天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

徒の催花雨《五》

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 “まずい” と、紫水しすい泉水せんすいは思った。目の前のまだらの身体がゆらゆらとれ始めると、左右に同じ様な人形ひとがたが浮かび上がってくる。柏樹はくじゅ老先生から話にだけは聞いたことがある、斑の中でも特に珍しい特殊とくしゅな能力

「分裂するぞ!!」
「下がれ!!」

 結局、一人の斑の男の身体が五つに分れ、同じ顔をした男五人が目の前に立つ。今まで五対五だった均衡きんこうが破られ、一気に劣勢れっせいに立つ。
 紫水と泉水は、二人で五人の相手をしなければならなくなった。一人の斑が五人に分かれたからと言って、その力も五つに分かれるわけではない。一人だろうが五人に分かれようが、力は変わらないのだ。

けられた!」
げろ!」

 紫水と泉水が一人ずつを相手にしている間に三人の分裂した斑が村人に、いや天上の桜の西の護り手である、白黄桜はっこうざくらの鍵を持つ幼子めがけて突き進む。

「ほ、法師ほうし様!」

 村人が幼子を守るように次々と前に出て、斑の前に立ちふさがる。だがそれは、自らを守るすべを持たない村人達が身をていして守っているだけで、斑が振り上げたダオが振り下ろされれば、自分達がられることになる。
 危ないと、紫水と泉水が身動きも取れない戦いの中で思った時だ、一筋ひとすじ光明こうみょうの光がさすように、彼等かれらは現れた。

「へぇー面白おもしろいなお前、身体が分かれるのか。けどさ、そんな刀で無抵抗むていこうの村の人達を斬るなんて、クズのすることだろう。じいちゃんが見たら大激怒だいげきどだ。お前みたいなやつたおしたら、徳がいっぱい積めるかな」

 “じいちゃんが早く目覚めるようにやるぞー” と、悟空が手に持つ如意金箍棒にょいきんこぼうをくるくると回し斑の中に突っ込んで行く。
 突然現れたのは、その声から感じた通りまだ子供だった。歳は十四、五歳か。琥珀こはく色の髪を八けいに結んだ元気な子供、だが何よりも気になるのはその睛眸ひとみの色。双眸そうぼうが髪と同じ琥珀色、金睛きんせいだと言うことだ。

「この化けもんがッ!」

 斑も、人間や神々から化けもののように扱われる。だがその斑から見ても、双眸が金睛などと言う生き物は見たことがない。睛眸の色には種族の力が出る、その中にあって金睛や銀睛は異常、突然変異の特殊個体とくしゅこたいだと言っていい。
 五つに分かれたはずの本体の斑の男の身体が再び揺れ、さらに分裂する。三人が、中に飛び込んだ悟空を取り囲むようにした後、更に現れた二人が村人の方へと進む。

「ちぇっ、また分かれやがった」

 悟空はそうつぶやくと、目の前の三人に向け如意金箍棒を振りかざした。

「長老!!」

 幼い法師を守るようにして身体を差し出した老人に、斑の刀が振り下ろされた。長老が倒れれば次の村人が、その村人が斬られれば次の村人がと、次々と村人の身体を深緋色こきあけいろに染めあげて行く。

「何をしている、戦え」

 幼い法師の前にはまだ若い母親と、その息子と思われる子供が立ちふさがるようにして斑の前にいる。幼い法師と変わらない年頃の子供でさえ、法師を守ろうとその身体を差し出していると言うのに、幼い法師はただただ震えてその手に持つ数珠じゅずを握りしめているだけだった。
 そこに聞こえたはのは、この戦いの場には不釣り合いなほどひどく落ち着いた男の声。そして、目の前の斑の身体から二本のジエンが飛び出し、その身体から飛び散った臙脂えんじ色が、幼子の顔に降り注ぐ。

「その曹灰長石ラブラドライトの数珠は飾り物か」

 その落ち着いた声の主は、斑のすぐ後ろにいた。黒地の唐装チャイナふく長袖の上下を着て、上着のすその真っ赤な曼珠沙華まんじゅしゃげの花の刺繍ししゅうが生々しい血の色に見えた。その両手には剣が握られており、その剣が斑の身体の中で交差されるようにして突き出ている。

「お前が戦わなければ、村人は全員死を待つたけだ」
「ほ、法師様はまだ、お小さいんです」

 目の前の若い母親の声が聞こえる。斬られて傷だらけになった村人達が、それでも幼い法師を守ろうと地面をってでもやって来ていた。

「玄奘三蔵法師!」

 近くで斑と戦っていた紫水が玄奘の姿を見つけ声を上げれば、びっくりしたように幼い法師や村人達全ての睛眸が玄奘に向けられた。

「その数珠は、お前が人々から守られるためにあるんじゃない。お前の両手を血で染め上げて、人々を守るためにある。お前はその数珠の意味を知らずに受け取ったのかも知れないが、それを受け取った以上責任がともなう。それは、お前が嫌がろうが逃げ出そうが関係ない。お前がいくら幼くとも、年老いていようとも、天上の桜を守るため、人々を守るため、世界を守るために、否応いやおうなく戦うことを義務付ぎむづけられる。その数珠は、僧侶そうりょでありながら、唯一ゆいいつ自ら手を血で染め上げて戦うことを、殺生せっしょうり返すことを許された三蔵だけが、持つことを許される数珠だ。それを受け取った以上、お前は戦わなければならない。そこに拒否権きょひけんはない。お前に、この私が、玄奘三蔵が名をさずける。月亮げつりょう三蔵、それがお前の名だ!」

 天上の桜の鍵は、持ち主によって形を変える。今玄奘が持つ鍵も、壽慶じゅけい三蔵法師が持っていた時は、水色の花びらのような形がいくつも連なる腕釧ブレスレットだった。壽慶三蔵が戦うところを見たことがない玄奘には、その腕釧が如何いかなる武器に姿を変えていたのかはわからない。当時紅流児こうりゅうじと呼ばれていた玄奘が受け取った時は腕釧だったそれは、緑松りょくしょうこう丁香ていかに玄奘と言う名をつけられた時に帯革ベルト尾錠バックルへと変わり、それから双剣そうけんへと形を変えた。
 必要なのは名付けの儀式、儀式自体に決まった形式はない。何よりも大切なのは誰が名付けるか、ただそれだけだ。高僧であればあるほど良い、本来は天上の桜の鍵を持つ者が、次の後継者にそれを渡す時に名付けるものだが、玄奘の場合は坤道こんどうの頂点に立つ女傑じょけつ黄丁香と、乾道けんどうの頂点に立つ季緑松がつけた。

 そして今、玄奘三蔵に月亮三蔵と名付けられた幼い法師が持つ曹灰長石ラブラドライトの数珠が形を変える。








********

老先生→経験の豊かな年をとった先生。老師
均衡→二つまたはそれ以上の物事の間で、力や重さなどの釣り合いがとれていること。バランス
法師→仏法によく通じ、人々を導く師となる者。また一般に、僧。男の子
光明→あかるい光。希望。仏語→菩薩の心身から発する光
髻→髪の毛を頭上に集めて束ねたところ。 八髻は、頭の上で八つ髪の毛を束ねたところがある
深緋色→紫みの暗い赤色
臙脂色→黒みをおびた深く艷やかな紅色
否応なし→承知も不承知もないようす。有無を言わせないようす
殺生→生き物を殺すこと。仏教では最も重い罪の一つとされる
坤道→女性の道士
乾道→男性の道士


次回投稿は27日か28日が目標です。

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