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第二章
厄災の大地《十一》
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千手観音が、一万四千体の眷属達を従え天上界へと戻っても、まだ一部の仏神達はこの下界に残っている。わざわざ下界まで降りてきて、これだけの働きでは不服のある者も多いだろう。
「千手観音はお帰りになられた。か弱き民を救うため、わざわざ降臨されたのだ。千手観音に感謝し、その恩を忘れるでない。ところで、此処には妖怪がいるな。せっかく降りて来たついでだ、妖怪共を討伐して帰っても良いぞ」
神のその言葉に、村人は言葉を失い恐怖さえした。妖怪と言えど、目の前にいる金角と銀角はまだ幼い子供で、自分達人間を守るためにその小さな手を真っ赤にして戦い、更には大切なものであろう山桜桃梅の実まで分けてくれたのだ。
思わず、年老いた村人が金角と銀角を守るように前に歩み出て、神々の目線から二人を隠すように立ち塞がった。途端、神々の視線が厳しくなり不快感を露わにする。金角と銀角の前に出て来た老人だけでなく、村人までが顔を青くして震え上がる中
「わざわざの降臨感謝する。魔神は無事封印された、帰っては如何か」
と、皇が老人の前に立ち神々を見上げ言った。
「その口の利き方は何だ!」
皇の発した横柄な態度に、神々から怒りとも取れる言葉が出る。
「お前達こそ何様のつもりだ。皇は天帝一族だ、態度を改めよ」
「阿修羅一族か。お前こそ異端なる分際で、その口の利き方は何だ。仏神でありながら道神な身なりをして、恥ずかしくはないのか!」
その言葉に、沙麼蘿は “ふん” と鼻で馬鹿にしたように笑った。此処にいる神々は皆天部衆だ、天部衆は天上界にはいるが悟りを開いた仏と比べ煩悩がある。これにより、人に近く闘いを好み、酒を好み、女を好む。
帝釈天の酒を浴びるほど飲む暴飲暴食や、酔った挙げ句の好色は下界においても有名で、その人らしさ故に民の人気は高い。そんな仏神達は、同じ天上人であっても自分達の方がより優れていると思っている。だから、沙麼蘿が仏神の姿を捨て道神の姿を取ることには嫌悪感しかない。
「皇の声が聞こえなかったのか、失せろ」
沙麼蘿はそう言うと氷龍神剣を右手に持ち、神々を見据えた。
「この中に、私に勝てる者がいるとでも言うのか。私は失せろと言っている」
「貴様! 帝釈天、この様な態度は許せません」
この中には、天部衆最上位の神が二神いる。煩悩があり天部衆の王である帝釈天と、既に悟りを開き別格な存在として天部衆でありながら彼等より一つ高い場所にいる大梵天。だが、
「この私が、帝釈天の言うことを聞くとでも思うのか。私こそ、皇に対するお前達の無礼は許せない」
沙麼蘿の怒りは余計に増すばかりだろう。帝釈天と阿修羅は水と油で、これは一族にも言えることだ。嘗て阿修羅と帝釈天は闘いに明け暮れる間柄だった。元はと言えば、帝釈天が酒に酔った挙げ句阿修羅の娘をさらったのが闘いの原因だ。
「何と言う帝釈天への無礼か」
「帝釈天の言葉も、お前達の言うことも、私は聞く気はない」
「身の程をわきまえよ! 帝釈天に及ぶ所もない身でありながら」
徐々に激しくなる言い争いに皇は進み出て、少し離れた場所からことの成り行きを黙って見つめていた大梵天に声をかけた。
「大梵天にお伺いを立てたい。此処にいる小さき妖怪の子供達は、その身を挺して村人達を守った。この健気な子供達を、討伐してもよいとお考えか」
本来なら、天部衆の中でも別格な存在である大梵天に直接声を掛けることなど出来るはずがない。だが皇は天帝一族であり、唯一それが出来る立場にある。
「考えを述べるまでもない。民を救いし妖怪達だ、今は討伐するにあらず。我等は天上界へ戻ろう」
大梵天は、神、妖怪、人間の如何を問わず、誰一人傷つけることなく仏神達を率いて天上界へと戻って行く。戻ると言う大梵天の言葉に有無を言う仏神などいない、只々大梵天の言葉に従うのみ。
全ての天部衆が月へと戻りかけた時、一人の神が玄奘達の前に姿を現す。三面六臂に一際恐ろしい顔をした鬼神、阿修羅だ。阿修羅は村人の前に現れると、沙麼蘿をじっと見つめる。すると次の瞬間、突然阿修羅の身体は白金色の光に包まれた。
阿修羅の風貌が、みるみるうちに変わって行く。容貌醜怪な札付きの外道と言われた姿から、まるで少年の様な細い手足にうら若い表情を見せた青年の阿修羅へと。
その変化に、村人達は驚き言葉さえない。だが最も驚いたのは見た目が変わったことではない。その少年とも青年とも言える阿修羅の面に宿る表情だ。優しさの中にも、悲しいまでの慈愛と慈悲が込められいた。そしてその中に宿る、懺悔と後悔の念。
嘗て鬼神として残虐の限りを尽くし、釈迦如来の説法によって改心し、自らが犯した罪に心を痛め、過ちを正すため身命を落として釈迦如来に従うと決めた、その阿修羅の生き様を刻み込んだ様な表情だった。
阿修羅の中には、村人への哀れみと溢れる程の慈愛があった。そこには鬼神阿修羅の姿は存在しない、憂いと悲しみを湛えた聖神阿修羅のみがいた。例え天上界において聖神として扱われることがなかったとしても、この姿こそが聖神。
村人はただ一心に阿修羅に祈った、何を言う訳でもなく、心を込めて阿修羅に手を合わせたのだ。そして阿修羅はそんな村人達の姿を見届けて、皆の後を追うように月の中へと消えて行った。
「これ以降、苦しみや悲しみから逃れたいのであれば神に祈るな。神は何もしない、阿修羅に祈りを捧げるがいい。あの姿を見せたからには、阿修羅はお前達を救ってくれる。あの憂いと慈悲の心で」
沙麼蘿は、村人達にそう言った。阿修羅があの姿を下界で見せることは、普通は考えられない。あの姿は天上界だけでのものだ。下界には仏の教えを蔑ろにし、民を脅かす者がいる。だから阿修羅は、下界では鬼神の姿しか見せない。あの恐ろしい面と神通力で、外敵を威嚇するために。それにより、鬼神の姿を捨て去ることがない阿修羅は、聖神と呼ばれることもない。
仏神達が月の中へと消えた後、村人は玄奘達や皇達に丁寧に礼を述べた。その後村をあとにした玄奘達は、皇に神としての力を大盤振る舞いしてもらい、全員で魔神の力の及ばなかった普通の土地へと移転してもらい、宿屋にて休息を取ることができたのだった。
********
討伐→軍勢をさしむけて、反抗する者を攻めうつこと
横柄→いばって人を無視した態度をとること。無礼。無遠慮なこと
異端→正統から外れていること
健気→心がけがよく、しっかりしているさま。特に、年少者や力の弱い者が困難なことに立ち向かっていくさま
如何→事のしだい。ようす
風貌→身なりや顔つきなど、外から見たその人のようす
うら若い→若くういういしい
懺悔→罪を告白し、悔い改めること
蔑ろ→あってもないもののように軽んじること。また、そのさま
いつも読んで下さっている皆様、ありがとうございますm(_ _)m
今年も年末年始は少しお休みを頂いて、次回の投稿は来年の2月13日か14日を目標としています。長いお休みとなりますが、また来年お会いできましたら幸いです。少し早いですが、皆様良いお年をお迎えくださいませ。
「千手観音はお帰りになられた。か弱き民を救うため、わざわざ降臨されたのだ。千手観音に感謝し、その恩を忘れるでない。ところで、此処には妖怪がいるな。せっかく降りて来たついでだ、妖怪共を討伐して帰っても良いぞ」
神のその言葉に、村人は言葉を失い恐怖さえした。妖怪と言えど、目の前にいる金角と銀角はまだ幼い子供で、自分達人間を守るためにその小さな手を真っ赤にして戦い、更には大切なものであろう山桜桃梅の実まで分けてくれたのだ。
思わず、年老いた村人が金角と銀角を守るように前に歩み出て、神々の目線から二人を隠すように立ち塞がった。途端、神々の視線が厳しくなり不快感を露わにする。金角と銀角の前に出て来た老人だけでなく、村人までが顔を青くして震え上がる中
「わざわざの降臨感謝する。魔神は無事封印された、帰っては如何か」
と、皇が老人の前に立ち神々を見上げ言った。
「その口の利き方は何だ!」
皇の発した横柄な態度に、神々から怒りとも取れる言葉が出る。
「お前達こそ何様のつもりだ。皇は天帝一族だ、態度を改めよ」
「阿修羅一族か。お前こそ異端なる分際で、その口の利き方は何だ。仏神でありながら道神な身なりをして、恥ずかしくはないのか!」
その言葉に、沙麼蘿は “ふん” と鼻で馬鹿にしたように笑った。此処にいる神々は皆天部衆だ、天部衆は天上界にはいるが悟りを開いた仏と比べ煩悩がある。これにより、人に近く闘いを好み、酒を好み、女を好む。
帝釈天の酒を浴びるほど飲む暴飲暴食や、酔った挙げ句の好色は下界においても有名で、その人らしさ故に民の人気は高い。そんな仏神達は、同じ天上人であっても自分達の方がより優れていると思っている。だから、沙麼蘿が仏神の姿を捨て道神の姿を取ることには嫌悪感しかない。
「皇の声が聞こえなかったのか、失せろ」
沙麼蘿はそう言うと氷龍神剣を右手に持ち、神々を見据えた。
「この中に、私に勝てる者がいるとでも言うのか。私は失せろと言っている」
「貴様! 帝釈天、この様な態度は許せません」
この中には、天部衆最上位の神が二神いる。煩悩があり天部衆の王である帝釈天と、既に悟りを開き別格な存在として天部衆でありながら彼等より一つ高い場所にいる大梵天。だが、
「この私が、帝釈天の言うことを聞くとでも思うのか。私こそ、皇に対するお前達の無礼は許せない」
沙麼蘿の怒りは余計に増すばかりだろう。帝釈天と阿修羅は水と油で、これは一族にも言えることだ。嘗て阿修羅と帝釈天は闘いに明け暮れる間柄だった。元はと言えば、帝釈天が酒に酔った挙げ句阿修羅の娘をさらったのが闘いの原因だ。
「何と言う帝釈天への無礼か」
「帝釈天の言葉も、お前達の言うことも、私は聞く気はない」
「身の程をわきまえよ! 帝釈天に及ぶ所もない身でありながら」
徐々に激しくなる言い争いに皇は進み出て、少し離れた場所からことの成り行きを黙って見つめていた大梵天に声をかけた。
「大梵天にお伺いを立てたい。此処にいる小さき妖怪の子供達は、その身を挺して村人達を守った。この健気な子供達を、討伐してもよいとお考えか」
本来なら、天部衆の中でも別格な存在である大梵天に直接声を掛けることなど出来るはずがない。だが皇は天帝一族であり、唯一それが出来る立場にある。
「考えを述べるまでもない。民を救いし妖怪達だ、今は討伐するにあらず。我等は天上界へ戻ろう」
大梵天は、神、妖怪、人間の如何を問わず、誰一人傷つけることなく仏神達を率いて天上界へと戻って行く。戻ると言う大梵天の言葉に有無を言う仏神などいない、只々大梵天の言葉に従うのみ。
全ての天部衆が月へと戻りかけた時、一人の神が玄奘達の前に姿を現す。三面六臂に一際恐ろしい顔をした鬼神、阿修羅だ。阿修羅は村人の前に現れると、沙麼蘿をじっと見つめる。すると次の瞬間、突然阿修羅の身体は白金色の光に包まれた。
阿修羅の風貌が、みるみるうちに変わって行く。容貌醜怪な札付きの外道と言われた姿から、まるで少年の様な細い手足にうら若い表情を見せた青年の阿修羅へと。
その変化に、村人達は驚き言葉さえない。だが最も驚いたのは見た目が変わったことではない。その少年とも青年とも言える阿修羅の面に宿る表情だ。優しさの中にも、悲しいまでの慈愛と慈悲が込められいた。そしてその中に宿る、懺悔と後悔の念。
嘗て鬼神として残虐の限りを尽くし、釈迦如来の説法によって改心し、自らが犯した罪に心を痛め、過ちを正すため身命を落として釈迦如来に従うと決めた、その阿修羅の生き様を刻み込んだ様な表情だった。
阿修羅の中には、村人への哀れみと溢れる程の慈愛があった。そこには鬼神阿修羅の姿は存在しない、憂いと悲しみを湛えた聖神阿修羅のみがいた。例え天上界において聖神として扱われることがなかったとしても、この姿こそが聖神。
村人はただ一心に阿修羅に祈った、何を言う訳でもなく、心を込めて阿修羅に手を合わせたのだ。そして阿修羅はそんな村人達の姿を見届けて、皆の後を追うように月の中へと消えて行った。
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沙麼蘿は、村人達にそう言った。阿修羅があの姿を下界で見せることは、普通は考えられない。あの姿は天上界だけでのものだ。下界には仏の教えを蔑ろにし、民を脅かす者がいる。だから阿修羅は、下界では鬼神の姿しか見せない。あの恐ろしい面と神通力で、外敵を威嚇するために。それにより、鬼神の姿を捨て去ることがない阿修羅は、聖神と呼ばれることもない。
仏神達が月の中へと消えた後、村人は玄奘達や皇達に丁寧に礼を述べた。その後村をあとにした玄奘達は、皇に神としての力を大盤振る舞いしてもらい、全員で魔神の力の及ばなかった普通の土地へと移転してもらい、宿屋にて休息を取ることができたのだった。
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討伐→軍勢をさしむけて、反抗する者を攻めうつこと
横柄→いばって人を無視した態度をとること。無礼。無遠慮なこと
異端→正統から外れていること
健気→心がけがよく、しっかりしているさま。特に、年少者や力の弱い者が困難なことに立ち向かっていくさま
如何→事のしだい。ようす
風貌→身なりや顔つきなど、外から見たその人のようす
うら若い→若くういういしい
懺悔→罪を告白し、悔い改めること
蔑ろ→あってもないもののように軽んじること。また、そのさま
いつも読んで下さっている皆様、ありがとうございますm(_ _)m
今年も年末年始は少しお休みを頂いて、次回の投稿は来年の2月13日か14日を目標としています。長いお休みとなりますが、また来年お会いできましたら幸いです。少し早いですが、皆様良いお年をお迎えくださいませ。
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