界の頂点に立つ如来だ。これで返答があるものなのかと眉間にシワを寄せる玄奘に、皇は何かを笑うように玄奘に言葉をかけた。
「まぁ、いい。だが私は、気が長い方ではない。魔神が動き出せば、私はこの下界ごと全てを氷漬けにし粉砕しよう。それで下界がどうなろうが、私の知ったことではない。天上の桜も全て無くなり、ただ修羅界と天上界のみが残る。其れが天上界にどんな結果をもたらすのか、見物するのもいいだろう。魔神は皇を傷つけたのだから、私は爪の先程の慈悲もやるつもりはない。そうなれば、天上界にも被害は及ぶだろう。既に、樹廻廊の一つは凍りついているはずだ」
沙麼蘿の言う通り、魔神の腕を切り落とす際に使った氷龍神剣の冷氣は、皇が下界を守るため天上界に上げた。そのせいで、道界と仏界を繋ぐ樹廻廊の一つは凍りついている。
「月天、須弥山への門は開いておけ! 下界が滅びる瞬間を見るのも悪くはないだろう」
『何と言う口のきき方を』
沙麼蘿の言葉に答えたのは誰か。天上界から下界を見つめている仏神の一人だろう。きっと如来達を筆頭に、菩薩達も眷属を引き連れて見ているはずだ。
「魔神は我等の手には負えぬモノ。仏界に縋ることしかできないのです」
玄奘達からすれば “白々しい” としか言いようのない皇の声。
「このままでは、沙麼蘿は全てを無に帰すでしょう。その時、私と蒼宮以外がどうなるのか、見当もつきません」
それはまるで、自分達以外はどうなろうが知ったことではないと言うようにも聞えた。
『皇、沙麼蘿には常識を覚えさせよと言ったはずだ』
「観世音菩薩、今の沙麼蘿は下界を救うため、常識などに構ってはいられないのです。どうか、千手観音の降臨を」
皇の声が響き沙麼蘿がニヤリと笑った時、目の前の魔神がかすかに動いたように見えた。
********
逢魔が時→日が暮れて闇夜が訪れる時間帯
夜の帳→夜の闇のこと。夜の幕
安息→何の煩いもなく、くつろいで休むこと
否応なく→賛成であろうが反対であろうが、好ましいことであろうとなかろうと、などの意味
固唾を呑む→事の成り行きが気がかりで、緊張している
双眸→両方のひとみ
尊大→いばって、他人を見下げるような態度をとること
粉砕→こなごなに打ち砕くこと
白々しい→発言内容が本当のことではなかったり態度が本音ではなかったりして、しかもそれが見え透いているさま
次回投稿は12日か13日が目標です。
それが証拠に、目の前で凍りつき跪いたままの魔神の体は、ひび割れた箇所から熱を持ち始めているように見える。目覚める時間が近づいて来ているのだ。沙麼蘿は、すっと空を見上げると
「さぁ、降臨を願おうか」
と呟く。だが沙麼蘿のその面は、言葉とは違って不敵な笑みを浮かべていた。夜空に浮かぶのは、輝きを放つような美しい満月。その光は、焼け野原の地上にも降り注いでいる。
「月天、須弥山への門を開け! この私が命じる! 今すぐに、門を開けろ!!」
沙麼蘿の声だけが、辺りに響き渡り消える。この時を待っていた、月が空に浮かぶこの時を。
「一体、何が始まるんだ」
ポツリと呟いた悟空に
「月に須弥山への門を開かせ、釈迦如来に直談判するつもりだ。このままでは、見てみぬふりを決め込むかも知れないからな」
と、皇が答える。
「そんなことを」
「須弥山への門か、開けるものなのか」
「沙麼蘿は天部八部衆である阿修羅の血族で釈迦如来の眷属だ、直談判はできる。いや、沙麼蘿の声は否応なく釈迦如来に届くと言うべきかな」
そう八戒と玄奘に言って、皇は笑った。
「なんかすごそう」
「おもしろいことになりそう」
まるでワクワクを絵に描いたように、金角と銀角はその睛眸を輝かせる。
「月天、聞こえないのか!!」
“待たせるな” と怒りを含んだようにも聞こる沙麼蘿の声に、月が恐怖に震えているのがわかった。そのとき
「ぴゅ、ぴゅ~」
“須弥山への門が開くは、きっと久しぶりのことだよねぇ” と、玉龍の間が抜けたような鳴き声がして
『早く開けば良いものを』
『沙麼蘿の命に逆らえるはずもないと言うのに』
と、須格泉と琉格泉の声まで聞こえてくる。月は阿修羅の要素を持っており、阿修羅の命令には逆らうことができない。もし阿修羅の命に逆らえば幾重にも追いかけられたその後、月天はどうなるか。そしてそれは、阿修羅の血族である沙麼蘿も同じこと。
「月天、私を待たせるな!!」
まるで、“申し訳ございません” とでも言うように、ガタガタと震えながら月が色を変えて行く。それは、その場に佇む全ての者にわかる変化。
「月が、赤…い…」
誰かの呟きが聞こえ、固唾を呑んで見守っていた村人も空を見上げた。満月の光はキラキラと輝き美しかった、この夜の世界を全て照らし出すように。それが今はどうだ、まるで血潮に染められたような真っ赤な月が姿を現し、世界中を惨劇の中に引きずり込もうとするように、口を開けているようにも見える。
こんな不気味な月を、今まで見たことがあるだろうか。村人達は月の姿に恐怖を覚え、思わず後退る。
「釈迦如来、月天に須弥山への門を開かせた! その双眸でしかと見るがいい、この下界の有様を! 嘗て千手観音に封印させた魔神が蘇り、民を殺め苦しめている! 何故助けない、このまま下界の人間を見捨て、見てみぬふりを決め込むつもりなのか! 釈迦如来!!」
「降臨を願う身で、こんな強気でいいのかよ」
「これは、反対に相手の気持ちを逆撫でしているのでは」
悟浄と八戒の呟きは、その場の人間全てが思っていたことだろう。沙麼蘿の声が闇に飲み込まれしばらくたっても、何処からも答えはない。有るのは、静まり返った沈黙のみ。
「どう言うつもりだ釈迦如来! 沈黙が、美徳だとでも思っているのか! それとも、下界の弱き者達などいらぬとでも言うつもりか」
最後の呟きは、とても人間達には聞かせられるものではなかった。天上界には届いているはずの沙麼蘿の声にも、答えはない。
「あの言い方で、話が通じるのか」
「お前はどう思う、玄奘三蔵」
沙麼蘿の態度は、最初から尊大だった。それは皇も同じことで、それをよく知っている玄奘達相手ならそれもいいだろう。だが相手は仏界の頂点に立つ如来だ。これで返答があるものなのかと眉間にシワを寄せる玄奘に、皇は何かを笑うように玄奘に言葉をかけた。
「まぁ、いい。だが私は、気が長い方ではない。魔神が動き出せば、私はこの下界ごと全てを氷漬けにし粉砕しよう。それで下界がどうなろうが、私の知ったことではない。天上の桜も全て無くなり、ただ修羅界と天上界のみが残る。其れが天上界にどんな結果をもたらすのか、見物するのもいいだろう。魔神は皇を傷つけたのだから、私は爪の先程の慈悲もやるつもりはない。そうなれば、天上界にも被害は及ぶだろう。既に、樹廻廊の一つは凍りついているはずだ」
沙麼蘿の言う通り、魔神の腕を切り落とす際に使った氷龍神剣の冷氣は、皇が下界を守るため天上界に上げた。そのせいで、道界と仏界を繋ぐ樹廻廊の一つは凍りついている。
「月天、須弥山への門は開いておけ! 下界が滅びる瞬間を見るのも悪くはないだろう」
『何と言う口のきき方を』
沙麼蘿の言葉に答えたのは誰か。天上界から下界を見つめている仏神の一人だろう。きっと如来達を筆頭に、菩薩達も眷属を引き連れて見ているはずだ。
「魔神は我等の手には負えぬモノ。仏界に縋ることしかできないのです」
玄奘達からすれば “白々しい” としか言いようのない皇の声。
「このままでは、沙麼蘿は全てを無に帰すでしょう。その時、私と蒼宮以外がどうなるのか、見当もつきません」
それはまるで、自分達以外はどうなろうが知ったことではないと言うようにも聞えた。
『皇、沙麼蘿には常識を覚えさせよと言ったはずだ』
「観世音菩薩、今の沙麼蘿は下界を救うため、常識などに構ってはいられないのです。どうか、千手観音の降臨を」
皇の声が響き沙麼蘿がニヤリと笑った時、目の前の魔神がかすかに動いたように見えた。
********
逢魔が時→日が暮れて闇夜が訪れる時間帯
夜の帳→夜の闇のこと。夜の幕
安息→何の煩いもなく、くつろいで休むこと
否応なく→賛成であろうが反対であろうが、好ましいことであろうとなかろうと、などの意味
固唾を呑む→事の成り行きが気がかりで、緊張している
双眸→両方のひとみ
尊大→いばって、他人を見下げるような態度をとること
粉砕→こなごなに打ち砕くこと
白々しい→発言内容が本当のことではなかったり態度が本音ではなかったりして、しかもそれが見え透いているさま
次回投稿は12日か13日が目標です。
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